4話 抑止力としての存在
「信徒……ですか?」
「うむ。言っておくがこれは提案ではなく、命令である」
何の権限があって、とツッコみたい所だけれど俺は彼女の体を不可抗力だが触った身であるし彼女も彼女で女神だという。であるならばその言葉に冗句などは混じってないだろう。しかし、信徒という言葉に違和感は覚えた。なりたい、なりたくないという感情よりも先に「何故信徒になる必要があるのか」という疑問がわいた。
「……信徒になるとどうなる……のですか?」
「ふむ、そういえば貴様の事情を聞くばかりで此方の話をしておらなんだ。なれば説明してやりたいところだが、面倒だな。どれいい加減床から立ち上がらんか」
言われて俺は正座をやめて立ち上がる。途中、膝をぱっぱっと払った。特に汚いと言う訳ではないのだけれど、癖の様な何かだ。
「私の近くに寄れ。具体的に言えば私の手の平に直接触れれる位置に来い」
命令通りに俺は彼女が座っているベッドに近づき、一応という事で「失礼します……」と軽く一言断りを入れてからスッとベッドに腰掛けた。それからずずず、と彼女に近づくと同じように少女も此方に近づき、俺の前髪左手で掻き上げ、それから露わになった俺のおでこに対して右の手の平を当てた。この世界の魔法は右手の平で全てを賄っているとでもいうのか。
「下らぬ事を申すな、じっとしておれ」
少女だからか女神だからか、その手の平は自分と比べて当然だけれど柔らかくて温かかった。
「sendin」
彼女のその言葉を聞くや否や頭の中に色々な情報が飛び込んできた、この地のこと、この世界のこと、この地の人々のこと、それに彼女の事も。……少なくとも女神なのは本当らしい。
「う……うおお……お……」
「落ち着け、これは伝達の魔法だ。貴様に情報を送っておるだけであるから、そうも狼狽える必要は無かろう?」
少し情報量が多すぎてバグってしまうかと思いながら同時にそういうことではないんだ、と神様の発言に対してツッコミを入れる。しかし彼女の言う通り意外と何とかなったしちゃんと一つ一つを理解し、知ることが出来た。少なくとも最低限の知識は身についたであろう。
「貴様、流石に今程度の情報量で頭がおかしくなるほど蒙昧ではあるまいな?」
「だ……大丈夫……な筈……」
取り敢えず理解できたこととしてはこの世界は当然ながら俺がもといた世界とは異なる世界であること、そしてそれが魔法を伴った世界である、ということ。そしてこの世界では国のような概念があって大きく分けて四つに分かれてるらしい。それが東西南北に分かれているようでその東に位置するのが彼女、水の女神テティスだという事らしい。そして東西南北それぞれにこの女神、という存在があり俺の世界で言うなれば王や総理大臣のようなトップの役割を果たしているのだという。
女神の時点で分かってはいたが、国のトップの寝室に落とされる、というのはこれは幸運と捉えて良いのだろうか、最悪な展開だと思った方が良いのだろうか、果たして……。
「さて、情報は送った。……で、理解しえたか?」
「まぁ……はぁ……四つの国にそれぞれ女神、ってのが存在するのは分かりました……けどそれが信徒と言うものと関係があるのです……か?」
「何、容易な話よ。貴様の国にも神の信仰、という概念があったのであろう? ならば似たような話があるのではないか? この世界は女神四人によって四つの国に分けられ統治されている。今でこそ平和を謳ってはいるがな、昔は領土や信徒の数での争いなど日常茶飯事であったよ」
そういう神様の表情は少し険しく、まるでその光景を見届けたとでも言わんばかりの顔だった。……いや、実際に見届けたのではないか?
「……今が平和なら、信徒の獲得に意味なんて」
「まだ話は続いておるわ馬鹿垂れ」
怒られた。
「今しがた“平和を謳っておる”と申しただろうが。勿論表立って戦などしておらんが、裏では今か今かと他の女神たちは機会をうかがっているのだ。欲とは神であれど尽きぬものであるからな」
あれ、気のせいだろうか、何だか聞き覚えのあるような話に思える。だけれども歴史でこんな話を習ったか、と問われたら否定になる。もっと、表しがたいけれど身近というか最近得た記憶と言うか……新しい情報が放り込まれたからか分からないけれど記憶が少し混濁しているように思える。
「ええとつまり……俺は……」
その機会、とやらの為に即ち領土戦争、宗教戦争の日の為の駒になるために信徒である必要がある、とそういう事か。
御免こうむりたい。
「だから早計な判断をするな! 一々言わねば分からんか阿呆め!」
とは言われても今の説明の限りでは少なからずそうとしか判断出来ないのだけれど。
「貴様早計な判断をしたいのであれば言葉の隅まで精査してからにしておけ。言っただろう、他の女神は機会を伺っている、とな」
「あ……確かに……」
この言い方からしてつまりはこの東の国においては少なくともそんな領土拡大だとか信徒の増加だとかそう言った物は望んでいない、とそういう事か。であるならば俺、という存在に何の意味があるのだろう? 戦争をする気が無いのであれば俺が強いか弱いかは別としてそんな兵になる駒、として信徒を獲得する意味はあるのか?
「私は別に信徒の増減など気にせんし、ただこの国の維持さえ出来るならば何も言わん。私を祀る輩も来るもの拒まず去る者追わず、というのが基本姿勢のようだしな」
どうにも温和な宗派のようだ。女神の性格とは似つかない気もするけれど。
「とは言え他の国から攻められた時に被害を大きくしたくはない、だからこその貴様そして貴様の“魔法否定”というスキルだ」
「ええと、じゃあ駒は駒でも、人柱というか……生贄と言うか……」
「そこまで物騒なものではない。貴様の役割はもっと別にある……それを今から話す故、途中で遮る等せずに聞くように」
予め注意をされた。顔つきもなんというか高圧的というか、有無を言わさぬような力強さがある。最初に抱いた齢にして二桁もいっていない見目というソレに対して女神だからか中身はてんで違う。というより俺自身が今まで生きていく中で描いた想像としての女神のイメージとも違って見える。
「貴様はまず私の信徒となれ。そして各地を……この国のみならず他国も好きに渡り歩くが良い、というか渡り歩け。そして力を誇示するのだ」
「誇示……」
「この世界は魔法が基本であるからな、魔法耐性を持つ貴様の存在を他国に知らしめることで一つの抑止力として働いてもらう」
恐らく彼女の算段としては俺を色んな国に向かわせ“魔法耐性を持った奴がヴローシィにはいるぞ”と思わせることで“そんな奴がいる国に敵う筈がない”と思わせたいのだろう。警官のパトロールみたいな効果を狙いたいのだろうか。
「まぁこの行いでどれ程の効果が見込めるかなど私には分からんが、それでも多少は意味を成すだろう。流石に魔法が効かんと分かっている相手に戦いを挑むような愚鈍なやつはおらんだろうし、おったとしたらそんな阿呆はどうにでもなる」
「はぁ……取り敢えず俺はその色んな国に行ってればいいって事なんですよね?」
「概ねな。安心しろ、先程不穏な事を言ったがそれは秘密裏であるし信徒でも一握りも知らぬこと、普通にしておれば平和そのもので、信徒が何処であろうとも国の行き来に関しては自由が保障されておる」
確かに最初に平和にはなったという事を言っていたか。しかし、抑止力、と言われると何だか責任重大にも思えるしそんな重圧の凄そうな役目をこなせる気がしない。
「……話としては面白いとは思いますけど……俺がやるにはその荷が重いと言いますか……」
そう言って断ろうとすると神様はきょとん、とした顔をして言う。
「? 何を申すか、最初に言っただろう? これは提案ではなく、命令だと」
そう言えばそうだった。
僕の異世界での生活の第一歩は、入信となった。
何時になったら物語は展開するんですかね。早く冒険しなさいよ。