64話 もう遅い
ひっそりと森の中に佇む村が、この日の夜はとても賑やかだった。
大きな焚き火が村の中心に建てられ、村のあちこちで人が歌い、踊り、騒ぎまくっている。
ばあちゃんの一言が発端となって、村を上げての歓迎会が開かれたのだった。
噴水の上に掲げられた旗には『おかえりタクト』の文字がはためいてる。
いつの間にあんなもの用意したんだよ……。
嬉しい、というよりも気恥ずかしい。俺がため息をこぼすと隣にいるユノウが小さく笑った。
「なんだか、お祭りみたいで楽しいですね」
「こんなに村が賑やかなのは初めてだよ」
この光景も、ユノウが浄化してくれたから実現したものだ。
アークフィランの件もそうだが、本当に彼女には頭が上がらないな。
「ユノウさん。本当にありがとう」
「いえいえ。聖女の務めですから」
「おーいタクトー! ユノウさーん!」
その時、どこからともなく俺たちに向けた声が聞こえた。
両手にいっぱいの串焼きを持って現れたのはリオンだ。
頭には子供が着けるような仮面をかけて、パッと見で「はしゃいでるなぁ」と分かる。
「ふぉのくひやひ、おいひーよ!」
「喋るか食べるかどっちかにしろ!」
「んん……ぷはぁ! この串焼き美味しいよ! 二人も食べなよ!」
無理やり俺たちの手に持たせて、リオンはまた人混みの中へ消えていく。
「ふふ。リオンさん、楽しそうですね」
「それにしては、はしゃぎすぎだと思うけどね」
「きっと、いつものタクトさんに戻ってくれたのが嬉しいんでしょうね」
「え?」
いつもの俺? なんで俺がいつも通りだとリオンが喜ぶんだ?
「ユノウさん、それってどういう――」
「さぁーて、私も皆さんに混ざってきますね。それではまた後で」
止める間もなく、まるで逃げるようにユノウは去っていった。
一人、取り残された俺は串焼きと見つめ合う。
……ていうか、この歓迎会の主役は俺だよな? 皆放置しすぎじゃないのか? もっとこう「魔法見せてー!」とか、「どんな冒険したのー?」とか色々あるだろうに。
一人ぶつぶつと串焼きに対して文句をぶつけていると、足音が近づいて来ていた。
「お、いたいた。タークートー」
お? やっと誰かきたな……って。
「なんだ、親父かよ」
「『なんだ』はないだろうよ。……ちょっとお前に話があってな」
「話?」
ドカッと俺の隣に座りこんだ親父は、すごく真面目な顔をしていた。
「母さんがいるとややこしいからな。男同士、腹割って話そうぜ」
「だから、話ってなんだよ?」
親父は手に持っていたジョッキをグイッと傾けて喉を鳴らすと、ふぅと息を吐いて喋り出す――うっ……かなり酒臭い。どんだけ飲んでんだこの人は。
「――村に戻ってこい、タクト」
「……は?」
「前みたいに一緒に住まないかって言ってんだよ。それに、これは村長からのお願いでもある」
口元を覆っていた手を思わず離した。
ばあちゃんからのお願い? 俺が村に戻ることに何か意味があるというのか。
「お前に――この村の村長になってほしいんだと」
「お、俺が村長?!」
「バカ! 声がでけぇよ! ……本来なら身内に役目を継がせるもんだ。だが、この村は小さい。今後、村を存続させるためには“お前”が適任だと村長は考えてる」
続けて親父が言うには、“魔法が使える男”が村長になれば村の知名度が上がり、隣村や他の町から人の流入が増える。
人や物が多くなれば、村を発展させていくことも可能だろう、という。
でもそれって……役目を継ぐはずだった村長の息子から、村長の座を奪うことになるじゃないか。
「……いくら魔法が使えると言っても、お前はまだ子供だ。村を離れて冒険に出るお前を誇らしく思う……が、それと同時に心配でもある。俺よりも母さんの方がそう思ってるだろうよ」
親父が視線を送る先、そこには村の人達と楽しそうに話す母さんがいた。
心配、か……そりゃそうだよな。現に何度か死にかけた事もあるし、親として心配するのは当然のことだろう。
「――タクマ、話はしたか?」
「おう、ちょうど今な」
俺たちの元へ歩み寄ってくる人物がいた。
小麦色の肌をした体の線が細い男。酒に弱いのかほんのりと鼻を赤く染めていた。
「おじさん……」
俺がおじさんと呼ぶその人は、ばあちゃんの息子……つまりは“いずれ村長を継ぐ人”だ。
「タクト……いや“タクトさん”と呼ぶべきかな?」
「や、やめてよ。タクトでいいよ」
おじさんは一度笑ったあと、親父と同じく真剣な顔になった。
「……タクマから話があったとおりだ。君にこの村の村長になってもらいたい」
「で、でも」
「私の立場のことを気にしているのなら、その心配は無用だ。『人を大事に想う』それが分かっている者が村長になるべきだ。君にはその素質が十分にあると考えている」
俺にとって村は帰るべき場所で、大事な故郷だ。やっと取り戻した故郷をなくしたくはない。
「俺は……」
親父も母さんも、俺を心配してくれている。たったそれだけなのに、胸がポカポカして嬉しい気持ちになる。
ずっとずっと、二人には傍にいてほしい。
「俺は……村長に……」
村を見渡した時、周りと比べて一際輝いて見えるものが目に止まった。
オレンジ色の髪を揺らし、楽しそうに笑う女の子。
ああ、そうだった。俺は……。
「……親父、おじさん。俺は、村長にはならない」
「……理由を聞いてもいいかな」
親父たちに向き直すと、二人は真っ直ぐに俺を見つめていた。
「村や親父たちのことは大事に思ってる。でも、それだけじゃないんだ。今の俺にとって“一番大事”なのは、こんな俺を支えて助けてくれた仲間たちだ」
二人は黙ったまま、俺の言葉に耳を傾けている。
「……村の発展のためにここで過ごすのも、きっと楽しいと思う。でももう遅いんだ――だって俺は」
俺を待っている仲間がいる。
助けないといけない人たちがまだまだいる。
村でのんびりスローライフは、俺にはまだ早い。それはもっと年老いてからでいい。
「――俺は、冒険者になったんだから」
「……ふっ、残念だったなタクマ」
「いいんだよこれで。むしろそう言ってくれなきゃ困る」
ん? なんだこの空気。なんか思ってた反応と違わないか?
二人の様子は、まるで”俺が断るのを分かっていた”ように見える。
「あー、なんだ。村長の話は言ってみただけだ」
「え? じゃ、じゃあ最初から嘘だった、のか?」
「当たり前だ。どこの世界に“十六歳のガキが村長の村”があるんだよ。もっと疑う事を知れバカ息子」
「んなっ?! こ、こんのクソ親父!!」
殴ってやろうと突っかかったが、片手で頭を押さえられて俺の手は空回りする。
俺にもっと身長があれば……クソッ!
「まぁまぁ……タクマはこう言ってはいるけど、本当のところ――」
「なっ!? おい、それを言うんじゃ……あ、がッ!?!?」
おじさんに気を取られたのか、俺を抑えていた腕の力が抜けた。
結果、振り回していた拳が初めて親父に届いたのだ。
……股の間、いわゆる金的という急所に。
崩れ落ちた親父は、股を押さえて青い顔をしている。それはそれは情けない姿だった。
「……で? このクソ親父が本当はなんだって?」
「……あ、ああ。えーと」
「――いや俺から言う。だから、ちょっと待ってくれ」
でこに大粒の汗を浮かべて、いまさら何を言うつもりだよ。
顔はキリッとしても、下半身は産まれたての子羊じゃねーか。
「そ、そうか。じゃあ俺は消えるとするよ。親子の会話を邪魔したくはないからな」
そう言っておじさんは人混みに消えていった。
てか、おじさんもグルかよ!! まんまと逃げられた。
* * *
一〇分ほど経って落ち着いたのか、やっと親父が起き上がった。
「で? 何を言いたかったんだよ。またしょうもない嘘ついたら、今度は潰すからな」
「ふぅ……さっきの話で、お前のことが心配なのは本当だ。これでも親だからな」
……なんだよ、急に親らしい事を言うじゃんか。
俺は握っていた拳を解いて親父の言葉を待った。
「ただ、どうしても確認しておきたかったんだ。お前が冒険者としてやっていけるのかどうかを」
確認? あの嘘で何が分かるというのだろう。
急にしおらしくなった親父の顔は、どこか寂しげにも見えた。
「――もしお前が、村長になると言っていたら、その時は勘当するつもりだった」
「え?」
「これまでお前に付き合ってくれた仲間を見捨てるような男は、俺の息子じゃないからな。断ってくれて良かったよ。これで安心してお前を送り出せる」
ニッと笑った親父の目尻に、焚き火に照らされて光るものがあった。
涙を拭った親父が俺に向き直すと、今度はニヤリとした笑みを浮かべる。
「——それに、可愛い彼女もいるようだしな! お前がモテてるようで、そっちも安心した」
「彼女? 別に俺モテてないと思うけど」
「お前……そんなんだといつか痛い目見るぞ。リオンちゃんをあんまり悲しませるなよ?」
「どうしてそこでリオンが出てくるんだよ?」
親父は深くため息をつくと「いずれ分かる時がくる」なんて事を言って、どこかへ行ってしまった。
仲間を悲しませるわけないのに、何を言っているんだか。
「タクトー! こっちにふわふわする不思議なお菓子があるよー! 一緒に食べよー!」
呼ばれて振り返ると、遠くでリオンとユノウが手を振っていた。
ちょうどその時、腹の虫が鳴った。そういえばまだ串焼きしか食べていない。
親父に付き合ってたら飯を食いそびれるところだった。俺もそろそろ混ざるとしよう。
「おう! 今行く!」
明日になったら、また冒険の始まりだ。
今は……今日ぐらいは楽しんでも良い。いつの間にかそんな気持ちになっていた。
これにて二章完結です
お読み頂き有難うございます。
次回から三章スタート!
少年タクトを取り巻く恋物語?が始まる。




