88話 釣り
ってことで帰路。ギルドに戻る道のりだ。一度ギルドの地下にある解体所に訪れても良かったがこの後釣りが出来た場合いっぺんに出してしまう方が楽だろうと判断してスルーである。
その日のうちに二度も来ることになろうとはまさか夢にも思わなかった釣具店。朝にも会ったあの店主と二度目の邂逅という形になる。
「おん……? あんた確か今朝みたか」
「その節はどうも……」
「どうした? 懲りずに竿でも買いに来たってのか?」
この人はどうにもマザーホエールの一件を知らないらしい。いや、それを知っていたとしても魚が釣れない事情の仕組みとやらを知らなければこんな反応にもなるのかな。皮肉たっぷりな表情と声音であった。
「まぁ……釣り道具を買いに来たのはその通りですけど」
「はん、釣れねーってのに呑気なもんだな」
事情を説明しようと思っていたのだけれども何となくこの反応に好感が持てなくなったので適当に流すことにした。
「呑気でも何でも良いので……売っていただければ……と」
「ま、そういう事なら別に構わねぇがな。どれにすんだ?」
どれ、と唐突に言われてもこっちとしては釣りの知識というものは皆無である。……ってか朝にも話したし何となく察しているもんだと思ってたんだけどな……。
「どれ……と言われてもあんまり分からないんですけど。……こう、初心者でも扱いやすいものとかないんですか」
「初心者でも、ねぇ……」
嫌そうな顔をしながら含みのある言い方をされた。こいつほんとに客商売する気あんのか? というかこれで何で未だに潰れたりしていないんだろう……。
「ほれ」
そう言いながら何かを放り投げられた。慌てて受け取るとそれは釣り竿であった。これが件の初心者用って事で良いのかな?
「これ……ですか?」
「それ以外何があるってんだ」
だから口悪いんだってば。
「じゃあこれ……幾らです?」
「んーと、えーっと……2000ケルマだな」
何やら確認しながら呟いていたその金額の通りに俺はお金を支払った。使い方も聞きたかったけれども信用ならないというソレと後本人自身が俺が金を払うなり「ほらさっさといきやがれ」と煙たがるような発言をしたので長居する気すら起きなくなり、すぐさま退店することにした。パッと見た限りでは釣り竿とはいってもやはりこの世界と時代とに即した程度のもので、それこそリールだなんだとかは存在しないシンプルな形をしている。ほんとに釣り竿と紐?ワイヤー? とそんな程度で、長さもそこまでなので多分掛かったらそのまま竿毎引っ張って釣り上げろって事なのかな。竿の先というか釣り糸の先には針金がきちんとかかっていた。餌とか必要だよなもしくは疑似餌っていうんだっけ? こう……何か魚とか模した偽物のやつ。釣り知識が無さ過ぎてざっくばらんな言葉しか出てこない。
「ま、最悪何か狩った得物でもかけ解いたら何か釣れるんじゃないかな」
完全な無根拠で釣りに繰り出した。
釣りであるため先程までいた森にいる必要はないという事で今回の足は狩場で停止となる。どこで釣りをしようか考えたけれども考えるのも面倒なので大きな魚を獲っていた時の場所でいいかな。一人でいた時の位置だ。時間が時間なだけにそこそこの数の人がいるため、釣り糸を垂らしているだけというのは気が楽でいい。悪目立ちする事も無い。
最初の内は様子見を兼ねて釣り針に何もかけずに始めることにした。
「よっと……」
ヒュっと竿を前方に向かって振るう
周りにも同じように釣りをしている人の姿がちらほら伺えるが自分たちの釣りに集中しているのであろうか此方に何か反応を示したりはしない。皆思い思いのペースで行っているらしい。
てことで何かそれらしい反応があるまで待機である。ただ何もせずにぼーっとして川の状態を眺めた。川という事で勿論水流が存在する。流され過ぎぬように適宜釣り糸を手繰って戻しながらにはなるが。
「……流石に無謀だったかな?」
あれから結構な時間が経過してしまったのだけれども、箸にも棒にも掛からないといった具合に釣り針に獲物が全くかからない。サーチの魔法を使った限りでは別に魚がいないというわけではなさそうなんだがな。釣り針オンリーってなるとやっぱ魚って引っ掛からないか。けれども餌といっても具体的に何をかけたものか。これならあの釣具店とは別の所にでも一度立ち寄って疑似餌くらいは買っておくべきだったかな。今から買いに行っても流石に遅いか。空の様子にしても既に赤みがかっていて夕暮れである。
「帰るか……」
元の世界なら深夜だろうと出歩いていた時もあったけれどもそれは全て電気、ひいては明かりの概念があるからこそだろう。この世界にも明かりこそあっても流石にこんな狩場で明かりは無いし、町にしたって半端な明かりであるから出歩くのにそこそこ注意がいる。まぁつまりは遅くまでの狩りは出来ないっていう事だ。
魚こそ釣れなかったけれども森の方で何匹か狩ったしそもそも昼までに一匹、大きな魚をゲットしているので資金って事に関してはまだ心配しなくても良いだろう。まぁ遅かれ早かれこの港町も出るから結構な額が必要にはなってくるけれど……。取り敢えず今日の所はこれで終わりである。
という事で今度はちゃんとギルドの方に戻ることにした。魔法とかで明かりの確保が出来たらもうちょっと狩りも捗るのだろうか……けれどもモンスターってなるとイメージとしてはやはり夜行性の雰囲気があるし幾ら明かりがあったとしてもやはり視界に関しては限界があるから下手な行動はしづらいかな。鳥目って訳じゃないけれど人間なんてそんなもんだろうし。
暫くは昼間のうちに出来る限り稼ぐ形になりそうだな。




