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35話 魔女の生まれた日

 ザァアという風の音で目が覚めた。

 瞼を開けると、風に吹かれて木の葉が揺れている。

 隙間からは、キラキラとした陽が差し込んでいた。


 どうやら眠ってしまっていたらしい。なんだがすごく長い夢を見ていた気がする。


 木の根を枕にしていたせいか、少し寝違えてしまったようだ。

 首の調子を確かめながら起き上がって、凝り固まった体を伸ばす。


「んーー……ん? あれ?」


 なんだか、やけに()()()()気がする。外で寝てたから喉をやられたのかもしれない。


 ぼんやりとした目を擦り、目の前に広がる光景を眺める。長閑(のどか)で小さな村、俺の故郷だ。

 村の中心には噴水があり、噴き出した水によって小さな虹がかかっている。


「なんだ夢か。そうだよな……魔法が使えるようになるなんて、ありえないよな」


 そこで少しの違和感を覚えた。

 なんとなくだが、家が少なくなっている気がする。それに噴水も真新しくなっているようだし、改修でもしたのだろうか?


「よいしょっ……あれ?」


 立ち上がった際の光景にも違和感があった。

 目線がいつもより低いような……。これ以上、背が縮むのは勘弁して欲しいんだが。


 その時、村の方から小さな女の子が、こちらに向かって歩いて来ているのが見えた。

 女の子と目が合うと、顔をぱあっと明るくして、手を振りながら駆け寄ってくる。


「こんな所にいたんだー! もう、探したよー!」

「え?」


 クリーム色のショートヘアーをした、目がくりっと丸い女の子だ。こんな子、村にいたっけ?

 どうにも思い出せないが、この子は俺に何か用があるみたいだった。


 俺は率直な疑問を口にする。


「えっと……ごめん、誰だっけ……?」

「えーっ!! ひどいよレイラちゃん! マーヤのこと、からかってるの?」


 頬を膨らませて可愛らしく怒る。困ったな、まったく覚えてない。

 それにレイラ? 誰だそれは。俺はタクトだ。この子は何か人違いをしているのか。


「その……レイラってだれ?」


 俺の言葉にきょとん、という擬音が付きそうなほど分かりやすく固まる。

 少しの沈黙のあと、女の子は吹き出して笑った。


「あははっ! どうしたの急に『俺』なんて、男の子みたいなこと言って。レイラちゃんはレイラちゃんでしょ?」

「いや、俺は俺だし……」

「ぷーふっふっ!! もう! ちょっと笑わせないでよー!」


 マーヤという女の子はひとしきり笑ったあと、俺の手を取り森に向けて歩き出した。

 強引に引っ張られた俺は、転ばないように歩き出す。


「ちょ、ちょっと!?」

「今日は一緒に遊ぶって約束してたでしょ? ほら、いこ!」


 約束? そんな事をした記憶はないのだが――。

 ふと女の子の背から視線を逸らした時、民家の窓ガラスに映るものが、俺の足を止めた。


 そこにはマーヤという女の子ともう一人、腕を取られて歩く、女の子が映っている。

 腰まである長い赤髪、赤い瞳。白色のワンピースを着た女の子と目が合う。


「どうしたの?」


 急に足が止まって、逆に引っ張られる形となったマーヤが、少し不満そうに尋ねてきた。


 俺が窓ガラスに近寄ると、ガラスに反射して映る女の子も近寄ってくる。

 まさかと思い、自分の体を見回す。女の子と同じ白いワンピース姿に、華奢で細い指先はまるで女の子の手だ。


 もう一度、窓ガラスに顔を向ける。瞬きのタイミングまでばっちり一緒だ。


「これは……俺、なのか……?」

「もう……今日のレイラちゃん変だよ? どうしたの?」


 どうした、は俺が聞きたいよ。

 何故か俺は――女の子になっていた。


* * *


「ふんふんふーん」


 鼻歌を歌いながら花を摘んでいるマーヤを、俺は横目で眺める。

 現状を理解出来ないまま、俺はマーヤに連れられて、森の奥にある花畑に来ていた。


 どうやら俺は、レイラという名前の女の子らしい。

 言っている意味が自分でも分からないが、そうなっている、としか言えないのだ。


 隣で花を摘むマーヤとは友人のようで、花飾りを作って遊ぶ約束をしていたみたいだ。


「何がどうなってるんだよ……」

「ん? 何か言った?」


 花に囲まれて嬉しいのか上機嫌なマーヤに、「なんでもない」と言ってやり過ごす。


 『魔法を使える夢』を見ていて、目が覚めたと思ったら、今度は『女の子になる夢』ってなんなんだよ……。


 もはや何が現実なのか分からず、頭は混乱しっぱなしだった。

 一人頭を悩ませる俺をよそに、マーヤが突然声を上げた。


「でーきた!! レイラちゃん、ちょっと頭下げて!」

「え? う、うん」


 頭を下げるとカサっと優しく、頭に何かが乗せられた。

 マーヤがポケットから小さな手鏡を取り出して、俺に向けて見えるように映し出す。


 白色の花をベースに、所々にピンクや黄色の花が添えられた花冠だった。


「かっわいいよー! お姫様みたい!」

「そ、そうかな……?」


 内心、男として『かわいい』と言われてもピンとこない。だが、目の前で笑顔を見せるマーヤを悲しませないようにはしておこう。


「ありがとうマーヤ」

「レイラちゃんは出来た? 早くわたしのも作ってー!」


 そうはいっても花飾りなんて作った事がない。ましてや花冠なんてどうやって作るんだ?


 ニコニコと笑って俺が作るのを待っているマーヤに、苦笑いで返すしかない。

 その時マーヤの背後、森の中に動く影が見えた。


 草を掻き分けて森から出て来たのは、黒い体毛に覆われた四足歩行の獣。荒れた毛並みから野犬だと分かった。

 俺は以前に一度、追いかけられた事を思い出して身震いする。


「どうしたのレイラちゃん――」


 俺の視線に気づいてマーヤも後ろを振り返ると、言葉を引っ込めた。


 野犬は一匹ではなかった。さらに奥から、ガサガサと音を立てて、二匹が顔を出す。

 俺たちを睨む野犬の目には「獲物がいた」という意思が感じ取れた。


「……グルルルル」

「――っひ」


 睨まれたマーヤが、恐怖から小さく悲鳴を漏らす。

 身を小さくして震える彼女に、野犬を刺激しないよう、最小限の声で耳打ちをする。


「走って逃げるしかない……合図をしたら村まで走ろう……」

「う、うん……」


 そう話している間にも、野犬たちはジリジリとにじり寄ってくる。

 俺は数字を三から数えてタイミングを図った。


 三……二……一……。


「――走れッ!!」


 サッと立ち上がり、村の方向へ全力で走り出すと、すぐ後ろからマーヤの声が聞こえた。


「――ま、待って!!」


 振り返ると花畑に倒れ込んだマーヤが、恐怖で顔をひきつらせ涙を浮かべている。


「あ……足が……力が入らない……」


 マーヤの足は小刻みに震えて、完全に腰が抜けているようだった。

 急いでマーヤの元へ戻ろうと考えた時には、すでに野犬が目と鼻の先まで近付いている。


 野犬は(よだれ)を垂らし、口元から白く大きな牙を剥き出して、まるで笑っているように見えた。


「た、助けて……レイラちゃ……」


 マーヤが言い終わる前に、野犬たちは一斉にマーヤへと襲いかった。悲痛な叫び声が森の一角に響き渡る。

 野犬はマーヤの服を食いちぎり、その細い手足に容赦なく牙を食い込ませたのだ。

 

 目の前の惨劇に、胸の中で何かが騒めき立つのを感じた。


「……マーヤァァアア!!」


 俺は無意識に、右手を前に突き出して叫んでいた。

 彼女を守る為に、何度も繰り返していた言葉を。


「【敵視(ヘイト)】!!」


 それは、いつもなら発動するはずの詠唱。

 しかし、野犬たちにはなんの変化もなく、マーヤを襲い続けている。

 

「なっ?!――【敵視(ヘイト)】!!」


 再び手の平へ意識を集中させるが、それでも魔法は発動してくれない。

 そうしている間にも、群がる野犬の隙間からは、助けを求めるマーヤの手が見え隠れしている。

 俺は叫ぶように詠唱を連呼した。


「【敵視(ヘイト)】!……【敵視(ヘイト)】ォ! なんでだよ!! どうして発動しないんだよぉ!!」

「レ……イラ……ちゃ……」


 伸ばされた手には赤い液体が付着している。

 心臓は鼓動を早め、嫌な汗が噴き出して地面へ垂れた。


 マーヤの腕が地面に落ちた時、ドクンと一際大きく心臓が鼓動した。体内から湧き上がる力が、広げた手の平へ集約されていくのを感じる。


「【敵視(ヘイト)】ォオオ!!」


 何度目かの詠唱により、野犬たちを紫色の光が覆う。顔をこちらへ向けた口元は真っ赤に染まっていた。

 牙という敵意を剥き出すと、今度は俺に向かって飛びかかってくる。


「【反抗(レジスト)】!!」


 詠唱に合わせて手の平から三つの火球が飛び出す。

 火球は弧を描き、飛びかかろうとする三匹にぶつかると、その身に火が燃え移った。

 地面をのたうち回り花畑を乱すと、やがて酷い臭いと黒煙をあげて三匹とも動かなくなった。


「マーヤッ!!」


 マーヤが倒れた周辺は、白かった花を赤く染めていた。

 口から血を流し、全身を噛まれたマーヤは、既に細い息をするだけだった。


「ゴフッ……」

「マーヤ!!」

「ど……ぉして……すぐ……たす……け」


 顔だけを動かして俺を見つめる瞳には、すでに生気が灯っていなかった。


 目の前で。さっきまで可愛らしい笑顔で笑っていた女の子が、マーヤが――死んだ。


「あ……ぁあ……あぁぁああああッ!!」


 握ったマーヤの手は血で塗れ、温かかった。


 俺が……『私がすぐに駆け寄っていれば』。


 マーヤの言った最後の言葉は、『私に対しての恨みだった』。


――『あるはずのない力に縋って、助けが遅れた』


 出会って一時間もしない友人の死が、『長く親しい友人を亡くした』ように胸が締め付けられた。


――『深い悲しみと何も出来なかった自分への憎しみが、私の心に魔を宿した』

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