74話 飴と鞭と飴と
地上へ降り立った二人は俯き加減で、周囲の炎が二人の顔に影を落としていた。
二人の様子から察するに、さっきのを見られた可能性が高い。そして間違いない――誤解されている。
まずは弁明をしなければ、と俺は考えた。
「ち、違うんだ!! 今のリフィはレイラで、その……そう魔力! 魔力を俺に……」
「タクト、落ち着いてください。言っていることが少しもわかりません」
そうだ! カナタなら俺が言葉にせずとも読心魔法で分かってくれるはずだ。
「……はい。二人とも居なくなってこっちは心配していたのに、いざ見つけ出したらこんなところで逢引をしていた……ちゃんと事実は理解していますです」
「違う!! それは誤解なんだって!! レ、レイラもなんとか言ってくれよ!!」
救いを求めて叫んだ時、隣からドサッという音が聞こえた。
見ると、さっきまでそこに立っていたリフィ……もといレイラが地面に倒れている。
真っ赤に染まっていた髪も、いつの間にか元の深緑色に戻っていた。
「リフィッ!?」
髪を掻き分けて顔を出すと、息はしている。どうやら気を失っているみたいだった。
リオンとカナタも近寄ってきてリフィの様子を確認すると、二人で顔を見合わせた。
「……リオン、とりあえず今は二人を連れて戻りましょう。これ以上、町の人たちに迷惑をかけられないです」
「うん……そうだね」
カナタの杖に乗せてもらい、ひとまずは無事に町へ帰ることができた。
杖に乗れるのは一人ずつで、リフィ、リオンと順番に運ばれた。
当然のように、俺は最後まで乗せてもらえなかった。
* * *
「よくまあ、崖から落ちてこの程度で済んだのよさ」
メディは俺の状態を確認しながらそう呟いた。
この程度、というのは右半身の打撲と擦り傷、そして右肩脱臼の事を言っている。
正直、むちゃくちゃ痛いんだけど。
治癒術師の最高レベルの人が居てくれて助かった……きっとすぐに、治癒魔法でこの痛みともさよならでき――。
「――ほいっと」
「いッだぁあぁぁああああッ?!」
突然、痛む右肩を下からグッと押し上げられた。
「な……いきなりなにすんだよ!! 痛いって言ってんだろ!!」
「だから治してやったんじゃないか」
「これのどこが治……あ、あれ?」
気づけば、さっきまでの痛みが嘘のように消えていた。腕を上げても肩を回しても、もう痛くはない。
「ただの脱臼だ。治癒魔法を使うまでもないのよさ。擦り傷もほっときゃ治る。風呂は沁みるだろうけど、みんなに迷惑かけて逢引きしてた奴には、ちょうど良い罰だね」
「――だからアレは誤解でッ」
「弁明するなら、後ろにいるお仲間さんにしな」
背後から感じる“圧”に、俺はゆっくりと振り向いた。
そこには笑顔のリオンとカナタが立っていた。顔は笑っているが目が笑っていない。
「タクト。まだ体痛むでしょ?」
「私たちが体を流してあげますです。擦り傷からバイ菌でも入ったら大変ですしね」
「そうそう。入念に洗わないと、ね?」
二人が両脇に立つと、それぞれが俺の腕を取った。
腕を掴む手に力が入っているのが分かる。これは簡単には離してくれそうにない。
「り、リオン……さん? カナタさん?」
「女の子二人から背中を流してもらえるなんて、そうそうないよ? しっかり洗ってあげるね」
「私たちが“仲間思い”で良かったですね。さぁ行きましょうか」
せめてもの抵抗で足に力を込めたが、ズルズルと引きずられて風呂場へと連行された。
この後、声が枯れるまで叫んだのは言うまでもない。
* * *
「いっ……つつ」
まだヒリヒリと痛む自分の体を抱きしめて、俺はベッドに入っていた。
二人は相当怒っているようで、風呂場では酷い目にあった。
二人の誤解を解くには時間がかかりそうだな……。
……というか、カナタは分かっているはずだ。俺にキスをしていたのはレイラで、それが魔力を分け与える為だってことが。きっとカナタは面白がってやっている。そうに違いない。
それにレイラもレイラだ。魔力を渡すだけなら手を握れば済む事だし……なんでキスなん、か……。
――俺、キスしたのかッッ!!
そこでやっと、俺の“初めて”が奪われたことに気づいた。
自分の口に思わず手を添えて、あの時の事を思い出す。
柔らかさとちょっとだけ湿った感触。頬にかかる息。甘い香り。
思い出しただけで、ゴクリと喉が鳴った。
……まてよ? 姿かたちはリーフィリアだったけど、アレは間違いなくレイラだった。強いて言えば、今のリーフィリアはリフィだし……。
この場合、俺は誰とキスをしたことになるんだ?
体はリーフィリア(25歳)
心はリフィ(推定10歳)
操っていたのはレイラ(推定300歳以上)
リフィは……色々とまずいよなぁ……かといってレイラだと、もはや人としてカウントしていいのか怪しいところだ。
リーフィリアなら、まぁ……いやいや俺を好きだと言ったのはリフィだし、リーフィリアがそう思ってるのか分からないよな。
悶々と頭を悩ませていると、突然部屋の扉がノックされた。
「――タクト」
「ひゃいっ!?」
声をかけられて変に声が裏返ってしまった。落ち着け俺、一旦さっきの事は忘れよう。
「ちょっと話があるの……入っていいかな?」
声からして、そこにいるのはたぶんリオンだろう。
俺はベッドから起き上がり、二度三度と深呼吸をして思考をクリアにした。……よし大丈夫だ。
「あ、ああ。いいよ」
ガチャリとドアが開けられると、リオンが部屋に入ってきた。
その表情は、俺が救助されてから変わらず暗いままだ。
「どうしたんだ、急に――」
「……となり、いいかな?」
「え? あ、うん……」
俺はリオンが座れるようにベッドの中心から横にずれたが、リオンは間隔を開けず真隣に座った。
風呂上がりだろうか……座る動作の時に、ふわりとシャンプーのいい香りがして、ドキっとする。
少しの沈黙のあと、リオンが小さな声で喋り出した。
「……さっきのって、本当に違うの?」
「さ、さっきの……?」
「リフィと……してた」
ああああああッ!!
話があるってなったらそうだよね! そうなるよね!!
やっとの思いでクリアにした思考が、全部戻ってきてしまった。
「アレは本当に誤解で!! 魔力が切れてた俺に、レイラが魔力をくれようとしたみたいでッ だからその……そうゆうのじゃないからッ」
「……そっか」
なぜだろう、リオンはどこかホッとしたような顔をする。暗かった表情が消えたことで、俺も内心ホッとした。
これで誤解は解けた……よな?
「じゃあ……」
リオンが立ち上がるのを見て、それが会話の終わりだと思った。夜も遅いし部屋に戻るのだろう、と。
「あ、ああ。おやす――」
『おやすみ』を言いかけて、リオンの行動に言葉を飲み込んだ。
リオンはベッドの反対側に回るとブランケットをめくり、あろうことか横になったのだ。
「リ、リオン?」
その行動の意味が分からず俺がしどろもどろしていると、リオンは口元まですっぽりと包まったまま、こちらを向いた。
「その……ちょっと寒くて、少しだけ一緒に寝ていい?」
え……そ、それって同じ布団で、ってコトデスカ?




