3話 どうにも俺は特別なスキルを持っていたらしい
目を瞑った。人間、恐怖が目の前にくると自然と目を瞑ってしまう生き物である。兎にも角にも、俺は目を瞑ったのだ。あの女神の攻撃らしい魔法を浴び、死ぬのだ、と思った。けれど意識がまだある。思考がまだできる。それと共に――。
「え……な……?」
唖然として茫然としている女神の声も聞こえた。ゆっくりと目を開ける。するとどうだろうか、確かに俺を覆っていた筈の、襲っていた筈のあの水の渦らしきものの姿が何処にもない。それに水に濡れた、という感覚もないし実際服も濡れていない。土下座の体勢から周辺の床をきょろきょろと見渡しても彼女が放ったと思っていたあの謎めいた魔法による痕跡らしきものは見受けられ無かった。トリックなのか? いやだとしたら目の前の人間……いや女神か、女神がしている表情はあまりにもおかしい。滑稽、ということではなく不釣り合い、という意味で。
「き、貴様、な……何者だというのだ!?」
「え……いや、俺はさっき名乗った通り水上咲夜で……」
「そうではない! 貴様の名など覚えたわ!……簡略化して貴様に問うのであればだな……貴様、私の魔法をどうやって防いだのだ?」
「どうやってって……言われても……」
何もやってない。ただただ死ぬ、と理解して反射的に目を瞑っただけだ。それらしい、それこそ魔法の呪文みたいなものは何一つ唱えた覚えなどない。咄嗟に敬語を忘れたけれどそれを気にせぬ程なのか俺の状態に興味を示していた。
「……貴様、そうか転移……であるならばまさか……」
ぶつぶつと一人で呟いている。正直俺自身何のことだがさっぱりなので可能であるならばその情報を共有してほしいのだけれど、それを言える雰囲気ではないのは容易に理解できている。多分口だししても「黙っておれ!」だとか言われて会話が途切れるのだろう。暫く様子を伺っていると本日何度目か分からなくなってきたあの手の平を此方に翳す仕草をしてきた。それからまたも何か言葉を呟いている。一連のやり取りで理由こそ分からないが少なくとも日本語が通じているのは当たり前に理解したが少なくとも彼女が魔法らしきものを扱う度に唱えている言葉は何となく音で聞き取れる限りでは英語か何かに聞こえる。とは言えこれがただの転生した時に付与された謎の効果、みたいな可能性もあるから何とも言えない。
「……そうか、やはりそうか……貴様のいた世界の情報を見た時に気づくべきであったか」
「ええと……?」
「……簡単に説明してやろう。貴様には“魔法否定”という名のスキルを既に保有しておる」
「魔法……否定? ……って?」
聞き返すと「まだ不明な点こそ残るが、恐らくは魔法に対する耐性と考えて良いだろう」と返ってきた。続けて言われたことには、彼女はどうにも俺のステータス、というものを確認したらしくこのステータスを確認する事で俺自身の名は勿論、性別それから簡単な力のステータスと現在保有しているスキルを見る事が出来るのだという。そしてそのスキルに名称として「魔法否定」の名が刻まれていたのだという。
「貴様の地に魔法は存在してはおらんのだよな?」
「そう……ですね。俺も詳しくは知らないけれど……昔は魔法魔女だってあったらしいけど全部否定されたとか……何とか」
日本の中でどうあったかは分からないが日本でも式神という概念は昔あったらしいし世界で見ても魔女狩りと言う歴史は存在した。しかし歴史で全て済んでしまっている。これが魔法否定という名がついている理由だとでもいうのだろうか? 少なくとも俺自身は魔法の在る無しにさして興味など無いのだけれど。
「貴様の興味など関係はない。大事なのは貴様にとって魔法がない、という事実が当たり前であるか否かだ。魔法否定とはその当たり前が故の効果と考えて良いだろう」
当たり前。確かに俺自身の魔法の興味は兎も角あったらいいのになぁ、という妄想こそしていた時期はあっただろうが心の底から存在を信じているのか、と問われた時恐らく返せる答えはいいえ、という否定の言葉となるだろう。
「貴様は嘗ての世界ではその世界の一人にすぎぬかもしれんが、今貴様が体感しているのは異世界転生、転移というもの。今の貴様は“別の世界から来た唯一人の人間”という事なのだ」
「ええっと……つまりオンリーワンになったってこと……で?」
「まぁその認識でひとまずは良い。この世界では魔法を使うのは基本である。しかし貴様の世界では魔法は既に潰えた存在、まぁ女神たる知識を集めても推測の域を出んが、貴様は此方の世界より更に先の存在、という見方も出来る。故に、であろう」
「なる……ほど」
何となく分かったような気はするけれど、それでも実感と言うものは特に湧かなかった。俺という存在は、水上咲夜と言う存在はただただ平凡であった。それが悉く平均点を突っ切るとかそんなものではなくて只管に突出した何か、があるわけでは無くかといって呆れる程に愚図な才覚があるわけでもなく、どこにでもいる人間、のつもりでいた。というか実際問題、現実としてそうであったのだ。
「さて、貴様の力についての説明は終わるわけだが」
唐突に彼女はそういったかと思うとキッと此方を睨んでくる、睨みなおしてくる。
「貴様、先程の私に対する非礼を詫び切ってはおらんのだぞ」
「ああ、そうでした……そ、それでは私はそこの窓から飛び降りろ、と……?」
「ふん、激高のあまりそう言ったが気が変わった。というか貴様の様な奇天烈なスキルを持った奴をそう簡単に殺してなるものか」
腕を組み、にやり、と不敵な笑みを浮かべて彼女は言う。俺の方を指さしながら。
「貴様、私の信徒になれ」