47話 消えた魔術師《タクト》の行方
「んんー……っと」
体を伸ばしながら時計に目をやると、針は朝の六時前を差していた。
カーテンを開けると太陽が登り始めていた。
うん。旅立ちの日にはぴったりの清々しい朝だ。
髪をとかし、洗いたての肌着へ腕を通して気づいた。装備の胸当てが最近キツくなってきたなぁ。そろそろ買い替えないとダメかな?
こんなことを言うと、またユルナにイジられそうだ。彼女には黙っておこう。
今日は、タクトの故郷に向けて出発する日だ。
早めに寝ていたし、もう起きてるかな?
身支度を終えてリビングへと階段を降りていくと、二人の顔が私に向いた。
むっ? もしかして私が最後?
「おはよーユルナ、カナタ」
「おっす」
「おはようございます」
すでに二人とも準備は出来ているようだ。
リビングを見回すが、彼の姿が見えない。
「あれ? タクトはまだ?」
「ああ。ひょっとしてまだ寝てるんじゃないか?」
「まさか。タクトもそこまで子供ではないと思いますけど」
彼の部屋をチラリと見ると扉は閉まっている。
昨夜、「誰よりも早く起きてやる!」なんて意気込んでいたから、てっきりそうしているものだと思ったのに。
馬車の時間もあるし、もし寝てたら起こしてあげないと。
「タクトー? 起きてる?」
ノックをするが返事がない。まさか本当に寝ているのだろうか?
「はいるよ? タクトー……あれ?」
ベッドと書棚があるだけの室内。
見回すまでもなく、そこに彼の姿は無かった。ベッドから抜け出たような痕跡がある。
「いないのか?」
「うん。もう大聖堂に行っちゃったのかな?」
「一言、書き置きぐらいしてくれたらいいのに。まったく気が利かない男です」
いないのならしょうがない。行き違いにならない様にメモを書いて、私たちも向かう事にした。
* * *
「え? こちらにも来てないですよ?」
大聖堂にいるユノウも驚いた顔をしていた。
予想外の出来事に四人で顔を見合わせる。なら、彼は今どこに?
こんな大事な日に、何も言わずにどこかへ行くとは思えない。何かあったのか、そう思わずにはいられなかった。
「どうしよう。あと三十分で馬車の時間なのに……」
「とにかく探すしかないだろ。私はもう一度家に行ってみる。カナタは冒険者ギルドに行ってみてくれ」
「分かりました」
大聖堂から一歩外へ出ると、大通りがやけに騒がしかった。
門の前に人が集まっているのが見える。
「なんだ?」
「さぁ……事件か何かかな?」
「んんー?……ッ!!」
カナタが何かに気づいたようだ。細めていた目をカッと見開く。
「あれは……そんなッ!!」
「ちょ、ちょっとカナタ?!」
突然慌てたように人集りに向けて走り出した。
カナタの様子から、何か嫌な予感がして私とユルナも後を追った。
人集りを掻き分けて、中心に辿り着くと肩で息をするカナタの後ろ姿があった。
「いったいどうしたの……ッ!?」
カナタの視線の先、地面に横たわった人物を見て息をのんだ。
血を流し、深緑の髪を地面に投げ出して倒れた人。
傍には二人の治癒術師が状態を診て、治癒を施している。
「リーフィリアッ!」
ユルナの声でハッとした私は、二人とともにリーフィリアの元へと駆け寄った。
「おい! 何があった!」
「うそ……リーフィリア、なんで……?」
リーフィリアは気を失っているのか身動き一つしない。彼女の右太ももにある怪我と、地面に置かれたナイフから、リーフィリアが襲われたのは明白だった。
治癒術師の一人が私たちを見て口を開く。
「お知り合いですか?」
「彼女は、私たちの仲間だ……おい、ここで何があったッ!?」
「わ、私たちは救護要請を受けて来ただけですので……」
「落ち着きなさいユルナ。治癒術師たちに言っても仕方がありません」
「――ッ」
治癒術師に詰め寄ろうとするユルナをカナタが窘める。
地面に広がった血の乾き具合からして、怪我を負ってから数時間は経っていそうだ。
「……今から病院に運ぶところです。一緒に来て頂けますか?」
リーフィリアを乗せた担架がふわっと宙に浮いた。
タクトの事も気がかりだったが、なにより目の前のリーフィリアを放ってはおけない。
私たちは治癒術師たちと共に、病院へと向かった。
* * *
「ひとまず、命に別状はない。血を流しすぎてるからしばらくは起きないと思うが」
「そうですか……ありがとうございます」
リーフィリアを診てくれたのは、タクトを治療してくれたお姉さんだった。
ベッドに寝かせられたリーフィリアを見て、私を含めた三人で、ホッと胸を撫で下ろす。
「しかし……衛兵六人相手にも勝つ様な奴が、まさかやられるとはね。やり合った奴は相当な手練れだろうな」
リーフィリアの戦闘スタイルは中距離を得意とする。自由自在に操る複数の槍を掻い潜って、ナイフで刺す……なんて事は、よほど身のこなしが素早くないと出来ないだろう。
タクトが消えて、リーフィリアが襲われた……どうにも関連性があるとしか思えない。
彼は今どこに……。
「……うっ」
「リーフィリア?!」
「ここは……? 私は生きているのか……?」
目を覚ましたリーフィリアは朧げな瞳で部屋を見回す。「どんだけ丈夫な体してるんだよ」と治癒術師のお姉さんは苦笑していた。
ボーッとしていたかと思うと、急に体を勢いよく起こした、が。
「――ッ!」
苦悶の表情を浮かべ体を強張らせた。背中の傷が痛むのだろう。
「無理に動かないほうがいい。普通なら三日は動けないもんだぞ」
何故か焦った様子の彼女と目が合う。
リーフィリアはふいっと視線を逸らして気まずそうにすると、震える口先でぽつりと呟いた。
「……タクトが連れ去られた」
「え……?」
やはり、とは思いたくなかったが、嫌な予感は当たってしまった。
「何があったのか、ゆっくりでいいので話してくれますか」
カナタに促されて話し出したリーフィリアは、喋るたびに元気を無くしていった。
* * *
「すまない……私がいながら守れなかった……」
「リーフィリアが謝る事じゃないよ!」
責任を感じているのか、彼女らしくない暗い顔をしている。
『魔法が使える男』というのが広く知れ渡った事で、何かしらタクトに接触してくる人は多いとは思っていた。しかし、まさか拉致される事態になるなんて……。
しかも、話の中でリーフィリアが見たという女。桃色の髪をした人は昨日、街中で会っている。
思い返せば、あの時タクトに何かを囁いていた。
ずっと付け狙っていたという事だろう。
「そういえば、どうしてリーフィリアはタクトの異変に気づけたの?」
「たしかに。まさか尾行してたとか……」
「ち、ちがう! そんなんじゃない!」
なぜだろう。少しだけ頬を赤らめるリーフィリアにむっとしてしまう。
「今度また魔力暴走が起こったりしないように、これを渡してたんだ」
そう言って取り出したのは、糸を三つ編み状にした腕輪のようなものだった。
「なにこれ?」
「とある国では、厄除けや願掛けの意味がある物だ。これを体のどこかに着けておくことで、それが千切れた時、願いが叶ったり災いから身を守ってくれたりする」
「おまじないみたいな物?」
「普通の物はおまじないぐらいの意味しかないが、私の作ったこれはちょっと細工をしてある」
なぜかそこで言い淀んだ。
言おうか言わまいか悩んでいるようだったが、まるで観念したかのように、ため息をついてから続ける。
「……糸に私の髪を織り込んである。魔力を感知して、暴走したらいつでも分かるようにな」
やっている事はきっと、タクトを心配してからなのだろう。しかし、私たちにはまったく別の意味に思えてしまった。
「……リーフィリアって結構ヤンデレなんだな」
「人に自分の髪の毛入れた物プレゼントするのは、ちょっと……」
「これが歪んだ愛……ってやつなのですね」
「あーもう!! だから言いたくなかったんだ! いいか、皆が思ってるような感じでは決して無いからな!? 他に良い案が無くて仕方なく……そう、仕方なくだッ!!」
耳まで真っ赤にしてやたらと必死に否定をする。むぅ……なんだろうこのモヤモヤする感じ。
「と、とにかく。まだタクトはそれを身に着けているみたいだから、連れ去られた方向はある程度感知できてる。すぐに追いかけるべきだ」
リーフィリアの歪んだ愛(?)のおかげで、途方に暮れる事はなさそうで安心する。
それと……よく分からないこの気持ちはひとまず置いておこう。タクトを助け出すのが先決だ。
カナタとユルナ、二人とも無言で頷く。
「そうと決まれば早速――」
起きあがろうとしたリーフィリアが、ベッドから落ちそうになる。
慌てて支えると、その手足が小刻みに震えてるのが分かった。弱々しく、まるで力が入っていない。
そうまでして、彼女も“タクトを救いたい”と思っていることに嬉しくなる。
「リーフィリアはここで待っていたほうがいい。その体じゃ無理だ」
「な、なにを……私はまだ戦える!」
「歩けもしない人がよく言いますね。私たちを少しは信頼してくれてもいいんじゃないですか?」
「そうだよ。だって私たちは――仲間でしょ?」
今回はリーフィリアには休んでいてもらおう。今度は私たちがタクトを助ける番だ。