40話 感情がごちゃごちゃしてくる
「い……いやいやいやいや!! 流石に、それは、流石にそれは駄目だって!!」
彼女から告げられた提案は、うちに泊まっていきませんか、という単純明快でとても分かりやすいもの。分かりやすさが故に俺の反応というのも即座なものだ。
当然ながら、俺は否定する。当たり前である。ここが異世界だろうと何だろうと善悪の分別は必要で、そうであるならば彼女のその提案に対しては当たり前のようにはい、と答えてはいけない。法的にどうなるのかは知らないから兎も角として実際問題として、個人的な感情としてはここでOKしたくてもしてはいけない。理性とか知識とかがストッパーとなって冷静に否定の言葉を吐き出している。
「ど、どうしてですか!? まだ不安なんですかっ!?」
「いや、そうじゃない! いやそれもあるけどそうじゃなくてさ!!!」
流石に寝泊りはまずいだろ。飯まではギリギリセーフだとしてもこればっかりは相手の好意に甘んじる訳にはいかない。だって女の子の家だぞ。俺がどういう人間にしたって、例え何か間違いを犯す気が皆無だとしても問題しかないだろう。
「じゃあご飯がお口に合いませんでしたか!? ……そうでしたら……その」
そんなことは無い。ていうか美味しかったしとても感謝もしている。
「そうじゃないって! ご飯は勿論美味しかったよ。別にそれが問題だとかそんなことは無い……」
「じゃあどうして……」
「だって……俺男だぞ、流石に不味いでしょ!? 流石にこればっかりは親御さんだって……」
「お父さんもお母さんも別に反対何て……寧ろ好意的ですよ」
くそう、先程の食事の時点で理解できていた筈だったのに。落胆する。正直な話彼女の提案は俺にとっても彼女にとっても基本的には得しかない。俺はそもそも宿代が浮くことになるし、女の子の家に泊まったという所で何となく優越感のようなものに浸れる。彼女にしたって今の状態を見れば言わずもがなである。
ただ、例えどちらにとっても良い事だとしても世間体がよろしくないというか……。
「やっぱり私の事、嫌いなんですか……?」
目を潤ませている。しかも彼女、完全に無垢な状態でしているから心臓に悪い、これ普通に篭絡されない方がおかしいくらいだろ。
「そんな事ないってば!」
「でも、だってOKしてくれないじゃないですか!」
「世間体とかあるでしょ!!」
「良いじゃないですか……これ、サクヤさんにだって得だと思うんです!!」
「まぁ、そうだけど……」
何とかやめさせてあげられないかとちぐはぐな言葉で返事をしているとロイが唐突に
「もしかして……他に好きな人とかいるん……ですか?」
「えっ……」
そんなものはいない。生まれてこの方、いない、と思い込んで生きてきた。少なくとも今の今までロクな恋愛なんてしてきていない。前にも言ったとおりに告白だってしたことない。するのが怖いから、誰も好きになってないと言い聞かせながら生きていた、そんな人間である。
「逆に……何でロイは俺の事こんなに良くしてくれるのさ……ただ助けただけじゃないか」
所詮は人生の中で数回はあるだろう人助けだろう。そりゃあ命の危機を救ったさ、だとしても大袈裟だろう。別に俺は悪人であるつもりは無いがだからといって善人ではない。
誰かが困ってたら助けるか、と聞かれたら多分助ける事は少ない。目の前で人が死にそうになっていても多分、助けられないって言い聞かせて見ないふりをするんじゃないか。所詮はその程度だ。あれは、自分が死にうるからとった行動だ。
「助けただけなんて……そんな、卑下しないでください!」
「でも、だって……俺はあれは……俺だって危なかったからしただけだよ……。俺はロイが思うほどいい人じゃない」
その後だってきっと下心があったに決まってる。自分の今までの自分の悲しさや寂しさを無理矢理埋めるためにそうしたに決まってる。
「そんな事ないです!」
俺のどんよりとした心の中に隙間から入り込むのではなく、真正面からそのどんよりとした泥の様な思考を吹き飛ばさんとする勢いでロイが叫んだ。
「そんな事……ないん……ですよ」
彼女の目に涙が浮かび上がってる。それでも俺は彼女の言葉を素直には受け止めることが出来なくて、素直に答える事が出来なくて口を噤む。泣いている彼女に対して何も出来ないでいる。
「……ごめん、そう言う訳だからさ……」
そう言って彼女の手をすっと握った。
「俺は……ロイに何も言ってあげれないし、何もしてあげれない。何言ったって嘘っぱちにしか思えないんだ」
「サクヤ……さん?」
「ご飯、ありがとう。美味しかったよ。それから薬草も。じゃあ、俺出てくからさ」
彼女の返答は何も聞かずに出ていこうとした。ここで彼女に呼び止められても無視をする、そのつもりで。しかしながら彼女は呼び止めなかった。代わりに一言だけ告げた。
「あの……お店、開けておきます」
そんな不思議な一言だった。




