11話 旅支度
「おじさん、おばさん! カナタくんを私にください!」
ゴッという鈍い音がした。頭を抱えてうずくまるのはユルナだ。
「嫁を貰いに来た男みたいな事言わないの!」
「まあまあ……リオン嬢ちゃん、いきなり殴らんでも」
俺からしたら平常運転の二人のやり取りを、おじさんは苦笑いでなだめている。
カナタを含めた三人は、俺を冒険者仲間として迎え入れるために、律儀にもおじさん達へ承諾を貰いに来ていたのだ。
「……ユルナがタクトと結婚するとなれば当然夫婦としての営みを……身長差がかなりありますから、ユルナがリードする形でしょうか……」
ゴッ(二回目)同じ音を出してうずくまるのは、カナタだ。持病の耳年増が発症しかかっていた。
俺はこの人達と一緒で本当に大丈夫だろうか? そう考えたのは俺だけじゃない、おじさんとおばさんも似たような顔をしていた。
おじさんたちの一抹の不安を取り払うべく、リオンが真面目な顔をした。
目つきをキリっとして背筋を伸ばすと、深々と頭を下げる。ちょっとやりすぎなんじゃ? と思うほどの真面目アピールだ。
「おじさん、おばさん! タクトさんを私たちの仲間に迎えさせてください!」
「あー……俺もこいつも別にタクトの親ってわけじゃねえしな。連れてくっつーのは構わねえんだけどよ……」
「旅にはどうしても危険が伴うわ。あなた達がこの子を守っていくことになると思うけど、大丈夫?」
元冒険者だったおばさんが心配するのは、それが大部分だろう。
旅の道中モンスターに襲われて、対抗手段のない行商人の男だけが亡くなってしまった……なんて話はよく聞く。
その点において、魔法が使える俺はまあ、なんとかなるだろうと、少し楽観視していた。二人には話せないけど。
「大丈夫です。タクトさんは勇気も気概もある人ですから。ファイアーバードの群れを討伐できたのも、本当はタクトさんの働きがあったからなんですよ」
「えっ!!」
「それは本当かッ? なんでぇ意外と漢気あるじゃねえかボウズ!」
嘘じゃないんだけど、なんか騙してる気がして申し訳ないな……。
おじさんは腕を組むと、白い歯を見せて笑う。
「正直、店の人手が減るのは惜しいが……ここまで言って貰えてんだ。行ってこいよッ!」
「お嬢さんたちに迷惑かけないようにね。それに困ったらいつでも帰っておいで。アンタの家はここだと思っていいんだよ」
「おじさん……おばさん……」
村を追放され、親も友人も失くして途方にくれていた日々を思い出した。
この半年、気づけば家族同然に俺を扱ってくれたおじさん、おばさん。
岩山での出会いから、親しくなったリオン、ユルナ、カナタ。
いつの間にか、一人じゃなくなってたんだな。俺。
「タクトが泣いているのです」
「バカ! 泣いてねーよ!」
「お姉さんの胸の中で存分に泣くがいいぞ!」
「それはもういいよ……!!」
店内に笑い声が響く。
憎しみの魔女がくれた力は、『意外と悪いもんじゃない』そんなふうに思えた。
「そうと決まれば、旅に出る準備しなきゃね!」
「タクトも、そんな如何にも村民のような服では格好がつきません。お店で買い揃えましょう」
「そうだな」
冷静に返したが実のところ、俺の心は浮き足立っていた。
冒険者として魔術師として、格好は大事だ! 杖にしようかな? いや水晶玉というのも悪くない。服も、カッコいいローブなんか羽織ちゃったりして……考えただけでワクワクしてきた。
俺はこれからの旅路に思いを馳せながら、三人の後について店を出ようとする、と。
「いってらっしゃい」
「気ぃつけてな」
二人はいつものように声を掛けてくれる。
その声には、少しだけ寂しそうな感情を含んでいた。けれど、それは俺も同じだ。だからなるべくいつも通りの返しをしよう。
「行ってきます!!」
* * *
俺とカナタは大通りにある武具店に来ていた。
ユルナとリオンは、食糧と馬車を手配すると言って別行動をとっている。俺は魔術師としては先輩になるカナタに、色々と見繕ってもらう事にしたのだ。
「武具『フラワーケニーズ』? ここお花屋さんじゃないよな?」
「ええ……おそらく、たぶん」
店先には綺麗な花壇が並んでいて、色とりどりの花が植えられている。看板にも木彫りの彫刻で花が描かれていて……とても武器や防具を扱っているようには見えない。どうみても花屋さんだ。
「冒険者ギルドの人に聞いたらここをオススメされたのですが……なんだか雰囲気が“っぽく”ないですね」
「ま、まあ。とりあえず入ってみよう」
扉に手を掛けゆっくりと押し開ける。店内はいくつかのランプに火が灯されていた。
若干薄暗い室内には鎧や剣、杖やローブといった、冒険者向けの物ばかりが陳列されている。
ただ、店内に人影は無く静まりかえっていた。
「おお……中は意外と普通の武具屋っぽいぞ」
「店員の姿が無いですね」
「呼んだらくるんじゃないか? すいませーん!」
ギッギッギッ ドタン ガタガタ
なにやら、二階から大きな物音が聞こえた。それに加えて何か言い争うような声も聞こえる。
なんだ? まさか強盗でも入ってるのか?
「様子がおかしいですね。失礼かもしれませんが、そこの階段から上ってみましょう」
カナタが指差す通路には、裏手口の扉と二階へと続く階段があった。
もし、本当に強盗だったりしたら大事件だ。
俺が階段に向かおうとした直後――突然、男の顔だけがにゅっと飛び出した。
「や、やぁ!! いらっしゃい!!」
「――うわぁっ!?」
「――きゃああっ!?」
男は色黒で、スキンヘッドの頭にはタトゥーが彫られている。かなりイカつい感じだが目はクリっとしていて優しそうな印象だ。
そんな男が、体を隠すように頭だけを通路に覗かせている。
「いやあすまんすまん! ちょっと立て込んでてね! すぐ行くから店内で待っててくれないか?」
「あの、大きな物音がしましたが大丈夫ですか?」
「大丈夫! ぜんぜん大丈夫だよ! 気にしないで!」
それにしてはすごい動揺してるな。まあ本人がそう言うなら……。
店内で待たせてもらおうと、振り返った俺の前でカナタが顔を真っ赤にして固まっていた。
「どうした?」
「あっ……は、はだ……」
もしかして思考を読み取ったのか? ならば、この店員と思われる男性の言うことが本当かどうか、カナタは気付けたのだろう。
「はだ……くぁ……」
「えっ! おいカナタ?!」
「お嬢さん?!」
白目を剥いて倒れ込むカナタを慌てて支える。口をぱくぱくさせて、耳まで真っ赤だ。
コイツ、一体何を読み取ったんだ?
突然倒れたカナタを心配して、男性も近くに出てきた。……が、その姿を見て俺も固まる。
男性は衣類をまったく身につけていなかった。それはもう筋骨隆々とした体。加えていうならば、少し汗ばんでいる。
は? なんで裸? え?
「――ちょっと! ケニー!!」
急に女性の声が聞こえて階段の方を見やると、先程の男性と同じように、頭だけを出してこちらを覗く女性がいた。
綺麗な金色の髪をした女性はわずかに頬を赤らめて、ケニーと呼んだ男性を睨みつけている。
「――のわっ! いや、これはその……」
自分の姿に気づいたケニーはそそくさと階段に引き返し、女性と同じく顔だけを覗かせた。二人の様子と仕草から思いついた事がある。
もしかして女性も同じ格好なのでは? 二人の男女が衣類を身に付けず、汗ばんで動揺……。
気付いた時にはとても気まずかった。何か言おうにもこんな場面に出会すことなど無いもので、何も言えなくなってしまう。
そんな俺の気持ちを察してか、ケニーは引きつった笑顔を見せて優しく言った。
「えっと……すまないがお嬢さんを連れて、外で少し待っていてもらえるかな? ほら、服……着てくるからさ……」
「――す、すいませぇぇえん!!」
急ぎ気絶したカナタを引きずって店の外に出た。
カナタが気絶したのはおそらく、そういう男女の情事を読み取ってしまったからだろう。耳年増のカナタには大ダメージだったようだ。
数分後、店の扉が開けられ申し訳なさそうなケニーが顔を出した。今度はちゃんと服を着ていた。
「いやぁ! すまんかった! もう平気だから入ってくれ!」
気絶したカナタを背負い、気まずい空気が残る店内へと足を踏み入れた。