16話 リーフィリア
「タクトなんの騒ぎ……えっリーフィリアさん?!」
玄関の騒ぎを聞きつけて、三人も降りてきたようだ。思いもよらない人物の来訪に、みんな目を丸くして驚いている。
「貴様ら……ここは私の家だぞ!! 何をしている!?」
リーフィリアの家? でもここはユルナが借りてきたレンタルハウスのはずでは?
何が何やら分からず困惑していると、ユルナが俺の隣に来た。
「リーフィリアさんとこの家の契約は解除されてますよ? ここはもう私たちの家ですので、どうぞお引き取りください」
ニコっと笑顔を見せるユルナ。それで会話は終わりと言ったように、勢いよく扉を閉めた。
「――おいッ?! なんだそれは聞いてないぞ!! ここを開けろッ!! おいってばッ!」
締め出された形のリーフィリアが、扉を叩き抗議の声をあげている。
「おいユルナ、いったいどういう事だよ?」
「いわく付きの件、ギルドの人に聞いたんだよ。そしたらさ――」
* * *
『え? いわく付きの理由ですか?』
受付カウンターのお姉さんに尋ねると、資料を見ながら説明し始める。
『前の入居者は――リーフィリアさんですね。ここ数ヶ月帰って来てない様子でして、契約期間が過ぎてからも延長の申し出が無いので、強制解除となってます』
『家の物が残ってるのに解除していいのか?』
『リーフィリアさんは何度か同じ事をしておりまして……その度にレンタル料の滞納もあるんです。その事で揉めた事も何度か……』
* * *
「――次、同じことしたら強制退去って伝えてるから、今回で契約は終了。ちゃんと支払ってくれる冒険者に貸し出す、って事らしい」
つまり扉の外で喚いているこの人は、ギルド側からクレーマー扱いされて追い出されたってところか。
そんな理由でいわく付きにされるって……不憫な人だな……。
「自分のだらしなさが招いた結果ですね。放っておきましょう」
「なーんだ、オバケとかじゃないんだね! これでぐっすり眠れるよ。じゃ、おやすみー」
理由を知ってスッキリした顔の二人が、自室へ戻ろうとする。その時、背後からガチャリと鍵の外れる音がした。
玄関を見てギョッとする。扉の隙間から緑色の髪の毛が侵入してウネウネと蠢き、鍵を外していたのだ。
そうして扉がゆっくりと開かれると、肩を震わせ俯いたリーフィリアが佇んでいた。
「……そんな理由で、家を失ってたまるかぁああッ!!」
いや、家賃滞納は十分な理由だと思うが。
ビシッと俺たちを指差してリーフィリアが吠える。
「貴様ら! この家の権利を賭けて私と勝負しろ!」
「嫌です」
バタン。と無慈悲にユルナが扉を閉めた。
今度は慌てた様子で扉を開けようとするリーフィリアと、閉めようとするユルナが扉の引っ張り合いになる。
「――ちょ、ちょっと待て! 貴様らそれでも冒険者か?! 勝負から逃げるのか?!」
「私たちに何のメリットもない勝負、受けるわけないだろ! さっさとこの手を離せ!」
「私に勝てたら他の冒険者に自慢出来るぞ? どうだ、やる価値はあるだろ?」
「無いわっっ!!」
「強情なやつだなッ! ……だったら」
リーフィリアの髪が再び扉の隙間から侵入してくると、まるで植物の蔓のように、ユルナの体に巻きついていく。
「ユルナ!!」
「ちょ、何だこれ……動けな――ッ」
扉が開け放たれると、ユルナが外に引っ張られていく。ウネウネと髪を宙に漂わせるリーフィリアはもはやモンスターにしか見えなかった。
そのリーフィリアが目を輝かせて笑っていた。
「ふふふ……さぁ、家と仲間を賭けた勝負をしようか」
「タクトー、いつまで騒いでるの……って」
「ゆ、ユルナがなにやらいかがわしい事をされています!」
この耳年増は何を考えたのか、蔓とも触手ともいえる髪の毛に囚われたユルナ。それをみて何故か身悶えているカナタ。
もう……ほっといて寝ようかな。
「タクトと言ったな貴様! そして、カナタ! 丁度いい機会だ。貴様ら二人が本当にファイアバードの群れを討伐したのか……今、私に示してみろ!」
「え?」
「まだその事を言っているのですか……」
「出来ないのなら、この生意気な槍術士がどうなってもしらんぞ? さぁどうする?」
無茶苦茶だこの人は。急に押しかけて来て家と仲間を賭けて戦え? 以前会った時から感じていたが、リーフィリアは何故か俺とカナタを敵視している。
リーフィリアに聞こえないように小声でカナタが話しかけてくる。
「タクト、やりましょう。そうでもしないと、きっと引き下がらないでしょうから」
「お、おい。俺は人に向けて魔法は……」
「私に考えがあります。いいですか――」
カナタはある提案をしてきた。
なるほど、たしかに上手くいけば誤魔化せるかもしれないが……。
「何をコソコソと話している。やるのか? やらないのか?」
「受けて立ちます。そのかわり、私たちが勝ったらもう家にも、私たちにも関わらないで頂けますね?」
「ランクAの私に、ランクEのお前が本当に勝つ気でいるのか……いいだろう」
相対して立つリーフィリアの髪が、緑色の光を放ち宙をうごめいている。
「【木の精霊よ 髪を依代とし、貫く双槍となれ】」
聞いたことのない詠唱だった。恐らくは彼女独自の魔法なのだろう。詠唱に呼応するかのように二束の髪が太く、氷柱のように鋭利に尖っていく。
「【二つの槍】!」
「【風障壁】!」
眼前に迫った槍が引き裂かれ、散り散りになっていく。パラパラと崩れていく槍は、瞬時に元の形へと戻った。
「お得意の風魔法か。だが、これならどうだ?」
そう言ってリーフィリアが槍に手を当てると、瞬時に炎が燃え伝った。
暗闇に二つの炎が揺らめき、槍は深緑から黒へと変わっていく。
「私の髪には魔力を流し込んでいてね。熱を持つと鉄のように硬くなるんだ。本物の槍のようになッ」
流石に風で鉄は切れない。ましてや炎を纏っていればカナタの風で強さが増してしまう。
「さぁどうする! 防いでみなッ!!」
「こ、これは流石に……」
「知っているんだぞ。カナタ、貴様は水系魔法が使えないそうだな?」
「――ッ」
まずい。リーフィリアの言う通り、カナタは火系魔法に太刀打ちが出来ない。
俺の反抗魔法で水は出せるが……それをするとリーフィリアに俺が魔法を使えることが知られてしまう。
「湖の水を爆風で噴き上げた、だったか? あれだけの爆発を起こすのにそれが出来るほど、爆弾を用意出来たとは到底思えないな! 水系が使えない貴様が、どうやったのか見せてもらおうか!」
リーフィリアは手を空に向け、今にも振り下ろそうとしている。あの手が下ろされた時、炎を纏った槍が俺たちに飛んでくるのは明白だ。
その時、頬に冷たい何かが触れた。
ポツポツと次第に数が増していくこれは、雨だ。それがカナタが考えていた作戦の合図だった。
「タクト! 私の体、ちゃんと支えててくださいね!」
「任せろ!」
カナタの背後に周り、肩を両手で支える。
「【風の精霊よ 大地を駆け、天を舞う風よ 今、その全てを飲み込み吹き荒れろ】」
「性懲りも無く風魔法とは……ん? これは……」
俺たちの周囲を風が舞い、空から滴る雨を巻き込んで渦をなしていく。
水分を含んだ風は俺たちを中心に、小さな竜巻へと変わっていく。
「多少の雨で、この炎が消されるものか!!」
リーフィリアが腕を振り下ろすと同時に、二つの燃え盛る槍が俺たちに向けて飛び込んでくる。
カナタの肩に当てた両手に、俺は力を込め心の中で詠唱を叫んだ。
(【反抗】!!)
俺はカナタの起こした竜巻に水魔法をかける。
風力を増した竜巻に更なる水が加わると、ゴォオという地鳴りにも似た音を響かせた。
「【二つの炎槍】!!」
「【竜巻】ォオ!!」
二つの魔法ががぶつかり、周囲に爆風が吹き荒れる。
杖を必死に抑えるカナタと、カナタを支える俺。
そして、一人で持ち堪えているリーフィリア。
先に地面から足が浮いたのはリーフィリアだった。
「――こンのォオ!!」
リーフィリアは他の蔓状の髪を地面に突き刺し耐えようとするが、その判断は遅かったようだ。
髪がぶちぶちと音を立てて引き千切れると、リーフィリアは数十メートル後方に吹き飛ばされていく。
「ぬッ!? ぉおおおおお?!」
一際大きな音を立ててから竜巻は弾け消えた。
お互いの魔法が効果を失い静けさが戻ると、地面にリーフィリアが横たわっていた。ユルナを縛っていた髪も千切れて拘束は解けている。
「や、やりました……!!」
力を出し尽くしたのか、カナタが地面に座り込んだ。
てか、やりすぎじゃね?
「お、おい? 大丈夫か?」
思わずリーフィリアに駆け寄ったが、どうやら気絶しているだけみたいだ。
大きな怪我はしていない……たぶん。
「勝った……ランクAに勝ってしまいました……」
カナタは次の日まで、勝利の余韻が抜けないのか興奮していた。