61話 交差する理想
前回までのあらすじ
魔力暴走から立ち上がった女王ティルエルは、仲間であるソフランの魔力をも吸い尽くし、復活する。
ティルエルの語る理想、夢……それは世界から完全に魔法を消し去ることだった。
「魔法というものが、人の“本当の価値”を見えなくするのよ。そんなまやかし……私が消し去ってやるの。そうすれば、蔑む人も蔑まされる人もいなくなる。そこからやっと、みんな手を繋いで歩き出せるのよッ!」
ティルエルが叫ぶように語った言葉には、それが彼女の夢や理想なんだと分かるほど、感情がこもっていた。
「……そうかもしれないな」
「――ッタクト、何を言って……?!」
「男のくせに、なかなか利口ね。賢い人は好きよ」
ティルエルの語る夢は、まるで昔の自分を見ているようで、彼女の行動に納得させられた。
きっと彼女も、魔法のことで悩み、苦しんで生きてきたんだろう。
魔法が使える者と使えない者……魔力の強さ弱さ、生まれや育ちまで――この世界は全部が不平等だ。
俺も、男に生まれたことを恨んだし他の人を羨ましく思ったことだってある。
かつて人から言われた言葉は、今も胸にチクチクと小針のように刺さっている。
『男はぜーったいに、魔法は使えません!!」
『無理だろ。常識的に考えて』
魔法が使えない、たったそれだけで将来やりたいことも、なりたいものも語れない。
馬鹿にされ、夢を否定され……『俺の人生ってなんなんだろう』とさえ思った。
「――でも」
それでも、俺は魔法が無い世界なんて考えられない。
魔法を与えられて、俺は夢のスタートラインに立てた。それだけじゃない。仲間も見つかって、冒険して、笑って怒って泣いて……。
それらは全部、魔法が俺にくれたものだ。
使える魔法が弱いなら誰かに頼ればいい、強いなら困っている人に手を差し伸ばすことができるんだ。
『今度は私たちが二人を守る番です。そうですよね? ユノウさん』
『リンさん。貴女の魔力をお借りしても宜しいでしょうか?』
『は、はい!!』
互いに信頼し合う二人がいた。
使える魔法が弱くたって誰かを助けようとする、強い魔法を持つ人はその想いを支える……あれこそが本来あるべき姿なんだ。
「……魔法は俺に、この世界で生きていく“価値”をくれた。でもそれは、お前の言ってるようなもんじゃない」
「……何が言いたいのかしら」
ティルエルは途端に不機嫌そうな顔をして、俺をジッと見つめる。
「魔法が使えるから価値が決まるんじゃない、魔法で何をしたかで、その人に価値が生まれるんだ」
俺が話すたびにティルエルの目つきは鋭くなっていく。
でも、構わない。俺は俺の思っていることを言ってやる。
「この魔法は、誰かを救うためにあるんだと俺は思ってる。困っている人がいれば助けたいし、泣いてる人がいれば笑えるようにしてやりたい……魔法は俺に、『人を救う価値』を与えてくれた」
ティルエルのやっていることは、その人の可能性を奪って、周りを同価値にしているだけだ。
みんな一緒……優劣のない世界……そんなのは真の平等とは言えない。
平らにならされた人生なんて、まっぴらごめんだ。
隣を見れば仲間がいる。
俺が周囲から憎まれて泣いても、いつも傍にいてくれた人がいる。
手を取り合って、困難があっても乗り越えていく。
冒険者に憧れたのはそういう人生に、心躍ったからなんだ。
魔法は……俺がこの世界に生きる意味を、大切な仲間をくれたんだ。
「――お前に俺の価値は渡さないし、これ以上誰の価値も奪わせないッ!!」
それに、レイラの婆さんとの約束もあるからな。
婆さんの過ちも、助けられなかった後悔も俺が代わりに償うって、だから……。
「お前の辛さも悲しみも、なんとなくだけど分かるんだ。だから俺は、お前も救いたい。ティルエル」
ティルエルはハァと深くため息をついて顔を下げた。
次に彼女が顔を上げたとき、その目にはありありとした敵意があった。
「……やっぱり子供は子供ね。いつまでも夢見がちな子供に、これ以上話しても無駄か」
そう言って両手を俺たちに向けて伸ばすと、ティルエルの足元には二重の詠唱紋が浮かび上がった。
「――ッ!!」
赤黒いものと、青黒いもの。二つの詠唱が意味するのは炎と水の同時詠唱だった。
「【豪炎の精霊よ 仇なす罪人をその焔で滅せ】」
「【清水の精霊よ 静かなる濁流に全てを飲み込め】」
「まさか、上級魔法まで同時詠唱するなんて……」
カナタが驚くってことは相当難しいものなんだろう。
ティルエルの右腕に炎が、左腕には水が渦を巻いて纏わりついていく。
「お前も悲しむ人を救いたいのは一緒だろッ?! だったら、こんなやり方じゃなくて……もっと別のやり方があるだろうが!!」
「もう貴方の戯言には付き合ってられない。私は、私の理想とする平和の為に邪魔な者は消す……ただそれだけよ。恵まれた貴方たちとは何もかもが違うのだからッ!!」
ティルエルの詠唱には多くの魔力が注がれていた。
恐らくは、これまで吸収してきたであろう人たちの魔力……その全てを使っているのだろう。
口で言っても分からないなら――力づくでも止めてやる。
「……悪いけど、俺の魔法は加減できないからな。先に謝っておく」
「はっ! 分けてもらった程度の魔力で、私に勝てるものですかッ!!」
たしかに、俺に残った魔力はそう多くない。だが、これだけ敵意剥き出しなら敵視魔法を使わずに済む。
俺は右手を構え、手の平をティルエルに向けた。
集まった光の粒子は、やがて水晶玉ほどの大きさになると紫色の輝きを放つ。
「いまさらなにをしようと無駄よッ!!」
何をしようにも、俺に使える魔法はたった二つしかない。
でもこの二つは、俺にとって最高の魔法だ。
互いの理想と夢の為に叫ばれた詠唱は、ほぼ同時だった。
「【炎槍と水剣の叛乱ッ!!】
「【反抗】ォォオオオッッ!!」
ティルエルの放つ二種類の上級魔法は、螺旋状に絡み合い反発しながら突き進んでくる。
俺は、巨大ゴーレムを倒した時のような大きな鎖をイメージして発動していた。
それが俺が知る中で一番の火力を持っていたから。だけど――。
「――え?!」
俺は目を疑った。
光の玉から放たれたのは鎖ではなく、真っ赤な植物の蔓に似たもの。
……それは、色こそ違えど幾度となく見たものだった。
これって、リーフィリアの……?
何本も伸びた蔓は、先端を槍の形に変えて一斉に放たれる。
互いの魔法がぶつかり合った直後、凄まじい爆発を起こした。
「ぐっ……!!」
爆風によって部屋の壁は吹き飛び、衝撃はまるで風に殴られたように重い。
まずいッ吹き飛ばされ……ッ
「タクトッ!!」
浮きそうになった体が辛うじて止まった。背中に当たる感触に振り向くと、リオンたちが俺の体を支えてくれていた。
「みんな……ッ」
「私たちが押さえておくよ!」
「タクトは魔法に集中するんだッ!」
「私たちの魔力も、タクトに送ります……ッ」
背中から温かな感覚が全身に広がっていく。
治癒術師に治療されていた時も、似たような感覚があったのを思い出した。これは、リオンたちの魔力か。
魔力が増えたことで、発動し続けていた反抗魔法はさらに勢いを増した。
「クッ!! たかが三人分魔力が増えた程度で……勝てると思うなッ!!」
ティルエルは少し焦っていたようだが、拮抗していた魔法はすぐに押し返されてしまう。
くそッ! これでもまだ足りないのかよッ!!
指先が痺れ、構えていた腕がビキビキと悲鳴をあげた。
これ以上発動し続ければ……俺の体は今度こそ、完全に壊れるかもしれない。
でも、今この手を下げたら背後で支えるリオンたちが――。
『――お前の力はそんなもんじゃないだろ? 小童』
「婆さ、ん……ッ?」
これまで何度も聞こえたレイラの声。頭の中に直接響くその声は、いつもと少し違っていた。
まるで二人分の声が重なったように聞こえる。
『『仕方のないやつだな』』
「【汝 反抗の魂を今解き放つ 我 深緑の魔女が力を授ける】」
なんだ? レイラのやつまた勝手に詠唱を…… 深緑の魔女……?
「た、タクト!! これって……!」
リオンの驚いた声に後ろを見ると、そこには真っ赤な蔓が二本、床に突き刺さり体を支えていた。
視線を蔓の元へ辿ると、それは俺の頭から伸びているように思える。
「なんで……」
視界の端で靡く赤。それはまるで憎しみの魔女レイラのように長い髪だった。
そして、ザワザワと湧き立つ髪が何本もの槍に変わっていくこの魔法は……。
「リー、フィリア……?」
『さあ、ケリをつけるぞ』
一斉にティルエルへ向けて放たれた槍は、一本また一本とぶつかるたびに、ティルエルの魔法を押し返していく。
「こんな……嘘よッ!! たった三人の魔力が、なんでッ!?」
これは間違いない……リーフィリアの魔法だ。
でも、彼女は今も横たわったままだ。
どうして俺にこれが使えるのだろうか。魔力譲渡によるものなのか?
……いや、今は考えるのは後だ。
ティルエルを止めて、仲間を、俺の価値を守るんだ。
最後の槍が放たれた瞬間、俺は自然と叫んでいた。
「『いっけぇぇええええええええええッッ!!!!』」
叫び声は誰かの声と重なる。
押し返した魔法がティルエルに迫った時、地鳴りのような爆発音が夜の街に響き渡った。