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48話 糸の先

(くそ……なにがどうなってるんだ?!)


 気がついた時には手足を拘束されて、身動きひとつ出来ない状況だった。

 目と口も布のような物で覆われて、ここがどこなのかすら分からない。

 ガタガタと揺れる感じからして、馬車か? どこかに運ばれてる?


 今、唯一動かせるのは思考だけ。そのせいか、捕まっているのに妙に頭は冷静だった。


 あの時、甘い香りがしたら急に眠くなったんだ……ピンキーと名乗った、あの人の魔法か……?

 いや、それよりも心配なのはリーフィリアだ。刺された傷は相当深かったように思える。

 もしかすると、俺が眠っている間にリーフィリアは……最悪なケースを想像してしまった。


 『催眠・洗脳系の魔法』というものがあるのを、前にリーフィリアから聞いたことがある。きっとそういう類いだろう。

 でなければ、無意識に夜中の街を出歩くわけがない。


 コイツら、一体何者なんだ? なんで俺を……。

 リーフィリアは、俺の力は良い者も悪い者も呼び寄せる、とか言ってたっけ……これがその悪い者だよな?


 その時、頭上の方から話し声が聞こえた。


「……ねぇ、ソフラン。なんであなたはあの人に仕えてるの?」

「なんでもいいでしょ。いいから黙って手綱握っときなさい」

「ちぇっ、ちょっとぐらい話してくれてもいいのに」


 この馬車は俺以外に二人しか乗っていないようだ。

 二人の会話から情報を探ろうと、耳をそばだてる。


「あの人はこの子をどうするつもりなの? 『魔法が使える男』なんて、下手したら人間国宝にもなれそうな存在よ」

「……解剖(バラ)すと言っていたわ」


 ば、バラす?! 魔法についての質問責め、もとい拷問されるかも、とは考えていたが……まさか殺してでも魔法の事を調べるつもりなのか?

 あまりの言葉にごくりと喉が鳴った。


「どうやって魔法が使えるようになったのか……その秘密を暴いて、二度と魔法が使える男なんて出ないようにするべきよ」

「えー? 勿体ないわねぇ。結構、可愛い顔してるのに」


 この二人はその口ぶりから、誰かに依頼されて俺を(さら)ったようだ。魔法の秘密を狙って拉致までするような奴らだ……逃げ方を間違えればすぐにでも殺されるかもしれない。

 考えを巡らせていた時、どこからかしゃがれた声が聞こえてきた。


『……せっかく起こしてやったってのに、まんまと捕まっちまうとはね』


 声の主は憎しみの魔女レイラだ。言葉が直接頭に流れているような、不思議な感覚。

 夢の中でレイラに起こされて無かったら、何も分からないまま連れ去られていただろう。


 魔力の暴走の一件以来、これまでよりも頻繁にレイラの声が聞こえるようになっていた。

 こちらから話しかけても通じてはいないようで、完全に一方通行の声だけど。


 受け継いだ魔力が馴染んできてる? それとも(たが)が外れて暴走しやすくなっているとか?

 自分の事なのに分からない事だらけだ。解剖以外で調べてくれるなら、協力もやぶさかじゃないんだけどな。


アンタ(タクト)の魔力に反応して、何人かが追ってきてるようだ。こんなとこで死ぬんじゃないよ小童(こわっぱ)


 追ってきてる……ということは、きっとリオンたちだ。今、下手に動くよりみんなの到着を待った方が良さそうだな。


 リオン達が追ってきていると考えただけで、なんともなく気が抜けてしまった。我ながら呑気なもんだなと心の中で自笑する。


 こんなわけの分からない奴らに、殺されてたまるか。そう声には出さず決意した。

 ……まぁ、口が塞がれてるから、喋れないんだけど。


 馬車は足を止める事なく進んでいく。

 俺の知らない何処かへ向かって。


* * *


 連れ去られたタクトを追って、私たちは馬車を二時間ほど走らせていた。

 相手も馬車で移動しているのなら、どこかで休憩を挟まないといけないはずだ。


 地図を取り出して確認すると、アークフィランから一番近い隣町が、馬車で三時間ほどの所にある。

 馬の休息を取るなら立ち寄る可能性があるとふんで、ひとまずはこの町に向かっている。


 今度は私たちがタクトを助ける番だ。いざとなればこの身を(てい)してでも――。


「リオン。ちょっと見てください」


 密かに決意を固める私に、カナタが声をかけてきた。

 カナタが見せてくれたのは一本の糸。糸はピンと伸びて、ある方向を指し示している。

 これはリーフィリアがタクトに渡した糸と同じ物だ。彼女曰く、タクトの持つ糸に反応するらしい。


「このまま指し示すとおりに進めば、町に着くと思います。やはり、立ち寄っていそうですね」

「そこにタクトが……」


 暑い日差しが照りつける道の先、ゆらゆらと揺れる遠くの景色に、小さな家々が見えていた。


* * *


「あれだな……」


 隣町に到着した私たちは、糸の指す方向へ歩いている。

 町の中心から逸れて、町外れの林である物を見つけた。

 林の中に止められた馬車。まるで人目から隠すように置かれたそれに向けて、糸はピンと伸びている。


「糸が反応するってことは、中にタクトがいると思います」


 辺りを見回してもここは町の端も端で、出歩く人はいない。馬が繋がれていない荷台の様子を見るに、馬を食事にでも連れて行っているのだろう。

 助けるなら今がチャンスかもしれない。


「私とユルナで周囲を見張っておきます。馬車の確認、お願いできますか?」

「分かった。背中は任せたよ」


 二人は、それぞれが木や家の影に隠れ、様子を窺う。


 『大丈夫』という二人の合図を見て、私は馬車へと近づいた。

 荷台に掛かった布を真ん中で分けて中を覗くと、いくつかの木箱と、横たわる人の足が見えた。


「タクト……?」

「――ンッ!?」


 呼びかけに反応した人の足はジタバタと動き、顔をこちらに向ける。


「タクト!!」


 彼は手足を拘束され、目と口も布で覆われていた。急いで布を解くと深い呼吸をしてから私に向き直す。


「リオン……ありがとう。来てくれたんだな」

「当たり前でしょ! さ、早く逃げるよ!」


 拘束を解いて彼の手を握ると、助け出せた安堵からか胸が暖かくなる気がした。


 よかった……無事に見つけられて……。


 ともあれ安心ばかりもしていられない。敵がいつ戻ってくるかも分からないしアークフィランに残して来たリーフィリアの事も心配だ。

 外で見張りをしている二人にも、タクトの無事を伝えてここから離れないと。


「二人とも、タクトは無事――」

「――逃げろリオンッ!!」

「ぐっ……来てはダメ……ですッ!」


 馬車から出て私は目を疑った。

 ついさっきまで誰もいなかったこの場所に、数十人の人が集まっていたのだ。


「ユルナ! カナタ!」


 二人は町民と思われる男達に羽交締めにされ、武器を取り上げられている。


 一体どこから……それにこの人たち、様子がおかしい……?


 私たちを取り囲むように集まってくる人たち。その誰もが、目を(つむ)っていた。

 ふらふらと上半身を揺らして歩く姿は、まるでアンデッドモンスターにも見える。


 それに、何? この甘い香り……。


 鼻をつく強烈な甘い香り。思わず手で口元を覆うほどの匂いが周辺に立ち込めている。


「あら? あなたアークフィランで彼と一緒にいた子ね?」

「――ッ!」


 そのゆったりとした声には聞き覚えがあった。

 コツコツとヒールの足音を響かせて姿を現したのは、桃色の髪をした女。


「やっぱり、タクトを拐ったのはあなただったのね……」

「ええ、そうよ〜。そんな怖い顔して睨んじゃ、可愛い顔が台無しよ? お嬢さん」


 ふふ、と口元に手を当てて小さく笑う。

 その姿に寒気がしたのと同時に、悪びれもしない彼女に怒りが湧いた。


「タクトくんから離れてもらえる? 彼は私たちと一緒に行かないといけないの」

「嫌です。一体タクトに何をするつもり?」

「ちょこっと彼の身体を調べるだけ。魔法を使えるその不思議な身体を、ね」


 彼女の口元は笑っていたが、目には力が込められていた。

 直感で分かる。この人は戦い慣れしている、と。


 カナタもユルナも捕まって、戦えるのは私とタクトだけ。なんとか突破口を見つけないと――。

 女には聞こえないように、背後にいるタクトへ声をかける。


「……私が水魔法で周りの人を押し流す。せめてタクトだけでも、今は逃げて」

「……」

「タクト?」


 タクトからの反応がない。不思議に思い振り向いた私は、彼の様子を見て声が詰まった。


 彼は他の町民たちと同じく、目を瞑っていたのだ。まるで立ったまま寝ているかのように、ゆらゆらと上半身が揺れている。


「タクト?!」

「さあ、タクトくん。こっちへきて」


 彼女の一言で彼はゆっくりと歩き出す。私の横を通り過ぎて、女の元へと行こうとする。


「ちょっと?! どうしたの!」

「彼はあなた達とは行きたくないみたいね」

「そんなことないッ! タクト、しっかりして!」


 強く握った彼の手は、握り返してはくれない。

 瞑ったままの目は彼女の方へ向いて、私を見てはくれない。


 やがて、必死に繋ぎ止めていた私の手から、彼の手が離れてしまった。


 女の隣に立った彼は、私に対して向き直す。


「うそ……なんで……」

「リオン! 奴の魔法か何かだ! タクトは操られている!」


 ユルナの声にハッとした。

 そうだ、リーフィリアも言っていた。たしか催眠系の魔法を使う奴がいるって……。


「さぁ、行きましょタクトくん。お仲間さんにバイバイしなさい」


 タクトの右腕が上がり、左右に振られる。まるで操り人形のような仕草に胸が締め付けられた。


「タクトを返してッ!!」

「ごめんなさいね、私は忙しいの。お前たち遊んであげなさい」


 ジリジリとにじり寄ってくる人の壁が、私とタクトの距離を広げていく。この人たちもきっと魔法で操られているのだろう。


「ま、待ちなさい!」


 振り返る事もせず、二人の影がどんどんと離れていく。

 それ以上、止める間もなく群衆が襲いかかってきた。


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