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38話 運命に抗う魔法

「私の憎しみの魔力を受け継いだ時点で、こうなるのは運命だったのだ。それほどまでに人の憎悪というのは、深く根深いものだ」


 俺はレイラ婆さんの口振りに違和感を感じていた。

 まるで、俺が魔力暴走を起こすのが分かっていたような言い方にむっとする。


「なら、なんで俺に魔力を渡したんだ。魔法を憎んでいるなら、あのまま洞窟の地下深くで……死ぬまで一人でいるほうがいいじゃないか」


 あんまりの言い方で迷ったがこの際、遠慮はしないことにした。

 レイラ婆さんは一度目を閉じると俺の言った事を、考えているようだった。


「……前にも言ったとおりだ」


 再び目を開けた時、その顔はとても穏やかで、孫でも見るかのように俺を見つめる。


「お前さんのいく末を見たくなった。魔法を使えない男が、この(運命)に抗うことが出来るのか、託してみたくなった」


 それはきっと本心で言っているんだろう。

 ずっと一人で悩み、人から憎まれ……そして世界に魔法を分け与えた憎しみの魔女は、何も出来ず魔法に支配された自分を、誰よりも憎んでいたんだろう。

 そして今も、俺に魔法を託したことを後悔しているようにも見えた。


「憎しみの魔女、レイラ」


 俺はあえて、そう呼ぶことにした。


「あなたがしてしまった過ちも、助けられなかった後悔も俺が代わりに償う――俺はあなたのようにはならない」


 俺は仲間のことを思い浮かべていた。

 リオンをモンスターから救った。

 不正を暴いてユルナとカナタからも感謝された。

 ファイアーバードの群れも倒して町を救った。ゴーレムだって倒した。

 魔法が使えたから、みんな生きて笑っていられる。 


 この喜びと楽しさは、魔法が俺にくれたものだ。


「魔法は人を笑顔にする。その笑顔で俺は救われた。この力はやっぱり、人を救うためにあるんだと俺は思ってる」


 レイラは何も言わず、ただ俺の言葉に耳を傾けている。


「今更、魔法を返せとか言うなよ? 俺がこの力で最強の魔術師になるところ、見せつけてやるからな」

「ふん……小童(こわっぱ)のくせに……戯言(ざれごと)を」


 悪態つく婆さんは口角を僅かに上げて、笑ったように見えた。


 俺は手の平を前に向け詠唱の構えをする。運命に抗うのに、俺の魔法はピッタリじゃないか。


 集中し、手に魔力を集めるイメージをしていると、そっと俺の腕にレイラの手が添えられた。

 ヨボヨボで皮と骨しかないような老いた手。そこにもう二つの手が添えられる。


 右隣には婆さんと大人レイナ。左隣には少女レイナが、俺の腕に触れていた。


「この力はまた、お前さんを苦しめるかもしれないよ?」

「その時はまた、抗ってやる」


 俺の言葉を聞いて、どこか納得したように目を閉じた三人は、同時に同じ詠唱を紡ぎ出す。


「【我 憎しみの魔女が源泉(げんせん)たるその力を ()の者に再び呼び戻せ】」


 その詠唱は、これまで何度か聞こえた声だった。

 女冒険者グループの不正を暴いた時、ファイアーバードの群れの時、ゴーレムを倒した時。


「この声……レイラだったのか……」


 はにかんだ大人レイラが頷いた。三人が口々に言う。


「詠唱は言葉。言葉は口に出して初めて意味を成す」

「何かをしようとする時、頭で考えるより口に出して言ったほうが、やる気がでるでしょ?」

「……お前さんのいく末を、ここから見ておるよ」


 必ず、魔法で人々を救ってみせる。

 レイラがもう魔法を、自分を憎まなくなるぐらい世界を変えてやる。

 マーヤと両親の死を償うためにも、ここで俺の冒険が終わってたまるかよ。


 レイラの魔力の源泉は『自分自身への憎しみ』だ。自分に敵視(ヘイト)が向いて暴れているのなら、俺が俺自身に魔法を使う事も出来るだろう。


 一際(ひときわ)大きく息を吸い込んで力を溜める。


 添えられた三人の手からも、魔力が流れてくるのを感じた。この暗闇を吹き飛ばすほどの光を、魔力を全部出し切って暴走を止める。

 吸い込んだ息を全部吐き出す勢いで、俺は詠唱を口にする。


「【反抗(レジスト)】ォォオオオッッ!!」


* * *


「くッ……!!」


 身をよじり、迫る光の球を間一髪で避けた。

 先の衛兵との戦闘、宮殿内に現れた謎の女との連戦で、もう魔力が尽きかけている。


 得意の操作魔法で髪を槍へと変えようとするが、収束が遅い上に一つしか形を保てない。


 目の前にいる女は、高威力の魔法を連打してくる。驚くべきは女の魔力量だ。これだけ打ち続けても、息切れ一つ起こさない。


 タクトの名前を聞いて苦しみ出したかと思えば、突然の攻撃。しかも、コイツの魔力からタクトと似たものを感じる――。


「しまっ――」


 考え事をしすぎて、抉られた地面に足をとられた。

 体勢を崩した私に向けて、六つの紫色の球が飛んできていた。槍一つでは防ぐ事が出来ない。


「リーフィリアさんッ!」


 視界の端で聖女ユノウと目が合った。その目には不安と焦燥(しょうそう)の色が出ている。


「――こンのッ!!」


 槍を地面に突き立てて、棒高跳びのように体を宙に持ち上げる。

 光の球が地面にぶつかると、地面は(えぐ)れ、辺りに瓦礫を撒き散らす。


「ハァ……ハァ……」


 観衆席に降り立った私は、女に睨みつける。さっきの回避に集中したせいか、槍はほどけて力なく髪が垂れた。

 今ので完全に魔力を使い切っていた。もう立っているのがやっとだ。目はかすむし、手足も震えている。


「――上ッ!!」


 ユノウの声で視線を上空へ向ける。その光景に愕然とした。

 そこには数え切れないほど無数の光の球が浮いている。


「これは……無理だろ……」


 諦めの言葉が思わず口を突いた。

 女が空に向けてかざした杖を振り下ろす。それが合図となり、光の球が私に降り注いだ。


 迫りくる光の球は、まるで流星群が落ちてくるかのように(まばゆ)い。

 私はその光から目を離せなかった。

 これが人生の最後に見る光景だと思ったから。


 ――しかし、一瞬で終わるかと思えた光景は時が止まったかのように、私を照らし続けていた。


「落ちて……こない……?」


 光の球は空中で完全に静止していた。それを操っていた女に視線を移すと女もまた、杖を構えたまま止まっている。


 なんだ? なぜ攻撃を止めた?


 彼女の指先から、砂のように小さい光の粒がサラサラと流れだしている。

 目を凝らすと、彼女の纏う服と肌に、地割れのような線がいくつも走っていた。

 体中に入ったヒビから紫色の光が漏れ出して、その輝きは次第に強さを増していく。


 鳥の雛が勢いよく殻を破るかのように、大量の光が彼女の内側から拡散した。

 宙に静止していた光の球も同じく、砂になり風に流されていく。


 直視できないほどの輝きを放っていた女が、大きな破裂音と共に弾け消えてしまった。


 静かになった宮殿内で、私は何が起こったのか分からず呆然としていると、ユノウの声が響く。


「――リーフィリアさん!!」


 駆け寄ってきたユノウは、ボロボロの布切れを纏い、とても聖女とは言えない格好をしていた。

 だが、彼女が無事でいることにまずはホッとする。


「……タクトはどこに?」

「最初大きな爆発があって、それから消えてしまいました……気付いた時にはさっきの女の人が現れていて」


 チラリと消え去った女のいた所を見ると誰かが倒れていた。

 赤い髪を後ろ髪だけ伸ばし、一束に纏めて尻尾のようにした少年。間違いなく彼だった。


「――タクトッ!!」


 二人で駆け寄ってうつ伏せになった彼の上体を起こす。タクトは目を閉じたままだったが、僅かに息をしていることが分かった。


「……かなり消耗しているが生きている」

「ひとまず治癒魔法を……」


 ユノウがタクトの額に触れて詠唱を始めようとした時、それを遮る声がした。


「――その魔女から離れろッ!」


 声がした方には瓦礫を踏み鳴らし、怒りの形相をしたワインズが立ち上がっていた。

 さらに彼の後ろには、三人の冒険者が顔を並べている。


 タクトが救い出そうとしている仲間たちだ。


「貴様ら……」

「タクトをこちらに渡しなさいリーフィリア」

「ソイツは魔女だ。生かしておくわけにはいかない」

「貴女の魔力がもう無いのは知っています。観念して下さい」


 タクトの仲間たちが、彼を殺そうと武器をこちらに向けている。仲が良かった頃を知る私は、複雑な気持ちになった。


 カナタの言う通り、いまコイツらとやり合うだけの力はもう無い。抵抗すれば容赦なく攻撃してくるだろう。そうなれば私も、タクトも――。


「――ッやめてください!!」


 静止の声を上げ、私たちの間に立ちはだかる人物がいた。

 黒を基調とした修道服。短い黒髪の少女――リンだった。

 彼女の小さいはずの背中が、今はとても大きく見える。


「リン……お前」

「今度は私たちが二人を守る番です。そうですよね? ユノウさん」


 そう言って振り返ったリンは笑っていた。

 長い前髪から覗く彼女の目には涙が浮かんでいる。きっと怖くて仕方がないのだろう。


 隣にいたユノウが立ち上がると、リンの隣に立つ。

 ユノウの手にはタクトが持ってきた魔女の杖、『宝杖』が握られていた。


「ええ。神に仕える者として、悪しき心は浄化しないといけませんね」

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