表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/85

44話 昨日の敵は今日の仲間

「くそー!! これじゃあ私の影がますます薄くなるじゃないかッ!」

「うっ……うぅ……二人きりになれるチャンスが……」


 地面に伏せた格好でユルナが(なげ)いている。

 リオンもそこまで落ち込むことなのか?

 二人が勝った時の報酬……いったいなんだったんだろ?


「それでは、リーフィリア。約束どおり私たちの仲間に――」

「ちょっと待ってくれ」


 カナタの言葉を遮って、リーフィリアが打ちひしがれる二人の元へ歩み寄っていく。

 地べたに座り込む二人の前で立ち止まると、リーフィリアに気づいた二人が顔を上げた。


「なんだよ……私たちを笑いにでも来たのかよ……?」

「――いや」


 あのリーフィリアが、座り込むユルナに対して手を差し出していた。

 二人もリーフィリアが取った行動に、目を丸くして驚いている。


「さっきはランクEなどと馬鹿にしてすまなかった。貴様たちは十分に強い。正直なところギリギリだった」

「……」

「これであの時のリベンジを果たすことが出来た。それもきっと、タクトと共に旅をしたおかげだと思う。……臆病で意地っ張りなままの私では、勝てなかっただろう」


 ふっと、リーフィリアの表情が(ほころ)んだ。

 以前の『深緑の魔女』なら、絶対に見せる事が無かったはずの笑顔。

 周りの期待に応え、強くあろうとし続けた彼女は、感情を抑えてしまったことで自分を孤独にした。


「孤独は慢心(まんしん)を生む。私は一人で何でも出来る、何でもやらなければと思い込んでいた。そんな私に『人を信じ、思いやり、支える』大事さを教えてくれたのは貴様たちだ」


 誰かのために戦う。その気持ちは、一人一人の力は強くなくても、どんな困難にも立ち向かっていける心の強さだ。

 リオンとユルナ、ここにカナタも入れば、きっとリーフィリアすら倒せるほどの強さになるだろう。


「誰かを想うことは、こんなにも力が湧き上がるものなんだな。教えてくれて、ありがとう」

「何を言うかと思えば……それはアンタが自分で考えて気づいた事だろ?」


 ユルナがリーフィリアの手を取って立ち上がった。

 いつもより凛々しい顔をするユルナは、澄んだ水色の瞳で真っ直ぐにリーフィリアを見つめている。


「アンタの勝ちだ。パーティの一員として迎え入れるよ」


 ユルナの言葉に一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐにその表情は曇った。

 バツが悪そうに、目を逸らしたリーフィリアが口を開く。


「……その事なんだが。報酬は辞退させてもらうよ」


 まさかの発言に俺は耳を疑った。

 報酬の辞退って……あんなに喜んでたパーティへの加入を断るのか?


「貴様たちと戦って気づいたんだ。本当の仲間ってのは、報酬や権利なんかで手に入るものじゃ無い。誰かに必要とされ、自分もその誰かを必要とするから、お互いに自然とそうなるものなんだって気づけた……だから」

「――だったら、もう十分じゃない?」

「え?」


 立ち上がったリオンが服についた土を払いながら言う。彼女もまた、真っ直ぐにリーフィリアの目を見つめて微笑んだ。


「お互い全力を出し合って、気持ちを(さら)け出したんだから。それってもう……仲間なんじゃないかな」

「――いや、それは」


 言いかけたリーフィリアの肩が叩かれる。

 今度はカナタが彼女の言葉を遮った。


「実は三人で話し合っていたんです。一人ぼっちになったタクトを支えてくれて、私たち……いえ、この街を救うために動いてくれたリーフィリアを、仲間に誘ってみないかって」

「そ、それは致し方なくだな……」

「『致し方なく』で、自分に関係ないのにボロボロになるまで戦う冒険者がいるかよ?」


 リーフィリアはぐっと押し黙って視線を下げた。

 彼女の肩が僅かに震えているのが、遠目でも分かった。


 リーフィリアは大のお人好しだ。きっと孤独の辛さを知っているからこそ、無意識にそうしてしまうのだろう。

 共に旅をしたから分かる。本当の『深緑の魔女』は人一倍、優しい人なんだ。それに三人も気づいている。

 

 カナタが先程言いそびれた言葉を、今度は言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で話す。


「勝者のリーフィリアに、報酬とは関係なく聞きます。約束どおり、私たちの()()()()()()()()()()()()?」

「――ッ」

「もちろん嫌なら断ってもいい。これはアンタの選ぶ道だからな」

「ランクに差があるけど、もっともっと頑張って強くなるよ! すぐに追いついてみせるから!」

「貴様たちは……本当に嫌なやつらだな……」


 声を震わせ、顔を上げたリーフィリアの頬を涙が伝った。

 止めどなく流れる涙は、雫となって落ちていく。目と鼻を赤くして、これまで抑えてきたであろう感情が溢れ出していた。


「こんな私でいいなら……仲間に入れてほしい」

「もちろん!」

「誘い方が遠回しになった事は謝ります。これからよろしくですよ、リーフィリア」

「せいぜいキャラ被りしないようにしてくれよな」


 三人がそんな相談をしているなんて、俺は知らなかった。なんだよ、俺だけ仲間はずれかよ。

 でもそんな彼女たちだからこそ、ついて行こうと思わされる。俺もその一人だから。


 空を見上げると、いつか見た時のような綺麗な虹が掛かっていて、晴れ渡る空にリーフィリアの泣き声が響いていた。


* * *


「で、なんでこうなった?」


 先程までの綺麗な友情エンドは何処へやら、俺の周囲ではギャーギャーと騒がしく二人が張り合っている。


「ちょっと、タクトの体拭くんだからその手を離してよ!」

「それは私が今までやっていた事だ! リオンは料理でも作ってこい!」


 腕を引っ張られ体を左右に揺さぶられる。痛覚無効にしているとはいえ、そんなに動かされると悪化しそうで怖いんだが。


「二人も見てないで止めてくれよ!」


 部屋とリビングを繋ぐ、開け放たれた扉の向こうでは、ユルナとカナタが午後の紅茶タイムを楽しんでいた。

 一度だけ俺のほうを見たが、すぐに顔を逸らす。

 わあ。こんなにはっきりとした見て見ぬふりを、初めて見たよ俺は。


「タクトは鈍感ですね」

「え? 何がだよ」

「いいえ何でもありませんです」


 カナタが言った言葉の意味を考えている時、家のチャイムが鳴った。

 ここはリーフィリアの家であるからして、彼女が玄関に向かうのだが「この忙しい時に」とか舌打ちが聞こえる。

 ただチャイムを鳴らしただけなのに、ここまで言われてしまう人物に同情する。


 しかしこれでやっと、俺の体で綱引きをされるのが終わって助かった。ありがとう訪ねてきた人。


「タクト、治癒魔法の時間だとさ。あとお前に来客だ」

「来客?」


 いつも朝と夕方に治癒術師のお姉さんがやってきて、俺に痛覚無効(ペインキラー)の魔法を上書きしてくれる。それ以外では、俺を訪ねてくる人なんて……。


「タクトさん、お体の調子は如何(いかが)ですか?」

「あっ」


 治癒術師の背後からひょっこりと顔を見せた人物。

 銀色の髪を揺らし、白と黒を基調としたワンピースを着た聖女、ユノウだった。


「すみません……すぐにお礼を言いたかったんですが、まだ体が動かせなくて」


 彼女の方から会いに来てくれたのは嬉しいが、それと同時に申し訳ない気持ちになる。


「いいんですよ。なによりも自分の事をご自愛なさい。そうすることで、安心できる人もいるのですから。ね? みなさん?」


 まったく嫌味もない綺麗な笑顔に、この場にいた全員が同じ事を思っただろう。

 この人はやはり聖女様だ、と。


* * *


 痛覚無効(ペインキラー)を掛けてもらいながら、ユノウは今日会いに来た理由を話始める。

 その内容は――俺の故郷にかかった敵視(ヘイト)魔法を浄化する、というものだった。


「体が万全になったら声をかけてください。一緒にタクトさんの故郷へ(おもむ)き、浄化を致しますので」

「何から何まで……本当にありがとうございます」

「いえいえ。苦しみを抱える人に、救いの手を差し伸べるのが私たちの職務ですので」


 ああ、聖女様。その透き通る声と優しさが、今は何よりの薬になっています。この人の爪の垢を(せん)じて、リオンたちにも飲ませたい。きっと争いはなくなるでしょう。


「……ところで、さっきから気になってるんだけど」

「はい?」

「あの外の騒ぎは一体……?」


 そう、ユノウさんが家に来た数分後。大勢の人々がこの家に詰め寄っていたのだ。

 窓の外は人で埋め尽くされ、ちらりと窓に視線を向けると、まるでアンデッドモンスターの如くわらわらとひしめき合っている。


「ああ……! ここへくる途中に、いろんな方から聞かれたんです。『タクトさんを知らないか?』って」


 うん。大方予想しているよ。どうぞ続けて。


「それで、『皆様から姿をくらます為、今はリーフィリアさんの家に隠れてるんですよ』って教えてあげました」

「そっかー……」


 ああ。あれだ。この人天然だ。

 すごい誇らしげな顔してるもん。『良い事ができました』って顔に書いてるもん。


「……えっとですねユノウさん」

「はい?」

「俺はこの人集(ひとだか)りから逃げるために、場所を変えて隠れているわけで」

「ええ、そうですよね」

「隠れていることバラしたら、意味ないですよね?」

「……?」


 人差し指を口元に当て、少しの間考える素振りをするユノウ。

 そして、考えが纏まったのか、ぱあっと顔を明るくして言う。


「あ、教えたら駄目でしたね!」

「「「「遅いよ!!」」」」


 その場にいた四人からツッコミを受けても、ユノウは「あらら?」と言うだけで、あまり効いていなかったように思える。


 治癒術師のお姉さんがボソッと呟いた。


「……天然に効く魔法()はないわね」


 こうして、安静とは程遠い喧騒(けんそう)に包まれて、日々が過ぎて行った。

「ところで、リオンたちが勝ってたら何が貰えてたんだ?」


 不思議そうに彼は言った。

 私はカナタの言葉を思い返す。


『もし二人が勝ったら、リオンには“タクトと二人きりになれる権利”を、ユルナには“リーフィリアに何でも一つ命令できる権利”を与えましょう』


 そう、二人きり。カナタは私の心を読んでそう言ったのだろう。

 別に大したことではないのだけれど……なんとなく、そうなんとなくだ。

 なんとなく彼と二人きりで、どこか出かけてみたいなと思ったのだ。

 リーフィリアとは二人で旅をしていたようだし、私もそうしてみたいと思っただけだ。うん、他意はない。


「……ああ、あれはですね――」

「あーーっ! 手が滑ったぁああ!」

「むぐっ?!」


 あ、あぶなかった……。

 言いかけていたカナタの口を手で覆うと、もごもごと抗議の声をあげている。


「え、えっとね? ふ、ふた……二つ、剣を買ってくれるって報酬だったの!」

「剣? 今持ってるのはこの前買ったばかりじゃなかったか?」

「さ、三剣流だよ! 両手に持って、口で一本咥えるの! そのほうが剣撃の数が増えるからッ」

「えぇ……? それ重たくないか? 顎外れるぞ?」

「そうだよねー! よく考えたら一本でいいかなー? なんて……」


 私の手を振り解いたカナタが、抗議の目を向けてきた。

 お願いだから黙ってて! そう念じると、伝わったのかコクリと頷いた。

 そして、ボソリと彼に聞こえないようにカナタは呟く。


「……街に高級な紅茶を出す店が出来たそうなので、誰かの奢りで一度飲みたいなぁ」


 ぐっ……それは私に向けて言っているのね……。



 一杯一五〇〇円もする紅茶の味は、私にはよく分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ