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78話 この人と結婚します

「ウォンさん……これは流石にやりすぎじゃ……」

「こうでもしないとお嬢様はまた逃げ出すでしょうから、致し方のない処置です」


 縄でぐるぐる巻きにされたユルナが床に座らされて、睨みを効かせている。

 暴れる猛獣のような扱いをされるユルナに少しだけ同情したが――。


「うううう……おいこら!! 解けクソ執事ッ!!」


 ――ここまで怒ってると縛ってたほうが安全か。今にも噛みついてきそうだ。


「あの、ウォンさん。説明をしてもらえますか? ()()()()()()ってどういうことですか?」


 俺に続いてリオンも不安の声を上げる。


「結婚もそうだけど“冒険者を引退”って……ユルナは私たちの仲間なんです。急にそんなこと言われても……」


 ウォンさんは『ふむ』と、一度思案をしてから俺たちに向き直した。


「……ユルナお嬢様には以前から縁談がありました。手紙で何度か伝えてはいたのですが、一度も返事を返してくれなかったのです」


 手紙? あ、そういえば……。


 少し前、俺はレンタルハウスでのユルナとの会話を思い出した。


* * *


 朝起きると、玄関の扉に一通の手紙が差し込まれていた。封蝋(ふうろう)が施され上質な紙を使用しているのが手触りから分かる。

 宛名には達筆な字で『ユルナ様』とだけ書かれている。


『おーい、ユルナ宛になんか届いてるぞ』

『ん? ……ッ!!』


 ソファでだらし無く横になっていたユルナが、手紙を見るなり飛び上がった。

 俺から手紙を奪い取ると、中身を見ずにビリビリと破り捨てる。


『お、おい? いいのか? なんか重要そうだったけど……』

『どうせ実家からのくだらない連絡だ。気にしない気にしない』


 なぜかその時、ユルナが手紙の中身を知られたくないように、俺には思えた。


* * *


「……あの手紙か」

「その様子だと、ちゃんと届いてはいたようですね。返事をして頂けないと困りますよお嬢様」

「親の都合で結婚なんかさせられてたまるかッ! 私は冒険者だ!! 貴族なんかくそくらえ!」


 ユルナはかなり興奮しているようだ。いつにもまして口調が荒い。

 ウォンさんはやれやれと言って、ため息をこぼす。


「……元より旦那様は、お嬢様が冒険者という仕事に就く事を心良く思っていません。冒険者は常に命の危険が寄り添いますから」

「まあ、それはそうだろうけど……」


 ウォンさんの言葉で、故郷での親父が言っていた事を思い出した。



『……いくら魔法が使えると言っても、お前はまだ子供だ。村を離れて冒険に出るお前を誇らしく思う……が、それと同時に心配でもある。俺よりも母さんの方がそう思ってるだろうよ』



 出発の時には涙を流し別れを惜しんだ親父。そして寂しそうに笑う母さん。

 きっと二人も内心ではめちゃくちゃ心配してくれてると思う。

 自分の子供が危険な目に遭うのは、親なら誰しもが反対するだろう。娘ともなれば余計にか。


「奥様も心配しておられました。今回ばかりは何としても『連れ戻せ』との命令でございます。お嬢様、どうかご理解を」

「い・や・だ!!」


 ユルナはまったく聞く耳を持たず猛反発する。

 ぷいっと顔を背けて、これ以上ウォンさんとの会話を拒絶しているようだった。


此度(こたび)の縁談は、お嬢様にとっても重要なことなのですよ?」

「私にとって……? 私よりも領地と自分の地位の為が(ほとん)どだろ。私は実家なんて継がないし、継がせるような男も作らない。なんだったら養子でも貰って継がせればいい」

「お嬢様……」


 二人の会話から、なんとなく話が見えてきた。

 ユルナのお父さんは、他の貴族の息子とユルナをくっつけて義息子に跡取りをさせたいのだろう。


 そうすれば愛娘のユルナも安全が保証されるし、自分の築き上げた地位も守れる、と。


 でも、つまりそれって政略結婚……ってことだよな? 


「……なんだよそれ」

「タクト?」


 リオンが不安そうに俺を見つめる。

 ふつふつと怒りが湧いて、言わずにはいられなかった。


「そんなの、ユルナの気持ちを何も考えてないじゃないか!! ユルナを政治の道具か何かと勘違いしてるんじゃねぇのか?」

「タクト様。これはユルナお嬢様の家の問題です。どうか口出しをされないよう――」

「――ふっざけんな!! これが口を出さずにいられるかよッユルナは俺たちの仲間だ!! 仲間を無理やり連れてかれそうになって、『はいさようなら』って簡単に言えるわけないだろ!!」


 俺が叫んだあと、室内はシンと静まり返った。

 荒れた自分の息遣いだけが聞こえる中、俯いていたユルナが口を開いた。


「そうだ。私は冒険者で、コイツらの仲間だ。それに……私には将来を心に決めた人がいる」

「——え?」


 驚いた。

 普段、まったくと言っていいほど男っ気がないユルナが、まさか好意を寄せる人がいるなんて。

 ユルナの思いもよらない発言に、リオンとカナタも同じくして驚いた顔をしている。


「……そいつはな、自分の危険を(かえり)みず誰かの為に行動できる奴だ。町のため、仲間のため、果ては自分を苦しめた敵ですら救おうとする馬鹿な奴だ。でも私は、その“真っ直ぐな生き方”に惚れたんだ」


 ゆっくりと顔を上げたユルナは俺と目が合う。

 ユルナはわずかに頬を赤く染め、窓から差し込んだ光がユルナの青い瞳をより鮮やかなものにした。

 潤んだ瞳が何度かまばたくと、意を結したように言葉を続けた。



「私は——タクトが好きだ。彼と()()()()()()()()()()()()()




 …………え?


「え、ちょ……ユルナ? 何を言って——」

「私は彼と結婚する!! だから実家には帰らないし冒険者も辞めるつもりはない!!」


 その瞬間、俺の体がぐいっと引っ張られた。

 リオンが胸ぐらを掴んで顔を突き合わせてくる。その顔つきは、なぜかめちゃくちゃ怒っていた。


「ちょっとタクトどういうこと?! ユルナと、つ、つつ付き合ってるってッ?!」

「いや、違——むぐ?!」


 否定しようとしたら口元を覆われた。するとカナタが耳元で囁く。


「今はユルナに口裏を合わせてください」


 ……カナタがそう言うってことは、ユルナの心を読んだに違いない。何か考えがあるのだろうか。

 俺が無言で頷くと覆っていた手を離してくれた。


 ウォンさんが訝しんだ顔をしてこちらを向く。


「……ユルナお嬢様とお付き合いされている、というのは本当ですか?」

「あ、ああ……本当だ」

「タク——んん?!」

「私たちはお話の邪魔になりそうですし、リフィの様子を見に行ってきますです。ほら、リオン行きますよ」

「んーー!! んんーー!!」


 暴れるリオンをカナタが引きずって部屋を出ていくと、メディも察したのか後に続いた。

 部屋に残った三人の間に、なんとも言えない緊張感が漂っている。

 そんな中口を開いたのはユルナだ。

 

「ウォンも知っているとおり、タクトは魔法が使える唯一の男だ。私が彼と結婚したとなれば、少なからず(うち)にも恩恵があるとおもうが?」


 ウォンさんは口元に手を当て、ユルナの言った言葉を考えているようだった。

 丸眼鏡の奥で切長の目がより鋭くなった。まるで俺を値踏みするかのようにじっと見つめている。


「……ふむ。これは旦那様に相談が必要ですね。電話をお借りしてもよろしいですか?」

「そこの棚の上だ。どうぞお好きに」


 受話器を手に取ったウォンさんは少しの間を置いて喋り出した。

 おそらくユルナの実家に掛けているのだろう。これまでよりもさらに丁寧な口調で、電話口に向けて話す。


「はい、(かしこ)まりました。……はい。失礼致します」


 受話器を置いてこちらに向き直したウォンさんは、さっきまでの真剣な表情から一転して柔らかい笑みを浮かべた。


「旦那様より『縁談破棄の理由は分かった』、と」


 その瞬間、ユルナの顔が綻んだ。

 しかし、続けて言ったウォンさんの言葉にユルナはまた怪訝な顔になる。


「——ただ、『縁談を持ちかけてきた相手の面子(メンツ)もある。一度帰ってきて、正式に断りを入れろ』と仰っておりました」

「はぁ? そっちで勝手に話を進めておいて、なんで私が……」

「お嬢様のお望みを叶えるならば、この提案は飲んだほうが良いと思いますよ」


 これはウォンさんの言う通りだと俺も思う。

 せっかく縁談破棄を許して貰えたのだ、冒険者を続けられるならここで綺麗さっぱり話を着けたほうがいいだろう。


「ひいてはタクト様にも御同行願いたい。旦那様がお会いしたいと申しておりました」


 ……まあ、そうなるよな。

 “結婚を前提に付き合っている”となれば、両親へ挨拶にいくのが普通なことぐらい分かっている。


 ユルナと顔を見合わせると、その目は『悪いな』と言っているように見えた。


「……分かったよ。行くよ、言って話をすればいいんだろ?」

「有難うございます。ユルナお嬢様もそれで宜しいですか?」

「ああ、望むところだ」


 まるで決闘でもしに行くかのような物言いに、俺は不安な気持ちになった。

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