69話 悩める恋心
どうしてだろう。ずっと気持ちがモヤっとしている。
このモヤモヤはタクトを見るたびに強くなっていった。なんなら今現在も、前を歩くタクトとリフィを見て絶賛モヤり中だ。
「うーん……」
「どうした? さっきから浮かない顔して」
「はぁ……いや、なんでもないよー」
ユルナにも気を使わせてしまった。この気持ちはどうしたら晴れるんだろうか。
このモヤモヤの原因には一つだけ心当たりがあった。それはレンタルハウスでリフィが言った言葉だ。
『わたし、タクトのこと好き!』
あ、思い出しただけでまた“モヤり度”が上昇した気がする。
今のリフィの状態を考えると、その言葉に深い意味はなく何気なしに言った可能性が高い……はずだ。うん、たぶん。
でも、もしそれが本心だったら? そう考えずにはいられない理由もあった。
病院で目を覚ましたリーフィリアは、最初は自分の名前すら覚えていなかった。私たちのことや旅の話、つい先日のヴィーナスガーデンでの出来事ですら、まったく覚えていないというのだ。
色々話しかけているうちになんとか名前だけは思い出したようだけど……一つだけ彼女が忘れずに覚えていた事がある。
『タクトとの思い出』。ほとんどの記憶を失っていても、それだけは覚えていたのだ。
以前、病院でリーフィリアを診てもらった時に治癒術師のお姉さんはこうも言っていた。
『人の記憶ってのはその時の気持ち次第で、短期的か長期的かが決まる。何気ない日常のことはすぐに忘れるが、嬉しい時や悲しい時の記憶は長く残るもんだ』
彼女にとってタクトは初めての“仲間”だったし、それを本人がすごく喜んでいたのは言うまでもない。だから忘れなかった――最初はそう考えていた。
敵視魔法にかかった私たちを助ける為にタクトに協力して、今度はタクトを助ける為に身を挺して戦ってくれた。
仲間を想っての行動……というよりはタクトを想っての行動に思えて仕方がないのだ。
大切な思い出……強く心に残ったものだけが忘れずに覚えていたとすれば、タクトを好きという気持ちはもしかすると、本当に……。
その考えに至った時、モヤモヤしていた気持ちがチクチクとしたものに変わった。まるで胸にトゲが刺さったように小さく、しずしずと痛む。
タクトはリーフィリアをどう思っているんだろう……。好き、なのかな……。
私は……私はタクトを――。
「――リオン」
「ひゃいっ!?」
急に肩を叩かれて、思わず変な声が出てしまった。
振り向くとカナタが心配そうな顔で私を見つめていた。
「な、なに?」
「……いえ、なんでもありませんです」
ふいっと私から目を逸らすと、カナタはいつも通りの表情に戻った。
うーん。カナタにも心配されてしまった。
これ以上考えるのはよそう。
それよりも、こうしてみんなで旅に出るのは久しぶりなんだから、今はこの時を楽しむべきだよね。
辺りを見渡して驚いた。私が考え込んでいる間にずいぶんと歩いていたらしい。
長く広かった平原地帯がもうすぐ終わり、山の入り口が見えていた。
空を見上げると太陽が私たちの真上にあった。
「ねぇタクト。ここら辺でお昼休憩にしない? 山に入ってからだと休めるところ少なそうだし」
「それもそうだな……あの木の下で休憩にしようか」
タクトが指差す方向には大きな木が数本生えており、だだっ広い平原に影を作っていた。
「さんせー! じゃあ、リフィがみんなのお昼ご飯作るね!」
「――ッ!! き、今日は俺が作るよ! リフィも疲れてるだろ? これから山に入るし、ゆっくりしてなよ!」
「えー? ぜんぜん元気だよー?」
「いいからいいから……!!」
タクトは昨日の料理がトラウマのようだ。まあ、あれじゃあ無理もないよね。またお腹を壊して歩けなくなっても困るし、私も手伝うとしよう。
「火と水はいつでも言ってね。いくらでも出せるから」
「ああ、助かるよ」
そう言って彼が私に向けて微笑むと、胸のチクチクがスーッとどこかへ消えていった。
* * *
「――リオン」
「ひゃいっ!?」
ぼーっとしていたリオンが素っ頓狂な声をあげた。
こちらに振り向いたリオンは、それまで考えていたことを必死に忘れようとしている。
――人は、胸の内までは隠せない。
「な、なに?」
リオンはどこか、まごついた様子で返事をする。
それで平然を装っているつもりなのだろうか。リオンも私の魔法は知っているはずなのに……それも考えから抜け落ちるほど、リオンの頭の中は彼のことでいっぱいになっていた。
「……いえ、なんでもありませんです」
二人がアークフィランに戻って来てからというもの、リオンの思考にはずっとタクトがいる。
自分では気づいていないのか、それとも気づかないようにしているのか……ともあれ、リオンがタクトに好意を寄せているのが分かった。
そして、リフィ。リーフィリアもタクトの事を好きだと言っていた。
私がこんな事を考えてしまうのは、そんな二人の“想い”に触れてしまったからなんだと思う。
――私も、タクトが好きだ。
でも、タクトは私をそうとは思っていない。嫌われてもいない。タクトからすれば私は“仲間の一人”だ。
タクトが見て、考えているのは――いや、人の想いはちょっとしたことで変わってしまうものだ。今ぐだぐだと考えても仕方ない。そう、仕方ないのだ。
……心が読めちゃうのは、やっぱりしんどいですね。
その時、ポンと私の肩に何かが触れた。
何かと思って振り向くと、私の頬をむにっと細いものがつついた。これはユルナの指だ。
「……どうしましたか、ユルナ」
「いやぁ、なーんかまた考えてんのかなぁと思ってね」
イジられたことに対して不満の視線を送ると、ユルナはパッと手を離して悪戯っぽく笑った。
ユルナは時々、私の心を読んだような事を言う。心が見えているわけがないのにそう感じるのは、ユルナが誰に対しても気を配っているからなんだろう。
「変に悩むぐらいなら、いつでも相談してこいよ」
ユルナは本心からそう言っていた。
まったく裏表のない性格。心を読まなくてもいいほど真っ直ぐな言動。ユルナとの会話は面倒な事を考えなくていいからか、いつも気持ちが楽になる。
……ああそうか、私が彼を好きな理由が分かった気がする。
彼もまたユルナと同じタイプなんだ。
真っ直ぐで裏表がない、だから一緒にいても苦じゃないんだ。
その事に気づかせてくれたユルナには感謝しかない。
「……大丈夫です。ありがとうですよ、ユルナ」
すると、私の耳元にユルナが顔を近づけてそっと囁いた。
「……あんまり溜め込むなよ。夜中ならみんな寝てるし、一人で発散させとけ」
「――ッ!! そそそんなことしないです!!」
「んー? そんなことってどんなことだ?」
「し、しりませんッ!! ユルナは変態さんです!!」
ユルナは冗談だよと笑った。
これもまた私を気遣って言っている。本当にユルナは優しい人だ。
私は、良い仲間に恵まれた。できればこんな事で輪を乱したくはない。
この気持ちはもう少しだけしまっておこう。
……ただ、もしも彼の“想い”に私が入る余地があるのならその時は……私も胸の内を明かそう。