26話 フィレナという解体業者
「あれ、言ってなかった?」
「いや……一言も……」
そもそも俺が失態を犯してから彼女に連れられて走ってここまで来たわけだが、その間基本的にノンストップである。そして一息ついて漸く会話したのだ。更に言えばこの会話においても互いに名乗りあった、と言う記憶は無い。
「私はフィレナ」
フィレナ、と名乗った彼女。ギルドの裏口あの解体場所のようなところで冒険者が買取に出した物を部位やら素材ごとに解体するのだという。彼女に対して真っ先に思った言葉としては、クールビューティーってやつだった。なんというか美人なんだけど格好いい、そんな雰囲気を纏っている。しかしこんだけ顔良い人、気付きそうなもんなんだけどな。
「俺はサクヤ……ええと、解体業なんですよね? ギルドの……。俺昨日行ったはずなんだけど気づかなかったな……」
「気付かれないようにしてるからね」
「?」
疑問符が浮かぶ。どうにも自己評価が高いとかそういうつもりはないらしいが彼女自身も自らの顔の良さはそれなりに自覚があるのだという。というか本人自身が認めようが認めまいが口説かれるとか。
「裏口とは言えね、目立つところに居たら冷やかしで男連中が寄ってくるからね。ギルドの方に頼んで見えにくい隅っこで作業してんの」
実際に彼女目当てに覗きに来る人が一時期いたらしく、それによってギルド運営に支障が出たのだとか。以降の対策としては彼女自身が目立たない所で作業をして、尚且つ買取じゃない冷やかしで来た人たちに過料を科したんだそうな。ちょっと酷に思えなくもないが……。
「ってもそんな人がこう……大丈夫なんですか? その……目立ちそうな……」
しかし今の彼女の格好はと言うと、まぁ地味めといえば意外とそうかもしれないのだけれど、マントで全身をある程度隠せるとは言え何というか顔立ちの所為で目立ちそうなもんだが。
「ああ、私、人の目線に敏感なの。特に男連中だったら何となく背後でも見られてたら気付ける自身はあるよ」
そう言えば、と思い返してみると彼女に引っ張られて逃げた際、確かに岩場に隠れるタイミングが不思議な程にぴったりと言うか、それこそ他人の視線が手に取るように把握しているという、そんな動きだったことを思い出す。
「で……なんでこんな所で狩りを……?」
「まぁ職業としての肩書は解体業だけどね、私、狩りするの好きだから暇な時間になると草原とかで狩りをしてるの」
まぁ確かに冒険者って言ってもただただ狩りをして売りに行ってをするだけの自称要素が強い職業な気はするし、二足の草鞋ではないけれどそういったことも不可能ではないのか。それを考えると冒険者って職業として成立しているのだろうか、少し不安になる。
「へぇ……」
少なくとも自分から見た所彼女も別段狩りに関して初心者のようには見えないと思うのだけれど、そんな俺の疑問をいうよりも先に彼女が教えてくれた。理由は至極単純で、ギルドに近い所でしか狩りの許可が出てないからだそうな。
「まぁ長期休みとかとれたらたまーに遠出はするけどね、そうは言っても夢のまた夢だね」
失礼だろうけれどしかしそれならば、いっそのこと解体業をやめてしまえば駄目なのだろうか? いやまぁ職業としてちゃんとした肩書がある、という事に意味があるという事だろうか。元の世界でもそれこそそんな職あったしな……。
「大変なのか……」
「さーてね、それこそあんたみたいに冒険者一本の方が私には大変に見えるよ」
「そういうもんなんですか?」
あまり感覚としてはそのつもりは無かった。それこそ昨日狩った半端な状態の猪にしたって売値で確か8000ケルマとかだったか。一日でそれだけ稼げたのだからそう考えると大分お得に思えるのだが。
「ああ、そうかあんた昨日付けで冒険者になって狩ってきたのがヒュージボアだもんね、そりゃあ感覚として無いのか」
そう言うと彼女はぐるりと手を後ろに回した。何事かと思っていると腰の後ろ側というか、そこからぶら下げていた袋から何かを取り出した。
「何これ……」
「グリーンボアの一部。普通はこうはやらないけどね」
彼女が解体業だからこそこうして予め処理してあるらしい。一般冒険者、取り分け初心者となると大体がこうして解体の処理は出来ないのでそのまま持ってくるものが多いそうな。
……いや話がそれたか。
「あんた、確かこれ狩りに来てたんでしょ? これ、別段珍しくもないしサイズも小さいんだよね」
「だから狩りやすいって事なんじゃないんですか?」
「そう。だから売値もめちゃくちゃ安いのよ。解体されてない状態だとまぁ状態が良くて100ケルマとか? まぁ私基本的に解体業で生活出来てるから狩りの買い取り額とか気にしたことないけどね」
「えっ」
安すぎないか? と思ったが一度冷静になって考えてみると、この街ではこのような草原が広がっておりこのグリーンボアが大量にとれるという。グリーンボアの用途は図鑑で見た記憶だと一部の肉を食用にして後は皮だったかな。牙もあるけれどサイズは小さいから使い道が少ないんだったかな。
「飽和してんの。まーグリーンボアの肉が不味い訳じゃないけどね、一般的過ぎてこれ買取に出しても売値がつかないに等しいの。皆それを知った上で、狩りに慣れるためにここにいんのよ。まぁそれにボア以外にも存在するしね」
「ええ……そんな……えっとじゃあ昨日俺が捕まえたみたいなさ……」
「ヒュージボアなんて普通見ないわ。それこそあの草原の横の森でなら目撃情報は何個かあるらしいけど、その何個か、も確かここひと月での記録よ」
「ひと月……」
そう考えると俺の昨日の一件はめちゃくちゃ運が良かっただけになるのか……?
「あの森で上手く狩りが出来たら良いのかも知れないけどね。あそこで好き好んで狩りする人間なんてほんとに一握り」
「そんなに……なのか」
「そ。初心者なんてあんたみたいに若いのばっかで親に金出して貰えてるからね、それで成り立ってんの。……てかあんたもその口だと思ってたんだけど、違うの?」
残念ながらそんな優しい事情等は存在していない。生憎俺はと言うとこの身一つでなぜかこの世界に飛ばされて女神に言われるがままに冒険者として金稼ぎをしている。なので今日の生活資金は遅くとも今日に稼いでおく必要があるのだが……。
「そういう気楽なものではなくて……深い事情が……その……」
「親と喧嘩でもして出てきたとか? まぁ、そういうのも珍しくはないけど……」
昨日であったあの男にも似たような事を言われた記憶がある。本当にその方向で設定固めた方が楽まであるだろうか……。
「いずれにせよ、お金稼ぎたい口なんでしょ? 少なくともそうならグリーンボアはやめときなよ」
「成程……」
まぁ100ケルマだったか。自分の中出の金銭感覚としては100円程という事になる。確かに猪一匹、狩るのが楽だとしてもそれで100円となると生活費を稼ぐという点で考えたら結構な数を狩る必要がある。
だからと言って昨日のような大物は中々現れないって言われたばかりだったか。いや、でも俺ならばサーチの魔法があったっけか。森の中でもそれこそマンイーターというのも見つけたし……。
「あ……あの森なら、高値で売れるモンスター多いんですっけ?」
「あー……出現するのはそういうのが多いね。でもそもそもあそこで買取出来るもの探すのが至難の業だよ」
「ああ……そこは大丈夫です。そういう魔法使えるので」
「……は?」




