57話 人の価値
「彼を取り返しに来たんじゃなかったの? 冒険者さん」
「うっ……ぐッ……!」
体のあちこちが痛む。手足は痺れて上手く動かせないし、火傷した腕からは血が滲んでいる。
直撃は避けた……なのにこの威力……魔力量が桁違いだ。
“異なる属性魔法の同時詠唱”、それだけでも驚くべきことだがティルエルの魔法は、並の魔術師を凌駕していた。
隣にいたユルナも同じく険しい顔をしていた。ユルナは槍を杖代わりに立ち上がり、ティルエルを睨みつける。
「さて……残りの魔力も頂いてしまおうかしら」
そう言って背後のベッドに目を向ける。
ティルエルの視線の先、そこには鎖に繋がれたタクトが横たわっていた。
「タク、ト……ッ! 【雷の精霊よ その身を矛に敵を穿て】ッ!」
ユルナの持つ槍が眩い光とともに、バチバチと音を立てる。
周囲に光が集まり、光はいくつかの槍へと姿を変えた。
「【雷光槍】ッ!!」
一斉に射出された光の槍が、ティルエルに向かって飛んでいく。
雷と同じ速さで放たれた槍は、避けることはおろか、到底人間が反応することはできないだろう。
槍はティルエルの体を貫く――はずだった。
ドドドドドという低い音が立て続けに響いて、室内を煙幕が埋め尽くした。
やがて煙が晴れると、槍はティルエルを避けるように石床に突き刺さり、床に亀裂を走らせたのみだった。
まるで何事もなかったかのようにティルエルは平然とした面持ちで立っている。
「なんで当たらないんだ……ッ!」
「躍起になっちゃって……女ともあろう者がみっともないわよ?」
いったいどうやってあれを防いだというのか。
ティルエルの様子から、その場を動いた感じはしない。
魔法で弾いた? いや、ユルナの雷魔法は詠唱をする間もなかったはずだ。
「下がってユルナ……私がやるッ」
ならば、弾くことはできないこの魔法で――。
「【火の精霊よ 立ち昇り燃やし尽くせ】」
私が詠唱を唱えると、ティルエルの足元が照らされた。床に浮かび上がった詠唱紋は徐々に輝きを増して、真っ赤な光を放つ。
――これは私が使える火属性魔法で、最大火力の魔法だ。
「【炎の支柱】ッ!!」
立ち登る火柱が天井を突き破り、上階の部屋と穴で繋ぐ。炎の勢いは衰えずに、建物の屋根までも吹き飛ばした。
「……とてもいい魔法ね」
「――ッ?!」
噴出する火柱の中、揺れ動く人影が見えた。
髪が空に向かってなびく中、炎をものともせずに涼しい顔でティルエルは笑っていた。
「リオン……奴の体をよく見てみろ」
ユルナに言われて目を凝らす。
あれは……魔法障壁?
彼女の体をうっすらとした虹色の光が覆っていた。光は膜のようになっており、火柱は膜に沿って、彼女を避けるように立ち昇っている。
「便利でしょう? この障壁がある限り貴女たちの魔法は、私には届かない」
あの光の膜には見覚えがある。
宿で襲ってきた金髪の女――ソフランが使っていた魔法障壁と同じだ。
ソフランは、ピンキーにも同じように障壁を張っていたが……。
「……あんな緻密な魔力コントロール、誰でもできるものじゃない」
ソフランは今、カナタたちが足止めしているはずだ。
これだけ距離が離れていて、それを戦いながら維持するなんてまずありえない。
もしそれが出来るのなら、ソフランは魔女や大賢者に匹敵するレベルだ。
「そうね、魔力コントロールには向き不向きがある……言うなれば一種の才能のようなもの。属性魔法と同じなのよ。その人にしかない、その人だからこそ使える。魔力は、人の価値そのものと言ってもいい」
ティルエルの言っている意味は、なんとなく分かる。
私は水魔法を使えるが、ユルナは使えない。その代わりにユルナは雷魔法が使える。
カナタは読心魔法を、リーフィリアは稀有な木属性魔法を使える。
人それぞれ得意不得意があり、魔力の強弱があるのは致し方のない事だ。
だけどティルエルの言い方、それではまるで――。
「――まるで、生まれながらにしてソイツの価値が決まる、とでも言いたげだな」
「あら? 言葉使いが汚いわりに、なかなか聡明なのね。槍術士さん」
ティルエルは両手を広げると、さながら民衆に演説をするかのように、私たちへ言葉を投げかける。
「強い者は権力と財力に満たされ、名声を上げる。弱い者は蔑まれ、うだつの上がらない日々を送る……それはこの世界の理で、女に生まれた者の宿命なのよ」
「そんなこと――ッ」
「――そんなことない? 最初から才能に恵まれた貴女たちには分からないでしょうね。だって、貴女たちには価値があるんだもの」
ティルエルの言葉の一つ一つには重みがあった。
彼女に何があったのかは分からない。しかしその声と表情には、私が言いかけた言葉を飲み込ませるだけの説得力があった。
「……人の生は、魔力の良し悪しで全てが決まる。魔力なんてものがあるから、不平等が生まれるのよ。――この世界から魔力を無くす。それが、私がこの世に生まれた価値なのよ」
そう言ったティルエルが、次の瞬間には目の前から忽然と姿を消していた。
消えた? どこへ――。
「ぐっ……!!」
「リオン?!」
苦しい……何かが、私の首に……ッ
締め付けられる感覚に、首元へ手を伸ばすと何かに触れた。
これは、人の腕……? それに私の魔力が……。
「こンのッ!!」
私の視線に気づいてくれたユルナが、眼前に槍を突き出す。
槍は空を貫いたが、締め付けられる感覚が無くなった。
「ゲホッ……えほッ……い、今のは……?」
「……やっぱり、いい魔力を持っているわね」
声のした前方に目を向けると空間が歪んでいた。
蜃気楼のように部屋が揺らぐと、何もないところからティルエルが姿を現す。
これも……ソフランと同じ……。
「リオ、ン……逃げろッ」
ベッドに横たわるタクトが、必死の声を上げていた。
彼を助けにきたのに、逃げるなんてできるわけがない。
「待っててタクト! 必ず助けるから!」
「【火の精霊よ 立ち昇り燃やし尽くせ】……だったかしら?」
「――ッ?!」
ティルエルの詠唱で、私とユルナの足元に詠唱紋が浮かび上がった。
そんな、これは私の――。
「リオンッ!!」
隣にいたユルナが、驚きと焦りが入り混じった表情で叫んでいる。
避けなければいけないのは分かっている。分かっているのに、どうして動いてくれないの――ッ!!
膝はガクガクと震えてまるで力が入らない。視界に入る全ての景色が、とてもゆっくりに見えた。
「【炎の支柱】ッ!!」
火の粉が舞い上がり、チカチカとその輝きを増していく。
まずい、このままじゃ本当に死――。
「【凍てつく手】ッ!!」
一瞬にして視界が埋め尽くされた。
冷たく硬い感触の氷が私とユルナを包み込んだ。その直後、氷の外側が激しく燃えた。
透き通った氷の内側から見る火柱は、目を開けていられないほど光り輝いている。
数秒か数十秒か。時間にして一瞬の出来事がとても長く思えた。やがて炎が消えると、私たちを包んでいた氷も、音を立てて崩れ落ちた。
「なんとか間に合ったようです」
「……カナタ! リーフィリア!」
振り返ると部屋の入り口に、二人が立っていた。
この氷はカナタが? いつの間に氷魔法なんて……。
「リオン。今は私の成長に喜んでいる場合ではないですよ」
「そ、そうね……でも助かったよ。ありがとう」
「さて……これで四対一だ。諦めてタクトを返してもらおうか」
ティルエルは私たちを見て、酷く機嫌を悪くしたようだった。
「次から次へと……鬱陶しいわね」
いよいよ二章ラストスパートです!
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