33話 断罪の儀
『これより、魔女とその手先の罪を問う、断罪の儀を始める』
どこからか轟いた拡声魔法による声に、俺たちを見下ろす観衆の声が止んでいく。
なんとか枷を外そうともがいてみるが、留め具の鉄が音を立てるだけで、とても外れる気配はない。
「くそッ! ユノウ待ってろよ!」
それでもジッとなんてしていられない。
このままではまず間違いなく、処刑されるのは目に見えているのだから。
うつ伏せの状態から起きあがろうと力を込めるが、裏首に当たる枷はビクともしなかった。
「目が覚めたか、魔女よ」
その時、平伏した格好の眼前に誰かの足が現れた。
足に沿って見上げると視線の先にいたのは、冒険者ギルド長のワインズだ。
「あの時は……すまなかったな」
「――ワインズさん! 魔法が解けているんですかッ!?」
「魔法? なんのことか知らないが、君をアークフィランから追放したことを後になって後悔したのだよ」
ワインズさんは俺を見て憂いた表情を浮かべる。
もし敵視魔法が解けているのなら、彼に協力をお願いするしかない。
「お願いです! ユノウさんを解放してここから逃げて下さい! 今この場にいるワインズさんだけが頼りなんです!!」
「なにを言っているんだ?」
スッとしゃがみ、俺の顔を覗き込んだワインズが言った。
「貴様を逃したのを後悔している――やはり殺しておけば良かったと」
「え……?」
「貴様がこの世にいる限り、争いは無くならないと気づいたのだ。貴様は全ての憎しみの元凶。この世界に憎しみを振り撒いた凶因子だ」
立ち上がり彼は両手を広げて観衆へと問いかける。
「お集まりの皆様!! ここにいるのが最凶にして最悪の魔女だッ!! 横にいる聖女と呼ばれた女も魔女の手先だった事が判明した!! 今ここで、憎しみの元凶を断ち世界に平和をもたらしましょう!!」
「おい――何を言ってるんだ……」
ワインズの演説に観衆は盛大に沸き上がった。
何度も叫ばれる『殺せ』コール。俺とユノウに向けて浴びせられる悪口雑言。
一瞬でもワインズが敵視魔法から解かれていたと勘違いした自分が、情けなく恥ずかしくなった。
そうだ、そんな簡単なものじゃないんだ。この力は。
隣のユノウは恐怖に怯え口を震わせている。
観衆の中にリオン達の姿を見つけた。
「――リオンッ……」
助けを求めようとしたが、先程の戦いを思い出してやめた。
彼女たちにはもう、俺の言葉は届かない。
「……チクショウ」
俺の中で笑い合っていた彼女たちとの思い出が、音を立てて崩れていく気がした。
ワインズの演説はだんだんと俺の意識から外れて、やがて聞こえなくなった。喧騒も悪口も侮辱も蔑みも全てが音を無くした。
これが頭が真っ白になるという感覚か。
人は嘘を色んな人から言い続けられると、やがて本当の事みたいに思いこむらしい。自分が本当に悪い事をしていたような錯覚に陥る。
俺が死ねば――それで解決するじゃあないか。
だったら、ここにいる全ての人の敵視を買って、全てを背負って死のう。
ユノウに向けられた敵視も、全部俺に向けて敵視の上書きをしよう。
そう考えた時、不思議と死ぬことに対しての恐怖心が薄れた。
「――ワインズさん。最後に言わせて下さい」
「……魔女の命乞いか、いいだろう。最後に無様な泣き言でも垂れるがいい」
ユノウは既に泣くことすらやめて、ただ呆然と地面に向けて虚な視線を送っていた。
せめてこの人だけは、生きてもらえるように叫ぼう。それが俺にできる精一杯だ。
俺は肺いっぱいになるまで空気を吸い込むと、力の限りで叫んだ。
「皆の怒りも憎しみも全部俺が受けてやるッ!!」
喉がヒリつくほどの声量で、全部の力を込めて。
体内に感じる魔力全てを声に乗せて叫んだ。
「【敵視】ォォオオオッッ!!!!」
ドクン、と一際大きく心臓が鼓動した。
息が出来ないほどの鬱屈感。
この場にいる全ての悪感情が思考に流れ込んでくる。
気持ち悪い。死ねばいい。殺せ。嫌い。邪魔。醜い。鬱陶しい。憎い。憎悪。嫌悪。嫌厭。憤慨。怨恨。嫌忌。唾棄。
「――さぁ、今この魔女の首に断罪をッ!!」
ワインズが声高らかに叫んだのが聞こえた。
上を向くことが出来ないが、処刑台ということは頭上に刃でも設置してあるのだろう。
ワインズが握ったナイフで、刃を地面につなぐ縄を断ち切ろうとする。
『――これぐらいの憎しみで、お前は折れるような男だったのかい?』
縄が断ち切られる瞬間、耳元で囁くような女の声が聞こえた気がした。
* * *
「ハァ……ハァ……くっそ」
魔力をほぼ使い切った頃に、私の周囲には六人のギルド衛兵が地に伏していた。
呻き声をあげ痛みに苦しむ者もいるが、いずれもちゃんと生きている。
「やっぱり加減しながら戦うのは、キツイな……」
相手がいくら本気で私に向かって来ても、それはタクトの敵視魔法による洗脳のせいだ。
コイツらに本当の悪意はないはず。そう思ったら自然と手加減していた。
「まだまだ甘いな……っと」
フラつく足取りで宮殿へ向かおうとするが、足に力が入らない。流石に魔力の使いすぎか――。
後ろ向きに倒れそうになったが踏ん張る力も無かった。固い地面に当たるのを想像していたら、中途半端に斜めの状態で何かに支えられた。
「リーフィリアさん……大丈夫ですか……」
「お前……」
私の背を体で支えてくれていたのは、倒れていたはずのリンだった。
まだ少し苦しげな表情だったが、治癒魔法が効いたのか歩けるほどには回復したようだ。
「すみません……馬車を見つけたら逃げろって言われていたのに……」
「ぷっ……」
「え?」
思わず笑ってしまった。驚いた顔をしているリンを見て私も緊張の糸が途切れたようだ。
「悪い悪い。でも、さっきまで死にそうになってた奴がいきなり謝るか? 普通」
「す、すみません……」
謙虚すぎる気もするが、それが彼女の良いところでもあると短い付き合いながら分かってきた。
きっとユノウを見て、いてもたってもいられなかったのだろう。
「……っと、和んでる場合じゃないな。すぐに宮殿に行かねぇと……タクトが心配だ」
「そ、そんな状態で?!」
「どんな状態でもだ。タクトとユノウの命が掛かってるんだから――」
その時、ピリピリとした嫌な空気を感じた。
細い針で全身の肌を突かれるような感覚は宮殿の方から発せられている。
「……やばい気がする」
「な、なんですかこれ? すごく、嫌な感じ……」
それは、間違いなく魔力だ。だが、こんなに冷たく嫌悪とも言うべき感覚は初めて感じる。
腰につけたポーチから魔力ポーションを一つ取り出して飲み干すと、なんとか歩けるぐらいには回復できた。
「私は宮殿へ向かう」
「わ、私も一緒に!!」
だめだ、と言いかけた私をリンの真っ直ぐな瞳が見つめていた。
ここでいくら言っても聞きそうにないし、押し問答する時間も惜しい。
「……なるべく私の後ろにいろよ」
「――はい!!」
絶対断られると思っていたな。嬉しそうにしやがって。
実を言うと、リンの笑顔を見て私もホッとしていた。
こんな訳の分からない膨大な魔力に当てられて、内心は不安だったから。
誰かが隣にいてくれるだけで、こんなに安心できるものなんだな。
冒険者パーティってこんな気分なのかな。
リンに肩を支えられて立ち上がった私は、近くにあった魔法石に乗り込み宮殿へと向かった。
* * *
周囲に立ち込める土煙にむせ返る。突如として、隣に拘束されていたタクトを中心に爆風が吹き荒れたのだ。
「ゲホッ! エホ!」
煙を吸い込まないよう口に手を当てる。
そこで、私の頭と両腕にはめられていた枷が外れている事に気がついた。
どうやら先程の爆風により処刑台から吹き飛ばされ、断罪に使う処刑具が壊れたようだ。
煙の中に目を凝らすと、誰かの影が見える。
細身で長身。長い髪が風に揺れているそのシルエットからは、どうやら女性らしいということが分かった。
「一体、だれが……」
風に吹かれて煙が薄くなっていく。
真っ白な肌、足首まである真っ赤な髪と赤い瞳。美女と呼べる美貌を持った女性が一糸纏わぬ姿で立っていた。
観衆もその異様な女性に気付いたのか、どよめきが起こる。
女性は自分の手を見つめ、まるで体の具合を確かめるように手を動かしている。
先程までタクトがいた筈の場所。そこにタクトの姿は無い。
「……タクトさん? 一体どこに……それにあなたは……」
私の問いかけにゆっくりと視線を動かして、やがて目と目が合う。
その瞬間、ゾクっとした寒気を覚えた。ただ見つめられているだけなのに、呼吸も忘れて恐怖によって目が離せなくなる。
――この人は、なんなの?
「……わたしは、レイラ」
私が頭で思い浮かべた疑問に答えたのか、謎の女が口を動かした。
次に彼女は左手を空へかざすと、その指先から紫色に光る魔法の粒子を体へ振り注ぐ。
光の粒子は徐々に濃くなっていき、彼女の肢体に纏わり付くとそれは衣服となった。
体のラインがクッキリとでるワンピースのような衣装。二の腕まで覆う長い手袋。
体全体を纏う黒いローブ。それは魔法使いの様相を呈していた。
その美貌と立ち姿から真っ先に思い浮かぶのは、おとぎ話に出てくる人物。
この世界を作ったとされる一人の女。たしかその人物も同じ名をしていた事を思い出した。
「私は――レイラ。憎しみの魔女、レイラ」
たしかに彼女はそう言ったのだ。




