27話 奪還せよ!
村長の家は、村の外れにひっそりと建てられている。
村のみんなからは、足腰も悪いし中心に近い方が良いって言ってたけど、ばあちゃんは頑なに「静かな所がいい」という意思を変えなかった。
ばあちゃんは結構、いじっぱりなところがあるからなぁ……。上手いこと杖を貰えればいいけど……。
森の闇に紛れて家の裏手へ回ると、わずかに開いた窓から中の様子が確認できた。
ばあちゃんはゆり籠みたいな、前後に揺れる椅子に腰掛けて本を読んでいた。
その本は洞窟に置いてあった本と装丁が似ている。やはり、あの洞窟から杖と本を持って行ったのはばあちゃんだったのか。
少しの間様子を見ていると、家の玄関からノックの音がした。
「……どちら様だい?」
ばあちゃんの問いかけに答えたのはリーフィリアだ。
「この村に泊まっている冒険者です。外の騒ぎの件で話したい事があって来ました」
「……鍵は開いてるよ」
読んでいた本を閉じ、少し警戒しているようだ。
扉が開けられ、部屋の前に立ったリーフィリアが深い会釈をする。
「失礼する。私はリーフィリアという者だ」
「リーフィリア……? 何処かで聞いた名前だね」
「まぁ、巷では『深緑の魔女』なんて不服な通り名で呼ばれている」
顔を見られないようにするためか、深く被っていたフードを上げると、深緑色の長い髪がたなびく。
リーフィリアの容姿を見て合点がいったのか、ばあちゃんは目尻の皺を深くして笑う。
「ほう。その若さでランクAになったというのはアンタだったのかい。深緑の魔女さんがこの村に来ていたとはねぇ」
「旅の途中でな。着いたのはついさっきだ。中に入っても?」
ばあちゃんはコクリと頷き、無言で空いた椅子に手を差し出す。
す、すごい……。
そのあまりのスムーズさに驚いた。
夜も遅い時間に突然知らない人が来たら、普通はもっと警戒するだろう。短いやり取りで、ばあちゃんの警戒心を解き、すんなりと部屋に入り込むことができた。
長く冒険者をしていて、実力もあるリーフィリアだからこその芸当なんだろう。
椅子に腰掛けたリーフィリアが、一拍置いて口火を切った。
「村のあの騒ぎ……並々ならぬ事と見るが? 来たばかりで状況が掴めない私に、協力できる事があればと思い、伺った次第だ」
「そうだったのかい……以前、この村に住んでおったタクトという少年のことよ。奴はこの村の面汚しじゃった」
ばあちゃんからの恨み言は心が痛くなる。それも魔法のせいと分かっていても。
「其奴が今日、この村の近くにおるのを私の息子が見た。おそらく村を追放された腹いせか、復讐にでも来たのじゃろう」
「なるほど。それほど憎まれるような者なのですか? そのタクトという者は」
「村のゴタゴタじゃ、深くは追求せんでくれ。もし十五歳ごろの赤髪の少年を見かけたら、村の誰でもいいから教えてくれんか」
リーフィリアは「分かった」と短く答えて、本当の目的を切り出した。
「ところで村長さん。あなたの手にしている杖、相当な代物だとお見受けするが、もしや名のある魔術師だったのでは?」
「はっはっは! 出世が早い人は口が上手いねぇ」
ばあちゃんはお世辞を受け取って上機嫌に笑う。
たしかにばあちゃんは昔、魔術師として冒険をしていたと、子供のときに聞いた事がある。ばあちゃんの旅の話を聞くのが好きで、時々家に行っては話をねだっていたのを思い出した。
「アンタのような大層なもんじゃないよ。その辺の魔術師と何にも変わらん。……この杖は息子が森で見つけてきたんだ」
「森で……? 少し拝見しても?」
「ああ、いいよ」
上手いことばあちゃんから杖を受け取ると、リーフィリアは杖をまじまじと見つめる。
リーフィリアの話術スキルの高さには驚かされるばかりだ。
「……村長。この杖から、なにやら陰鬱な魔力を感じる。お気づきになられなかったか」
「陰鬱? はて、私にはただの杖にしか見えないけどね」
「もしかすると貴重な魔導具かもしれない。冒険者ギルドで正式に鑑定をしてみたいのだが、預からせては頂けないだろうか? もちろん対価はお支払いする」
「そうなのかい? うーむ……」
長考のあと、ばあちゃんはリーフィリアの目をジッと見て口を開いた。
「……いいよ。持っていきな。せっかくの息子からの贈り物だったが、冒険者ギルドのお役に立てるなら我慢しよう」
「感謝する。……っと長居をしてしまったな」
そう言って椅子から腰を上げると、部屋を出て玄関の扉に手を掛けた。
よし! ナイスだリーフィリア!
目的達成が目前になり俺は手放しで喜んだが、次の瞬間、薄気味の悪い感覚が背筋を這った。
不意に見せたばあちゃんの横顔、口の端がつり上がって、醜悪な笑みを浮かべていたのだ。
「――ッ!? なんだ貴様らは?」
家の正面。リーフィリアが玄関を出たところで彼女の声が響いた。俺はすぐに森の中を移動して玄関が見える位置に着く。
そこにはリーフィリアをぐるりと取り囲む形で、多くの村人たちが集まっていた。
集まった村人の中から、一人の男が前に出てくる。村長の息子、その人だった。
「タクトと一緒にいたお前の事を、村長に話さないわけがないだろう?」
「くっ……いつの間にこんな」
「村の者には『背の高い女冒険者』が居たらすぐに教えるように言っておいたんだ。そんなローブ被ってても村の俺らからしたら、すぐ余所者だって分かるさ」
まずい……不味すぎるぞこれは……
リーフィリアは完全に取り囲まれて逃げ場がない。そして俺に対する敵視が、一緒にいたリーフィリアにまで向けられているようだった。
俺はまだ、敵視魔法の事を完全には理解していなかったが、まさか効果が他の人にも及ぶとは思っていなかった。
リーフィリアの背後から、ばあちゃんがにじり寄ってきていた。
「来たばかりの冒険者にベラベラと喋ったのも、ただの時間稼ぎじゃ。深緑の魔女よ」
「……お見通しだったわけか、食えない婆さんだな」
「さあ、杖を返してもらおう。そして、タクトの居処を教えてもらおうかね」
既に何人かの者は剣に炎を纏わせ、詠唱も最後の一言まで済ませている。
相手がモンスターだったら……リーフィリアは容赦なく魔法で対抗したのだろう。魔法で洗脳されているだけの村人に、リーフィリアは躊躇しているのか手が出せないでいた。
その様子を木の陰から見ていた俺は、自分の無力さに歯軋りをした。
俺の為にリーフィリアは杖奪還を買って出てくれた。それなのに、俺は彼女に任せっぱなしでいいのか?
この状況も、アークフィランにいるみんなの事も、全部俺が撒いた種だ。俺がなんとかしなければ。
震える足を殴りつけ、意を決して森から飛び出す。
「――俺はここにいる!! リーフィリアから離れろ!」
「――ッタクト!?」
その場にいた全員の視線が、一斉に俺へと向けられた。
俺が出てくるのは予想していなかったのだろう。リーフィリアは目を丸くして驚いた顔をしている。
「馬鹿者ッどうして出てきた?! 私のことはいいから、逃げろ!」
「俺は……俺の魔法のせいで変わっちまった皆を助けたい。いや、助けないといけないんだ! これは……俺の責任だからッ!!」
責任から逃げ回るのは、もうやめにしよう。
「貴様ァ、タクトォ!! 二度と顔を見せるなと言った筈だ!!」
「今度こそ、覚悟は出来てるんでしょうね!!」
「村の面汚しめ!! 今ここで殺してやる!!」
一斉に浴びせられる暴言、罵倒。
向けられた敵意に俺は一瞬たじろいだが、もう退かないと決めた。逃げないと決めたんだ。
ぐっと拳を握り、この場にいる全員に対して俺は――深々と頭を下げた。
「みんな……ごめんッ!! 俺のせいで苦しい思いをさせたこと……本当にごめんなさいッ!!」
今の俺にはただ謝る事しかできない。勝手な悪感情を植え付けてしまったこと、もしかすると俺のせいで苛立ち、辛い思いをしている人もいるかもしれないと、そう思ったから。
鳴り止んだ罵詈雑言は、一瞬の間を作りまた鳴り出す。
「今更泣いて謝って、どうにかなると思ってんのかァッ!!」
「死んで詫びても許さない!」
「やっちまえェッ!!」
俺の言葉は、みんなには届かない。
それほどまでに敵視魔法は強力だった。
一斉に詠唱が紡がれる。
【火球】!
【水刃波】!
【雷光の槍】!
魔法という形で向けられた敵意を、俺は受け止めようと思った。そうすることでしか、彼らの憎しみに報いる事が出来ないと思ったから。
眼前に迫る攻撃に、頭は反抗魔法で防げと警告をする。それでも俺は目を閉じ、歯を食いしばって衝撃に備えた。
ドォンッという音が爆風と共に頬を撫でる。
吹き飛ばされる筈だった俺の体は、しっかりと地に足をつけたままだ。
ゆっくりと瞼を開けると、目の前には誰かの背中があった。
魔法から俺を庇い、壁となっていた。
「リーフィリア……」
深緑色の髪を操り、防御壁にしたリーフィリアが、村人たちに対して立ち塞がる。
肩越しに見える横顔は俺を見て優しく微笑んでいた。
「タクトの決意、見届けさせてもらった。……絶対にこの人達を助けよう」
彼女のその言葉で俺は報われたような気がした。
目頭が熱くなり、流れた雫は頬を伝う。
「……うん。絶対に……」
「今は帰ろう。そして、ここに居る者と同じ苦しみを持つ人達を救うんだ。泣いて謝るのはそれからでも遅くないはずだ」
リーフィリアに手を取られ、俺たちは森へと走り出した。背後からは喧騒と怒声が絶え間なく聞こえてくる。
「待ちやがれタクトォオッ!!」
「逃すな! 撃て撃て撃てェッ!」
立て続けに魔法が飛んできた。火や水、雷といった様々な魔法が、雨のように降り注ぐ。
リーフィリアが髪を操りそれらを撃ち落とすと、周囲に着弾し土煙を上げた。
「必ず……必ずまた戻ってくるからッ!! 皆を元通りにするからッ!! それまで……待っていて下さいッ!!」
振り返った煙の向こう側に、俺たちを追いかけてくる人影があった。
その人は……俺を愛し、育ててくれた二人だった。
「親父ィッ!! 母さんッ!!」
「タクトォオオッ!!」
「待ちなさいッ!」
二人の言葉は俺を殺す為に発しているのだろう。
でも今の俺には、二人の怒声が助けを求める言葉に聞こえた。
「絶対に――助けに来るからッ!!」
俺の叫び声は、森に吸い込まれて消えていく。
これから取り返すんだ。仲間を家族を……そして、信頼を。
これは逃げじゃない。
前に進まなきゃ、誰も助けることなんてできないんだ。




