37話 タクトとレイラ
「ぁあああああ……!!」
焼き尽くされた二人を目の当たりにし、足から力が抜けた。
『助けることができなかった』ただその後悔の気持ちが溢れ、額を地面に擦り付け泣き叫んだ。
まるで本当の両親を亡くしたかのような喪失感が、止めどなく俺の心を支配したのだ。
叫び声が枯れて嗚咽も出なくなった頃、それまで聞こえていた火の音が唐突に聞こえなくなった。
消えたのは音だけじゃない。風も匂いも灯りも消えて、気づけば俺の視界は真っ暗に覆われている。
顔を上げて辺りを見回すも、広がっているのは闇ともいうべき暗闇。燃えていた家も、目の前にいた二人も、全てが消えて無くなっていた。
この感覚は何度目だろう。
さっきまでの光景を夢だと思いたかったが、枯れた喉の痛みと頬を伝う涙が、夢じゃないと知らしめている。
「――タクト」
「――ッ?!」
人の声がした。慌てて振り返ると数歩距離を置いたところに、一人の女の子が立っている。
腰まである赤い髪と赤い瞳。白いワンピースを着た女の子だ。間違いない、さっきまで俺だった女の子。
「レイ……ラ?」
「そうよタクト。私の記憶はどうだった?」
「記憶?」
レイラが微笑むと、俺は自分の目を疑った。
レイラの背丈がみるみるうちに伸びていき、幼かった少女から大人の女性へと変わっていく。
腰まであった赤い髪も今は足首まで伸びていた。
さらに変化を続けるレイラは、だんだんと腰が曲がり肌は干からびて、やがて老婆へと姿を変える。
その見覚えのある姿を、見間違えることはない。
「魔女の……婆さん……」
「久しぶりだねタクト」
杖をつき、黒いローブを纏った魔女の婆さんが優しく微笑む。
婆さんがレイラ? なら、レイラの記憶っていうのは憎しみの魔女の記憶?
「少々、驚いているようだね」
「ここはなんなんだ? それにさっきの村は? マーヤは?」
さっきからまったく理解が追いつかない事ばかりだ。
はてには俺に魔法を与えて消えたはずの婆さんまで出てくるし、一体どうなってるんだ。
驚き、慌てる俺の様子を見て、以前会った時みたいに婆さんはカラカラと笑う。
ふうと息を整えてから、話始めた。
「ここはお前さんの意識の深層。まあ平たく言えば夢を見てるようなもんだよ」
「夢……じゃあさっきのは」
「――ただし、さっきお前さんが見ていたのは夢じゃない」
俺の淡い期待に言葉を被せて壊してくる。夢じゃないというなら、マーヤは本当に――。
「マーヤは死んだ。私の父と母も殺された。そして、両親を殺したあの村を、私が殺した」
淡々と話す婆さんに恐怖する。あんな光景が本当にあってなぜ、こんなに冷静で居られるんだ。
「お前さんが見たのは、魔法がこの世界に誕生した日の出来事だ」
「あれが……あんな酷い事が魔法の誕生?」
「醜いだろう? 疑心と憎悪によって生まれたのが魔法なのさ。こんな力を持ってしまったが故に、謂れのない事で憎まれ、大切な人を亡くし、私はその力で手を血に染めた」
婆さんは俺から視線を外して、どこか遠くを憂いた顔で見つめる。
華々しく輝いて見えた、魔法がとても今はとても恐ろしいものに思える。
「私は、この力が憎いんだよ。私の大切なものを全部奪っていった、魔法が許せないんだ」
俺は婆さんにかける言葉も無く、話を聞き続けることしかできない。
すると、今度は婆さんの肌が若返り始めた。曲がっていた腰も真っ直ぐに伸びてゆき、大人の女性へと姿が変わる。
凛々しくも、どこか不思議な雰囲気を持つ、大人のレイラは言葉を続けた。
「大人になってから何度も考えた。この力を何かに使えないか、これで何かを成し遂げれないかってね。……けれど三百年かけても答えは見つからなかった」
「これを見な」と言って、レイラは何もない暗闇に杖を向ける。小さな光の粒が現れると、次第にその輝きを増して映像が浮かび上がる。それは宮殿の処刑場だった。
数十人の鎧を着た人たちが地面に倒れ、観衆席にはおびただしい数の人が折り重なって倒れている。
その中に一人だけ、険しい顔をして立っている女性がいた。
「リーフィリアッ!?」
この映像は誰かの目線のようだった。リーフィリアは鋭い目つきでこちらを睨み、何かを叫ぶとこちらに向けて魔法を放つ。
宙を漂う髪は二本の槍となり、炎を纏って突き進んでくる。
ふいに誰かの手が映り込んだ。リーフィリアへ向けた手の先から、紫色の光を放つ。
これは――俺の知っている魔法だ。
「反抗魔法……! どういうことだ?!」
俺以外にこの魔法を使える人は居ないはずだった。
反抗魔法によって放たれた水の槍が、リーフィリアの炎の槍を軽く弾き飛ばしていた。
魔法同士がぶつかった衝撃波がリーフィリアを弾き飛ばす。
「お前に集まりすぎた敵視が、膨大な魔力になって暴れている。私が村を壊滅させた時と同じようにね」
「――ッ!!」
火に包まれた村、焼かれた両親。二度と見たくもない光景がフラッシュバックする。
一瞬意識が途絶え、次の瞬間には全てが失くなっていたアレが、今現実に起きているのか?
俺の隣には、再び姿を変えたレイラが立っている。それは幼い少女のレイラだった。
「……いずれ、あなたもこの力を憎むようになる。そしてあなたから大切な人を奪っていく」
「そんな事させるかッ!!」
「なら、いますぐ意識を戻して暴れる自分を止めてみたら? 出来るならだけど」
言われるまでもない。なんとか意識を戻そうと頬をつねってみたり、顔を叩く。
しかし痛みはおろか、触れた感覚すらない。
「クソ!! なんでだよ起きろよ俺!!」
「無駄。夢の中で頬つねって起きるのなんて、童話の中ぐらいよ」
自分より年下に見える少女レイラから言われると、納得よりも苛立ちを感じてしまう。
レイラは短くため息をついて話を続けた。
「……このまま暴走し続ければ、世界中からあなたは憎まれる。集まった敵視はさらにその力を増して、さらに破壊は続く。……それこそ、あなたの望む『最強の魔術師』になれるでしょうね」
「違うッ!! 俺がなりたいのはそんな魔術師じゃない!!」
怒鳴るように叫んだが、レイラはそんな俺を見ても眉一つ動かさなかった。
「こんな……こんな、魔法は間違ってる……」
「魔力の暴走は私でも止めることは出来なかった。ただ、全てが壊されるのをここで眺めて、魔力の枯渇を待つだけ」
それは俺に諦めろと言っているように聞こえた。
仲間を救うために協力してくれたリーフィリアが、目の前でボロボロになっていく姿を、ただ見ることしかできないのか。
強く握りしめた手のひらに爪が食い込んでも、血の一滴も流れない。
いくら叫んでも、向こう側にいるリーフィリアには届かない。
隣にいたレイラはいつの間にか婆さんの姿へと戻っていた。
黙って俺を見つめる小さな瞳には、光が宿っていない。それはマーヤと同じ絶望した目。
レイラは暴走し村を壊していく光景を見て、何も出来ず諦めたっていうのか。
「嫌だ……」
「……」
「こんなやり方で、最強になるなんて絶対に嫌だッ!! 俺はッ! 尊敬されて見返すッ!! それが俺の目指す『最強の魔術師』だッ!!」
魔法で見返すんじゃない。
そんなのは俺を馬鹿にしてきた奴らと同じだ。
魔法で何をしたかで見返したいんだ、俺は。
「魔法に使われるのは魔術師じゃねえ。魔法を使うから魔術師なんだ」