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68話 面影とゲテモノ料理

 平原のど真ん中で、俺たちはモンスターと交戦を強いられていた。


――パァンッ


「うわっ!!」


 破裂音が鳴ると同時に、吹き飛んできたバルーンビーが俺の眼前でビタリと止まった。薄っすらと虹色に光る壁に阻まれて、バルーンビーは怒ったように鳴き声を発した。


「ギュイィイ!! ギィイイ!!」


 リオンが張った魔法障壁がなければ、間違いなく顔に穴があいていただろう。考えただけでゾッとする。


「まだ来るよッ!!」


 今度は立て続けに破裂して、先程の一匹と同じく障壁に突き刺さる。

 尻に付いた針を無理やりねじ込もうとしている姿は、怖いというよりは気色悪かった。虫の腹ってなんでこんなにグロテスクなんだろうね。


「――てェやッ!!」


 ユルナがバルーンビーに向けて槍を突くが、素早いく散開してかわされてしまう。

 そうしてまた一定の距離まで離れると、ハチの尻部分がムクムクと膨れ始めた。


 バルーンビー……尻部分が大きく風船のように膨らむハチモンスターだ。膨れ上がった尻部分を破裂させることで、目にも止まらぬ速さで突っ込んでくる。

 厄介なのは、破裂した尻部分は“すぐに何度でも再生”することだ。

 さらに破裂後の身軽になった体は、普通のハチと変わらず素早い。


 今のところ魔法障壁さえ張っていれば、こちらに攻撃は当たらないけど……その間リオンは魔力を消費し続けないといけない。


「お願い三人とも……早く……」

「わかってる……ッ この、くそ!!」


 ユルナの槍は、空中を自由自在に飛び回るハチをなかなか(とら)えられないでいた。


「ユルナ下がってください! 【凍てつく手(フリーズハンド)】!!」


 カナタが氷魔法を唱えると、地面から逆氷柱が発生した。氷柱は大きな手の形になりハチを覆い掴もうとする……が、これも簡単に避けられてしまった。


 俺の反抗(レジスト)魔法で一気に燃やすか……? でも魔法障壁の中からじゃ無理だ。一旦外に……出た瞬間撃ち抜かれそうだな……。


 だだっ広い平原では一時的に身を隠せそうな障害物もない。

 俺が頭を悩ませていると、隣にいたリーフィリアが手を離して、ゆっくりと前に出た。


「おい、リフィ!?」


 俺の静止の声も聞かずリーフィリアは魔法障壁の一歩外に出る。それに気づいたバルーンビーの一匹が、彼女に狙いを定めていた。

 まずい。このままじゃリフィが――。


「リフィ戻ってッ――!!」


 リオンの言葉が途切れたのとほぼ同時に、破裂音が鳴った。

 俺はその音で最悪の事態を想像して、思わず目を(つむ)ってしまった。


 ど、どうなった……?


 恐る恐るまぶたを上げると、リーフィリアの顔の横。空中で動きを止められたバルーンビーがバタバタとうごめき、断末魔を叫んでいた。


「ギィ……ギギギ……ギュイ!!」


 気づけばリーフィリアの髪が(つる)のようになって、細く尖った先端がバルーンビーの体を貫いている。

 串刺しにされたバルーンビーは、しだいに動きが鈍くなり、そして動かなくなった。


 パァンッ パァンッ パァンッ


 またも立て続けに破裂音が響いた。

 リーフィリアはその場から動かずに、髪だけがまるで意思を持ったように動く。それはとても目で追えない速さだった。

 次に髪が動きを止めた時には、その先端にまるで団子のようになったハチが三匹突き刺さっていた。


「す、すげぇ……」


 最後の一匹がリーフィリアに恐れをなしたのか、逃げるような素振りを見せた。それをリーフィリアも見逃さなかった。

 一閃、髪に体を貫かれバラバラになったハチは、風に流されて消えていった。


「……リーフィリア」


 深緑色の髪が風になびくその後ろ姿に、俺はかつてのリーフィリアを見た気がした。

 凛々しく強いリーフィリアの面影が、間違いなくそこにあったのだ。

 彼女がくるりと俺の方に向くと、ガッツポーズをして満面の笑顔を見せた。


「――ふふん! どんなもんだいっ!」


 それは子供が親に自慢するように、悪戯っぽく幼い表情だ。


「まったく……」


 旅に出て早々に怪我人が出たら、ほんと洒落になんないよ。


「ありがとうリフィ」

「えへへ」


 その場にいた全員がホッと胸を撫で下ろした。


* * *


「こ、これほんとに食えるのか……?」

「大丈夫だよー! それとも私の作る料理は嫌……?」


 リーフィリアは目を潤ませて、今にも泣きだしそうな顔をする。


「いや……でもこれは……」


 目の前に差し出された器に、俺は戸惑いを隠せなかった。器の中には紫色の液体が入っていて、虫の脚のようなものが見えている。そう、バルーンビーの脚だ。


 バルーンビーは一匹が拳大の大きさをしていて、ユルナいわく珍味と呼ばれるものらしい。

 バルーンビーの体には樹木や花の蜜が染み込んでいるらしく、粉々に砕けば砂糖の替わりになるらしい。


 「今日の晩ご飯は私が作る!」と意気込んだリフィを誰も止めなかった。だってそうだろ? 誰がこんな、料理ともいえない料理が出てくると予想できた?


 いつぞやの料理対決で見せた、リーフィリアの料理の腕前を知っていたら、止めるなんてことは考えるはずもない。しかし完成したのはゲテモノと呼べるようなものだった。


「わ、私はいまお腹空いてないので……」

「私も、ダイエット中だから……」


 リオンとカナタはそう言って料理から目を逸らす。

 そんなあからさまな理由で逃げるな!! だったら俺も――。


「あ、あのなリフィ。実は俺も……」

「じゃあタクトは二人の分も遠慮なくいっぱい食べてね!」


 おおう……完全に逃げ道がなくなった。


 もう一度手元に視線を落とすと、液体はごぽっと泡を立てた。

 え? 今なんか動かなかったか? 生きてるのこれ?

 


 スプーンを持つ手が震える。俺はこれが最後の晩餐になるのかもしれないと考えていた。

 ごめん親父、村には帰れないかもしれない。ごめん母さん、今までありがとう――。


「――なんだ、みんな食べないなら先に頂くぞ?」

「え? ちょ、ユルナ!!」


 止める間もなかった。ユルナは一才の躊躇(ちゅうちょ)なく紫色の液体スープを口に運んだのだ。

 おいおいおい、死んだわユルナ……。きっと今に泡を吹いて倒れるぞ……。


「んぐんぐ……ごくん……」


 全員がユルナを固唾を飲んで見守っていた。これが彼女の最後の姿かもしれないから。


「…………うまい!!」

「ほんと? ありがとー!! どんどん食べてね!」


 う、嘘だろ? こんな見た目で美味いのか?


「タクトも食べてみてよー!」

「うっ……わ、わかった……」


 ユルナが毒見をしてくれたんだ。大丈夫、大丈夫だ……。男を見せろ、俺!!

 ひとしきり勇気を振り絞ってから、俺は一気にスプーンを口に運んだ。


「…………う」


 なんだこれ。甘い……しかもスープが思ってたより粘り気があるし、虫の足はチクチク口内に当たって痛い。

 ぶっちゃけ――めちゃくちゃ不味いッッ


「ど、どうかな? タクト?」


 また、リフィは潤んだ瞳で俺を見つめる。その顔は反則だよ……。俺に少女を泣かす趣味はない。


「……う、うまいよリフィ」

「よかったぁ!! まだまだいっぱいあるからね!」


 その日の夜、ひどい腹痛に襲われた俺は森の茂みで小一時間、身動きできなかった。


* * *


 腹の調子が落ち着いてみんなの元に戻ると、三人はすでに眠りに入っていた。

 一人だけが、焚き火をぼーっと眺めている。


「リオン。まだ起きてたのか」

「あ、うん。なんか寝れなくて……それより大丈夫?」

「まあ、なんとか……」

 

 リオンは口元に手を当てて小さく笑った。


「タクトは優しいね。無理して嘘つくなんて」

「いや……俺はただ、リーフィリアを悲しませたくなくて」

「それが、優しいってことだよ」


 リオンが視線を横に向けると、そこには寝息を立てるリーフィリアがいた。

 リーフィリアを見つめるリオンからだんだんと笑顔が消えて、(うれ)いた表情に変わる。


「きっと……元通りになるよね」


 それは、リーフィリアの記憶の事を言っているのだろう。

 リオンの不安は痛いほど分かる。俺を助けてくれたリーフィリアをこのままにはしておけない。

 その為にこうして旅に出たのだから。


「ああ、必ず」


 リオンの抱えた不安を払うつもりでそう答えた。だけど彼女は少しだけ微笑んで、また表情が曇ってしまった。



 リオンは今、何を思っているんだろう。

 リーフィリアの事だけじゃない。なぜかそう思えた。

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