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短編ショートショート

コピーロボット

作者: 灰庭論

 アパートの玄関先で注文品を受け取ったエム氏は、これまでの人生で一番の幸せを感じていた。なにしろ子供の頃からの夢だった、自分と見た目がそっくりなコピーロボットを手に入れたからである。


 ロボットには既に仕事を覚えさせているので、労働から解放された日でもあった。つまり満員電車に乗ることもなければ、上司から説教を食らうこともなくなったわけである。


 先輩から嫌な仕事を押し付けられ、ミスをした後輩の代わりに責任を取らされることに辟易していたエム氏にとって、まさに願ってもないタイミングでもあった。


(分身として働いてくれるロボットには悪いけどな)


 ロボットを働かせている間、エム氏はテレビや映画を観て過ごした。同じものを何度も繰り返し視聴することを好むので、生活に飽きることが一切ないのである。


 ただし購入の際に五十年ローンを組んでいるので、生活水準の向上は見込めなかった。それでもサポート費用も込みの値段なので、エム氏は納得済みであった。


 ロボットの労働によって発生した賃金をサポート会社と折半する取り決めなので、収入が途切れる心配はなかった。つまり、死ぬまで娯楽に浸りながら暮らせるというわけである。


(贅沢はできないが、必要な代償だ)


 働かせ始めて三年が経過した時、出勤するコピーロボットを見送りもせず、ベッドで惰眠を貪っていたエム氏の元に、突然会社から連絡が入った。


 どうやら出勤中に事故に巻き込まれてしまったらしい。急いで身支度を整えて、ロボット修理工場へ向かうエム氏だが、なぜか笑みを称えているのだった。


(あのまま働いていたら、事故に遭ったのは自分だったかもしれない)


 工場の修理室で横たわるコピーロボットを見て、エム氏はそのように思ったのだった。とはいえ、人間と違ってロボットには痛覚がないので喜ぶのも無理のない話であった。


 ロボットが事故の加害者になることはないので、エム氏の生活が変わることはなかった。修理費を払ってもらい、一か月後には元の生活を取り戻すのだった。


(ロボットにとっては、丁度いい休みだったかもしれない)


 それから間もなくして、縁談話が持ち掛けられた。といってもエム氏ではなく、コピーロボットに対してである。お相手は同じ事故に巻き込まれた女のロボットだった。


 そのロボットの所有者とは修理工場で出会って、同じ事故の被害者として連絡先を交換しただけの間柄なのだが、事故に遭った自分の分身を可哀想に思い、結婚させたくて、相談するに至ったというわけだ。


(ロボットに感情移入しちゃったんだろうな)


 話し合いの結果、金銭の要求がなかったということで、エム氏は快くロボット同士の結婚を認めてあげるのだった。後で揉めないように、しっかりと契約を交わすことも忘れなかった。


(これで少しは日頃から世話になってる恩を返せたな)


 新婦側が資産家だったということもあり、コピーロボットを先方で預かってもらえるということで、結婚式の翌日からエム氏は一人暮らしに戻ることとなった。


 ロボットの管理をしてもらった上、これまでと同じように家に居ながらにして収入が得られるということで、エム氏にとっては、これ以上は望めない環境を手にしたということになる。


(すべて計画通りの人生だ)


 それから、しばらくしてロボット夫婦に子供ができたという報せを受けたが、新婦の所有者が道楽で購入した赤ちゃんロボットだと知っていたので、エム氏は特に関心を示さなかった。


 それよりも海外ドラマやマンガに夢中になるのだった。さらに年齢を重ねてから本を読むようになったが、残念ながら、そちらは老眼で長くは続かなかった。


 滅多に外出しないので、コピーロボットとは疎遠になっていったが、見た目を変えるための定期更新は欠かさなかったので、同じように年を重ねていった。


(そろそろヤツにも長い休息が必要か)


 八十歳を目前にして、とうとうエム氏にも死期が訪れた。身寄りのない男の最期だが、病院のベッドの周りには多くの見舞客で賑わっていた。


 ロボット夫婦の子供も結婚させたらしく、孫のロボットを四人も連れて来たのだった。それをエム氏そっくりな爺さんロボットが笑顔で見ているという、なんとも微笑ましい光景であった。


 それを見て、エム氏は、ふと我に返る。


(コイツの人生は、俺が歩むはずだった人生なのではないか?)


 そこで静かに人生を終えた。

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