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56話 まさかの魚

 時間が何時かは分からないけれども魔法でもって一度取り出した食糧を戻すのも面倒であったし少し小腹が空いたので食ってしまうかと思ってそのまま手にキープした。すると男が此方を興味深そうに見て来る。

「……何か……?」

「ああ、いや食糧そうやって持てるの便利で羨ましいなぁって思ってよ」

 言いながら男は肩掛けバッグに手を突っ込んで何かを取り出した。見てみるとそれは……魚のように見える。干物だろうか。

「いやあよ、港町つーと新鮮な魚が美味いんだが……足が速ぇからよ。魚食うにしてもこうして干して日持ちさせるしかねーんだよな」

 干物だった。


 魚の干物という概念がある事に関しては食事事情から考えたら納得はいく。当たり前のことではあるが、それでも鮮度を保つ、という部分では限度があるからだろうが最初の街で魚を見かけた記憶が無い。というか猪とかのよく見る類のモンスターの肉が多かったという印象がある。

「兄ちゃん魚好きか?」

「え……まぁ食えはしますけど」

「おお、なら折角だし一つどうよ?」

 干物の魚を一つ差し出される。魚に罪はないしただの好意による言葉であることは理解できたから大人しく受け取った。とは言えこのまま貰うだけというのは申し訳ない感情があるので何か渡せないかな、と魔法で探す。

「どうしましょう……お返しできそうなものと言っても……街で買ったパンとかしか無くて……」

「あ? お返しだぁ? んなもん気にしなくていーって! リーダーが阿保みたいに魚捌きやがるから余ってるくれーだっつーの」

 言いながら半ば強制的に渡された。渡し終えると男はバッグからもう一つ魚を取り出したかと思うとパクッと口に放り込んでいた。干物であった。


「やっぱ干物だと骨がうざいんだよな。そう思わねぇ?」

「まぁ……そうですね」

 確かに骨に関しては概ね同意であるが名前すら知らない間柄でする会話か? 兎も角として俺も好意に甘えて魚を一口。元の世界でも魚に関しては毎日食っていた……とかそういった事情はないので多分10日ぶりくらいの魚な気がする。流石に魚オンリーというのも個人的には味気なかったのでパンも一緒に食べたのだけれども、口の中の水分が奪われるからもうちょっと考えてから食べればよかったかな。幾ら魔法を色々ひけらかした後だとは言えども水魔法をそのまま直で飲む様を見せるのは何というか、嫌である。それにやっぱり魚ってなるとパンとかより米が食いたくなるんだよな。地域によってはこの魚みたいに存在してないだろうか。それこそ日本だったら東北とかが米は有名だった記憶があるから、北の方にいけば米に出会えたりしないかな……。まぁ今向かっている港町は最初の街から北どころか真逆の南側に位置する所ではあるが。

「兄ちゃん港町行くんだろ? 何しに行くんだよ」

「そんな大きな目的だとかは無いですけど……旅ついでに取り敢えず魚目当てで」

「おお、やっぱりその口か。魚は良いぞ~」

 ガタイだけで言ったら毎日肉ばかり食ってるように見える男がそう言った。

 そう言えばだがこの男の言葉から推測すればになるが、刺身の概念ってあるんだよな? 足が速いとかなんとか言っていたし、食事事情は申し分ないし……。

「魚ならさっきも言ったが、マジェスティートラウトしかねぇな! アレは本当にうめぇんだよな」

「そんなに……ですか」

 ちょっとどんな魚か興味はあるんだよな。

「ああ。身もうめぇが卵がうめぇんだよ。タレに付け込んでやるとな……ほんとに……」

 魚の卵、ってなると見た目の通り鮭みたいなものだろうか。確かにアレは身にしても卵にしてもおいしいのは認めるが。しかしマジェスティーって何だろうか。悲しきかな英語の知識に関しては最低限であるからマジェスティーという単語に聞き覚えは存在しなかった。少なくとも記憶としては残っていない。


「そうだな。それこそウチのリーダーだったら気前も良いからご馳走してくれんじゃねぇかな」

 めちゃめちゃ勧めて来るなこの人。

「いや……流石にそんな申し訳ないというか」

「いやいやいや、リーダーが食わせたがりなんだよ」

「食わせたがり」

「俺らイドロヴィアのメンバーにも阿保みてーに飯配るからな」

 もしかしてそのガタイは大量の飯から成り立ってるとでも言うのか。

「まー飯はうめーし良い奴に変わりはねぇけどな」


 そんな感じで若干拷問のようにも思えて来る会話が暫くの間続き、時間が経過する。とは言え流石に後の方になってくると拷問という感覚は無くなりつつあるが……。基本的には俺は只管にこの男がべらべらと喋る事に関して相槌を打ったりし続けるだけの会話である。それでもって不可思議な事に最後の最期まで名前を交わしていない。気が付けば雨は完全に止んでおり土の道は兎も角歩いても問題はない程度になったという事で、男はすくっと立ち上がった。

「おお、知らんうちに晴れたっぽいな」

「ああ、ほんとですね」

「んじゃ俺はそろそろ出るけど兄ちゃんはどうすんだ?」

「自分もそろそろ再出発しようかな……とは。ここから港町までどれくらいかかります……かね?」

「そうさなぁ、俺がここくるまでに二日くらいだったから兄ちゃんの足なら二日半とかじゃねえか?」

「そうですか、有難う御座います」

「おう、それくらい気にすんなよ! それと港町でリーダーに出会ったら宜しく言っといてくれ」

 あんたの名前もリーダーのこともロクに知らないんだがな。けれども雨宿りという短い時間ではあったがお世話になったのは事実として揺るがないので別れる直前に再びお礼の言葉を口にした。

「魚も有難うございました。お気をつけて」

「おー! 兄ちゃんも頑張れよ~」

 画して名前を互いに交わさぬままに別れた。雨で足止めを食らった分先を急ぐとしようか。

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