5話 俺の水魔法はショボかった
はてさて、無事に強制的な入信を果たした俺、水上咲夜であるがけれども当然ながら実感などは無い。そもそも儀式的なものを挟む必要はないというのか。
「どの道この世界で生きてく上で入信をする必要はどこかしらで出て来る、それに女神直々に入信しろ、と言われるなど普通はありはしないのだぞ」
曰くそもそも信徒になるパターンとしては基本的に“自分から望んで言信仰する宗教を変える”か“親が信仰していた宗教をそのままなし崩しのように受け継ぐ”、という二つのパターンが基本的らしい。つまり宗教を変える、という事も普通にあるようだ。
「……あの、まぁ信徒になる事とか色んな国を渡り歩くとかは俺が触った事とかそういう罪の意識みたいなのがあるから受け入れざるを得ないとして……」
問題とか疑問はまだまだ存在する。本当に抑止力としての効果があるのかどうかはこれからの自分の立ち回り次第、という事だろう。けれどそれをどうやって示せばいいのだろう? 例えば他の国の人が唐突に攻撃をしかけてきたりしたら、とても分かりやすく力を示せるのかも知れないけれど、曲がりなりにも平和になったこの世界でそんな人ばかりだとは思えないし、そもそも俺に魔法否定とやらのスキルがあったとしてもそれは防戦一方になるのではないだろうか? ていうかそうなる前に俺は多分逃げる。面倒事は基本的に好きじゃないし実際問題もといた世界でも怖そうな人をみたら基本的には遠のいていた筈だ。
この辺りの疑問をそのまま女神様にぶつけてみた。
「ああ、何そのことか。貴様には魔法否定というスキルこそあれど、私の行った貴様に益をもたらす魔法に関しては弾かれることなく受け入れただろう?」
言われて気付いたが確かにそうだ、だとすれば魔法否定には何かしらの発生条件が存在する事になる。神様曰くその条件と言うのが“俺にとって益があるか損があるか”という事らしい。つまり攻撃魔法の様にダメージを負うものに関しては無効となり先程の情報伝達や
気持ちを落ち着かせるための魔法であれば有効に働く、とそういうことだろうか。
「まぁつまり私が貴様に色々と魔法で以て力を付与してやる。貴様に魔法否定のスキルこそあれどそれ以外は何もないようだしな」
そういうと神様は俺の返事も聞かずに右手の平を翳して
「sendin」
と二回目と思しきその魔法の呪文を唱えていた。途端に今度は俺の全身が淡い光に包まれる。
「……?」
実感がわかない。このわかない、という感覚も既に今日二回目か。しかし実際問題、彼女が何かしら俺に力を授けれくれたらしいけれど、自分の感覚に何も変化がないのだ。それこそ「今なら雷雨を呼べるぞ!」なんて気持ちにはならないし「今なら炎の玉を出せるぞ!」とも思えない。
「貴様には私が使える魔法の一部を模して譲渡した。一部、と言っても普通ならばこの世界の人間で見るならば中々の充実ぶりではあるがな」
「具体的に……その……俺には何が使える……んですか? その……呪文とか」
それこそさっきから放っている単語らしきものがトリガーだとしたら新しく覚えなくてはならないのか。
「魔法とは常に形を変える。魔法を出すにあたって必要なものは使う、出す、というイメージだ。呪文とはそのイメージを固めるための引き金に過ぎん。例えば水魔法で攻撃したいのであればその水の玉でも想像してみせよ」
「ええとじゃあ……」
イメージが大事、というのであれば、とすっと右の手の平を開いてイメージを固める。目を瞑り脳に、手に、集中力を注ぐ。己の右手に水の球体を思い描いて力を籠める。ぬん、ぬん、ぬん。水の玉。今まで見てきた小説や漫画で思えば飽きる程見てきたもののはずだ。それを具体的にイメージしろ。それと共に、そのイメージをより具体的にするためのトリガーたる言葉を!
「ア……アクアボール!」
咄嗟に出てきた言葉がこれ。自らボキャブラリの貧困具合に少し悲しくなったけれども、イメージの力がどれ程なのかは分からないがビー玉程の大きさをした水の玉が俺の右手に浮かんでいる。
「……貴様、私が力を授けたとは思えん程の力なのだが……」
「そうは言いましても……」
「ぬぅ今一度貴様の状態を確認してやるとするか」
言うと再び彼女は右手を翳して呪文を唱える。この水の玉をどうしたものかと思ったが消す、というイメージを思い描くとその球体は消滅した。そして女神はと言うと俺のステータスを逐一確認して「ああ……」と呟いていた。
「成程、原因は二つほどあった。まず一つに貴様の基礎的な魔力が明らかに足りてない。数字でわかりやすく言うのであればこの世界では50という数字が普通だとすれば貴様は10もない。更に言えばこれは私の力の付与があった上での程度であるから、元々の魔力は2や3程度やも知れんな」
「え……ええ……!?」
「落胆するな、そもそも貴様の世界では魔法が無いのであろう? だとすれば魔力の才覚がないというのも至極当然であろう」
当然、と言われてもこの世界では必要な技量である魔力の才覚、とやらが欠落しているのは悲しい事に変わりは無い。それに今更ながらに言うがこれでも一応異世界という場所の探索もそうだし魔法が使えることにもワクワクしていたのだ。それが何だか裏切られたような気持ちだ。
「だから落ち込むでない、それに原因はまだある。もう一つは私、テティスたる女神への信仰がまだであったのだ」
「信仰……?」
途端に胡散臭い気持ちがした。なんというか、唐突な気がしたのだ。無理矢理自分が女神だと誇示したい、みたいな。
「この世界の人間は基本的にどこかの女神を信仰しておる。信仰によって加護を得るのだ。そしてその加護の力で以て少しだけ魔力が増す、というもの。故にそう怪訝な目で見るな」
俺の思考はバレていたらしい。とは言え不思議な仕組みである。けれども加護、と言うからにはその信徒になりたがっている人間の思考的なものを読み取って女神側が与えてくれるものではないのか? そう思って聞いたのだが、返ってきた答えとしては「まぁそんなものだが他にも事情がある故、貴様も目の前で信仰心を見せろ」というとても女神とは思えない粗暴なものだった。何故これで女神という地位にいれるのか疑問に思ってしまったけれど、ギリシア神話にしたって神様の話だけれど色々とカオスであったか。そう考えると神様も意外とこの程度なのかもしれない。
「何か儀式的なものってないんですか?」
「ああ、そうさな、正式な信徒になるには、私に対する信仰が不可欠だ。ほれ、やれ」
「……え?」
雑な言葉で信仰を求められた。儀式的なもの、を求めたのに答えはとてもアバウトなものであるし、そもそもこの女神への信仰をしろ、と言われても少なくとも俺が出会ってこの女神としたやり取りと言えば不可抗力から殺されかけたくらいである。信仰、と言われても難しいモノなのだけれど。
「貴様……」
「……そう言われましても……ていうか俺に色々魔法でくれたじゃないですか、その時点で加護を超えている気がするんですけど……」
「加護とは信仰の副産物だ。そして信仰したものは記録されるのだ、ほれ先程から貴様の状態を見ているアレだ。あれに勝手に刻まれるのだ。だから信仰の必要はあるのだ」
アレ、というとやはりステータスの事と解釈してよいのだろう。成程、確かにそれが神様の力で以て付与されるものでないとすれば信仰の必要も出て来るのかもしれない。誇示したとてステータスにこのテティスを信仰していることが刻まれていないのであれば、ただの変な奴扱いされうるか。
「分かったのならばさっさとせんか。なに、形式的でも構わん」
女神からの強いおしによりしぶしぶな形で祈りのようなものを始めた。それこそ神様仏様テティス様、と神社で雑にお参りをしているような、そんな感覚で。
けれどもそれで十分らしく女神様からのありがたい加護なるものを授かることが出来た。けれども俺のステータスはと言うとテティスの信仰、というステータスが新たに追加されているらしいが、魔力はと言うと10が15になった程度だと言われた。となると結局魔力が足りていないのではないか。
「さてあとは魔力だな、これの解決は簡単だ。貴様に魔力増強をしてやれば良いだけの事」そういうと女神様はまたも呪文を唱える。するとどうだろうか、これまた同じように俺の体は淡い光に包まれた。けれども今度は何か感じるものがあった。力、と言っていいのか分からないがそういう何かだ。
「うむ、これで貴様の魔力も強大になったな」
「これは……なんか自分でも分かるくらいにはこう、パワーがあふれているというか……」
「まぁ先程と比べたら倍では収まらぬほどには魔力増強を与えておるからな」
「そ、そんなに」
つまりはチートバフを貰ったという事か。これは試してみる他ない。そう思って再び右手に力を籠める。先程、ショボいとはいえ一応出せたからか、イメージもしやすくすんなりと水の玉は放出された。ビー玉等目ではない、それこそバランスボールとかそのくらいの大きさだ。まだコントロールとかの感覚がつかめていないから不安定だけれど。
「ふむ、まぁ不慣れな状況でこれだけ出せるのであれば及第点と言う所か」
驚く俺に対して女神テティスはさも当然という顔で頷いている。しかしこのサイズのもの、人に当てたら死にはしないか? 本当にこれ程のパワーを貰って良かったのだろうか。それこそ、この力をそのまま目の前の女神にぶつけたら……等と物騒な事を考えていると先んじて女神が言う。
「言っとくが、貴様の力で私を倒せるとかそんな温い事を考えるなよ? 私も女神だ。幾ら貴様に力を与えたとて反逆されては意味がないからな、私の力の一割程度に留めておるわ馬鹿め」
「え、いや……あはは」
読心術でも心得ているのだろうかこの女神は。しかしまぁ当然と言えば当然か。信徒とは言え形式的に行ったものであるし、異世界人である俺と言う存在を簡単に信用は出来まい。しかしこれで一割程度とすると、女神というのは凄まじい力を持っているのか。
自分で生み出したこの水の玉を何処かに投げて見たかったけれど、流石にこの荘厳そうな寝室に当てる訳にもいかずそのまま消した。