8.傭兵組合Ⅱ
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「という事で…… 傭兵になるにはどうすればいいのですかね?」
フユキは傭兵組合の受付に居る眼鏡を掛けた知的な男に声をかける。
受付の男は「どういうことで?」と疑問に思ったが、先程の騒動を見ていたため実力は充分だと思い、断るのでは無く説明を始める。
「傭兵組合では老若男女関係無く誰でも登録できますよ」
「ほう。年齢が関係ないというのはありがたいですね」
フユキは実は年齢という点を心配していた。
宮崎冬雪としての年齢は26歳であり、既に成人を迎えた後であった。だが、現在の外見では良くて18歳、悪くて14歳程の見られてしまう可能性もある。そのため年齢制限があった場合には諦めるしか無いと思っていたのだ。
「しかし、三つだけ注意点があります」
受付の男はフユキを見ながら「厳しいことを言うかもしれないのですが……」と小声で挟んだ後、説明を続ける。
「1つ目、老若男女だけではなく身分や身体の状態等も関係なく傭兵登録は可能ですが、特別扱いや優遇といったことはしません。2つ目、依頼中の死傷について組合は責任を負いません。3つ目、犯罪を犯した場合には登録解除となることもあります」
フユキは頷きながらしっかりと説明を聞く。
しかし、あまりにもすぐに終わってしまったため、あっけにとられる。
組合というからには、もっと長々と規則や注意があるのかと考えていたのだ。
これならわざわざ意識するまでも無いな。そう考えたフユキは受付の男に返答する。
「それなら大丈夫そうですね。特別扱いをしろと言うつもりはありませんし、治療費を出せという気も無いですし、犯罪も多分犯さないと思うので」
「多分…… ですか……?」
フユキはにっこりと悪そうな笑みを浮かべる。
受付の男は多分の部分に少し疑問を持つが、フユキの様な小さな娘が犯罪者になるなど考える余地もなかったのであまり気にかけない。
男はカウンターの奥から書類を持ってきた後、フユキに対してその書類とペンを渡す。
「では、この書類に記入をお願いします」
「わかりました」
持ってきた書類には、名前や出身などの記入欄があるが、その殆どが空欄でも構わないと書いてあった。
現代であればこんなに未記入欄が多い書類などありえない。だが、それだけ誰でも登録できるという事なのだろう。それこそ何か事情がある人間でも。
フユキは書類を貰って少し目を通した後、すぐに"使い魔"と記された欄に注目する。そして、それについて受付に訪ねた。
「この使い魔というのはなんでしょう?」
「それは魔術士がたまに飼っている獣や魔獣の事ですね」
「ほほう……」
その回答を聞いてフユキは、蛇も使い魔という事にすれば外に出しても大丈夫なのではないだろうかと考える。
現在蛇はフユキの服の中で大人しくしている。その理由としては、周りの人が蛇を見て危険だと認識し、結果的に敵対してしまうという可能性を考えていたからだ。
だが、使い魔ということにしてしまえば、危険だと認識されたとしてもそれが敵対まで行く可能性は低い。それが安全な"使い魔"であることを傭兵組合が保証してくれるからだ。
そういった考えの基、フユキは使い魔の欄に『蛇』と書いて受付に提出する。書かれている文字は日本語であるため書くことに関して苦労はしなかった。
「蛇、ですか?」
「珍しいですか?」
「珍しいと言えば珍しいですね。傭兵魔術士の使い魔は獣系か鳥系が多いので」
その反応をみて、蛇を使い魔にしている魔術士も居るという事を知る。
フユキは受付のカウンターの上に手を置くと、蛇に対して「顔を出して」と命ずる。蛇はそれに喜んで応える。
カウンターの上に出されたフユキの腕を、疑問に感じながら眺める受付の男。するとその腕の袖口から真っ白な蛇が現れた。
しかし、受付の男はそれに対して驚くような素振りは見せない。
「小さめの蛇でしたか」
「これで小さめなのですか?」
「そうですね。魔術士の中だと数十メートル級の蛇を使い魔にしている様な人もいるので」
数十メートルの蛇と聞いてフユキは寒気を感じた。いや、正確には寒気を感じた気がした。アンデッドに寒気を感じるという感覚など無いが、精神的には人間であるためそう感じた気がしたのだろう。
それほど巨大な蛇と比べれば、確かにフユキの従者の蛇はかなり小さいといえる。
受付の男は、書類を暫く眺めて確認する。
未記入欄が半分以上であり、普通であれば返されそうなものであったが、受付の男はその書類をカウンターの下にしまい込んだ。
すると今度は書類と入れ替えに机の下から長方形の鏡を取り出す。
「これは映った風景をそのまま保存することができる魔術具です。お顔を写してもらっても?」
「わかりました……」
それは言わばカメラの様な物だった。
フユキは、魔術具という物が"道具に魔術を組み込んだ便利グッズの様な物"だということは知っていたが、実際に見るのは初めてであったため少し警戒した。
鏡の仲を覗き込むフユキ。そこに反射していたのは、この地に来てから初めてまともに見る自分の姿であった。
――――やっぱりかわいいな。
などと考えている内に保存は終わっていた。
受付の男から1枚のカードを渡される。
そのカードには、名前や使い魔の情報などに加えて、長い番号と先ほど保存したと思われるフユキの顔写真が貼り付けられていた。
「これが傭兵組合の証明書です。これが無いと依頼も受けれない上に報酬も貰えないので、無くさないようご注意を」
「ありがとうございます」
礼を言いながらそのカードを受取るフユキ。
免許証程度の大きさのカードだが、記されている情報量はとても少ない。
また、恐らく証書内に書かれている長い番号で組合側がデータベースを作っている様だが、フユキが聞いても教えて貰うことはできなかった。
フユキは早速何か依頼を受けようとする。
「北の森の獣討伐という依頼があるようですが、受けられますか?」
「大丈夫ですよ。しかし今日は日が暮れてきていますので、討伐に向かうのは明日が良いかと」
「その依頼はいつまでに済ませればいいのでしょう?」
「今回の依頼は村から出されている常駐型の依頼なので、獣の耳を討伐の証として切り取って来て貰えればその分の報酬が出ます。期限はありませんよ」
フユキにとっては夜でも昼でもさほど関係は無いのだが、ここはおとなしく従っておこうと素直に受け入れる。
内容としては、北の森に行って襲ってくる獣を倒すという物だった。大雑把であるが、それほど害獣の数が多いという事なのだろう。加えて単純なだけあって害獣対策としては手っ取り早い。
ここまでの話で傭兵組合という組織のシステムは大体理解していた。だが、これだけではまだ足りない。実際の傭兵達がどの様な動きをしているのかを見る必要がある。
そこでフユキは、フローを使おうと考える。
フユキはカウンターから振り向き、待機中のフローに声を掛けた。
「明日は空いているかな?」
「ああ、予定は無い。お嬢の依頼であれば喜んで同行しよう! 新人を育てるのは先輩の役目だからな!」
「君から後輩と呼ばれるのは癪だが…… 話が早くて助かるよ。ではお願いしようかな。正午に向かう予定でいるのだが……」
「では俺は正午に北の出入り口で待とう!」
フローはキラキラとした表情でフユキに返答した。
その態度は頼れる先輩というよりは可愛い後輩という立ち位置にも見えたが、フユキはそれを無視して予定を立てる。
これはフローにとっても良い話であった。
フユキが先程繰り出したパンチを、力のほんの一端でしか無いと考えていたフローは、この依頼の中でフユキの実力を測れると踏んでいるのだ。
やる気の無さそうなパンチですらそれに魅了されたのだから、フユキがやる気を出した時にどれほどのパンチが繰り出されるのか。フローはそれが気になってウズウズとしていたのだ。
フユキは傭兵組合の扉を抜けて帰っていった。
フローはその後ろ姿を見て、小さいが大きいという矛盾を含んだ感想を抱いた。
フユキが帰った後、傭兵組合の中ではフローに対して質問が飛び交った。
「どういう事だ? お前をその気にさせるにはそれなりに強力な攻撃が必要だと聞いたことがあるんだが……」
「もしかして小さい娘が好みなのか?」
「演技でもしてたんじゃないのか?」
これらはすべて周りの傭兵達からフローに対して掛けられた質問だ。
だが、それもそのはず。
これまで傭兵組合の中に流れた噂話では、フローを目覚めさせるにはかなり強力な威力を持った攻撃が必要らしいと言われてきた。それこそ、盗賊や山賊で長をしている様な荒くれ者の実力者でなければ難しいという噂だったのだ。
『人質のフロー』の名は伊達ではない。
毎度人質にされるということは、人質にされる度に生き残っているという事だ。事実、フローの身体は生まれた時から先天的に頑丈であり、人生でフローの身体に傷を与えられたのは数え切れる程度だった。
そしてその体質がフローのM化を加速させた。歳を取るにつれてより頑丈になっていく身体。いつの日かフローは、自分が傷つく程の力を自分にぶつけられる事が気持ちよくなってしまっていた。
だからこそ、フロー自身も驚いていた。
まさかあの様な小さな娘のパンチ一発で、口から出血するとは思っても見なかったのだから。
そしてフローは口の中に指を入れてその指に血がついた事を確認した後、すべての質問に対してこう応えた。
「あの娘はこれまで俺が『お嬢』と呼んできた飼い主達の中で、恐らく最も強力で最もSで最も好みの飼い主だ……」
そのセリフには多くの情報が含まれてきた。
まず、これまでも多くの人達をお嬢という名称で呼んできたという事。
そして、彼の中ではS側の人を飼い主と表している事。
最後に、フユキがこれまでの飼い主の中で最もSであったという事。
周りの傭兵達は、理解し難そうの表情で「ええぇ……」と言っているが、そんな周りの様子は今のフローには見えていなかった。
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