66話 リフィの気持ち
前回までのあらすじ
ぶじアークフィランに戻ってきたタクトだったが、なにやらリーフィリアの様子がおかしい?
「いい加減離れてくれよ……」
「やーだー。タクトとずっと一緒にいるのー」
みんなが荒れたリビングを掃除している間も、リーフィリアはずっと俺にくっついている。
どこか幼くなったような言動をするリーフィリアだが、外見はそのままだ。そんなにくっつかれると……なんというか、いろんなところが当たってとても気まずいんだけど?
「よっと……ふぅ。これであらかた元通りね」
「悪いなリオン。帰ってきて早々に掃除させちゃって」
「いいのいいの。……で、リーフィリアのコレはいったいどういうこと?」
コレって……まあ、ほかに言いようもないか。
聞かれたユルナは深くため息をついて、並べ直したソファに腰掛ける。
「どうしたもこうしたもないよ。タクトたちが街を出てってから、二人を探して暴れ回ったんだ」
「暴れた?」
隣にいるリーフィリアを見ても、素知らぬ顔で俺の腕に頬擦りをしている。
本人に聞くのが早いと思った俺は、単刀直入に切り出すことにした。
「なぁリーフィリア。どうして暴れたんだ?」
「……リフィって呼んでくれなきゃ、やだ」
「り、リフィ」
そう呼ぶと、リーフィリアはとても嬉しそうに笑う。
「だって、タクトがリフィを置いて行っちゃうんだもん。リフィはずっとタクトのそばに居たいの……!!」
「そ、それだけ? それで部屋をこんなにしたのか?」
「それだけって……タクトはリフィと離れて寂しくないの? 私、タクトの『仲間』なのに!」
頬を膨らませて怒るリーフィリアは、喋り方、行動、どれをとっても“子供っぽさ”が出ていた。
記憶を無くした事といい、性格の変化といい……彼女の変化に思い当たることは一つだけだった。
――これも、“魔力枯渇”の後遺症か。
ただ正直なところ、今のリーフィリアは“これじゃない感”が強い。今後ずっと“リフィ”のままでは、冒険者ランクAという称号も形無しだ。
これは、早めになんとかしないと……。
「タクトたちが居ない間、私の方でも色々調べてみました……が、これといった解決策はまだ見つかっていませんです」
俺の考えを読み取ってか、カナタが先に答えをだす。
うーん。アークフィランの大図書館になら解決の糸口があるかも……と思ったけど、どうやらそう上手くはいかないようだ。
「ま、焦ってもしょうがないさ。魔力枯渇から目が覚めただけでもラッキーってもんだ。気長に考えよう」
「うん、そうだな……」
アークフィランに情報がないなら、他の街や魔法に詳しい人を探して回るしかないか。
今度、治癒術師のお姉さんにもアテがないか聞いてみよう。
「あ、リオンもタクトも長旅で疲れてるでしょう。お風呂を沸かしてあるので、入ってきてはどうですか?」
カナタに言われて、まるで体が疲れを思い出したようにズーンと重たく感じた。
そういや馬車に長いこと揺られっぱなしで、腰と背中が限界だったんだ……なんなら、さっきリーフィリアにのしかかられたせいで、背中に関してはもう痛みしか感じない。
ちらと横を見ると、肩を回すリオンもその顔に疲れが出ていた。
よし。ここは紳士っぽくレディーファーストを――。
「タクトが先に入ってきなよ。私は後でいいからさ」
……先に言われてしまった。
なんだか気を使わせてしまったようで申し訳ない……けど、正直有り難かった。レディーファーストはまたの機会にしよう。
「じゃあ、悪いけどそうさせてもらうよ――ん?」
ソファから立ち上がろうとすると、腕を引っ張られた。もちろん掴んでいるのはリーフィリアだ。
「あの、リフィ? 手を離してくれないか?」
「私も一緒に入る!!」
「「「「はぁ?!?!」」」」
その場にいた全員が声を上げた。
「リフィ、お風呂は一人で入るものだぞ」
「そそそそうだよ! 女同士ならともかく、男の子と入るのは……だめなんだよ!」
「異性とお風呂に入れるのは、好き合う恋人だけです。リーフィリアは私たちとここで待つのです」
三人から口々に言われたリーフィリアは頬を膨らませて、分かりやすいぐらい不満を露わにした。
すると、今度は何かにひらめいたようにぱあっと顔を明るくする。
「私、タクトのこと好き! タクトもリフィのこと好きだよね?」
「えっ! え?!」
「好き同士なら一緒にお風呂入ってもいいんだから、問題ないでしょ?」
そう話すリーフィリアは、キラキラとした瞳で俺を見つめる。
コレは、まいったな……。今『嫌い』なんて言ったら、せっかく綺麗にしたリビングがまた荒れるのが目に見えている。
かと言って『好き』なんて言おうもんなら、三人から何を言われるか……よし、かくなる上は――。
「――ほ、『ほどよく』好きだよ」
「ほどよく?」
「ああ、『ほどよく』だ……じゃあ、行ってくるッ」
俺は風呂場に向かって走り出す。
どちらとも言えないのなら、俺が言うべきことは『かなり曖昧に伝える』、これしかなかった。
すまないみんな。あとは頼んだ!
どうにも今のリーフィリアは苦手だ。なによりスキンシップが多すぎる。健全な思春期男子の俺には、色々と刺激が強いのだ。
リーフィリアがくっついていた右腕に、まだほんのりとした温もりが残っている。
「……柔らかかったな」
俺はその時、リーフィリアとの旅を思い出した。
屋外風呂でばったり鉢合わせた時、湯煙の中で見えたリーフィリアの一糸纏わぬ姿は、とても綺麗だった。あの時は殴られたが、今の彼女なら……。
って、何を考えてんだ俺は。
* * *
「逃げたな」
「逃げましたね」
「うーん??」
うん、まあ……タクトの気持ちを考えると、逃げるしかないよね。今のリーフィリアには言っても聞かないだろうし。
腕を組んで頭をかしげるリーフィリアは、タクトに言われたことを考えているようだ。
「ねーねー、リオン。『ほどよく』ってどういう意味?」
私の手を引いたリーフィリアが、上目使いで問いかけてくる。
年上の人から、こんなに可愛く(?)聞かれるのはかなり違和感があった。
……私の返答次第で、またリビングが荒れそうだ。ここは慎重に、無難に受け流すべきだろう。
「ほどよくっていうのはね……そうね、『いい感じ』ってことだよ」
「『いい感じ』??」
さらにリーフィリアの頭にはクエスチョンマークが浮かんだようだ。
でもこれでいい。悩んでくれていれば、そのうちタクトも上がってくる。それまでの時間稼ぎだ。
……そういえば、記憶を失っているのになんでタクトにそこまで好意を寄せるんだろう? 私たちのことは微塵も覚えていなかったのに。
「リフィ。どうしてタクトの事好きなの?」
「え? んーとね。タクトは私のこと『仲間』って言ってくれたから!」
仲間……どうやら、全ての記憶が失われているわけではないようだ。
タクトに『仲間』と言われたことが、彼女にとって何よりも印象的だった……だから忘れなかった。
ずっと一人だったリーフィリアの過去を思うと、そう考えざるを得なかった。
「そっか……自分の名前より大事なんだね……」
うっ……そう考えたら切なくなってきた。なんと不憫な子 (?)なんだろう。目頭が熱くなってくる。
絶対に記憶を取り戻す、そう心に誓った時だ。
リーフィリアが何かに気づいたように声を上げた。
「あ、そうだ! 前にもタクトとは一緒にお風呂に入ったよ? だから私も行ってきていい?」
…………はい? いま、なんと?
「りりりり、リーフィリアはタクトと、お……おふ、お風呂に入ったのですか……?」
カナタも動揺しているようだ。耳まで真っ赤にして声を振るわせている。
そういえば、私たちが敵視魔法にかかっている間、リーフィリアとタクトは二人で行動していたっけ……てことは、本当に……?
「じゃ、行ってくるー!」
「あっ! ま、待ちなさい!!」
リーフィリアは器用にも、走りながら服を脱いでいく。放り投げられたワンピースが顔に掛かり視界を封じられた。
「タークートーっ!」
「――え?! リーフィリアッ? ちょ、ちょっま……」
お風呂場からタクトの焦った声が聞こえた。
やばい! 早く止めない――とぉわぁッ?!
床に落ちていた何かに足をとられた。前のめりになった体は言う事をきかず、風呂場に向けて突っ込んでいく。
なんとか顔にかかったワンピースを振り払うと、既にリーフィリアが浴室への扉に手を掛けていた。
「入るよー!」
「「ま、まって――」」
扉を隔てたタクトと同じく叫んだが、扉はガチャリと音を立てて開けられた。
そこには、タオルで腰回りを隠したタクトが――。
「リオンッ?!」
「ど、どいてぇえええええええッ!!」
ドダダダッ ダンッ
私がリーフィリアの背に突っ込み、押されたリーフィリアがタクトに突っ込んでやっと止まった。
「いったぁ……」
「おい、大丈夫か?」
「すごい音がしましたけど……ひゃっ?!」
後ろからユルナの心配する声と、カナタの小さい悲鳴が聞こえた。
と、とにかくリーフィリアを回収しない……と……。
目を開けたら、鼻と鼻が付きそうな距離にタクトの顔があった。私の両腕が彼の顔を包みこむように、壁ドンならぬ床ドンになっている。
これではまるで、私が押し倒したような感じではないか。いや、押し倒した(物理)んだけれども。
「リオンが……タクトを……きゅぅ」
「お、おいカナタ?!」
カナタが倒れたようだ。また変な事を考えていたんだろう。私も人のことは言えないけど……。
「うっ……お、重た……」
「あっご、ごめん――ッ!!」
慌てて起き上がって見ると、タクトの上にリーフィリアが、その上に私が折り重なっていたようだ。
――って、やばい!!
今タクトが目を開けたら、リーフィリアの裸を見てしまう。……別に自分が見られるわけじゃないけど、なんか嫌だ。気に食わない。
「ん……? なんだこれ、柔らか――」
「――っ!」
タクトが起きあがろうと手を動かすと、リーフィリアが小さく体を震わせて声をもらした。
……なんでだろう。すごくイラッとする。
私の中でふつふつとした感情が沸き上がり、気づけば拳に力が入っていた。
「こンの――ッ」
握りしめていた拳を解いて、タクトの顔目掛けて腕を振り抜く。
「――エッチ!!」
バチンという乾いた音のあと、一瞬遅れてジンとした痛みが手のひらに広がる。
「あ」
しまった、と思った。
私の平手をモロに受けたタクトは、顔を横に向けたままピクリとも動かない。その頬は次第に赤みを増して、くっきりと手の形が浮きあがってきた。
「リオン……筋力増強魔法まで使うことないだろうよ……」
「うっ……」
背後からユルナの呆れたようなため息が聞こえる。
自分でも分かっている。これでは、タクトのお母さんと同じじゃないか……。
もう聞こえていないであろうタクトに、私は小声で謝った。