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50話 女の国

 アークフィランでタクトが連れ去られてから一週間が経っていた。

 一度は再会しタクトの手を取ったが、敵の術中に(はま)り取り逃がしたことを酷く悔やんだ。


 それでも、仲間を助けるためもう一度“リーフィリアの糸”が示す道を進んで、私たちはある国に辿り着いたのだ。


 そこは、まるで外からの干渉を拒むかのように、外壁が高くそびえ立ち、国の領地を囲っている。

 唯一の入り口である門前には、十人の女兵士が検問を行い、条件を満たさない者の入国を(はば)んでいた。


 三度の厳しい検問を合格し、私たちは()()()()()()()()()()に足を踏み入れる。


「ほわぁあ……」

「ここが『ヴィーナス・ガーデン』……」

「すごい……綺麗……」


 門をくぐり国内へ入った私たちは、まずその街並みに感嘆の声を漏らした。


 国内の六〇%にも及ぶ敷地面積に、花や木々が植えられ、まさに庭園(ガーデン)のような癒しの空間が広がっていたのだ。

 街のいたるところに『美』をモチーフに象られた彫像や、先進的な建造物。

 人口一万人にも満たない小さな国ながらも、大都市アークフィランと脚色が無い程、綺麗に整えられた街は『美しい』というほか無かった。


 しかし、この国が他に類を見ないというのは、この美しい街並みのことではない。

 カナタがぐるりと辺りを見回し、道ゆく人々を見て言った。


「本当に、()()()()()()()のですね」

「国民が全て女性の『女の国』、か……」


 そう、ここは世界で唯一男性が入ることができない領域なのだ。

 国を立ち上げた女王ティルエルは『女性が安心して過ごすことができる、美と自愛を追求する女の園』と謳った。


 世界各地から女王の考えに賛同する者が集まり、やがて小さな領地ながらも国として認められたのだ。

 その繊細で秀麗(しゅうれい)な街並みは、旅人からも『一度は訪れるべき場所』と称賛され、観光地としての人気が高い。


 それがここ、『女の国・ヴィーナスガーデン』という場所だ。

 ここに来た理由がただの観光ならどれだけ良かったか、とため息をつく。


「しかし、本当にここにタクトはいるのか?」

「はい。間違いなく“糸”はこの国に反応しています」


 あれだけ厳重に検問されている中、男のタクトがどうして入り込めたのだろう。

 私の考えを読み取ったカナタが、さらに言葉を付け足した。


「……考えたくはないですが、タクトを拐っていったのはこの国の権力者なのではないでしょうか」

「まあ、そう考えるのが妥当だよね……」


 国内に入れる道は今しがた通ってきた門しかない。

 検問を回避できるとすれば、相応の地位にいる者だろうと推察できる。


「考えてても仕方ない。いくよ二人とも!」


 花が彩る道の真ん中を、浮かばれない気持ちで私たちは進んでいく。


* * *


「――間違いないのね?」

「はい。如何(いかが)されますか?」


 門の検問を行っていた衛兵から「三人組の冒険者が入国した」と情報が入ってきた。

 容姿の特徴から、この男の仲間で間違いはないだろう。


「……よくここに居ると分かったものね……さては」


 ティルエル様が視線を向けられた先には、鎖で壁に手足を繋がれた男がいる。

 首を垂れてピクリとも動かない彼に近づくと、無造作に髪を掴み、頭を持ち上げた。


「……お前の居場所を追える何かがあるのですね?」

「ぐっ……知るかよ――ッ」


 パンッと乾いた音が室内に響いた。それも一度ではない。

 顔を持ち上げたまま、もう片方の手で彼の頬を叩く。また叩く。

 頬が赤みを帯びて、苦痛に顔を歪ませる彼を見たティルエル様は、声を弾ませた。


「ああ……なんて憎たらしい目つき……こんな子供でもやはり男ね。野蛮で傲慢(ごうまん)な男は魔法なんて持つべきじゃない。そうは思わない? ソフィ」

「はい。ティルエル様」


 くるりと私に向き直すと、身に纏った布を広げて優しく私を包み込んだ。

 ティルエル様の匂いが、吐息が、体温が私の五感を支配してくれる。


「……入り込んだ三人を追い出して来なさい。ちゃんとできたら、今夜貴女を呼ぶ事にします」


 艶のある声が私の鼓膜をも優しく刺激した。それだけで私の胸は高鳴り、呼吸が乱れそうになる。


「……はい。かしこまりました」

「うん、いい子ね。報告をここで待っています」


 抱擁(ほうよう)から解き放たれた私は、すぐに部屋の外へと向かった。

 ティルエル様の期待に応えなければ。

 それが、私が望む幸福なのだから。


* * *


「参ったな。あれは一筋縄じゃいかなそうだぞ」

「うーん……どうにか入り込める方法はないかな?」


 私たちは宿屋の一室に集まり、作戦会議をしていた。

 余談だが、この国では宿屋の事をホテルと言うらしい。様々な物を違う名称にすることで特別感を出し、この国をより魅力的に見てもらおうとしているんだとか。

 なんだか先進的な呼び方に、そこはかとない優越感みたいなものを感じる。


 “リーフィリアの糸“が指し示した場所、それはこのヴィーナス・ガーデンで最も近寄り難い場所だった。

 街の中心に(そび)え立つ大きな城。この国の女王が住まう――鉄壁の城砦だった。


「私の杖で上階まで飛びますか?」

「深夜の警備が薄くなりそうな時間ならいけるかな……」

「窓が開いて無ければぶち破るしかないぞ? 音でバレるだろうな」


 三人がうーんと唸り考えを巡らせている時、部屋の扉がノックされた。


 たしか夕食は大広間(ホール)で|自分で好きに取り分ける《ビュッフェ》形式と言われていた。その準備が整った知らせだろうか?


「はーい。ちょっと待ってください」


 カナタが席を立って対応に向かったので、私はユルナと会議を続けた。


「城内に運ばれる馬車に紛れ込む、とかは?」

「そんな都合よく来ないだろ。タイミングも分からないし情報不足だ。昼間のうちなら一般開放されている部分もあるようだし……明日、下調べに行ってからがいいんじゃないか?」

「タクトが明日まで無事な保証もないよ。すぐにでも動いた方がいい気がする」

「「うーん……」」


 頭を悩ませる私たちの元へカナタが戻ってきた。その表情は少し険しくなっている。


「……私もリオンの考えに賛同します。すぐにでも動いたほうがいいです」

「どうした?」

「夕食を知らせに来た人の、心が見えたんです。……私たちの事を嗅ぎつけて、敵も動き始めてるようです」


 カナタが言うには、このホテルに権力者から連絡があり、私たち三人をここに留めるように指示されているらしい。


「食事に毒でも盛られてそうだな……」

「さすがにそこまでは――」


 ――しないだろうと言いかけて、リーフィリアの事が(よぎ)った。彼女もナイフに毒を塗られていた。それぐらい当たり前にやってくるような連中なんだと思い直す。


「――仕方ない。敵に何かされる前に私達から行こう」


 席を立ち部屋を出ようとして異変に気づく。

 ユルナの顔が苦悶の表情を浮かべている事に。


「く……そッ……」

「ユルナ……?」


 みるみるうちにユルナの顔色が悪くなっていく。

 力が抜けたように、そのまま床に倒れ込んでしまった。


「ユルナ!!」

「動かないで下さいッ!」


 駆け寄ろうとした私をカナタが手で制した。


「……何者ですか? 姿は隠せても心までは隠せないようですね」


 カナタは誰かに話しかけるように、何もない虚空を睨みつける。少しの静寂のあと、突然空間が歪んだ。


「……気付かれてしまったならしょうがないわね」

「――ッ?!」


 歪んだ空間はやがて人の姿を象ると、金髪の女が現れる。

 眼鏡を直す仕草をした手には、注射器が握られていた。

 床に倒れたままのユルナの様子と相まって、何かされたのは明白だった。


「あなた……なんなのいったい……ユルナに何をしたのッ!!」


 私の問いに、金髪の女は落ち着いた声で返す。


「貴女方には、即刻この国から出て行って頂きます」

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