21話 一つの希望
陽は沈みモンスターが活発になる夜。
俺はいつものレンタルハウスではなく、アークフィランの外、森の中にいた。
魔力をほぼ使い切っていた俺は、歩くのがやっとの状態で街から逃げ出した。
もつれそうになる足を何とか動かして一本の木にもたれ掛かると、両足から力が抜けてズルズルと座り込んだ。
「何で……敵視魔法が……」
ゴーレムに対して使用したはずの魔法は、その場にいた冒険者全員にかかっていた。
いや、ゴーレムを倒すまでは普通だったのだ。でなければ、カナタは途中で俺を振り落とすだろうから。
ゴーレムが崩れる間際、体の隙間から紫色の光が漏れ出していた事を思い出す。あの光は……敵視魔法の光と同じに見えた。
憎しみの魔女が作り出したゴーレム。もしその魔力の根源が俺の力と同じなのであれば――。
「ゴーレムの敵視が俺に移った……?」
仮説の話だ。だが、それ以外に考えられない。
街を、冒険者たちを救っても、得られたのは侮蔑と追放。
こんなのはあんまりじゃないか……。
魔女の婆さんが言っていた言葉が、再び頭を過ぎる。
『遥か昔、私も似たような夢を抱えていたもんだ。しかしまぁ……私にとっちゃ魔法なんて『恐れ、憎まれる物』でしかなかったが』
仲間も家も信頼も失った。これから身一つでどうやって生きていけばいい?
俺はまた、一人からなのか……。
込み上げた怒りを抑えきれず、俺は腹の底から叫んだ。
「こんな力……こんなのでどうしろってんだよッ……憎しみの魔女!!」
「――そこに誰かいるのか?」
突然、人の声がした。
顔を上げると、暗闇でランプを持った人物がいる。夜にこんな町外れを歩いているのは冒険者ぐらいだ。
まさか追っ手? 今はもう逃げる体力も残って無いのに――ッ
身構えた俺にランプの光が当てられる。
眩しさに腕で顔を覆うと、その人物は近づいてきた。
「貴様は……!!」
ここで捕まれば、後に待ち受けるのは魔法を使えることでの尋問か……敵視されていることを考えると拷問もされかねない。
「くっ……!」
俺は残る力を振り絞って体当たりをすると、ランプの人物が体勢を崩した。
よし、今のうちに――ッ?!
逃げようとした時、足に何かが巻き付いた。
足はその場から動かせず、前のめりになった体はそのまま地面に倒れ込む。
「……会って早々にぶつかって来るとは、いい度胸だなタクト」
ランプの明かりに照らされた俺の足には、深い緑色をした……まるで植物蔓のような物が絡み付いていた。
「これって……」
「貴様、こんなところで何してんだ」
怪訝な表情で俺を見下ろす人物には見覚えがあった。
被っているフードから僅かに見えるのは白い肌と真っ赤な瞳。なにより特徴的なのは、手足のように自在に動く深緑の髪――。
「リ、リーフィリア……」
『深緑の魔女』と呼ばれる冒険者、リーフィリアがそこにいた。
「“さん”を付けろ馬鹿者!! あれか? 勝負に勝てて調子に乗っているのか? 年上だしランクも上なんだからちょっとは敬意を払えよ!!」
* * *
「で、なんでそんなボロボロなんだ」
焚き火の近くに座らされた俺を、リーフィリアは訝しんでジロジロと見る。
先日の勝負で家を失ったリーフィリアは、野宿をしているらしい。
歩くのもおぼつかない俺を見かねてか、寝床にしている場所まで連れて来られた。
「これは、その」
リーフィリアの質問に俺は言葉が詰まった。
『自分の魔法のせいで仲間から憎まれて、街を追い出された』なんて言っても、到底信じてもらえないだろう。
俺が答えられずにいると、彼女は質問を続ける。
「いつもの三馬鹿はどうした。こんな時間に男一人で街の外にいるのは自殺志願者か、ただのアホだけだぞ」
「それは、そうなんですが……」
「――ッ、歯切れが悪いな」
舌打ちが混じった事で、彼女の機嫌が悪くなっていくのが分かったが、俺は
前に会った時と同じように接してくるリーフィリアに、違和感を覚えたのだ。
この人はなぜ、俺を敵視していない?
あれだけの人数がいっぺんにかかった魔法を、彼女は影響を受けていないように思える。
「あの、リーフィリア……さんは、今まで何処にいたんですか?」
「こっちの質問には答えないくせに、私には聞いてくるんだな」
「うっ……」
腕を組みジトっとした目を向けられる。
また俺が言葉に詰まると、リーフィリアさんはため息混じりに話してくれた。
「……任務で隣町に行ってた。今しがた終わって帰ってきたところだ」
ということは、距離が離れていれば敵視魔法はかかっていない?
今回の敵視が発動したのがもしアークフィラン周辺だけならば、ひとまず隣町に身を置ける可能性がある。
「……おい、聞いといて無視かこの野郎」
「あ! す、すみません!」
「……貴様、前に会った時より様子がおかしいぞ。何があったのか私の質問にも答えろよ」
口は悪いが、言ってくれていることは俺を心配しているようにも受け取れる。
この前の一件で彼女の中で俺は『他人』ではなく、『顔見知り』程度にはなっているのだろうか。
すでに大勢の前で魔法を使った……いまさら隠す理由もないと考えた俺は、魔法が使える事を打ち明ける事にした。
「実は――」
* * *
「……それで一人こんなところに、ねぇ」
「あの、驚かないんですか? というか魔法が使える事を信じてくれるんですか?」
「ああ? 今の話が嘘だって言うんならただじゃおかないけど?」
「いや! 嘘じゃない……です」
意外にもリーフィリアは真面目な顔で俺の話を聞いてくれていた。
「大方、予想はしていた。貴様がもしかしたらってな。一度、冒険者をけしかけた事もあるし」
「え!?」
自分ではうまく隠していたつもりだったが、やはり勘繰る人はいたようだ。あの時の偽盗賊はもしかしてこの人が?
そう考えていた時、リーフィリアはニヤリと笑った。
「お互い、過去のことは水に流そうじゃないか」
今の言葉ではっきりした。偽盗賊は彼女の仕業だったらしい。
てことは、火の鳥事件の時から俺は怪しまれていたってことか。
「それよりも、これからどうするつもりだ?」
どうする……一人で旅することを想像するが、以前までのワクワク感は無かった。むしろ、不安の気持ちのほうが大きい。
リオン、ユルナ、カナタとこれからも冒険をするんだ、となんとなく思っていたから。
けれど……諦めるしかなかった。
敵視魔法を受けた三人の元へはもう戻れないだろうから。
「俺は、一人で旅を……」
「本当にそれでいいんだな?」
「――ッ」
「槍術士の言っていた『信頼の強さ』ってのは、そんなに簡単に諦められるものなんだな?」
「そんなこと言っても……どうしようも無いじゃないかッ!!」
リーフィリアの言葉についカッとなって言い返してしまった。
敵視魔法の解き方は分からないし、街に近づくことも出来ないこの状況で、いったい何が出来るというのだ。
俺の反発を受けてもリーフィリアはただジッと俺を見つめている。
「この力が、皆を変えてしまう……俺から家族を、故郷を、仲間を奪っていくんだッ! 俺が上手く扱おうとしても、勝手に……」
「だから、諦めるしかないって?」
「そう、だ。俺が誰とも関わらなければ、こんな思いをすることも、もう――」
パァン
乾いた音が夜の森に響いた。
遅れて左頬にはじんじんとした痛みが広がった。
対面にいたリーフィリアが、俺の頬を叩いたのだ。
「貴様の仲間が私に言った言葉、そのまま返させてもらうぞ」
リーフィリアは目尻を吊り上げ怒っていた。しかし、俺を見つめるその目はとても真剣だった。
「魔法のせいで変わった仲間を、助けたいと思わないのか? 信頼と信用でどんな困難でも乗り越えていくんじゃないのか?」
「――ぅ」
「貴様の本音はどうなんだッ!? 諦めることが、貴様らの言う『信頼の強さ』なのかッ!?」
「俺は……」
仲間の顔を思い出していた。
一人だった俺をパーティに誘ってくれた。
俺を冒険者にしてくれた。
馬鹿話をして笑いあった。
気づけば俺の頬を熱い物が伝っていた。
溢れ出した涙は、同時に色んな思いも湧き上がらせた。
こんな別れ方は嫌だ……もっと、皆と一緒にいたい。もっと楽しく笑い合っていたい。
「仲間を取り返したいッ……」
ポンと、俺の頭にリーフィリアの手が置かれた。
顔を上げると、綺麗な赤い瞳が俺を優しく見つめている。
「『本音をちゃんと伝えた相手にぐらい、甘えてもいいんじゃねーの?』……だったか?」
ニッと笑うリーフィリアの笑顔が、俺の押さえ付けた感情を解かして、涙は止まらなくなる。
人前でこんなに泣いたのは、初めてだった。
* * *
気付いた時には朝日が昇っていた。
周囲を見ると小屋の中のようだ。布が掛けられている。いつの間にか眠っていたらしい。
「あれ、俺なにしてたんだっけ……」
昨日の事を思い出して少し後悔した。街から逃げ出して、森でリーフィリアに会って……。
「ん……起きたのか」
声のする方へ顔を動かして俺は目を疑った。
隣には同じ布を掛けて横になったリーフィリアがいる。
起き上がり、まだ眠たい目を擦る彼女は……ラフな肌着だった。
「なななななッ?! えっ! あれ?!」
「朝からうるさいな」
「なんで一緒に寝てるんだ?!」
「なんでって、貴様が泣き疲れてそのまま寝たから運んでやったんだぞ。感謝しろ」
肌の露出が多く、目のやり場に困って小屋を飛び出す。後ろから引き留める声がしたが、遅かった。
飛び出した先に地面は無かった。
小屋は三本の木々に括り付けられた形でのツリーハウス。
あると思っていた地面ははるか下の方であり、俺は無事落下したのだ。