86話 宴の後
祝杯はまだ続いているが取り合えず抜けた。こちとら忙しい身の上である……いやまぁイドロヴィアの人達が暇人と断定するつもりはないし俺の忙しいというこれもただただ金稼ぎが必要なくらいなんだけれど。
それから忘れないうちにと女神に一度連絡を入れた。今後の行動についての相談である。
『ぬぅ、サクヤか。祝杯…とやらはもうよいのか?』
「ああまぁそんな感じですね」
実際にはまだ続いているけれども多分夜になるか相当数の獲物を狩るかしない限りはギルド行かないと思うし。取り敢えず今の所は女神と今後、それこそこの港町での立ち振る舞いにしてもそうだしそれから港町の次は何処に向かうのかとかそういったところも考えておきたいところである。
『そうさな。一先ずは今後の方針といくか。貴様の使命は国をも超えてその名を知らしめること、それは覚えておるな』
「まぁ……一応」
此方が望んだ形かどうかは分からないけれども港町を救った人間になったしな。それにガレオスの話だとこれ港町だけの問題ではなくてこのマザーホエールに関する事は他のギルドにも報告がなされるという話だったか。であるならば報告が耳に入り次第じわじわと存在を知られていくんじゃないか?
『ふむ。しかし貴様自身が持っていた“魔法否定”に関しては何も書かれないのであろう? ならばまだだな。私としてはその魔法否定の存在こそが知られるべきと考えておるからな。遅かれ早かれ何れにせよ次なる目的地は必要であろう』
「目的地……ですか」
普通に考えるなら元いた街から港町に進むにあたって南下したわけだからそのまま南に向かうか、それともヴローシィの中でまだ訪れていない北なり東なりの場所に向かうとかかな。
『それならば南の国にそのまま向かえ』
「南……ですか」
南というとヘスティアーという女神が統治している国ってことだよな?
『そうだ。国の名としてはセルモクラシアという。私の国にちょっかいを掛けたのはまぁヘスティアーで間違いなかろうが貴様にも内部からそれとなく探ってもらいたいのだ』
「内部から探るってもどうすれば……」
『ひとまずはセルモクラシアに向かいそこの人間とコンタクトを試みるところからだな』
「コンタクト……ですか」
コミュ障にはちと厳しい注文だと言いたいがそれは言ってられない話である。しかし下手にセルモクラシアとやらの人間と接触して大丈夫なものなのか? こう……一応国の人間っていうなら信徒だろうから俺の存在が女神に伝わったりしないのか?
『心配には及ばん……とは口が裂けても言い切れぬ。向こうにも貴様の様な人間がおるやもしれぬし、熱心な信徒であればそれこそ毎夜只管にその日の行状を逐一念じ報告する輩もいるからな』
「それってつまり……テティスの所にも」
『おるから言っているのだ。ま、同じいっぱしの信徒に過ぎぬからな。殆ど返答はせんよ』
可哀想に……。その信徒とやらが気の毒になった。俺はこうしてキチンとした信徒ではないというのにほぼ毎日テティスと会話してしまっている。こういった事実を知ったら発狂とかしてしまうんだろうか。
『貴様な、この国にどれだけの人間がおるか理解しておらんのか。熱心な信徒だけとしても相当数だぞ。そんなもの一々返答してやれぬわ』
まぁ確かにまだ二つの街くらいしか移動していないのだがそれでも人の数ってことであれば相当数見かけたもんな。熱心な信徒とやらがどの程度の割合かは分からないけれども一割程度と考えても結構な人口になりそうだ。多分俺なら毎日そうやって聞かされていたらその内発狂してる自信がある。まぁ女神だろうから色々な人間の言葉を日夜聞かされるという行為にはある程度耐性があるんだろうけれども。
『何さ貴様が普段聞きなれている雑音と考えればさしたるものではない』
信徒の言葉を雑音っていって聞き流すのかよ。
『ある程度聞いて重要でなければ雑音というだけだ。……そもそもこのような話ではなかったはずだ』
ちょっとした興味というかで話が逸脱してしまっていたか。
『貴様の情報云々であったか。信徒という事に関してはある程度特徴が固まっておる』
「特徴……ですか」
『うむ。まず信徒……先程いった熱心なものであるがそ奴らはまず冒険者である可能性は極めて低い。少なくとも私の信徒の中にはおらぬな。それから言動という所でも貴様が今まで出会ってきたような者とは明らかに言葉等の尖りがある』
「尖り?」
『私からも具体的な説明は難しいが……まぁ話せば一目でわかるからそう気にすることはない。一先ず貴様はセルモクラシアの中でも港町から近い場所、南西辺りの街を目指せ』
「具体的な町の名前とかは……無いんでしたっけか」
ここが港町と呼ばれているだけだしサラシアのいた街に関しても名前が無いし、不便極まりないな。何でこの世界の人間はこれで不便を感じずに過ごせているんだろうか……不思議でしょうがない。もしくは不便と感じていても政治的な概念が存在しないから名前を付けるという方向に進まないのかな。
「まぁ取り敢えず南にまた下って行けばたどり着けるんですよね?」
『そうだな。確か貴様にはヴローシィだけしか地図を与えていなかったか。どれ少し待っておれ』
そう言いながら女神はぼそりと何かを呟いた。何を言っているのか聴き取れはしなかったがしかし何をしようとしているのかは想像がつく。途端に俺の頭の中に何かが流れ込んでくる感覚に襲われる。時間にして三秒とないくらいでそれは終わった。同時に俺の頭の中にはアップデートされたアプリかの如く新しい情報が存在していた。南の国、セルモクラシアの大まかな地図である。
「……ああ……成程」
港町から一番近いであろう場所は港町から続いているというよいは一度ここにくるまでにきたあの道、そこから続いているらしい。港町までに辿り着いた時間を考えると……同じくらいか少しそれより長いくらいだろうか? 調べ方というか測り方は完全に頭の中に情報として渡された地図から目測で計算しているだけに過ぎないが。
『さてと、これで次の目的は確定したという事でよいな?』
「そうなりますね」
『ヘスティアーとの連絡はまだ取れておらぬが、ま一先ずは安心してよいだろう。暫くは狩りだなんだで出発の用意でも整えておけ』
そして女神との念話は終わる。
一度伸びをした。これで悩まずにすむ、という何というか解放感みたいなものだ。……まぁ女神から新しく何か異常事態みたいな報告さえなければ、の話になるが。




