20話 力の代償は
三百人を超える冒険者たちがゴーレムを止めるべく挑んだ結果、その半数以上が地に伏していた。
魔力を使い果たし動けなくなった者、ゴーレムの反撃により怪我を負った者。
そこにいるほぼ全ての冒険者が最悪の結末を想像している。
――このままアークフィランは壊されるのだと。
圧倒的なゴーレムの強さに俺たちは対抗する戦意すら削がれていった。
「もう……止まらない……止められないよ、こんなの……」
誰かが発した言葉に一人また一人と、武器を握るその手から力が抜けていく。
しかし皆が絶望に打ちひしがれる中、俺は考えていた。この強大な敵に対抗できるかもしれない、と。
俺の持つ反抗魔法は、敵視の数が多いほど威力が上がる。そして、敵視の度合いが強い時も。
憎しみ、怒り、恨み……俺に向けられるそれらの感情が強ければ強いほど、発動する魔法は威力を増すのだから。
ファイアーバードの群れに反抗魔法を使った時の事を思い出し、俺の右手は震えていた。
力が入らず指一本動かせないほどの疲労感。
魔法を使う時、全身から血が抜けていくような感覚は、言葉では言い表せない恐ろしさがあった。
このまま死ぬんじゃないだろうか? 本気でそう思うほど、魔力の枯渇は怖かったのを覚えている。
皆が命を懸けて戦っているのに、俺だけ見ているだけでいいのか……?
俺は自分自身に問いかける。
大勢の前で魔法を使うことに躊躇っていた。だけどそれは、いつかは直面する避けては通れない道だった。
最強の魔術師になって、救いを求める人を助ける。それを夢見て俺は冒険者になったんじゃないか。
その考えに至った時、手の震えは自然に止まっていた。
俺はまた手が震え出す前に、杖を操るカナタに声をかけた。
「……カナタ、協力してくれないか」
「タクトの考えている事は分かっていますよ」
カナタは背を向けたまま、冷静な声色で返事をする。
「私たちがタクトを守ります。魔力が足りなければわたしのをあげます。だからタクトも……街を守ってください」
「……ああ、必ず守るよ」
カナタの言葉は俺の決意を揺るぎないものにしてくれた。
握っていた右手を拡げ、ゴーレムに向ける。
肺が大きく膨らむほど息を吸い込み、力の限り叫んだ。
「こっちを見ろデカブツ!!」
宙に詠唱紋が浮かび上がると、同じく空を舞う魔術師たちからも視線を浴びた。
あの子たち、いったい何をするつもり?
詠唱紋……え、男?
魔術師の子がやってるんじゃないの?
もうバレてもいい。それよりも、やらなければならない事が目の前に迫っているのだから。
ゴーレムの敵視を俺だけに向けさせる。
みんながもう傷つかないように、俺がみんなを守るんだ。
「【敵視】ォオオ!!」
俺が詠唱を叫ぶとゴーレムの体を紫色のオーラが纏った。
ゴーレムの赤い瞳と目が合う。そしてその色はより濃く、暗く輝いた。
『オマエハ……マジョサマ……デハナイ』
大きく振りかぶった岩の拳が、俺たちに向けて放たれる。
「来たッ!」
「しっかり掴まっててくださいねッ!!」
眼前に迫る拳は巨大な壁のようだった。
カナタは杖を巧みに操り、間一髪のところで拳を避ける。
支柱のように太い腕の周りを飛びゴーレムに近づいていく。
(もっと……もっと俺に敵視を向けろ!!)
反抗魔法の威力を上げるために、俺は何度もゴーレムに敵視魔法を上掛けしていく。
「オラどうした人形さんよォ! 捕まえてみやがれ!」
「操縦してるのは私なんですけど、ねッ!」
ゴーレムの周囲を飛び回り、掴もうとする手をかわし続ける。
そんな俺たちを見て、他の魔術師らは困惑した様子だった。
一体何をしているんだアイツらは?
モンスターを煽ってる……?
やがて、地上にいた人たちも気づき始めた。
それまで無差別に攻撃をしていたゴーレムは、いまや俺とカナタだけを追いかけている。
「あれは……おい、リオン上を見ろ!」
「えっ? カナタ……タクト……!!」
一瞬、リオンたちの驚く声が聞こえた。
悪いなリオン……ちょっといま返事はできそうにない。
コイツを倒す。俺の頭にはそれしかなかった。
「カナタ」
「了解です。ありったけをお願いしますよッ」
一言で俺の意思を感じ取ったカナタは杖のスピードを上げる。
ゴーレムの手を掻い潜り、少し距離を置いて敵の正面へと回り込んだ。
覚悟しろよ、デカブツ野郎ッ!!
反抗魔法を唱えようと、口を開いたその時だった。
「【汝 我、憎しみの魔女より生まれし者よ 今その力を解放し 役目を終えよ】」
なんだ? 口が勝手に……。
俺の声、じゃない……? 誰だこれは?
俺は何を言っている?
ファイアーバードの時にも感じた違和感。知るはずのない詠唱を口ずさむ自分。
「タクトッ!! 早く!!」
「——ッ!!」
重なった声に戸惑いながらも、俺は眼前の敵に向けて最後の詠唱を叫んだ。
「【反抗】ォォオオオッッ!!」
宙に出現した巨大な詠唱紋から七つの鎖が飛び出した。
現実ではありえない大きさの鎖は、ゴーレムの腕、足、胴、首に絡まり動きを封じる。
『マジョサマ……!! マジョサマ……!!』
ゴーレムはまるで、親の帰りを待ちわびていた子供のように歓喜の声をあげる。
七本目の鎖には先端に鏃のようなものが付いており、鋭い先をゴーレムの顔に向けていた。
「砕けろォオオ!!」
魔力が枯渇しても構わない。俺は人を助けるために、この力を使うと決めたのだから。
俺の声に押されて飛び出した鏃は、岩の顔面を砕き、貫通して地面に突き刺さった。
『グォオオオオ……』
低い遠吠えのような声が空気を震わせた。
ゴーレムの瞳からゆっくりと光が失われると、体を形成する岩の隙間から紫色の光が漏れ出す。
光は次第に強くなり、街全体を光が包み込んだ。
光が弱まってくると、今度はゴーレムの体が音を立てて崩れていく。
最期には岩の丘を形成し、完全に沈黙した。
体を縛っていた魔法の鎖も光の粒となって消えていく。
「や、やったぞ……倒せた……」
カナタも長時間高速で飛びすぎたのか、杖の動きが鈍くなっていた。
杖はゆっくりと力を失うように高度を下げて、俺たちは地上に降り立った。
まだ辛うじて歩けるほどの力は残っていた。カナタが魔力を分けてくれたおかげだろうか?
杖から降りたカナタは、流石に疲れたのかしゃがみ込んで俯いていた。
「カナタ……お前のおかげだ、ありが――」
「――ッ」
労おうと伸ばした手が、勢いよく払われた。
突然、拒絶されたことに俺は動揺した。
「え……?」
「――私に触らないで」
「ど、どうしたんだよ? カナタ?」
自分の力で立ち上がったカナタは俺を鋭く睨みつける。
その目は怒りに満ちており、ここまで怒ったカナタを見たことがない。
気づけば俺を取り囲むように他の冒険者も集まっていた。
「あ、あの! すみません! 魔法を使えること黙っていて……」
「――黙れ魔女」
弁明しようとする俺を言葉で突き放したのは、ギルド長のワインズさんだった。
ワインズさんもまた、険しく眉を顰めて俺を睨みつけている。
俺を見る冒険者たちの目には覚えがあった。憎しみ、怒り……俺を敵視する目だ。
ワインズさんの傍にユルナとリオンが並び立つ。
「リオン! ユルナも無事か!?」
「気安く名前を呼ばないで」
「お前を仲間に入れたことを後悔しているよ。お前はこのパーティの汚点だ」
「な、何を言ってるんだ……みんな……?」
リオンが剣を構えると周囲の冒険者たちも各々の武器を握り、俺へ矛先を向ける。
その光景は、村を追い出された時と酷似していた。
まさか敵視魔法がみんなに?
そう考えずにはいられなかったが、俺には思うところもあった。
あの時は魔法が使えることを知らず、むやみやたらに敵視魔法を連発したことで、村中の人が魔法にかかってしまった。
しかし、今回はゴーレムにしか使っていない。
この状況に理解が追いつかず頭を悩ませていると、リオンが俺の前に立った。
「今すぐ私たちの前から消えなさい。そして二度と、この街に近づかないで」
「おい……嘘だろ、リオン?」
ヒュンッと俺の頬を剣が掠めた。
鋭い痛みのあと、僅かに触れた頬から血が滴り落ちた。
リオンは本気だ。従わなければ本気で俺を切るつもりだ。
「消えなさいと言ったの、聞こえなかった?」
「か、カナタ……?」
俺は信じたくなかった。信じていた人達が仲間が、そうなっていることを。
救いを求めてカナタに声をかけたが、返ってきたのは冷たい視線と侮蔑だった。
「死にたくなければ早く消えて。目障りです」
「……そんな」
俺は村を出た時から変わったと思っていた。
魔法を使いこなし、町を救い、仲間もできて浮かれていたんだ。
でも、現実は何も変わっちゃいない。
向けられた矛先と敵意から逃げることしか出来ない。
称賛は侮蔑に、仲間は敵に。
これが憎しみの魔女から受け継いだ、力の代償だった。




