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51話 燃ゆる深緑

「今すぐ、この国から出て行くなら殺しはしないわ」


 眼鏡の奥。深い藍色をした瞳が光も無く、私たちへ向けられている。

 歳もさほど変わらないように見える彼女からは、ありありとした敵意を感じ取ることができた。

 狩人(ハンター)によく似た服装。腰や足には短剣がいくつも備わっている。


「一体どうやって部屋に……」

「あら、()()()はしましたよ」


 その一言で、つい先ほど宿屋(ホテル)の従業員が来たことを思い出す。


 あの時、姿を消した状態で入り込んでいたのか……。


 匂いや足音、気配すら感じさせずに忍び込んだ。それだけで、彼女が只者ではないことが分かる。


 幻影魔法の類いだろうか? それもかなり使い慣れている。カナタが気づかなければ、私もユルナと同じくやられていただろう。


「あなた……私を感じとれるなんて、厄介ね。()()()()()()()()()()()A()よりは優秀よ」


 釣り上がった目尻をさらに上げて、カナタを睨みつける。

 しかし、彼女の言った言葉でカナタも怯むことなく睨み返す。


「リーフィリアの事を、言っているのですか」


 ギュッとカナタが握る杖から音がした。

 普段、感情の起伏が少ないカナタが怒っていた。


「心の内が読めるんでしょう? なら、私が本心で言ってるって分かるとおもうけど」


 リーフィリアが言っていた『もう一人』というのは彼女の事で間違いない。

 気配を消して標的へ近づき、不意を突いた攻撃を得意としているようだ。


「居るって分かってたら、不意打ちはもう効かないよ」

「それは、どうかしらね」


 彼女の全体像が蜃気楼のように揺らいでゆく。

 部屋が彼女を飲み込んで溶かしてゆくと、瞬きをした後には、その存在を微塵も感じさせずに消えていた。


「リオン! 水です!」

「――ッ【全てを押し流せ! 水障波(アクアスプラッシュ)!】」


 カナタに促されて、咄嗟(とっさ)に思いついた詠唱を叫ぶ。突き出した手の先に青色の光が生まれた。


 光の粒子は一つに収束し拳大(こぶしだい)の球となる。球が一度ぎゅっと縮こまると、前方へ向けて多量の水が噴出した。


 あっという間に部屋が水で満たされていく。家具やカーペットが水中で舞い踊る。


 やがて天井まで水で満たされると、水圧によって耐えきれなくなった窓が決壊した。溢れ出した水と共に、私とカナタは屋外へと吸い込まれるように流された。


「ゲホッ! ゴホッ! や、やりすぎです……」

「ご、ごめんッ! 思わず(りき)んじゃって!」

「ゴホゲホッ! くっ……無茶苦茶してくれたわね……」


 見ると、先ほど姿を消していた女も全身びしょ濡れの状態でこちらを睨んでいた。

 狭い屋内では隠れる場所もなく、私たちと同じく水に押し出されたのだろう。


「ま、結果オーライって感じかな?」

「いえ……そうも言ってられないみたいです」


 カナタが視線を向けた先。コツコツとヒールの足音を響かせ、桃色の髪を一括りにした長身の女が近づいて来ていた。

 

「……あなたは、この前の」

「あら、覚えてくれてるなんて、お姉さん嬉しいわ」


 女は頬に手を当てて歪んだ笑みを浮かべる。


 まさか、このタイミングで出くわすとは思わなかった。

 彼女の催眠魔法は厄介だ。また人を操って襲われては、先日の二の舞になる。


 私が剣を抜くと、「なんだなんだ」と集まり始めていた野次馬が、身の危険を感じて離れていった。

 人の往来が少なくなったことは私たちにとって好都合だ。


 水を滴らせ立ち上がった金髪の女が、仲間であるはずのもう一人に睨みを効かせる。


「ピンキー……なんであなたがここに……」

「ソフランちゃんが怖い顔をして出ていくのが見えてね。あの人から何か言われたのかと、心配になったの」

「余計なお世話……と、言いたいところだけれど丁度良いわ。あなたも手を貸しなさい」


 ピンキーと呼ばれた桃色髪の女は「もちろん」と言って、コツンと(かかと)を鳴らす。


 それを合図にしてか、地面に詠唱紋が浮かび上がると、詠唱紋の中心から長い棒が伸び上がってくる。

 地面から引き抜いた棒の先には、三日月型の刃が三枚連なっていた。その造形は、冒険者でも使用する人があまり多くない珍しいものだった。


 武器の名はグレイブ。槍やランスが“突く”のに対し、それは”()ぐ”ことを目的としている刀剣だ。


「まさか長物使いだったとはね」

「意外かしら? なにぶん背が高いと普通の剣は不恰好に見えちゃうのよね」


 たしかに彼女の高身長ならば、長物のデメリットである“取り回しの悪さ”はあまりないだろう。

 しかし、先端に大きな刃を持つグレイブは、かなりの重量がある代物だ。力のある男性が振るっても、遠心力により体を持っていかれるほど重い。


 ――ただし、それは()()()()()だ。

 筋力増強魔法によって、女性であっても男性の何倍にも腕力は増やすことができる。


 ヒュンヒュンと風を切る音が鳴る。バトンでも回すかのように軽々と宙で円を描くと、その切先をこちらへ向けてビタリと止めた。


「久しぶりの運動(エクササイズ)に付き合ってもらうわね」

「随分と物騒なダイエット――ねッ!!」


 握った剣に炎を纏わせる。炎剣は暗くなり始めた辺りを照らし、煌々(こうこう)と輝く。

 炎が剣身に吸い込まれていくと、銀色から橙色へと変わる。凝縮された熱は触れる物を、瞬時に溶かし切ることができる。


 少しの沈黙のあと、ほぼ同時に地面を蹴って互いの距離を詰めた。

 ピンキーの刀身のほうが先に間合いに入るが、問題ない。私に刃が届くよりも先に、その刃を切り落とせばいい。


「ふッ!!」

「はぁッ!!」


 互いの刃先がぶつかりあった瞬間、ピンキーの持つグレイブの三枚の刃は、私の剣と同じく橙色に輝いていた。


「――な」


 遠心力によって勢いがついていたグレイブは、私の体を浮かせるのに十分な質量を持っていた。

 横殴りの衝撃に弾き飛ばされたが、なんとか空中で体勢を整えて着地した。


「私にだって、()()()ぐらい使えるわよ?」

 

 高熱同士の(つば)迫り合いでは、相手の刃を溶かし切ることはできない。勝負を決めたのは武器そのものの()()だった。


 ジンと残る手の痺れを落ち着かせていると、


「――相手は一人じゃないのよ」

「――しまっ」


 背後から突然聞こえた声に背筋が凍る。

 いつの間にか姿を消していたソフランという金髪の女が、すぐ後ろにいるのが分かった。


「リオンッ!!」


 カナタが風魔法を放とうとしているのが見えたが、到底間に合わないだろう。

 ソフランの握るナイフが迫ってきていた。ゆっくりとした時間の流れに感じる中、彼の顔が脳裏をよぎった。


 タクト、ごめん――。


「――ぐがッ!?」


 諦めかけていた時、私の耳に入ったのは苦しそうな声と衝突音。

 一瞬遅れて背中を風が吹き抜けた。


「……やっと追いついた」


 ドスの効いた聞き覚えのある声がする。慌てて振り返ると、そこには深緑色をした蔓が伸びていた。


「ぐ……今度はなんなの……」

「……この前は不意を突かれたからな。今のはほんのお返しだ」


 伸びていた蔓がスルスルと引いていく。蔓の引いた先、街灯が照らす道の真ん中を、誰かが歩いて来ていた。


「――り」


 カナタがその者の名を言わなくても分かっていた。これは、彼女を表す象徴的な魔法だ。


 深緑色の髪を自由自在に操り、どこの冒険者パーティにも属さず、異例の早さでランクAにまでなった天才槍使い。


 パチンと指を鳴らす音がした途端、暗かった道が昼間のような明るさを取り戻す。

 ふわふわと逆立って揺れる彼女の髪が、赤い炎を纏って燃えていた。


「リーフィリアッ!!」


 やがて、血潮のように赤かった炎は揺れを少なくして、澄んだ青色へと変わっていく。

 それは(おさま)りを見せたかに思えたが、違った。

 彼女が歩く道、その(かたわら)に咲いていた花が、熱に当てられただけで乾涸びていく。


 リーフィリアの瞳には、少年魔術師の魔力に似た紫の光が灯っていた。


 燃える炎はリーフィリアの心情を表しているように思えた。


「さぁ、(タクト)を返してもらおうか」


 とても静かに、それでいて怒気を孕んだ声が響いた。


投稿が遅くなり申し訳ございませんっっっ


次回は2月17日予定です!

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