4.馬車移動
現在フユキは、森を出てすぐに見つけた街道に沿って歩いていた。
森を出てからは森の中の風景とは打って変わって安全である。視界を遮る様な木や草も無く、油断すると襲ってくるような獣もいない。稀に上空からフユキを狙い澄ますように見つめる巨大な鳥が飛んでくるが、襲っては来ない。
唯一の不安要素といえば、森の中にいたときからずっと付きまとってきている獣くらいだった。
そういった安全な街道に入ったこともあり、警戒を大幅に緩めて歩いていると、フユキの後ろから1台の馬車が走ってきた。
フユキが道を譲ってやろうと思い、街道から少し移動して草原へと踏み込み待機した。すると、馬車の御者はまるで珍しいものを見たかのような二度見をして馬車を止めた。
「あ、あなたはもしや教会の神官の方ですか!?」
「神官……? いえ、違いますが」
「そうでしたか」
焦った様子で問いかける御者に対して、フユキは冷静に答える。
神官というものを知らないフユキは、それが何なのかわかっていなかったのだが、少なくとも教会というものには関係していないので否定で返した。
その後の会話で、どうやらフユキの服装が教会の神官に似ていた為間違えたのだという話を聞く。
「いや~、驚きましたよ。突然失礼してすみませんね」
「大丈夫ですよ」
「私はこのままこの先の村『リンウッド』まで行く予定ですが、荷台で良ければ乗せていきましょうか?」
「いいのですか?」
「もちろんです。この道はまだ長いですからね~。女性1人だと大変でしょう」
「ではお願いします」
驚いていた表情の御者は、安堵したような表情に顔色を変えると、フユキに対して謝罪をした。
村まで乗せていくという提案に対して、フユキはなにか裏があるのでは無いかと疑惑の念を持ったものの、その御者はフユキをどうこうできる程の力を持っているようには見えなかった為問題ないと踏み、乗せてもらうことにした。
(その様な話し方をする主様は始めてみましたが、お上手な物ですね)
「場合によってはこういう話し方の方がスムーズに行くこともあるのだよ」
(それを考えて小さき人間に対してあの様な振る舞いをされたのですね)
馬車の荷台に乗り込んだフユキに対して、思念を飛ばす蛇。それに対してフユキは御者には聞こえないような小声で返答をする。
フユキはゲーム時代の記憶によって、自分と自分の仲間達が人間の事を圧倒的弱者であり役立たずであるという認識をしていた事は知っていた。そのため、蛇の発言に対しても「そういう事だ」と何事もなかったかのように返した。
しかし、その人間を見下している記憶があるからこそ、今の自分の中身が人間であるという事を知られるのを恐れているのであった。
蛇との会話を終えると、次はフユキから御者に対して質問をする。
「そういえば先程、教会の神官と言っていましたが、それは何なのでしょう?」
「神官様を知らないとは……」
「実は最近まで家から出ることを禁じられていまして」
「……そういう事ですか。いや申し訳ない」
神官という言葉の意味を聞いたフユキに対して、まさか知らないという人が居るとは思わなかったという口調で返答する御者。
しかし、その後のフユキの偽の身の上話を真に受け、怪しみの視線は一気に憐れみの視線へと変わった。
「神官様というのは、七大神の神々の声を聞くことのできる者の事ですよ」
「神々の声? ですか」
「ええ。この世では稀に、七大神の神々の中の一柱の声を聞くことのできる者が生まれてくるのです。そういった力を持つものは神を崇める教会へと入り、神々からの言葉を各地に届けたり神々からの言葉で魔物や獣を退治したりするのです」
「神の声なんてものが聞こえるとは……」
「聞こえると入っても、力の強い七大神の神々だけですよ。他の神々の声が聞こえるという人は聞いたこともありません」
神官という言葉について説明をされたフユキは、ゲーム時代の記憶でも宮崎冬雪としての記憶でも聞いたことのない世界観に驚いた。
神の声が聞こえるという者がいて、実際に神官という者が居るのであれば、神もまた実際に居るという事になる可能性が高いからだ。
指を顎に当てて悩むフユキに対して、御者が続けて説明をする。
「私は神官様ではありませんが、一応七大神の一柱の信仰者ではありますよ。これを見てください」
そう言って御者がフユキに見せたものは、くすんだ金色のアミュレットだった。
形は、初見では何を型どっているのかよく分からないがよく観察すると分かる。古式な形の天秤があり、その片方に作物と思われる物の山があり、もう片方には人間がある。抽象的ではあるが、天秤で人間と作物を比べている様な形だ。
「これは七大神の中でも商業と農業を司る神、サストール様のアミュレットです」
「これを持っているとなにかあるのですか?」
「いいえ、特にありませんよ。ただ、見てわかる通り私は交易商ですからね。交渉事や遠出の時なんかに祈るんです。今回の商売も安全と成功をお願いします、とね」
首にかけたアミュレットを大事そうにしまい込むと、感傷に浸るかのように会話を続ける御者。
フユキが乗っている馬車の荷台には、大量の工芸品や動物の革等が積まれている。そしてそれらの入っている箱には地域名と思われる張り紙が付いている。見ただけではわからなかったが、御者の言葉を聞いてこれらが地域の特産品であることをフユキは知った。
直後、馬車の後ろからいくつもの狼の鳴き声が聞こえた。
それと同時に御者も声を荒げる。
「狼の群れ!? 全く運がないですな。飛ばしますので捕まっててください!」
「いえ、止めてください」
「え? し、しかし相手は狼の群れ。止まれば瞬時に囲まれます!」
「わかっていますよ。心配はいりません、これでも私はそれなりに戦えるので。それにこのままではどのみち追いつかれますよ」
フユキの提案に対して不安を隠しきれない御者だが、このままではどちらにせよ追いつかれるということは事実であった為、渋々止める事を決意する。狼の声が響いて入るが、馬にはしっかりと調教を施しているため、直接的な被害がない限り暴れるような心配はなかった。
馬車が止まって、荷台からゆっくりと降りたフユキ。焦る様子も無く懐から二丁の拳銃を取り出すと、慣れた動きで地面から大きくジャンプして馬車の荷台の屋根へと飛び乗った。
「まさか今更になって襲いに来るとはねぇ」
(森を出た時に始末しておくべきでしたかね?)
「この状況で言っても遅いさ。その人間には全く興味が無いが、道中貰う予定の情報の対価としてであれば救うのも安い物だ」
馬車を取り巻く狼は全部で10頭。しっかりと逃げ場の無いように調整して囲んでおり、すぐには襲ってこないという点で知能があることがわかる。
また、御者が何もせずに頭を抱えて怯えていることから、この者には抗う術がないのだということもわかった。
フユキは今後の馬車の移動時間にて、御者から情報を聞き出したいと考えていたが、こちらから出せる物が無いのは心細いと感じていた。そのため、この狼の襲撃はタイミングとしてはとても良いイベントであった。
この狼を討伐し、それを恩として情報を聞き取る。そういった作戦を立てて、フユキは行動したのだ。
…………1頭の狼の鳴き声と共に、10頭が一斉に襲いかかった。
だが、フユキは焦る様子を見せなかった。
フユキの黒く濁った赤色の瞳。しかし、一瞬目を瞑ったかと思うと次の瞬間には真紅に光り輝いていた。
そう。これは種族特性である『領域支配の観測眼』に意識を向けた合図である。
これにより通常時のフユキの知覚範囲である周囲50メートルの制限を無くし、現在のフユキの知覚範囲は自身から半径500メートル程度の範囲となっている。
それだけあれば狼はもちろん、それ以外にも近づいてくる様な生物がいれば、すぐに気がつけるというわけだ。
その後フユキは攻撃を開始する。
銃を消音で撃つ技能『サイレンス』を発動させ、両手に持った銃を別々に左右に向ける。そして、自身が少しづつ回転しながら連続で銃を撃っていく。
パスパスとエアガンを撃ったような音が計10発。
その最中、目はずっと閉じたままだった。なぜなら目から入る視覚情報を遮断したほうが『領域支配の観測眼』にて入ってくる知覚情報を効率よく吸収できるからだ。
結果、10発の銃声で10頭の狼を見事討伐してみせた。
『領域支配の観測眼』にて敵の位置を完璧に把握し、フユキの種族『鬼姫』の脳の処理能力で相手の行動を予測し、更にゲーム時代に育て上げた銃の熟練度が影響し、あまりにもあっさりと終わってしまった。
「よし、終わったな」
(お見事です)
蛇には、この程度の相手であれば簡単に終わるであろうことはわかってはいたが、綺麗に戦闘を終わらせた点に関してフユキを称賛した。
戦闘が終わり、真紅に光り輝いていたフユキの目はいつもどおりの黒く濁った赤色に戻る。それと共に二丁の拳銃をショルダーホルスターにしまい込んだ。
馬車の御者は周囲からの狼の声が聞こえなくなったことに気がつくと、ゆっくりと顔を上げて状況を確かめる。そして、興奮した様子でフユキを称賛する。
「な、なんと…… 凄いですな。馬車を止めると言い出した時にはどうなることかと思いましたが、まさかここまでとは!」
「いえいえ、この程度であれば問題ありませんよ。所で先程の教会の話といい神様の話といい、私としてはもう少しお聞きしたいことがあったのですが……」
「ふふふ、抜かりありませんな。もちろん私の知る範囲であればどんなことでもお教えしますよ。あのままでは良くて荷物破棄、悪くて私の命が取られていた可能性だってありましたからね」
作戦通りに事が進み満足したフユキは、再度馬車の荷台に乗り込んだ。
そして、御者と様々な話をしながら道沿いの村である『リンウッド』まで揺られる事となった。
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