26話 誰が手に
太陽が沈み、灯りが少なくなった頃、俺たちは村の近くに潜伏し様子を窺っていた。
人が疎らになるのを期待していたのだが、どうも村の様子がおかしい。松明やランプを持った村人が、慌ただしく走り回っている。
村の入り口には、二人の門番のような監視役が居て、キョロキョロと視線だけを動かし何かを警戒しているようだった。
そこへ一人の男が駆け足で近寄っていく。
「異常はないか?」
「ああ、しかし本当か? あのタクトが居たってのは」
「間違いねえ。村長の息子が見たって言ってんだ」
村人達の会話を聞いて、この騒ぎは俺が来たことによるものだと理解した。
こんなに村が警戒するのは、近くに熊モンスターが出た時ぐらいだ。俺はモンスターと同じ扱いなのか……。
「ここまで強力な魔法だったとはな。つくづく不憫に思うよ」
そう言うリーフィリアに俺は苦笑いを返すしかない。まさか光魔法で浄化するまで、ずっとこのままなのか?
自分の魔法で自分の首を締めていることにやるせなくなる。
「おい、タクト……」
「ん?」
リーフィリアが指差す方には、なにやら人集りが出来ていた。
村の中心。噴水広場に大人達が二十人ほど集まって話し合っている。
「皆、今から話すことをよく聞いてくれ!」
噴水の前に立つ一人の人物に視線が集まる。その人物は夕方に森の入り口で出会った男、村長の息子だ。
村人たちが静かになるのを待ってから、怪訝な面持ちで口を開く。
「俺は森の入り口でタクトに会った! 奴は女冒険者を連れて森へ入ろうとしていた」
彼の言葉に呼応して、大人達の罵声が飛んだ。
「村を追い出された復讐に来やがったか?!」
「クソッたれ! あいつがいなくなって清々してたのによッ」
「やっぱりあの時、殺しておくべきだったのよ」
次々と沸き起こる罵詈雑言に、俺は耳を覆いたくなった。もちろん、ここまで恨まれるような事をした覚えはない。
「酷い言われようだな」
きっと敵視魔法のせいだ。そう思わないと、心が折れそうになる。
村人達の不満の声が収まってくると、群集の前に一人の老婆が歩み出た。
白銀の髪を後ろで結い、背中が丸くなりつつあるあの人は――村長だ。
痩せて窪んだ目には、昔のような優しい感じはなく、ただ憎しみの色を濃くして小さく光っていた。
「ばあちゃん……」
良く笑い、誰にでも分け隔てなく接する村長を、親しみの気持ちからそう呼んでいた。
畑仕事をする俺たちに、いつもおにぎりを振る舞ってくれた。
怪我をした者がいればずっと心配して、元気になれば誰よりも喜んでくれた。
いつも村中の人を「私の家族だ」と、笑顔で話していたばあちゃんが、今は頬を震わせ、目を血走らせている。
「皆、よく聞きなさい。あのタクトが帰って来た。もし、アイツがこの村へ立ち入ろうとしたならば、誰でもいい――」
一度、口をつぐんで最後の言葉へ力を溜める。
俺の知る優しいばあちゃんなら、絶対に言わない言葉を発した。
「あやつを――殺せ」
村人達からは狂気ともいえる歓声が上がった。その異様な光景と、優しかったばあちゃんの変わり様に、俺は一歩後ずさる。
「――ぅ、ぁ」
言葉がでない。村中から向けられる敵視に、半年前のトラウマが蘇る。膝が震えて、その場に立っていることもやっとだった。
今にも倒れそうになった時、リーフィリアがそっと俺の体を引き寄せ、抱きしめられた。
「……リー、フィリア?」
「狼狽えるなタクト。あいつらは魔法でおかしくなっているだけだ」
この場から逃げ出したい気持ちを、リーフィリアの言葉ではっと踏み止まる。そうだ、優しいばあちゃんがそんな事を言うはずがないんだ。
これは魔法だ。みんな洗脳されているだけなんだ。
リーフィリアから離れて、一度大きく深呼吸をする。乱れていた胸の鼓動はゆっくりになり、だんだんと気持ちも落ち着いてきた。
「ごめん……ばあちゃんからの言葉があまりにショックで……」
「大丈夫か? なんなら私だけで杖を探して……」
「ううん。そういうわけにはいかないよ。元は俺が悪いんだ」
リーフィリアは少し憂いた顔をしたが、彼女に全てを任せるわけにはいかない。
「これは魔法のせいだ」と心で念じ、もう一度群集に目を向けると、ばあちゃんが持っている物に気を取られた。
ばあちゃんが高らかに掲げている物……それは足腰の悪い老人が持つ杖にしては大きく長い、歪な形をしていた。
「あれは……」
杖の先は途中で二又に分かれて、先端でまた繋がる。ひし形を象った中心にさらにひし形が、三重に構成されている。
ばあちゃん……あんな杖持ってたっけ……。
「タクト、あの老婆の持つ杖からお前と似た魔力を感じるぞ」
「俺は何にも感じないけど……」
「魔力は匂いみたいなもんだ。自分の匂いは分かりにくいものだからな」
俺の匂いってどんな感じなんだろう? いや、今はいいか。とにかく俺と同じ魔力を持つ杖なら、あれが魔女の杖である可能性が高い。
問題はどうやって取り返すか、だが。
思案していると、群衆の中に二人の見知った顔があることに気づいた。
「親父……母さん……」
親父は鍬を手に、母さんは冒険者の装備に身を包み、剣を掲げている。
あの剣で俺は……母さんに殺されそうになった事を思い出した。
剣に炎を灯し、何の迷いもなく俺を斬ろうとした、母の目はとても冷たかった。あの目は忘れようがない。
二人を凝視していると、リーフィリアの手がそっと肩に触れた。
「ご両親か……肉親にまで敵意を向けられるのは辛いな……」
村を追い出される最後の別れ際、二人から言われた言葉が呪詛のように頭の中で響いた。
『あんたのような子を持った事……一生の恥だわ』
『お前などもう息子ではない! 今すぐ村から出て行け!!』
村を追い出され、行く当てもないまま森を彷徨い、本当に死ぬかもしれない体験をした。
親からそんな言葉を言われて、生きる希望も失って、いっそ死んで楽になろうとさえ思った。
――でも、そんな時にあの人達に出会ったんだ。でなければ、俺は本当に死んでいたかもしれない。
町で俺を住み込みで働かせてくれたおじさん、おばさん。それにリオン達がいなければ自暴自棄になっていただろう。
俺はみんなに支えられて今を生きている。こうして今も、俺の肩を持って優しくしてくれる人がいる。
仲間の事を考えていると、先程までのような暗い気持ちにはならなかった。
「……大丈夫。二人ともあんな酷いことを言う人じゃないって分かってる。だって、俺を十五年も育ててくれたんだから」
「ふふ。やっといつものタクトに戻ってきたな」
「いつもの?」
リーフィリアは「なんでもない」と言って笑顔を見せた。
ちょうどその時、噴水前の群集も俺を探すためか、各方面に散っていったのが見えた。
村長のばあちゃんは杖を片手に、ゆっくりとした足取りで家へと向かっている。
「タクトはここにいろ。私が行って取り返してくる」
「え?! 俺も一緒に行くよ!」
「お前は村人全員に顔が割れている。私は村長の息子にしか見られていないからな。アイツにさえ見つからなければ、たまたま居合わせた冒険者で通せるだろう」
たしかにリーフィリアの言う通りかもしれないが……全てを彼女に任せることになるのは……。
言葉に詰まっていると、わしゃわしゃっと頭を撫でられた。
「大丈夫、上手くやるさ」
そう言ってリーフィリアは、草陰から飛び出して行ってしまった。
せめて俺も近くに居よう。
俺は見つからないように森の中を迂回して、村長の家へと向かった。
撫でられた頭は、なんだかむず痒かった。




