6.リンウッド村
「フユキさん、本日の寝床は確保していますか?」
「いえ、これから探そうかと思っていたところです」
「でしたら是非私がいつも泊まっている宿に行ってみてください」
フユキはグリエと本日の寝床についての話をしていた。
リンウッド村に入るための検査を終え、村の大通りを馬車で走っている2人。
2人が現在いる道は、リンウッドの村を上から見た時にちょうど十字になる形で配置されている大きな道路だ。一応路線の設定などもしてあるため、道行く馬車はすべて秩序を持って走っている。だが、それでもやはり馬車という性質上事故は避けられず、現代で考えれば信じられない量の事故が各地で起きていた。
グリエはフユキに対して宿の場所を説明する。
その場所は村の中でも中央から北に離れた端の宿であった。しかし説明によると、この村では北の端が最も質の良い宿が集まっているのだそうだ。
理由が多々あるが大きな理由としては、この村に訪れる大勢の人々は、西もしくは南から来て東の出口から城壁都市セントラルウッドに向かう為、北の端には訪れない点である。
現代の思考で考えるのであれば、人が集まる所は質も良くなければ潰れてしまうと感じるものだが、この地は現代とは逆である。いくらいい店であったとしても客が集まればその客のせいで治安が悪くなるため、人は少ないほうが相対的に質の向上にも繋がるのである。
そしてその考えにおいて、リンウッドの北の端では商店も宿も基本的には地元民が多く、その宿に泊まりに来る客も荒くれ者よりは商人や学者といった落ち着いた傾向の人が多い。
そのため、リンウッド北の端では質の良い休息が取れるのだ。それは質の良い宿といわれる原因だった。
「しかし、実は少々懐が寂しくてですね……?」
「そのことでしたら心配無用ですよ。元々、あの時狼から救って頂いた事に対して報酬を支払うつもりでしたからね」
フユキは現在無一文だった。いや、それは正確ではない。ゲーム内での通貨であればインベントリ内に余るほど持っていた。しかしそれが使えるのか分からない為、無一文というしか無いのだ。
グリエは自身の持つ大きなショルダーバッグから小さな麻袋に包まれた何かをフユキに渡す。
中身を確認すると、そこには100玉サイズのコインが百数枚程入っていた。
「占めて140シルバー程入っています。命と荷物の金額と考えると安すぎかもしれませんが、それに加えて情報料ということで……」
140シルバーと言われた所で、フユキには物の値段が分からない為、どの程度の価値なのか分からない。そのため、多いも少ないも言えなかった。
加えて、そのシルバーという硬貨をみてゲーム時代の金貨は使えないと確信した。
「これだけあれば北の宿で朝晩ご飯付きで7日は泊まれると思います」
「そうでしたか。それはありがたい」
「いえいえ。ついでに今後出会った時には贔屓にして頂けるとありがたいのですが……」
「色々と頂きましたからね。特に何ができるという事も無いですが、護衛くらいなら引き受けますよ」
140シルバーで北の宿で朝晩ご飯付きで7日。ということは1泊20シルバーという事だ。
シルバーの価値を考えて顎に指を当てていたフユキは、それを聞くと理解した様な頷きと共に返答する。
それを考えても、狼を倒して140シルバーというのは旨すぎる話だとは感じた。だがあの狼達には、なんの力も持たない人間であれば簡単に食い殺せてしまう程の力があったと思い出す。
この程度の事で1週間を過ごせてしまうのであればこの地は自分には向いているかもしれないと感じて、思わず頬が緩む。
人間というのは簡単に金が入ってくるという事態を前にすると表情が動いてしまうものだ。いや、実際にはフユキは人間では無いのだが、中身にいる宮崎冬雪が人間であるために時折その部分が垣間見えるのだろう。
「自分の力に自信があるのであれば傭兵組合に行ってみるのもいいかもしれませんね。あそこの仕事は危険な物が多いですが…… まあ狼10頭を簡単に倒してしまう程の力があれば大丈夫です」
「傭兵ですか…… それは戦争に参加するという事ですか?」
「戦争に参加することもありますが、今はそんな時期では無いですね。確かに元々は戦争参加の為に作られた組合ですが、戦争が収まった今となってはなんでも屋のような立ち位置ですよ」
「なんでも屋というと?」
「人探しから魔獣退治、素材採取から商人の護衛まで。犯罪以外であれば何でも取り扱っている、その名の通りのなんでも屋ですよ」
それを聞いたフユキは「ほうほう、それは興味深いですねぇ……」と聞いた内容の場所を想像しながら興味を示す。
力こそ正義といった組織はすぐに崩壊してしまうイメージがあったが、実際にあるのであれば現在のフユキにとってそれ以上に適正の高い場所は無いだろう。
なぜなら、フユキは先程から周囲にいる人々を観察しているが、大半が1人で狼を10頭も倒せない様な人ばかりだったからだ。
フユキには、見ただけでその人の力を認識できるような能力は無い。しかし、筋肉や動き方からその人が戦闘となった際に取る行動を予測することならできる。
もっとも、魔術士と呼ばれる人々については全く想定の及ばない範囲だが、少なくとも道行く剣士風の人々には引けを取らない自信があった。
そのため、フユキは傭兵組合というのはどこに行けば話ができるのかをグリエに聞き出す。
「その傭兵組合というのはどこに?」
「傭兵組合は街の中心部。大通りが交差する十字街の南側にありますよ。十字街は途中通る事になるのでそこで降りれば近いかと」
「そうですか。ではそうさせて貰っても?」
「わかりました。しかし気をつけてくださいね。我々商人や一般市民であればその服装を見たら荒事にしようとは思いませんが、傭兵というのは神官様だろうと衛兵だろうと見境がないですから」
傭兵組合の場所を教えてもらったフユキは、その場所で降りることを決めた。
その後にグリエからの忠告を受ける。
道中からずっと勘違いされてきたフユキの現在の服装。これは商人や一般市民に対してはとても良い方向に働きかけてくれる。
黒を基調にした制服風の服装なのだが、フユキが聞いた話によるとこの服装は『正義と公正と光を司る神・フラミスタール』という神に仕える神官の制服に似ているのだとか。
その神は、各地で魔獣や魔物やアンデッドといった標的を狩る事を神託としており、フラミスタールの声が聞こえる神官は総じて黒い制服を着てそれらの標的を倒しに各地に出向くのだという。
フユキは何度か勘違いを繰り返される内に、神官に似ているというだけで面倒事を避けられるのであればそれはまた利点かもしれないと考えていたが、傭兵にはそれが効かないという事だった。
それから暫く馬車に揺られること数分。馬車は、村の中でも最も賑わっている十字街に到達して進行速度が極端に遅くなった。
それと共にグリエはフユキに対して提案をする。
「この辺りで降りて歩いて行った方が早いかもしれないですね。もうそろそろ日も暮れますし……」
「わかりました。では私は降りてその傭兵組合という所に行ってみる事にします」
「ええ、お気を付けて」
それはフユキの事を心配しての一言ではなかった。狼を一度に十頭相手にできるのであれば村の悪漢など容易く撃退できるであろうことは誰でも想像できる。
だが、それと同時に人間社会であるこの村では、殺傷的な危険以外にも何をするか分からない様な危険を持つ輩も多くいる。いわば変人というやつだ。それを気にしての一言であった。
フユキはグリエに対して感謝を述べてから乗っていた馬車を遠ざかる。
十字街とは言えその広さはかなりの物で、その中心部である十字路まで行くにはまだ一キロ程の道を歩かなければならなかった。
(あの男、やけに主様を気にかけておりましたな)
「大方、強い戦闘能力を持つ私に貸しを作りたかったのだろうさ。だが、そのおかげでスムーズに情報を聞くことができたよ」
(まさか主様がここまでの流れを作るために獣の追手を見逃していたとは気づきませんでしたよ……)
「ま、まあね。多少の労力をかけても効率が良い方がいいからね」
道を歩いている最中、服の中に隠れている蛇がフユキの脳内に直接声を届ける。それに対してフユキは、急だったので少し驚きつつも周りの喧騒で掻き消される程度の声で返答をする。
フユキはグリエの命を救った事になっているが、実際はフユキが森の中から連れてきたと言っても過言ではない。
馬車の中で聞いた話によれば、本来であれば凶暴な獣等は出てこないような道であるという事だった。結果的にフユキが策略を立てていた様な構図になってしまったのだ。
それを蛇にそういう作戦であったかのように言われ、フユキもまたあたかも最初からそれを狙っていたんだと言わんばかりに返答する。
「それにこの可愛さだからな。この魅力に気をかけない方がおかしいだろうさ」
(主様…… やはりこの地に来てから何か変わりましたね)
「あっ…… か、変わってないとも!」
動揺していたのか、フユキの口調でありながら宮崎冬雪としての思考を間違って口に出してしまう。
フユキの外見は、宮崎冬雪の趣味嗜好をすべて取り入れた夢の様な好みの外見であった。であるからこそ万人からは中の上くらいと言われる程だが、本人にとっては極上と言える仕上がりなのだ。
という思考が今回は仇となったのであった。
(変化は良いことだと思いますよ。主様が変わっていくのであれば私も変わらなければなりませんね)
「お前が変わる場合はどこが変わるのだろうね?」
それを聞いて、フユキは蛇に対する警戒を少しは緩めても良いかもしれないと感じた。
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