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63話 おかえり

「ねぇリオンさん」

「はい?」

「やっぱり彼、アークフィランに残った方が良かったんじゃ……」

「私もそう言ったんですけどね……『自分の村のことだから』って言って聞かなくて」


 ちらりと揃って振り返ると、荷台の隅で膝を抱えたタクトがいる。

 ぼーっとした目で床を見つめる姿は、アークフィランを出てからずっとだった。


「「はぁ……」」


 もう何度目かも分からないため息は、聖女ユノウさんと綺麗にハモった。


 タクトが落ち込んでいる原因は……リーフィリアだ。


 先日、病院で目を覚ましたリーフィリアは、記憶を失っていた。

 仲間の私たちはおろか、自分の事すらも覚えていないというリーフィリアは、まるで別人みたいだったのだ。

 物腰は柔らかくなり、言葉使いも……こう言ってはなんだが“綺麗”になっていた。


 タクトに魔力譲渡を行った彼女は、限界ギリギリまで魔力を注いだ……その後遺症と考えるのが妥当だろう。

 それを“自分のせいだ”とタクトは考えているのだろうが――私はそうは思わない。


 リーフィリアは、タクトを助けるために記憶を失った。それは変えようの無い事実だが、そこに誰のせいもないと思う。

 仲間だから助けた、仲間だから自分が犠牲になってでも守ろうとした。たったそれだけなのだ。


『あとは、彼の気持ちの問題でしょうね』


 状況を知ったユノウさんはそう言った。

 どこかで気持ちの整理がつくのを待つしかない、と。

 だけどそれはそれで、何もできない自分にやきもきする。


「あ、あれですかね?」


 ユノウが指差す方向には、森を切り拓いてひっそりと(たたず)む村があった。

 地図と周りの地形を見比べても間違いない――タクトの故郷だ。


「タクト! 見えてきたよ!」

「ん……ああ」

「……もうっ」


 話しかけても返事のほとんどが「ああ」か「おう」。気の無い返事も聞き飽きた。

 こっちはこんなに心配してるというのに……。


「ふふっ」

「ん? 何か変でした?」

「いえ、リオンさんは本当にタクトさんのこと好きなんだなぁ、と思いまして」

「は、はぁっ!? ななななにをっ!!」


 この聖女様は急に何を言い出すんだ。

 そりゃあちょっとは、そんな風に思うこともあるけども……いや、まてまてまて……この人は天然だ。きっとそんな深い意味はない……よね?


 ニコニコと笑うユノウさんは、その表情からは何を考えているのか読み取れなかった。

 くそぅ……こんなときカナタがいれば……。


「……さて、ここからは私の仕事ですね」


 颯爽と馬車から飛び降りたユノウさんは、さきほどまでの笑顔をしまって、キリッと目を光らせた。

 オンとオフの切り替えの速さに感心する。


「【光の精霊よ 人の心に巣食う闇を(はら)いたまえ】」

「【我 神に仕える者 世界の平穏を願う者 神に祈りを捧げます】」


 村の上空に出現した詠唱紋から、光の粉が雪のように降り始めた。

 光は徐々に輝きを増して、神々(こうごう)しいという表現以外、思い浮かばなかった。


浄化(ピュリフィケイション)


 その一言で純白の光が村を包み込み、ものの数秒で光は消えた。


「……よし! これでもうタクトさんの魔法は解けましたよ」


 振り返ったユノウさんは、ぐっとガッツポーズを決める。

 ほんとオフはゆるいなぁ、この人。


 ――でもこれで、タクトの()()は叶ったんだ。


「終わったよタクト。これでもう安心して故郷に帰れるよ」

「故郷に……」


 少しだけ、タクトの目に光が差した気がした。


* * *


 村の入り口まで来た時だった。


 やっと大手を振って故郷に帰れる。それは嬉しいことのはずなのに……俺の両足は小刻みに震えて、動かすことが出来なくなっていた。


 村を追い出されたあの日、リーフィリアと杖を取り返しにきたあの日も、俺は村中から敵視された。

 俺を見る皆の目が、ただただ怖かったのを覚えている。


「タクト?」


 心配そうに俺を見つめるリオンと目が合った。


「本当に……大丈夫なのかな……」

「ええ、もちろん大丈夫です! しっかりと浄化しましたからっ」


 ユノウは胸を張って誇らしげにする。

 彼女の力は信用しているはずなのに、心のどこかでは『また憎まれるのではないか』と思わずにいられなかった。


「俺……やっぱりアークフィランに帰――」

「やぁ、そんなところで何をしているんだい?」

「――!!」


 声がしたのは村の方向からだ。

 一人の男がこちらに向かって近づいてきていた。


 男はこれから畑仕事にでも行くのか、(くわ)を担いでいる。

 麦わら帽子から覗かせた顔は、輪郭が細く、小麦色に焼けていて歳を感じさせない風貌をしている。


「ん? お、お前……!! タクトか!?」

「――ッ」


 男と目が合った瞬間、名前を呼ばれた。

 思わずリオンの背に隠れたが、男は興奮気味に近づいてくる。


 『来ないでくれ』そう願った時、俺と男を隔てるように二人が壁になってくれた。


「失礼。貴方は村のお方ですか?」

「あ、ああ。君たちは?」

「アークフィランから来ました。ここがタクトさんの故郷だと聞いたもので」

「アークフィランから? 銀髪に修道服……まさか、あなたが聖女のユノウ様ですか?! ちょ、ちょっと待っててください!!」


 男は慌てた様子で元来た道を引き返していく。


 しばらくして戻ってきた彼の後ろには、多くの人を連れていた。

 その中から、一人の老婆が前に出てきた。俺が『ばあちゃん』と呼ぶ、この村の村長だ。


「……いやはや驚いたよ。あの聖女様が、こんな辺境の村においでなさるとは」

「辺境だなんて……ここは空気がよく澄んでいて、長閑(のどか)で素晴らしい場所ですよ」

「ハッハッハ! お世辞でもそう言われると嬉しいよ――ときに、そこで隠れているのは……タクト、お前さんなのかい?」

「ばあ……ちゃん……?」


 ばあちゃんは俺と目が合うと、目尻の皺をさらに深くして――優しく微笑んだ。


「タクト。ちょっと見ない間に、なんだか(たくま)しくなったね」


 その表情には怒りも憎しみも無く、俺のよく知る優しいばあちゃんそのものだった。


「――タクト」


 ばあちゃんの横に並び立つ人がいた。

 俺と同じ赤い髪をした二人が、何かを(こら)えているような顔で俺を見つめている。


「母さん……親父……」

()()()()、タクト」

「ずっとお前の帰りを待っていたぞ」


『……お前などもう息子ではない! 今すぐ村から出て行け!!』

『……村を出るかここで斬られるか、選びなさい』

 

 かつて、敵視(ヘイト)魔法に支配され罵声を浴びせてきた二人。

 その顔からは憎しみの影は消えて、目には涙を溜めていた。


 ちがう……違うんだ。俺はそんな優しく迎えられるべきじゃない、むしろ逆だ。


 みんなの心に憎しみの種を振り撒いて、敵視という感情を植え付けてしまった。


 みんなには、謝らないといけないことが山ほどある。


「おれ……俺は、みんなを苦しめた……ッ! 自分勝手なこと言って、さんざん迷惑かけて……みんなを残して逃げたんだ……ッ!」

「タクト……」

「ごめん、ごめんなさいッ! ごめ、んなさい……ごめんなさいッ……うっ……ぐッ……」


 突然、頭を引き寄せられた。

 頬に当たる柔らかな髪と甘い香り、頭の後ろを撫でられる感覚に驚いていると、耳元でぽつりぽつりとリオンの声が聞こえる。


「大丈夫。タクトを憎む人はもういない。タクトが諦めなかったから、みんな助かったんだよ。だから、そんなに自分を責めないで。タクトは凄い人なんだから」

「うぅ……ひっぐ……」

「母さんたちは平気よ……むしろ謝らないといけないのは私たちのほう。心にも無いことを言って、傷つけてしまったわね。ごめんなさい」

「お前が大変だったのは、その顔を見れば分かるよ。よく頑張ったな。さすが俺の息子だ」

「う……うぅぐ……うわぁああああああ……ッ!」


 声を上げるたびに、心にあったモヤが晴れていく気がした。

 抱きしめられたリオンの腕の中で、俺は涙が枯れるまで泣き続けた。


* * *


「いやー、まさかうちの息子が魔法を使えるなんてな。人生なにがあるかわからんな!!」


 高笑いする親父は、まだ昼間だというのに酒を飲み始めた。

 上機嫌なのは、俺が帰ってきたからだと思いたいが……たぶん酒のせいだろうな。


「本当にねー。はいリオンさん」

「ありがとうございます。……あ、美味しい……レモンティー?」

「ふふーん。実はそれ……うちの畑で取れた茶葉で入れたのよ。レモンも村で取れた物なの。ささ、ユノウさんもどうぞ」

「ありがとうございます。自給自足とは……やっぱり素晴らしいところですね、ここは」

「……って、なに二人とも落ち着いてるんだよ!」


 ユノウとリオンはきょとんとして俺を見る。

 早くアークフィランに戻って、記憶を取り戻す方法を探さないと……。


「まぁまぁタクトも落ち着きなよ。急いでも良いことはないよ?」

「で、でも……」

「せっかちな男は嫌われるぞー!」

「うるせえ呑んだくれ!」

「なんだとぉ? 生意気な奴には……こうだッ!! 巨人の手ジャイアントデスロック!!」


 親父の手が俺のこめかみを力強く掴んだ。ギリギリと万力のように締め付けられるこれは、昔からよくやられていた親父の必殺技だ。


「はなせよ!! このッ このぉッ!!」

「ハッハッハ! 顔立ちは(たくま)しくなっても相変わらずチビのままだなッ息子よ!!」


 俺が手を伸ばしても親父の顔には届かず、(くう)を殴るばかりだった。

 そのうち、後ろで見ていた三人から笑い声が聞こえた。



* * *


「騒々しくてごめんなさいね」

「いえ、あんなに楽しそうなタクト、久しぶりに見ました」

「ふふ、お父さんとはいつも『ああ』なのよ。あ、そうだ! リオンさんはあの子(タクト)のお仲間さんなのよね?」

「は、はい。いつもタクトには助けてもらってばかりで――」

「――あの子のどこが()()なの?」


 …………は。


「お、お母様!? いったい何を――」

「あら! 『お母様』だなんて、嬉しいわー! 出会いは? チューはもうした?」

「ち、ちゅちゅチューって?!?!」


 え? え? なんで、どうしてそういう話になってるの?

 タクトのお母様は、ニコニコとどこかで見たような笑顔で私に詰め寄ってくる。


「わ、私は別にそんなんじゃ……」

「違うの? 冒険者で異性と仲間になるって、てっきり()()()()()があるんだと思ったのだけれど」


 きらきらと目を輝かせるお母様から逃げるように視線を横に流すと、お父様とじゃれ合うタクトが目に入った。


 ま、まぁ……少し、ほんの少しだけ気にはなっているけど……それが()()()()()()()なのか、自分でもよく分からない。

 たしかに一緒にいて楽しいし、なんだか落ち着くような気もしなくもない……し。


「リオンさんはタクトさんのこと、好きですよねー」

「ユ、ユノウッ!?」


 ユノウは紅茶を一口飲んでほわっとした顔を浮かべている。

 そこで気づいた。お母様から薄々感じていた既視感……ユノウと一緒だ。きっとこの人も“天然”が入っている。


「――タクトのこと、これからも宜しくね」


 耳元で聞こえた声に思わず体が跳ねた。

 振り向くと、お母様は首を傾げてニコッと笑った。


 よろしくって……仲間として、だよね?


 ほんと、カナタも連れてくればよかった……。

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