52話 進め!!
「……どうして私の毒をくらって、立っていられるのかしら」
「ちょうどツテに聖女様がいたもんでな。解毒してもらってこのとおりだ」
リーフィリアは首を捻り、挑発するように不敵な笑みを浮かべる。
それに対しソフランは、苦虫を噛んだような顔をしていた。
リーフィリアは私の隣にくると、羽織っていたローブのポケットから小さな小瓶を取り出す。
「どうしてここに? 体はもう大丈夫なの?」
「問題ない。それよりユルナにこれを飲ませてやれ」
押し付けるように渡された小瓶を見ると、中には黄色い液体が入っていた。
「これは?」
「ユノウが作ってくれた解毒薬だ。飲ませたらタクトの元へ行け」
「え……でも」
「いいから。コイツらは私が引き受ける。早くしないと、タクトがヤバいかもしれん」
私は言われるがままユルナに薬を飲ませる。
さすがは聖女の薬といったところか、見る見るうちにユルナの体から強張りが解けていく。
「リオン。糸を渡しておきます」
「カナタ……?」
「あの人の幻影魔法を見抜けるのは私しかいないです。私はリーフィリアとここに残ります」
リーフィリアの横に並んで敵を見据える。
「カナタも行ってもいいんだぞ」
「いいえ、私も少々あの人たちにはカチンときてますので」
「……そんなに怒ってるなんて珍しいな。何か言われたか?」
「ええ、まあ」
私とユルナを守るように立ち塞がった二人の背から、並々ならぬ怒気を感じた。
「リオン……糸が……」
「……?」
ユルナに言われて渡された“糸”を見ると、これまでタクトのいる方向へピンと伸びきっていた糸が、今は緩やかなカーブを描いている。
それはまるで萎れる前の草花のようだった。
リーフィリアの言っていた『ヤバいかも』というのは、まさかこれの事?
「……糸はタクトの魔力に反応している。それが弱ってるってことは、タクトの魔力が無くなってきているってことだ」
「――!!」
魔力、それは魔法を扱える者にとっては生命力ともいえるものだ。それが枯渇するとどうなるか。
手足はおろか指一つ動かせなくなり、下手をすると脳や神経に後遺症が残るとも言われている。
ひと月前にタクトが倒れた時も、そうならないために治癒術師の人が魔力を分け与えていた。
もし、いま魔力の枯渇をしてしまっては彼の命に関わるかもしれない。
「リオン!! 私とリーフィリアが援護します、早く城砦に行ってください!」
手足の感覚を確かめていたユルナは、一人で立ち上がれるまで回復していた。
私と目が合ったユルナが、無言のまま頷く。ユルナは『二人に任せて行こう』と言っているのだ。
そうだよね……握った糸が完全に萎れる前に、タクトを助け出さないと……。
「――目の前でそんな事言われて「はいどうぞ」と、行かせると思う?」
「あの男はティルエル様の物よ。邪魔はさせない」
武器を構え、道を塞ぐ二人をチラと見る。
……今、ソフランはなんて言った? 聞き間違いじゃなければ、その名はこの国の……。
「ティルエル……まさか――」
「まさか、女王が拉致誘拐を企てた犯人とはな」
私の言わんとしたことをリーフィリアが代弁した。
小さい国とはいえ、一国の女王がこんなことをしていると公になれば、他国から糾弾されるのは火を見るよりも明らかだ。
そんなリスクを冒してまで、一体なんの目的があってタクトを……。
私が想定していたよりも事態は深刻で、大きな問題を抱えているようだった。
事の重大さに固まっていると、リーフィリアの声が私を現実に引き戻した。
「私が道をひらく。隙を見て抜け出せ」
「う、うん。分かった!」
右手を頭上に掲げ、リーフィリアが詠唱を唱える。
「【木の精霊よ 大地を割り 我らにその道を切り拓きたまえ】」
彼女の足下に、緑色に発光する詠唱紋が浮かび上がった。
木属性の詠唱は初めて見る。やっぱりリーフィリアは本当に多才で、天才だ。
「【燃えさかる森林】!
真下に向けて振り下ろされた手が、バンと地面を叩くと詠唱紋が消えた。
直後、ゴゴゴという地鳴りと共に大きな振動が響く。
「串刺しになりたくなかったら避けるんだな」
「な、にを……ッ?!」
リーフィリアが忠告をした次の瞬間、ピンキーらに向かって一直線に地面がひび割れた。
さらに亀裂を押し広げて現れたのは、先端が槍のように尖った“巨大な木の根”。それらがまるで剣山のように何十本も裂け目から突き出し、彼女らを下から突き刺そうとする。
その光景はまるで、地面が彼女たちを食べようとしているように見えた。
「くっ……!!」
辛うじて左右に回避した二人だったが――。
「――避けるなら、もっと距離を取るべきだったな」
突き出した根はその全てが青い炎を纏っており、離れている私が感じ取れるほど、凄まじい熱を帯びていた。
……もっとも熱源に近いあの二人は、きっと火傷では済まないだろう。
私は想像してしまった。さきほど、道の傍に咲いていた草花が乾涸び、焼かれたように……あの二人も……。
「――ッソフランッ!」
「わかってるわ!」
一瞬、二人の体を白い霧のようなものが包み込んだ。すぐに霧は消えたが、二人の様子に変化は無かった。
――いや、変化が無いことがおかしいのだ。
二人は今、本来ならば息もできないほどの熱に曝されているはず。
それを微塵も感じさせず、むしろ涼しげな表情で立つ二人に、私は怖くなった。
「なんなの……この人たち……」
「金髪の女が、魔法障壁を体に纏っているようですね。それも、体にぴったりと沿わせて……まるで魔法でできたローブを着ているみたいです」
「……器用な奴だな」
「この程度で、私たちを出し抜けると思って?」
ソフランが構えた二本の短剣が、バチバチと閃光を放つ。彼女は雷属性も扱えるようだ。
「ええ、出し抜けると思ってます。ちゃんと、道はひらかれました」
「行けッ二人ともッ!!」
リーフィリアの声に押されるように、私とユルナは駆け出していた。
向かう先は……ピンキーとソフランを分断した、裂け目だ。
二人の間を分け隔てた木の根は、こちらから見るとV字になって道を作っていた。
「ハッ! 自分から火に飛び込むつもり?」
「二人とも飛んでくださいッ!!」
「――ッ!?」
このまま裂け目に飛び込めば、炎に焼かれてしまうだろう。
でも、カナタが『飛べ』と言ったんだ。なら、私たちはそれを信じるだけ――ッ
ダンッと地面を思いっきり蹴っ飛ばして、体が裂け目の上に来た時だった。
「【暴風】!!」
突如、背後から凄まじい風が吹いた。
風は私たちの体を浮かせて、裂け目の上を突き進んでいく。
「このッ――」
「させねーよ」
地面から突き出した根の先が、ぐるりと輪っかを描いて私たちを包み込む。
アーチ状になった蔓の中を飛んでいくのは、まるで火の輪くぐりをしている気分になる。
ソフランとピンキーの間を通り抜けて、火の輪を完全にくぐり抜けた私は、なんとか着地する。
「――っと……カナタもなかなか無茶してくれるんだから」
「ああ、まったくだ……ッ!」
同じくして隣に着地したユルナだったが、その額には大粒の汗が浮かんでいた。
片膝を突いて肩で息をしている姿から、相当無理をしているのが分かった。
「ユルナッ?! まだ毒が……」
「大丈夫だ……先を、急ごう」
リーフィリアとカナタが道を作って送り出してくれた、この機会を逃すわけにはいかない。
それをユルナも理解しているからなのだろう。
二人の為にも…なにより、タクトを助ける為にも今、立ち止まるわけにはいかなかった。
「うん……行こう!」
私はユルナの手を取り、後ろを振り返ることなく城砦へ向けて走り出した。
* * *
「しかし、どうやってタクトの所まで行くか……」
城砦を前にして、いきなり詰まってしまった。
城砦への入り口は分厚い扉によって閉ざされていて、それを守る衛兵の姿もちらほらと見えた。簡単には入らせてもらえないだろう。
「一度、裏手に回って外壁から登っていくか――」
「――そんな時間はないよッ!!」
ピシャリと叫んで、リオンが私の考えを否定する。その表情からは焦りが垣間見えた。
リオンが握る“糸”は、先程よりも萎れてきている。
タクトの身に何かが起きているのだと、リオンは
そう考えて、焦っているのだ。
「あ……おい、リオン!!」
真っ直ぐ、正面入り口に向けて走っていくリオンの背を追いかける。
リオンに気づいた衛兵の一人が、静止の声をあげた。
「ん? なんだお前たち……止まりなさい!」
リオンが拳を握ると、右手に炎が沸き立った。
彼女の鬼気迫る様子から衛兵たちも察したのか、剣を抜こうとする……が、それじゃあ遅すぎだ。
「止まりなさいッ!! 止まッ――」
「邪魔を……しないでッ!!」
衛兵が剣を抜くよりも早く、握られた拳が衛兵の顔面をとらえた。
頭部を守る甲冑が凹み、衛兵はしばらく地面を滑りったあと動かなくなった。
「き、緊急事態発生!! 警備の者は正面入り口に援軍を――ぐぁッ!!」
壁際で内線をかけていた衛兵にも、リオンの鉄拳は容赦なくめり込んだ。
倒れた衛兵の腰から鍵を奪い取ると、やっとこちらに向き直した。
「はぁ……」
「さ、行くよ!!」
もはや彼女を止めることは出来ないだろう。
何の策も無く、ただ仲間の為に突き進む彼女の姿勢は――まぁ、嫌いじゃない。
「まったく……しょうがない奴だよ、お前は」
ふと、彼女の目を見て、出会った時の事を思い出していた。
こういう馬鹿正直で真っ直ぐなところが気に入って、パーティに誘ったんだっけな。
「無茶をする時は、一緒にだ」
「“死なばもろとも”でしょ?」
「馬鹿。それは仲間に向けて使う言葉じゃねーよ」
死ぬ時は一緒、か。一人だけ生きるのも、残して死ぬのも嫌だな。
コイツらの泣き顔は見たくない。
「必ず……タクトを助けるぞ」
「うん!!」
決意を新たに、私は敵の本拠地へと足を踏み入れた。