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79話 不安な気持ちの正体は

 タクトとユルナがミュレの町を旅立って一週間が経った。


 降り続ける雪は止むこと無く、日が経つにつれて地面をぶ厚く覆っていく。

 まるで積もる雪が自分の不安な気持ちとリンクしているみたいに感じて、私は深くため息をこぼした。


「はぁ……」


 吐いた息は窓を白く曇らせた。

 何げ無く、窓ガラスに指を滑らせて曇った部分を消していく。


 この不安な気持ちはあの日、ユルナがタクトを好きだと言った時からずっと続いていた。

 こうしてぼうっとしていると、またあの日の事が思い浮かんでくる。


* * *


 リフィの居る部屋に連れて来られた私は、私の口を覆うカナタの手を振り払った。


「——ぷはっ! 何するのカナタ!」

「リオン、落ち着いてください」


 これが落ち着いていられるかっ! と、心の中で叫んだ。


 まさかユルナとタクトが付き合っていたなんて……全然そんな風に見えなかった。

 いつから? ていうかタクトはリフィとキスしていたよ? これって浮気?

 ちょっとまって……私、昨日タクトと一緒に寝——ああもう、何から考えたらいいの……。


 パンッ


 その時、乾いた音が短く響いた。私の両頬をカナタの両手が挟み込んだのだ。

 遅れてじんわりとした痛みが広がって我に帰ると、カナタの真剣な両目が私を見つめていた。


「もう一度言います。落ち着いてください。ユルナはタクトと()()()()()()()()()

「……え?」

「さっきのユルナの発言、アレは嘘です」


 嘘……? そうか、カナタはユルナの心の中を見たのか。


「はい。ユルナは『タクトと結婚をする』と見せかけておいて、後から別れたことにするようです。今は、そうするのがいいと私も思います」

「そっか……そうなんだ」


 私は心底ホッとした。

 彼がまだ“誰のものでもない”という事実に安堵したのだ。

 だがそれと同時に、私は自分の気持ちを認めざるを得なかった。



 私は……彼のことが好きなんだ、と。



 その瞬間、ずっと頭の片隅にあったモヤモヤが急に晴れた気がした。

 ユノウさんとタクトのお母様、二人にはあの時すでに、私の気持ちを見抜かれていた。

 彼女たちも読心魔法が使えたのだろうかと、あるはずもないことを考えた。


 

* * *


 ……しかし一旦自分の気持ちを認めると、今度は別の不安が襲ってきた。


 彼は好きな人がいるのだろうか……私は、どう思われているのかな……。


 リフィは彼のことを好きだと言った。

 それに加えてユルナも彼を好きだと言った、まあこれは嘘だったけど。

 それでも『好き』という言葉を面と向かって言えるのはすごいことだと思う。


 私も、この気持ちを伝えたい。でも伝えていいのか分からない。

 言ったら彼はどんな顔をするのかな……。


「——オン……リオン!!」

「へ? あ、カナタ」


 呼ばれて振り返ると、カナタが眉をへの字に曲げて呆れ顔をしていた。


「さっきからずっと呼んでいるのですよ」

「ご、ごめんね。何か用だった?」

「いえ、もう大丈夫です。それよりも()()は……」


 スッとカナタが窓を指差した。

 何かと思い指し示されたところに目を向けると、曇った窓ガラスに『タクト』と書いて——。


「——あああああっ?! ちがっこれはその、違うっ違うの!!」


 完全に無意識だった。いつの間にか考えていたことを指で書いてしまっていた。

 慌てて袖を窓に押し当てて擦ると、窓はくっきりと外の景色を映した。


「……そんなに心配なら追いかけてみますか?」

「いや、でも。リフィのこともあるし……」

「このところずっと上の空じゃないですか。行ってスッキリするなら、そうしたほうがいいと思いますよ?」


 またカナタに心配されてしまった。素直に申し訳なく思う。

 行きたいのは山々だけど……山を降りてそこから馬車に乗るとなれば何日もかかってしまうし、行き違いになるかもしれない。

 かといって“タクトとユルナが二人きり”である状況を考えると、どうしてもヤキモキしてしまう。


 ユルナの事だから何にもないとは思う……けど……。



 そんなことを考えていると、カナタが大きくため息をついた。


「……メディさん。ちょっと私たちも町を出ます。リフィのことをお願いしてもいいでしょうか?」

「ん? ああ、別に構わないのよさ。リフィには私から伝えておくよ」

「ちょ、ちょっとカナタ」

「私の杖で飛んでいけば二日もあれば着くでしょう。うじうじ悩むなんて、リオンらしくないですよ」


 カナタにしては珍しく強引だった。

 きっとそれだけ心配と迷惑をかけてしまっているのだろう。私はカナタの好意に甘えることにした。


「うう……ごめん」


 私たちは早速、町の中心に建てられた祭壇を訪れた。

 祭壇は大きな石を何個も積み上げて作られており、周囲の地面から三メートルほど高くなっている。そして祭壇の上には見たこともない巨大な水晶玉が、なんの支えもなしに浮き回っていた。


 メディさん(いわ)く、この水晶玉には膨大な魔力が込められていて、これを使えば周辺の町へ体を転移させることができるのだという。ここに住む人たちの生活の足ってわけだ。

 どんな原理かメディさんが話してくれたけど、まったくもって理解できなかった。分かったのは()()()()()()()()ということだけだ。

 

 ……ただし“行き”はいいが、“帰り”は山を地道に登るか空を飛んで来るかのどちらかとなる。完全な一方通行のようだ。


 実際にこれを使ってタクト、ユルナ、ウォンさんの三人は一瞬にして消えた。きっと山を降りたところの町に転移したのだろう。


「私たちもこれで近くの町に行き、そこからは杖で飛んで行きましょう」

「なんだか怖いね……」


 そう話していると、私たちの隣にいた治癒術師の人がぽつりと村の名を呟いた。

 水晶玉が青くぼんやりと光ると、治癒術師の人に光がまとわりついていく。そして私が(まばた)きをした次の瞬間には、忽然(こつぜん)と姿を消していた。


「よ、よし……行きますよリオン」


 カナタも緊張した様子だった。人間初めて見るものはやはり怖いと思うのが普通だろう。

 私も不安な気持ちから、思わずカナタの手を握った。


「う、うん……いいよ!」


 カナタが山の(ふもと)にある村の名を呟くと、私たちを青い光が包み込んだ。


 私が(まばた)きから目を開けた時、すでに景色は一変していた。


 村の入り口だろうか、背の低い木造の建物がいくつかあり、雪かきをする村民の姿がちらほら見えた。

 馬小屋の前には冒険者と見られる人や治癒術師の人が多く居て、ミュレからこの村に転移する人が多いことが(うかが)えた。


「こ、こんな一瞬なんだ……」

「なんだか呆気なさすぎて逆にびっくりですね……」


 これが各町や村にあればだいぶ移動が楽になるのになぁと思案していると、カナタが背負っていた杖を下ろし飛ぶ準備をしていた。


「夜までには森を越えておきたいですし、さっそく行きましょう」

「うん……ありがとう」

「お安いごようです。さ、乗ってください」


 カナタの後ろに腰掛けると、体がふわりと浮いた。

 杖は木よりも高く飛び上がったあと、横方向に一気に加速する。



 雪を切って飛び進む中、頬に当たる雪は少しだけ痛く感じた。

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