52話 お守り
店がいつから開いているのか分からないけれども……まぁ自分勝手な予想ながら多分ロイの事だから何かしら待機していても可笑しくない気はする。そういう訳でお店の付近に到着する。遠目から見る限りでは少なくとも外で待機しているなどという奇行はしていないようである。彼女の店はたまにある完全開放式の店となっている。流石に家に入る時には扉等を跨ぐ形になるが店自体にドアなどはなくて、道路に面した所がほぼオープンな状態となっており、出入りがしやすい。なのでオープン前かどうかは今一つ分からないのだが、まぁ兎も角入ってしまえの精神で中をちらっと覗いた。
店がオープンしている……という風には見えないのだが中にはロイがいた。どうにもお店の清掃をしてるらしい。
「あっ! サクヤさん!」
奇怪なことにどうんも俺が視界に入ったようには見えないのだけれどもロイは俺であると理解しそう声に出したうえで此方に顔を向けている……ように見えた。それから清掃中であった手はぴたりとストップさせていた。
正直言ってちょっとだけビビった。けれども彼女の無垢な笑顔はそんな感情を何処かに飛ばしてくれる、そんな感覚がある。とは言え驚いた声音に思わずなってしまう。
「あ……あぁ……おはようロイ」
「おはようございます! ええと……まだ開店前ですけれど……どうかしましたか?」
「ああ、いや……その報告というか……何というか……」
「ああ、もしかして旅に出る……というものですか?」
やはりもう親から聞かされていたらしい。だけれども気のせいだろうか、ロイの反応というか態度は予想とは違って落ち着いた様子である。
「やっぱり親御さんから聞いてたか」
まぁ彼女の親自体はしっかりしていそうであるし何かしら伝えている事に関しては別段不思議とは思わない。
「はい。昨日の夜の時点で……」
「それならあまり説明はいらないかな……まぁそういう事だから、資金もあるし今日にでも……ていうかこれから街を出ようかな……って」
悲しそうな表情が若干伺える感覚はあるけれどもそれでも彼女は俺に対して引き留める等という行為はしてこない。調子が狂うみたいな、そんな感覚もあった。
「何ていうか……もっと引き留められるかなって思ってたけど……」
「サクヤさんはその方が嬉しかったです……か?」
この質問、どう言えというのだ。いや勿論俺は港町にいくつもりであったから彼女の質問に関して事実だけで言えば、否定の言葉になるのだけれど、そんな無碍な発言が出来る程の勇気みたいなものは無い。
「嬉しいかどうかってよりは意外だなって言うか……」
「私そんなに面倒臭い女でいたくないんですよ。……そりゃあまた家に泊まってくれたりしたら嬉しいですけど、サクヤさんにだってしたい事とか、事情とかあるでしょうから……それに、サクヤさんならきっとまた私の所に来てくれる、って信じてますから」
「そっか……何か、そう言ってもらえるのは有難いな」
「まぁお父さんに止められたのもありますけど」
にっこりとした笑顔で付け加えられた。まぁ……そんな可能性も若干考えていたけど。
「それでも、サクヤさんはこうして挨拶に来てくれる人だって証明されましたから!」
「証明……されたのかな……」
まぁ確かに彼女の事が気がかりだったからとは言え、訪れた、という事実は残るわけだが……。
「されてますよ! だから、私の事は気にしないでくださいね」
「そっか、何だかんだ言って出ていく前にロイと話せて良かった気がするよ」
「……!」
ロイの顔が赤らんだ。ちょっと臭い事言っちゃった気はするんだけれど、彼女はそんな俺の言葉に嬉々とした表情と反応を見せてくれた。
「そうだ、サクヤさん、手を……」
手、と言われて手の平を差し出すようにする。彼女はポケットから何かを取り出した。そのまま此方に渡して来たので、そのまま受け取って何か確認する。見た感じでは草で何かを象っており、それがひもで吊るされている……という形だ。
「これは……?」
「お守りです。中に薬草とか入ってて……」
そう説明を受けた。詳しく聞いてみると意味合い的には元の世界でもあったプラシーボが目的の名前通りのお守りという事らしいのだが、しかしながら中に実際に調合された薬草が入っているとかで簡単に言うとアロマセラピーっぽい効果が期待できる……らしい。少し嗅いでみた所、確かに若干いい香りがする。
「ありがとう。大切にするよ」
「はい! それから……、ちょっとだけ、良いですか?」
「?」
「ええと……少しだけ屈んでもらって」
肩を掴まれながら指示される。大体彼女と同じくらいの高さまで屈むと、彼女は唐突に此方に飛び込んできた。そのまま腕を俺の首の後ろでクロスさせて、さながらハグのような形になる。
「えっ……!?」
そして、ロイは俺の胸に体重を預けてきた。思わず此方も受け止めんとして彼女を抱き返す形になってしまう。ロイは自身の顔を俺の耳元まで近づけてきて、それから小さく囁いた。
「私は、何時でもいいですからね」
女の子特有の声質とそれから若干混じる、温もりのある吐息とで耳がぴく、と反応してしまった。
彼女の言葉が耳から脳に伝わって文字列が理解される。途端に顔が赤くなってしまって恥ずかしさのあまりにロイを引きはがそうと動く。すると彼女は腕をスッともとに戻して笑顔で此方を覗き込む。
「ちょ……ちょっと待って!! ええと……」
彼女の顔をちゃんと見れないでいる。両手で自らの顔を隠すようにしていると彼女が口を開いた。
「ふふ、サクヤさん、耳弱いんですね。……それじゃあ、サクヤさん。行ってらっしゃい」
「……うん……」
赤い顔のまま、彼女の店を出た。
きっとまたこの街に戻ることになる気がするな、と今強い確信が生まれた。




