22話 聖女
「仲間たちが貴様のいう敵視魔法とやらでおかしくなっているのなら、それを消せばいいんじゃないか?」
リーフィリアが言うには、俺の魔法効果は一種の催眠・幻覚魔法に似ているという。
本当は敵意が無いのに『タクトは憎むべき存在だ』と洗脳している感じ、なるほど確かに洗脳っぽい。
「幻覚魔法に関しては防ぐ方法は色々ある。大体は、人間の五感に作用するものばかりだからな」
「魔法にかかっちゃったあとも、対処法はあるのか?」
「ある」
リーフィリアは即答する。
「光魔法に【浄化】というのがある。人に付いた魔法や、呪いとかも解除できると聞いた」
「じゃあ、光魔法を使える人を探せばもしかしたら……」
「敵視魔法にかかった人たちを、元に戻せるかもしれない」
その言葉を聞いて、暗く沈んでいた心に光が差したようだった。
しかしある疑問が浮かぶ。リーフィリアの言う光魔法というのを、俺は見たことがない。
「使える人は限られている。生まれながらにして光魔法の適性があり、慈悲深く神に仕える者。つまり聖女だ」
「聖女……たしかアークフィランにも大聖堂があったような?」
「まずはそこに行ってみるのがいいだろう。もし聖女がいなくても、光魔法を使える人の情報は聞けるだろうし」
リーフィリアが立ち上がって服に着いた草を払うと、身支度を始めた。どうやら今から行くつもりらしい。
「でもどうやって街に? 俺が街に入ればすぐに囲まれそうだけど」
「そこはお前――変装しかないだろ」
リーフィリアは冒険者が使う大型の鞄を漁り始める。
身長差がどうとか、ぶつぶつ言って取り出したのはいくつかの服だった。
俺の前に差し出すと真顔で言う。
「これを着ろ」
「え……でもこれ女物じゃ」
「着ろ」
二言目は笑顔だったが断れない"圧"を感じ、受け取らざるを得なかった。
* * *
「なあ……やっぱりこれ変じゃないか? 逆に目立ってるんじゃ」
「そうか? 似合ってると思うぞ、タクコ」
リーフィリアから手渡された服は、全体が紺色のワンピースだった。
灰色のカーディガンと合わせて、俺は女装して街を歩いている。顔を見られないように鍔が広い魔女帽子で隠しているが、さっきから通り過ぎる人の視線を集めている気がする。
リーフィリアは悪戯な笑みを浮かべて俺を見ている。絶対面白がっている顔だ。
文句を言いたいが、協力してもらっているので何も言えない。今は……我慢だ。
「ほら着いたぞ」
「ここが、大聖堂……」
真っ白な外壁は細かな装飾が施され神秘さがあった。
見上げると建物の中心には丸く大きなガラス窓があり、ステンドグラスになっていることがわかる。
三角錐の屋根を持つ塔が二本、空に向けて高くそびえ立っている。
なんだかひどく場違いな気がして背筋を正す。
「私が話すから、貴様は私の背に隠れていろ」
「わ、わかった」
青銅で作られた扉を開くと、中には長椅子がいくつも置かれ、中央の通路には青い絨毯が敷かれていた。
入り口とは反対側になる通路の奥、黒い服に身を包んだ人物がいる。
その人は祈りを捧げているのか、かしずいて頭を垂れたまま微動だにしない。
あの人が、聖女なのか?
ステンドグラスから差し込む色とりどりの光は、その人物へと降り注いでいた。
まるで、天からの恩寵を受けるかのような姿に神々しさを感じる。
声をかけることすら忘れて見入っていると、その人は立ち上がり振り返る。
「あら? ようこそいらっしゃいました」
「貴女は聖女様か?」
「“聖女様”はよしてください。わたくしはこのアークフィラン大聖堂の修道士ユノウと申します。確かに街の方々からは聖女なんて呼ばれたりもしますが」
ユノウさんはとてもゆっくりとした動作で挨拶の会釈をする。
頭の動きに合わせて銀色の髪がなびくと、ステンドグラスの光を吸収し、まるで虹色の髪に見える。
リーフィリアも普段の粗暴な物言いはせず、言葉を選んで話しているようだ。
「私はリーフィリア。後ろのはタクコだ。聖女の貴女に折り入って頼みがある。光魔法を使うことはできるか?」
「はい? 光魔法は修得しておりますが、どういったご用件でしょうか」
「恐らく、街全体に幻覚魔法のようなものが振り撒かれた。それを浄化してほしい」
突然そのような事を言われて不思議がられると考えていた俺たちに、ユノウさんは意外な返事をした。
「ああ、昨日のアレの事ですかね」
「知っているのか?」
「冒険者様方がモンスターを倒しに行ったと聞いておりました。そのあと少しして、なんというか変な魔力を感じました」
敵視魔法を感じ取れたということに驚いたが、ユノウさんは続けて話す。
「それと後ろの……タクコさん? あなたからも同じ魔力を感じていますよ」
「――ッ!?」
思わずリーフィリアの背に隠れてしまったが、ユノウは小さく笑って昨日の事を語り出した。
異様な魔力を感じ取ったユノウさんは、すぐに大聖堂全体へ光魔法の障壁を張ったらしい。
時間が経ち外の様子を見ると、街にいる全ての人に何かが纏わりついていると気付いた。
それは残り香のように今も街に漂い続けているという。
「――ここに居た私と何人かの人たち、十二人の修道女はその影響を受けてはいません。アレがどういった魔法なのか、私は調べていたのです」
と、いうことはユノウさんは俺を敵視していないのか? 恐る恐るリーフィリアの横に並んでみる。
特に怒り出すとかは無さそうだ。今度は思い切って帽子を取り顔を見せる。
「あら? 女の子かと思っていました」
「うっ……へ、変装の為に仕方なくです」
なぜ変装を? と言いたげだったので俺は隠さず話す事にした。
「ユノウさんが感じた異様な魔力、原因は俺はなんです。俺は、魔法が使えます」
「……場所を変えましょうか。こちらへどうぞ」
ユノウさんは左手にある通路へ歩いていく。話難いことだと俺の様子から察したのだろう。リーフィリアにも促され、俺たちはユノウさんの自室へと案内された。
室内はかなり質素でベッドと机、小さな本棚とクローゼットしか置かれていない。本棚には黒い装丁の分厚い本がいくつも並んでいる、聖書だろうか。
部屋の扉が閉まったのを確認して、俺は話の続きを始めた。
憎しみの魔女から魔力を受け取り、魔法が使えるようになった事。
その魔法は人から敵意を向けられるもの。
そして、ゴーレムを倒してから皆の様子が変わってしまった事。
ユノウさんは終始黙っていたがそれは、真剣に話を聞いてくれているからこその無言だった。
「事情は分かりました。しかし、憎しみの魔女が生きていた事とそのような魔法があるというのは、信じ難いですね」
「でも事実なんです! お願いします、皆に掛かった魔法を浄化出来ませんか?!」
「出来ない事も無いのですが……この街の人口は十万人弱います。それを全て取り除こうとすると私の魔力が足りません。全て浄化できるのに一年か……あるいはそれ以上時間を要します」
人の魔力は有限。使い果たせば動けなくなり、魔力枯渇によって意識を失うことはよく理解している。
魔力の量を増やすには食事や睡眠で徐々に回復させるか、ポーションなどの魔力補充を行う必要がある。
「ポーションを飲み続け、浄化するのは現実的ではありません。あれは一時的なものですからね」
しかしそれでは遅すぎる。リオン達を浄化出来たとしても、この街に留まることが出来ない。
それに、それだけの時間ユノウさんに無理をさせる事になる。
リーフィリアも同じことを考えていたのか、俺の言葉を代弁する。
「他に手は無いのか?」
「魔力を増強させる魔導具などがありますが、店で手に入る物ではどれも付け焼き刃ですね。宝具級の物……それこそ憎しみの魔女が使ったとされる杖なら、何十倍にも魔力を高められると聞きましたが。本当にそんな物があるのかすら怪しいですし」
「杖……?」
世界には伝説の宝具と呼ばれる魔導具が存在するらしい。
竜を倒したとされる宝剣と竜が持っていた宝珠。
一突きで山をも貫く宝槍。
全ての攻撃、呪いすら防ぐ宝盾。
そして、魔女が使っていた宝杖。
どれもおとぎ話に出てくるような眉唾の物だ。
しかし、憎しみの魔女は確かに存在しこの世界を作り変えた。
魔女の杖と聞いて、俺は魔女と出会った時のことを思い出していた。
「あった……」
「ん? どうした?」
婆さんが俺に向けて構えた杖。
強い光を放ち、気づけば婆さんは姿を消していて、地面には杖が転がっていた。
「――確かにあった! 魔女の婆さんが持っていた杖! それがユノウさんの言う宝杖なんじゃないか?!」
「まさか――あれはおとぎ話の創作では」
驚く二人に対して、俺は気持ちを固めていた。
もし違ってもいい。また別の方法を探すだけだ。
今はただ目の前に垂れ下がる糸を掴んでみよう。
「俺、故郷に帰ってみるよ」
そこに、魔女の宝杖があると信じて。