7話 災厄と決意
「ふぅ……」
吐く息は白く濁り、風に乗って消えていく。
今日も俺は一人で岩山に来ていた。理由はいつもどおり。魔法の練習だ。
一本の木に向かって手の平を突き出し、詠唱を叫ぶ。
「【風の生霊よ 刃となりて引き裂け! 風刃乱舞】ッ!」
そよ風が枝に残る枯れ葉を揺らした。つまり、何も変化はない。
「やっぱり駄目かぁ……」
魔法にも人によってそれぞれ適性があることは知っている。火が得意だが水を出せない者。また逆も然りだ。
女は基本的に、皆なにかしらの魔法を使える。小学校の授業で『適性魔法検査』が女子にだけあった。皆そこで自分の適性を知るのだ。
男の俺はそんな検査を受けていないし、魔女から受け継いだ力だ。何が出来るのかまったくの未知数。ゆえにこうして一個ずつ試していくしかない。
「反抗魔法の時は色々出てくるんだけどなぁ」
火も水も風も単体では出せなかったが、反抗魔法を使う時だけはイメージしたものが発生するみたいだ。
「【反抗】ッ!!」
叫んでも今は何も起こらない。
やっぱり誰かの敵視を買ってないと発動しない、か。うーん便利なようで、すごく不便。
「あっいたいた! タクトー!」
「――ッ、なんだリオンか」
背後から声を掛けられてドキっとしたが、俺の秘密を知る人物で安心した。
「『なんだ』はひどいんじゃない?」
「ご、ごめん」
頬を膨らませて分かりやすく不満をアピールしている。
そんなリオンの後ろからさらに二人、山を登ってくる人がいた。カナタとユルナだ。
「こんな寒い日によく山なんか登れるな……」
「ガチガチガチガチ……」
ユルナは両腕で身を細め、カナタは歯を震わせ喋るのもままならない様子だ。
「三人揃ってどうしたんだ?」
「昨日の件で話がしたくて。他に人がいない時じゃないと話せないでしょ?」
それだけで『俺が魔法を使える件』について聞きにきたのだと分かった。
昨日はカナタに黙ってて貰ったしな、そりゃ気になるよな。
「ここじゃ寒いし、あっちに洞窟があるからそこで暖を取ろう」
「ガチガチガチ(早く火を)」
山を少し下ったところに、雨風を凌ぐのにちょうどいい窪みがある。たまにここで昼食をとったりする、俺の秘密基地的な場所だ。
事前に集めて保管していた薪と枯れ草をまとめ、火を点けようとマッチを擦るがなかなか点いてくれない。
俺の行動を不思議に思ったのかユルナが常識を口にした。
「なにしてるんだ? 魔法で点ければいいじゃないか」
俺だってそうしたいさ! けどユルナが思っているような魔法じゃないんだよなぁ。
なかなか火を点けられない俺を見かねて、リオンが魔法で火を灯してくれた。
「ありがとうリオン」
「なんのなんの!」
「さてと……俺が魔法を使えるのは、カナタから聞いているよな」
ユルナは黙って首を縦に振る。
本題がそこじゃないってのは、三人の俺を見る目で気づいていた。
『何故、男の俺が魔法を使えるのか』、そこについて知りたがっている。
リオンには一度見られているし、カナタにも冒険者たちの思考を読んで知られている。この三人に隠し通すのは無理だな。
俺は半年前、村を追われた日の事を話すことにした。
* * *
「……にわかには信じられないな」
「三百年前の『憎しみの魔女』が生きてたって……もうその言葉だけで十分ファンタジーだよ!」
「タクトの頭を心配するレベルですよ」
三人とも半信半疑……いや、疑う気持ちの方が強いだろう。俺だって魔女の婆さんが本当に存在していたのかすら、今となっては怪しい記憶だ。
「どんな魔法が使えるんだ? やってみてくれ」
「今使えるのは敵視魔法だけ。これは相手の憎しみや敵意を自分に集める魔法だから、できれば人に向けて使いたくないんだ……」
村の人や親父、母さんが豹変してしまった事を思い出す。この魔法の解き方も分からない以上、むやみに使う事ができない。
「……人に憎まれる魔法か、聞いた事がないな」
「大きな図書館にでもいけば、魔法に関しての文献など残っているかもしれませんね」
たしかにカナタの言う通り、魔法が認知されてから三百年もの歴史がある。憎しみの魔女について調べていけば、何か分かるかもしれない。
なんだか『冒険者』っぽくて、良い目標ができた気がする。
「まあ、そういう経緯だから、できれば周りには言いふらさないで欲しい」
「事情は分かった。しかし、悪知恵の働く奴に目を付けられたら拉致、解剖、人体実験とかされそうだな」
「そ、そこまで?!」
「そりゃあ『男も魔法を使える』なんて、これは人類にとって一大事ですよ。力を求めて貴族とかが押し寄せそうですね」
もし詰め寄られてもそれを押し除けるだけの力があればいいんだが、この魔法じゃ難しいな。公に魔術師を名乗るためにはもっと強くならなければ。
「タクトはさ。これからその魔法を使ってどうするつもりなの?」
リオンが真面目な顔をして聞いてくる。
どうしたい、か。魔女の婆さんからも同じようなことを聞かれたな。
人に憎まれるこんな魔法でも、俺が目指す夢は変わらなかった。
「世界中を飛び回って、困ってる人を助けたい。そしていつか最強の魔術師になる。俺の夢だ」
「そっか……」
リオンはユルナとカナタに何か目配せをしたように見えた。
数秒の間を置いて口を開く。
「タクト、あのね――」
ゴォン ゴォン ゴォン
突如、町から大きな鐘の音が鳴り響いた。
荘厳な音色に混ざって、町の各所に設置されたスピーカーから伝令が聞こえてくる。
「一体なんだ?」
「シッ! この鐘は冒険者ギルドからの緊急伝令です!」
俺を含めた四人はスピーカーの声に耳をそばだてた。
『ギルドより伝令ッ……北西より多数のッ……冒険者は至急ッ……ギルドへ!』
ただ事ではなさそうな雰囲気に俺は生唾を飲み込んだ。
横を見るとリオンが何かに気付き表情を強張らせている。
「北西から多数……まさか」
「なんだ? 何か知ってるのか?」
「みんな! あれを見るのですッ!」
カナタの指差す方角。北西の遥か遠くに小さな太陽に似た光が見えた。
太陽にしては小さく、ゆらゆらと形が動き続けている。
「なんだ……あれ……」
「……冬の寒さを求めて世界中を飛び回る、災厄の鳥……不死鳥の原型とも言われているモンスター」
輝きは少しずつ大きくなり、徐々に町へ近づいている。
それは燃え盛る巨大な一羽の鳥に見えた。
なんだ? 何か動いてる?
その巨体全てが、小さなモンスターの集まりによってそう見えている事に気付いた時、鳥肌が立った。
リオンがポツリと呟く。
「ファイアーバードの群れ」
* * *
山を下り町へと戻ると、慌てふためく人々で町は騒然としていた。
そんなにヤバいのか? 皆、荷物抱えて避難してるし、俺たちも避難したほうが――。
「タクトはおじさんとおばさんの元へ行って!」
「リオン達は!?」
「私達は冒険者ギルドに行く! あの鳥から町を守らなきゃ!」
「じゃあなタクト!」
「無事に避難するんですよ」
「あ……お、おい!」
そう、彼女達は冒険者だ。そして、俺はただの一般人。
魔法が使えない男は避難に徹するのが常識で、魔法が使えるってだけで少女達は戦いに駆り出される。
モンスターとの戦いは怪我もするし、命を落とすこともある危険な仕事だ。なかには怖くて戦えない少女もいるだろう。
俺たちも避難したほうがいい? 何を考えてんだ俺は……何のために村を出た。何のために婆さんから力を貰った?
逃げ腰だった自分に腹がたって、握りしめた拳を太ももに叩きつけた。
俺は……もう、守られる側じゃないッ!!
町を救う事は人を救う事と同じだ。
俺は三人の後を追って、走り始めた。
刻一刻と災厄は近づいて来ている。