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77話 お嬢様

「いやはや、タクト様には驚かされるばかりです」

「“様”はよしてくださいよ……俺はユルナたちに助けられてばっかりで、何も凄いことなんて」

「ご謙遜を。その若さで、しかも男が冒険者とはなかなか無いことですよ。もっと誇るべきです」


 ウォンさんは人を褒めるのが上手だった。

 俺は照れ臭くなって、リオンが用意した紅茶に手を伸ばす。匂いなんか嗅いでみたりして平静を装うが、ウォンさんにはそれも見抜かれている気がした。


 同じようにしてウォンさんが紅茶を口に含むと、つぶらな瞳を大きくして驚いた。


「これは……とてもよい香りだ。レモンティーですか?」

「はい。それはタクトの故郷で採れた茶葉とレモンで作ったんですよ」


 故郷を出る時、母さんがリオンに何か渡してたのはこれだったのか。

 リオンは相当気に入ったのか、淹れ方を母さんに聞いていた。


「風味もさることながら、良い淹れ加減です。リオン様には料理の才がある」

「そんな……私は自分が美味しいと思った加減で淹れただけなので……」

「繊細な舌をお持ちのようだ。料理人を目指せば必ずや成功するでしょうな。将来、リオン様の夫となる者が羨ましい限りです」

「いやそんな夫なんて……私まだ十九歳ですし、気が早すぎるっていうか……えへ、えへへ」


 リオンは、誰が見てもまんざらでもない様子で照れている。


「ただいま戻りましたよー……って、どちら様です?」


 リビングに入る手前で足を止めたカナタが、(いぶか)しげな表情でウォンさんを見ていた。


「おお、カナタ。どこ行ってたんだ?」

「魔術書を買いにちょっとぶらっとです。なんでリオンはクネクネしながら笑っているのです?」

「ああ…リオンはほっといてやってくれ。えっと、この人は……」


 ウォンさんは俺が言うより早く立ち上がり、また深々とお辞儀をする。

 どこまでも律儀な人だなぁ。執事ってみんなこうなのかな。


「申し遅れました。(わたくし)——」

「ウォンさん、ですか。ユルナの実家で執事をしているようですね」

「なんと、私の心が読めるのですか?」


 カナタはじっとウォンさんを見つめると、怪しい人ではないと分かったのか警戒を解いた。


「カナタは読心魔法が使えるんだ。要らないことまで読み取っちゃうのがたまにキズだけど」

「ほう……それはそれは、カナタ様に隠し事はできませんな。探偵にでもなれば、どんな事件でも解決できそうだ」

「それはどうもです」

「——さっきから何を話しているのよさ」


 カナタの横からツインテールを揺らして現れたのはメディだ。

 今日のリフィへの治癒魔法が終わったのだろう、額に汗を浮かべて疲れた様子だ。

 メディはツカツカと俺の元まで歩いてくると——突然、俺の頭を殴りつけた。


「——いったぁぁッ?! な、なにすんだよ!!」

「それはこっちの台詞なのよさ! あれだけ知らない人を家に上げるなと言ったのに、この馬鹿者はッ!!」

「ち、違う! この人はメディじゃなくてユルナに用があるみたいだから……ッ」


 俺が慌てて弁明しようとすると、ウォンさんが側まで来て頭を下げる。


「大変な失礼を謝罪致します。(わたくし)がタクト様に無理を言ってお願いしたのです。どうか、叱責ならこのウォンに」

「……ふん。ちゃんと(わきま)えてるようね」


 不機嫌そうにどっかりとソファに腰を下ろしたメディは、俺のレモンティーを一口で飲み干した。

 空になったカップを俺に見せつける。これは『おかわり』の合図だ。


「はいはい……今、淹れますよ」

「返事は一回なのよさ!!」


 一見メディは元気そうに見えるが、実はあれでかなり無理をしているのだ。

 それもそうだろう、二時間ぶっ通しで魔力を使い続けるのはかなりの体力を消耗するし、メディの実年齢を考えると老体に鞭を打っていることになる。


「タクトは座ってて。私が淹れるから」

「いいよいいよ。リオンこそ座ってなよ」

「どっちでもいいから早く淹れなさいよさ!」


 それにしても今日はいつになく不機嫌だ。よほど今日の治癒が難航したのだろう。

 メディは首を左右に傾けては眉間に皺を寄せて、キツそうな顔をしている。


「メディ様。もし宜しければマッサージを致しましょうか? これでも(わたくし)、整体の心得がございますので」

「ん? おお、それはありがたいのよさ」

「では、失礼して」


 メディの背後に回ったウォンさんは肩に手を添えると、ぐっと力を込めた。


「あっ……そこ……ふぁっ」

「ふむ、やはりだいぶ凝り固まっていますね」

「んん……はぁあ……なかなか、やるじゃないっのよさ……」


 メディは恍惚の表情を浮かべて肩を揉まれている。

 しかしまあ、その見た目で変な声を出さないでほしいものだ。


「……タクト。何を考えているのですか」

「な、なななにも?」


 油断するとすぐにカナタが俺の心を突いてくる。あぶないあぶない。変なことを考えるのはよそう。


 その時、玄関のほうで物音が聞こえた。

 合わせて帰宅を知らせる声も。


「おーい帰ったぞー」

「お、帰ってきたな。ユルナーちょっとこっちに来てくれ。ユルナ宛てにお客さんだ」

「私に? いったい誰、が……」


 リビングに顔を出したユルナが、手に持っていた荷物を床に落とした。

 その表情は髪の色と同じく、どんどん青ざめていく。


「なっ……ウォ、ウォン……」


 マッサージの手を止めたウォンさんは、ユルナに深々と頭を下げる。


「お久しぶりでございます、ユルナお嬢様」

「何しに——」

「お父様からの言伝を(たまわ)り、伺った次第でございます」

「……そうか、()()()()()()()()()


 ユルナは何か思うところがあるのか、俯いて肩を震わせていた。


「ユルナ? どうしたんだよ?」

「……ならばッ」


 それだけ言い放つとユルナが玄関に向かって走り出した。まるで何かから逃げるように家を飛び出していく。


「——え? ちょ、ユルナ?!」

「皆様、失礼致します」


 ウォンさんは短くそう言うと、ユルナのあとを追って部屋を飛び出した。

 部屋を出るウォンさんの横顔は先ほどまでの(ほが)らかな表情は消えて、切長の目を光らせていた。


「なになに? え、どうしたの?」


 二人の慌ただしい様子にリオンは驚き、うろたえていた。


「俺たちも追うぞッ!」


 なにやらただならぬ雰囲気を感じて、二人のあとを追いかける。

 ユルナとウォンさんは既に敷地の外に出ていて、急勾配な坂を駆け上がっていた。


「なん、だ……アレ……」


 俺が驚いたのはウォンさんの動きだ。


 ウォンさんはその見た目から五十、六十歳はあるように見えた。しかし、その動きはとても年齢に見合わない俊敏な動きで、ユルナに差し迫っていたのだ。


 前傾姿勢、それも顎が地面に付きそうなほど身を低くして駆けていく。



 蹴り上げられた雪が大きく宙を舞い、雪煙を上げていた。とてつもない脚力だ。



 その姿はさながら、獲物を狩り取ろうとする獣のようにも見える。



 ウォンさんはあっという間にユルナに追いつくと、首根っこを掴もうと手を伸ばした。

 その時だった。


「――ッ!! 【雷の精霊よ……」


 ユルナの詠唱が聞こえた。


 逃げるユルナの周囲に閃光が走り、バチバチといった音が鳴り響く。



 なんで魔法を――ッ!? 相手はただの人なのに!!



「ユルナッ!! 待ッ――」

「――【雷光槍ライトニングスピア】!!」


 俺が止めるよりも早くユルナの詠唱が叫ばれる。


 宙に展開された四本の光の槍が、その矛先をウォンさんに向けて一斉に放たれた。


「ウォンさんッ!!」



 槍は俺が瞬きをしている間に地面へ深々と突き刺さっていた。

 槍は降り積もった雪を吹き飛ばし、地面を露出させた。


 ――しかしそこにウォンさんの姿は無かった。



 いったいどこに……?



「……お戯れが過ぎますよ。ユルナお嬢様」

「上ッ?!」



 ウォンさんはいつの間にか空中にいた。


 光の槍が体を貫くよりも早く、彼は宙に飛び上がっていたのだと遅れて理解したが、それと同時にウォンさんは普通の人ではない事も分かった。


 こんな動き……筋力増強魔法でも無ければ有り得ない。


 まさかウォンさんは魔法を……? そんな馬鹿な。



 ウォンさんはそのままユルナの上に覆い被さると、抵抗しようともがくユルナを押さえつける。


「クソッ!! 離せ!!」

「相も変わらず、言葉使いが悪いようでなによりです」

「ユルナッ! ウォンさん!! いったいどういうことなんだよ!?」


 ウォンさんはユルナが暴れていても涼しい顔をしていた。

 駆けつけた俺たちに視線だけを向けると、ウォンさんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「失礼しましたタクト様。(わたくし)がここに来た理由を言っていませんでしたね。それは――」


 片手で眼鏡の位置を直し、顔を上げたウォンさんは朗らかな表情を見せて言った。


「――ユルナお嬢様のご結婚、ひいては冒険者を引退して頂きたく参った次第でございます」



 …………は。



「「「け、結婚んんん?!」」」

「離せってば!! このっ馬鹿執事!!」

「はっはっはっ。その呼び方も今や懐かしく感じますね」


 ウォンさんはとても嬉しそうに笑っていた。

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