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進化するぼっち

作者: カワノサキ

 入学して二週間。俺は高校デビューを見事に失敗したのかもしれない、と思うほどには十分の時間だった。

 もっと明るく、朗らかに、あの誰とでも仲良くしていた中学校時代のクラスで人気だったあいつみたいになろうと密かに計画を立てていた。髪型は美容院を思い切って変えて、流行のツーブロック(パーマもゆるくかけないかと言われたがそれは丁重にお断りした)に。猫背を改善しようと春休みから特訓(効果はあった、はず)。漫画ばかりではなくサッカー雑誌やら流行の動画やらも研究(効果はない)。まぁここまで準備するやつもいないだろうと俺は高を括っていた。

 始めが肝心だと思い何故かちょっとチャラいグループに話し掛けたのがまずかったのかもしれない。話がついていけず、合いの手さえも不発。難易度が高すぎた。じゃあ今度はスポーツできるイケてるグループへ、なんて考えたけれど雑誌で得た知識なんかで盛り上がることもなく、そもそも運動部のやつらがスポーツのことばかり話すわけでもなかった。なんていうか爪が甘いというか、考え自体が甘かったのだ。そんなこんなで意気消沈した俺はその後誰に話し掛けるでもなく、今日も一人で昼ごはんを食べている。所謂ぼっち飯ってやつだろう。

 

 教室は賑やかで、グループごとに食事を楽しんでいる声が聞こえる。最初は教室での一人で食べる昼食なんて恥ずかしいやら情けないやらで味もよくわからなかったが、食堂に一人でいるよりかは幾らかマシに思えたし、今ではもうそれも慣れた。慣れって怖いな、と思う。ついに俺は妄想しながら食べることも可能になっていて「坂本君」、しばらくは友だちと一緒に「ねえ坂本君」食べている風景を思い浮かべながら食べたりもしていた(今は空し過ぎるのでやめたが)。しかし、今日はそのやめたはずの妄想が加速しているらしい。ついには女子から話掛けられている設定まで「聞いてますか坂本くん」勝手に出てきている。本格的にやばいのかもしれない。肩まで叩かれている。もはや妄想ではなく幻覚だった。学校終わったら病院に行くべきかもしれない。

 

「無視はひどいですよ」

「ひゃっ」と俺は間抜けな声を出してしまう。肩が叩かれていたのは幻覚なんかではなく現実だった。ほっとしたけれど、すぐさま緊張も襲ってくる。肩を叩いたのは隣の席の佐藤岬だった。ちらっと佐藤岬を見ると、肩にかかるくらいのおさげは今日もよく似合っているな、などと思う。そして何で俺に話し掛けた、と緊張に疑惑まで混ざる。

 

「ちょっと驚き過ぎじゃないですか」ひどいですね、と佐藤岬は頬を膨らます。

「大丈夫だ。大したことない」

 緊張で俺は変な返答をしてしまう。会話、へたくそかよ。

「何がですか?」と彼女は含み笑い。

「……幻覚ではなかった」と俺はもういいやと正直に答えることにした。考えたって面白い返答なんかできやしないだろう。「幻覚かと思ったんですか」と笑う。笑ってくれたので良い気になった俺は「ついでに幻聴も」と続ける。

 

「どこからか俺を呼ぶ声がした、気がする」

「それは幻聴だと思いますよ」と彼女は笑う。

「え? そうなの?」君じゃないの、と俺は佐藤岬をまじまじと見る。

「それか自意識過剰ってやつですね」

「そういうやつには近づかない方がいいよ」と二人で笑う。

 

 久々の会話は楽しかった。きっとこれが漫画やらアニメやらなら俺たちの周りには花が咲いて、スポットライトに照らされていてもおかしくないだろう。まるでエデンの園のように。いや実際そうなのかもしれない、と俺は思った。先ほどが嘘のように静かだったのだ。周囲のざわめきやら楽しそうに笑う声やら、そういうものは一切聞こえない。これが楽しい昼食の時間か。自分たちだけの時間。みんないつもこんな感じなのか、と羨む。そして周りも見渡せば本当に誰もいなかった。

 

「みんなは?」

「移動しましたよ。次、科学室です」と佐藤岬は廊下の方へ案内するように右手を掲げる。

 それでか、と俺は納得する。どうりで静かなわけだ。それに佐藤岬が声を掛けた理由も判明した。いつまでも移動しない俺に注意をしただけなのだ。


「チャイムは?」

「とっくに鳴り終えました」

「鳴り終えちゃいましたか」そうですか、と時計を見ると確かに次の授業が始まっている時間だ。

「坂本くんはどうします?」

 え? と思い一瞬口を噤んだが「……このままサボろうかな」と俺は思ってもいないことを口に出す。実際には早く席から立ち上がり、科学室に行きたい。が「そう言うと思いました」と彼女は目を輝かせながら俺を見るので、もういいや、と再度諦める。このまま流れに乗ろうと決める。

 

「坂本君はあれですよね」

「あれ?」

「孤独を愛する人、なんですよね?」

「それはイタい人の通称だよ」

「孤高の高校生を目指しているんですよね?」

「ダジャレなのかどうか判断が難しいことを言わないでほしい」

「孤独を愛する孤高の高校生と書いてなんと読むかわかりますか?」

「それはあれかな。坂本壮太と読むのではないだろうか」要するに俺のことだ。一世一代のボケ。

「はずれです。自虐が強すぎます」と佐藤岬は少し体をのけ反った。

 急に俺は恥ずかしくなる。そこはどうか笑ってくれ。

 

「正解は『ぼっち』と読みます」と意気揚々に発表する彼女に「読まねーよ」と俺はマナーとしてのツッコミを入れると佐藤岬はくすくすと一人で笑いだす。そして俺の耳元に顔を寄せ「ツッコミありがとうございます」と囁いた。この子は小悪魔か? それとも天然なのか? こんなのずるいだろ、と妙にドギマギしてしまった。

 

「実は私もぼっちなんですよ」

「あまりはっきりと言いたくはないけれど、そんな気がしていたよ」

 佐藤岬は言ってしまえば俺の女子版だった。最初は上位グループに居たが、馬が合わなかったのか次の日には違うグループへ、その次の日にはまた別の……、という具合でまるで自分を見ているようで、直視はできなかった。がそれでも目を瞑りながら俺は頑張れ、と心の中で応援だけはしていた。彼女がタイプだったからというわけではない。純粋に応援していたのだ。俺以外にも俺がいる、そんなことを思えるのはちょっと恥ずかしいとともに心強くもあった。もしかしたら彼女もそんなことを思っていたのかもしれない。

 

「やっぱりバレてましたか」

「絶賛経験中だからわかるけれど、あれは隠せるもんじゃないな」

「ですね」と笑う

「で、佐藤さんはどうするの」

「私もサボろうかと思って」どうせぼっちですし、と続ける。まぁいいか、むしろこれでいいか、と思った俺は「このまま一緒にサボっちゃうか」と呟いた。


「いいですね、連れぼっちですね」と佐藤岬は楽しそうに話す。

「それを言うなら、連れサボりだろ」

「語呂が悪いので却下です」

「連れボッチだとまるで俺が佐藤さんをぼっちに巻き込んだように聞こえる」と俺は異議を申し立てる。そして彼女はまたふふふと楽しそうに笑った。外では風が吹いているらしく、開かれて窓から桜の花びらが教室に入って来る。桜の花びら、誰も居ない教室、笑っている佐藤岬。それらを順に見た俺は、これは青春しているんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。

 

「サボって何する?」

「お話しましょう」

「何の?」

「私、実は坂本くんのことぼっちくらいしか知らないんですよ」と彼女は笑う。

「なるほど、確かに俺も佐藤さんのことをぼっちで面白い奴というくらいしか知らない」

「一言多くないですか」と言うものの、面白いやつかぁとちょっと嬉しそうだった。


「でもこれでぼっちも終わりですね」

「そうなるか」

「私たちはぼっちを卒業します」

「卒業するとどうなるんだ?」

「進化します」と右手の人差し指を立てる。

「何に?」

「二人ボッチに、です」と中指も立ててピースサイン。そんな佐藤岬に対して俺はマナーとして「留年してんじゃねーか」とツッコミを入れる。彼女はくすくすと笑い、俺もそれに釣られて笑う。「それでも進化ですよ」とにっこりと微笑む彼女に危うく惚れそうになる。そして、やっぱりこれは青春ってやつじゃないか、と俺はそんな勘違いを許容することに決めた。

 窓の外では桜が舞い、廊下からは教師の声が聞こえてくる。教室には二人。まだ授業は終わりそうにない。

 

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