44話 昨日の敵は今日の仲間
「くそー!! これじゃあ私の影がますます薄くなるじゃないかッ!」
「うっ……うぅ……二人きりになれるチャンスが……」
地面に伏せた格好でユルナが嘆いている。
リオンもそこまで落ち込むことなのか?
二人が勝った時の報酬……いったいなんだったんだろ?
「それでは、リーフィリア。約束どおり私たちの仲間に――」
「ちょっと待ってくれ」
カナタの言葉を遮って、リーフィリアが打ちひしがれる二人の元へ歩み寄っていく。
地べたに座り込む二人の前で立ち止まると、リーフィリアに気づいた二人が顔を上げた。
「なんだよ……私たちを笑いにでも来たのかよ……?」
「――いや」
あのリーフィリアが、座り込むユルナに対して手を差し出していた。
二人もリーフィリアが取った行動に、目を丸くして驚いている。
「さっきはランクEなどと馬鹿にしてすまなかった。貴様たちは十分に強い。正直なところギリギリだった」
「……」
「これであの時のリベンジを果たすことが出来た。それもきっと、タクトと共に旅をしたおかげだと思う。……臆病で意地っ張りなままの私では、勝てなかっただろう」
ふっと、リーフィリアの表情が綻んだ。
以前の『深緑の魔女』なら、絶対に見せる事が無かったはずの笑顔。
周りの期待に応え、強くあろうとし続けた彼女は、感情を抑えてしまったことで自分を孤独にした。
「孤独は慢心を生む。私は一人で何でも出来る、何でもやらなければと思い込んでいた。そんな私に『人を信じ、思いやり、支える』大事さを教えてくれたのは貴様たちだ」
誰かのために戦う。その気持ちは、一人一人の力は強くなくても、どんな困難にも立ち向かっていける心の強さだ。
リオンとユルナ、ここにカナタも入れば、きっとリーフィリアすら倒せるほどの強さになるだろう。
「誰かを想うことは、こんなにも力が湧き上がるものなんだな。教えてくれて、ありがとう」
「何を言うかと思えば……それはアンタが自分で考えて気づいた事だろ?」
ユルナがリーフィリアの手を取って立ち上がった。
いつもより凛々しい顔をするユルナは、澄んだ水色の瞳で真っ直ぐにリーフィリアを見つめている。
「アンタの勝ちだ。パーティの一員として迎え入れるよ」
ユルナの言葉に一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐにその表情は曇った。
バツが悪そうに、目を逸らしたリーフィリアが口を開く。
「……その事なんだが。報酬は辞退させてもらうよ」
まさかの発言に俺は耳を疑った。
報酬の辞退って……あんなに喜んでたパーティへの加入を断るのか?
「貴様たちと戦って気づいたんだ。本当の仲間ってのは、報酬や権利なんかで手に入るものじゃ無い。誰かに必要とされ、自分もその誰かを必要とするから、お互いに自然とそうなるものなんだって気づけた……だから」
「――だったら、もう十分じゃない?」
「え?」
立ち上がったリオンが服についた土を払いながら言う。彼女もまた、真っ直ぐにリーフィリアの目を見つめて微笑んだ。
「お互い全力を出し合って、気持ちを曝け出したんだから。それってもう……仲間なんじゃないかな」
「――いや、それは」
言いかけたリーフィリアの肩が叩かれる。
今度はカナタが彼女の言葉を遮った。
「実は三人で話し合っていたんです。一人ぼっちになったタクトを支えてくれて、私たち……いえ、この街を救うために動いてくれたリーフィリアを、仲間に誘ってみないかって」
「そ、それは致し方なくだな……」
「『致し方なく』で、自分に関係ないのにボロボロになるまで戦う冒険者がいるかよ?」
リーフィリアはぐっと押し黙って視線を下げた。
彼女の肩が僅かに震えているのが、遠目でも分かった。
リーフィリアは大のお人好しだ。きっと孤独の辛さを知っているからこそ、無意識にそうしてしまうのだろう。
共に旅をしたから分かる。本当の『深緑の魔女』は人一倍、優しい人なんだ。それに三人も気づいている。
カナタが先程言いそびれた言葉を、今度は言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で話す。
「勝者のリーフィリアに、報酬とは関係なく聞きます。約束どおり、私たちの仲間になってくれませんか?」
「――ッ」
「もちろん嫌なら断ってもいい。これはアンタの選ぶ道だからな」
「ランクに差があるけど、もっともっと頑張って強くなるよ! すぐに追いついてみせるから!」
「貴様たちは……本当に嫌なやつらだな……」
声を震わせ、顔を上げたリーフィリアの頬を涙が伝った。
止めどなく流れる涙は、雫となって落ちていく。目と鼻を赤くして、これまで抑えてきたであろう感情が溢れ出していた。
「こんな私でいいなら……仲間に入れてほしい」
「もちろん!」
「誘い方が遠回しになった事は謝ります。これからよろしくですよ、リーフィリア」
「せいぜいキャラ被りしないようにしてくれよな」
三人がそんな相談をしているなんて、俺は知らなかった。なんだよ、俺だけ仲間はずれかよ。
でもそんな彼女たちだからこそ、ついて行こうと思わされる。俺もその一人だから。
空を見上げると、いつか見た時のような綺麗な虹が掛かっていて、晴れ渡る空にリーフィリアの泣き声が響いていた。
* * *
「で、なんでこうなった?」
先程までの綺麗な友情エンドは何処へやら、俺の周囲ではギャーギャーと騒がしく二人が張り合っている。
「ちょっと、タクトの体拭くんだからその手を離してよ!」
「それは私が今までやっていた事だ! リオンは料理でも作ってこい!」
腕を引っ張られ体を左右に揺さぶられる。痛覚無効にしているとはいえ、そんなに動かされると悪化しそうで怖いんだが。
「二人も見てないで止めてくれよ!」
部屋とリビングを繋ぐ、開け放たれた扉の向こうでは、ユルナとカナタが午後の紅茶タイムを楽しんでいた。
一度だけ俺のほうを見たが、すぐに顔を逸らす。
わあ。こんなにはっきりとした見て見ぬふりを、初めて見たよ俺は。
「タクトは鈍感ですね」
「え? 何がだよ」
「いいえ何でもありませんです」
カナタが言った言葉の意味を考えている時、家のチャイムが鳴った。
ここはリーフィリアの家であるからして、彼女が玄関に向かうのだが「この忙しい時に」とか舌打ちが聞こえる。
ただチャイムを鳴らしただけなのに、ここまで言われてしまう人物に同情する。
しかしこれでやっと、俺の体で綱引きをされるのが終わって助かった。ありがとう訪ねてきた人。
「タクト、治癒魔法の時間だとさ。あとお前に来客だ」
「来客?」
いつも朝と夕方に治癒術師のお姉さんがやってきて、俺に痛覚無効の魔法を上書きしてくれる。それ以外では、俺を訪ねてくる人なんて……。
「タクトさん、お体の調子は如何ですか?」
「あっ」
治癒術師の背後からひょっこりと顔を見せた人物。
銀色の髪を揺らし、白と黒を基調としたワンピースを着た聖女、ユノウだった。
「すみません……すぐにお礼を言いたかったんですが、まだ体が動かせなくて」
彼女の方から会いに来てくれたのは嬉しいが、それと同時に申し訳ない気持ちになる。
「いいんですよ。なによりも自分の事をご自愛なさい。そうすることで、安心できる人もいるのですから。ね? みなさん?」
まったく嫌味もない綺麗な笑顔に、この場にいた全員が同じ事を思っただろう。
この人はやはり聖女様だ、と。
* * *
痛覚無効を掛けてもらいながら、ユノウは今日会いに来た理由を話始める。
その内容は――俺の故郷にかかった敵視魔法を浄化する、というものだった。
「体が万全になったら声をかけてください。一緒にタクトさんの故郷へ赴き、浄化を致しますので」
「何から何まで……本当にありがとうございます」
「いえいえ。苦しみを抱える人に、救いの手を差し伸べるのが私たちの職務ですので」
ああ、聖女様。その透き通る声と優しさが、今は何よりの薬になっています。この人の爪の垢を煎じて、リオンたちにも飲ませたい。きっと争いはなくなるでしょう。
「……ところで、さっきから気になってるんだけど」
「はい?」
「あの外の騒ぎは一体……?」
そう、ユノウさんが家に来た数分後。大勢の人々がこの家に詰め寄っていたのだ。
窓の外は人で埋め尽くされ、ちらりと窓に視線を向けると、まるでアンデッドモンスターの如くわらわらとひしめき合っている。
「ああ……! ここへくる途中に、いろんな方から聞かれたんです。『タクトさんを知らないか?』って」
うん。大方予想しているよ。どうぞ続けて。
「それで、『皆様から姿をくらます為、今はリーフィリアさんの家に隠れてるんですよ』って教えてあげました」
「そっかー……」
ああ。あれだ。この人天然だ。
すごい誇らしげな顔してるもん。『良い事ができました』って顔に書いてるもん。
「……えっとですねユノウさん」
「はい?」
「俺はこの人集りから逃げるために、場所を変えて隠れているわけで」
「ええ、そうですよね」
「隠れていることバラしたら、意味ないですよね?」
「……?」
人差し指を口元に当て、少しの間考える素振りをするユノウ。
そして、考えが纏まったのか、ぱあっと顔を明るくして言う。
「あ、教えたら駄目でしたね!」
「「「「遅いよ!!」」」」
その場にいた四人からツッコミを受けても、ユノウは「あらら?」と言うだけで、あまり効いていなかったように思える。
治癒術師のお姉さんがボソッと呟いた。
「……天然に効く魔法はないわね」
こうして、安静とは程遠い喧騒に包まれて、日々が過ぎて行った。
「ところで、リオンたちが勝ってたら何が貰えてたんだ?」
不思議そうに彼は言った。
私はカナタの言葉を思い返す。
『もし二人が勝ったら、リオンには“タクトと二人きりになれる権利”を、ユルナには“リーフィリアに何でも一つ命令できる権利”を与えましょう』
そう、二人きり。カナタは私の心を読んでそう言ったのだろう。
別に大したことではないのだけれど……なんとなく、そうなんとなくだ。
なんとなく彼と二人きりで、どこか出かけてみたいなと思ったのだ。
リーフィリアとは二人で旅をしていたようだし、私もそうしてみたいと思っただけだ。うん、他意はない。
「……ああ、あれはですね――」
「あーーっ! 手が滑ったぁああ!」
「むぐっ?!」
あ、あぶなかった……。
言いかけていたカナタの口を手で覆うと、もごもごと抗議の声をあげている。
「え、えっとね? ふ、ふた……二つ、剣を買ってくれるって報酬だったの!」
「剣? 今持ってるのはこの前買ったばかりじゃなかったか?」
「さ、三剣流だよ! 両手に持って、口で一本咥えるの! そのほうが剣撃の数が増えるからッ」
「えぇ……? それ重たくないか? 顎外れるぞ?」
「そうだよねー! よく考えたら一本でいいかなー? なんて……」
私の手を振り解いたカナタが、抗議の目を向けてきた。
お願いだから黙ってて! そう念じると、伝わったのかコクリと頷いた。
そして、ボソリと彼に聞こえないようにカナタは呟く。
「……街に高級な紅茶を出す店が出来たそうなので、誰かの奢りで一度飲みたいなぁ」
ぐっ……それは私に向けて言っているのね……。
一杯一五〇〇円もする紅茶の味は、私にはよく分からなかった。




