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82話 遡る事幾らか

 遡る事幾らか。

 寝室に似て考え事を続ける女神、テティス。現在は港町にて感じた雲行きが怪しいというソレ、即ち悪い予感を只管探っていた。この世界においては科学による調査だなんて方法は存在していない。代わりに魔法というものが存在しており女神という権能でもって国のうちであれば殆どの場所を見る事が可能である。故にその悪い予感を探るとしたらば只管に港町やその付近の土地の様子を詳しく見る他ない。しかしながら女神と言えども小さな異変程度であれば気づくことも叶わないので時間が掛かってしまうのだ。


「ぬぅ……地質にはさしたる変化が見られぬ……か」

 最初は地質の変化等を調べた。例えば地震とかあとは港町という事で地盤が緩んでいないか、だとかそういったところを調べた。しかしながらそこに関してはさしたる変化が見れない。少なくとも今から何かこれで以て大災害が起こるようには思えない。

「であれば天候か……波か……しかし天候や波であればサクヤがすぐに気づくであろうはず……雲という所でも変化らしいものは無い……か」

 結局手掛かりの様なものは見つからず仕方なく一息つくことにした。とはいっても今の作業を一旦とめて軽く落ち着く……とかその程度ではあるが。


『テティスちゃん?』

「む……?」

 脳内に言葉が響いてくる。最近では基本的に彼女の信徒となった水上咲夜という異世界人が殆どであったのだがこの声と話し方はソレではない。というよりは信徒の中にはここまで馴れ馴れしい呼び方をする人間は存在しないししていたら多分女神自身の意向など気にせずに民によって断罪されていた可能性すらある。


「貴様、ヘスティアーか」

『そうそう、ヘスティアーよ』

 この世界は東西南北で大まかに国が分かれている。それぞれの国ごとに女神というものが概念としてではなく実存在として崇められる形こそとっているが、存在している。東の国、ヴローシィであれば女神テティスが……といった風に。そしてこの声の主は南の国フォティアの女神であるヘスティアーの声であった。

「悪いが後に出来ぬか。今それどころではないのだ」

『ふふふ、テティスちゃんにだーいじなお話があるからこうして連絡したのだけれど?』

「……そもそもヘスティアーよ、貴様いい加減私に対する口の利き方を改めぬか」

『これはテティスちゃんがかわいいから、ついついでちゃうのよ』

 言いながらヘスティアーは笑う。同時にこんなことを言われたテティスは口や言葉にこそ表さないが内面では若干の憤りの様なものを露わにしていた。

「はん、無駄に乳に脂肪がついている程度で粋がるとは、女神としては浅はか極まりないぞ」

『テティスちゃんは胸だけじゃないでしょ、嫉妬は良く無いよ~』


 笑裏蔵刀。今会話している女神ヘスティアーを表すならこの言葉であろうか。女神ヘスティアーは火の女神である。それと同時に家庭を司る神としても本人の自覚無しに崇められていた。故になのかそれとも寧ろ本人の性質的に逆に家庭を司るとして崇められたのかは分からない所であるが、彼女は基本的には……表向きには愛想がよく、笑顔ばかりの女神である。信徒の様子を見る限りでもその母性の様なものに惹かれている性質を感じる。……が、しかしそんな女神と同業と言っては何だが同じ立場たるテティスの目線からすればそれはあくまで信徒に向けた顔というものであった。勿論彼女との対話においてはテティス相手だとしても表面は信徒に向けたおっとりとしたようなソレであるがしかし裏で考えている事はそうではない。

 先程の会話やら説明からも読み取れるようにヘスティアーは胸が豊かであった。一方で女神テティスはというと少女然とした体躯であった。故にかヘスティアーはそんな彼女を只管に子供であるかのように可愛がり、且つ揶揄い続けているのである。テティスからの印象は悪くなって然るべきなのだ。

 ……まぁテティス側も体躯に対するコンプレックスが強いという事も起因しているのだが。

 まぁしかしながらヘスティアーという女神のそのおっとりとした様子は誰に対しても基本向けられるものでそれこそ先程からテティスに対しての呼び方を他の女神に対しても行っている。仲がいいというよりは馴れ馴れしいというものだ。


「嫉妬などしておらぬわ贅肉の女神めが!」

『ふふふ、どれだけ怒ってもテティスちゃんじゃあ女の子が維持はってるだけね』

 笑って平然と流すヘスティアー。念話越しであるから顔がお互いに見れるわけではないのだがしかし女神という立場上の付き合いの長さ故に顔を見ずとも互いが互いにどんな表情をしているのかが容易に想像できていた。

「はん、何とでも言え。それで雑談しに来たわけではあるまいな」

『遮ったのはテティスちゃんでしょ~? まぁ良いわよ。それで本題に入るわね』

 それを言われて心当たりがあるが故に「う……」とたじろぐテティス。その反応を察知してヘスティアも少しだけ揶揄うように笑った。

『そ、れ、で、本題なんだけど』

 若干溜め気味に話してくるのでテティスの心の中では苛立ちが軽く募り始めている。しかしきれてしまっては彼女の掌の上という事になるから辛抱した。この喋りも恐らくは意図的に行っているのだろう。


『テティスちゃんの国、最近ちょっと変わったわよね~』

「何だ? 閑談であるならば即刻に断つぞ」

『もう、せっかちなんだから。もうちょっとお話してくれなきゃ』

「それらしい話をしたいのであればそれらしい言葉と態度でなくてはかなわんぞ。それに私の国に変化などないわ」

『そんな事ないわよ。ちょこ~っと不思議なものを目にしちゃったから』

「……?」

 一瞬それはサクヤの事か? と思ったがしかしすぐにその線は打ち切った。女神は権能として信徒の思考回路をある程度読み取る力を持っている。しかしながらそれは女神として、且つ信徒等人間に対してのみ行えるものである。女神相手ではそれは敵わない。そしてわざわざ何も事前に情報を知り得ていないのに他の国の一住人なんかを見るだろうか。……しかし変化らしい変化というものはそれくらいだ。

「貴様……何を見た?」

『……なぁんにも?』

「白々しい口ぶりはやめよ」

『ほんとよ? けれど、その口ぶりからしたら本当に何かあったみたいね?』

「……!! 成程な、またこれは小賢しい真似を……」

 所謂鎌をかけられた、というものだ。裏じゃ何考えているのか分からないような女神であったからまぁ妥当な手口であった。故にそれに気付けなかった彼女の失態……という事になるか。


『まぁでもそうね、変化があるのはテティスちゃんだけじゃないって事だけ教えておくわ』

「……貴様何が言いたい」

『ふふふ、分からない? それなら私みたいに鎌でもかけてみる?』

「くだらん。私は今忙しいと言ったというに……結局意味のない話ではないか」

『そんな事ないわよ。私の話に意味を見出す事は……きっとできるはず』

 そう言いながらヘスティアーは会話を終わらせた。

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