3.森を抜けて
木々が密集していて、5歩移動すればすぐに次の木にぶつかってしまうほどの密集した森。そんな森の中をフユキは歩いていた。密集した木々を避け、下から突き刺すように生えている得体のしれない草を除け、まるで進行を邪魔するような大自然に流石のフユキも顔を歪ませている。
木々は1つ1つが50メートル以上はあるように見える大木であり、見上げると密林のようにも見えるものの、かろうじて草の隙間から木漏れ日が出ていることが救いだろう。なぜなら、その風景はとても幻想的であるのだから。
「しかし進みにくい地形だな!」
(近くに獣道でもあればよかったのですがね)
「とは言えこの『双刃剣』のおかげで助かったよ」
(贅沢な使い方です……)
フユキは現在、自身の持つ武器である双刃剣を駆使して草や枝を切り払って進んでいる。最初は手で払って進んでいたものの、枝や草に服が引っかかったり蜘蛛の巣を顔に受けたりして苛立ったフユキが、やけになって武器を持ち出したのだ。
双刃剣。
それは簡単に説明するのであれば、長い棒の両端に刃が付いている剣といった所だろうか。
現実的に見た場合には使いづらいようにも感じる双刃剣なのだが、BlessedGemsの中では熟練度を上げることにより、まるで体の一部のようにくるくると回転させて扱うことができた。
また、熟練度を高レベルまで上げると双刃剣自体を飛ばせて操るような動きをさせることができた為、ゲーム内では凄まじい連撃を繰り出すことのできる良い武器だった。
そして、それは現在の状況になってゲームの時以上に最適化されていた。
ゲームの時では特定の技を繰り出すときにしか飛ばすことはできなかったのだが、現在はフユキ自身が認識できている場所であればどこへでも飛ばすことができる様になっている。
フユキは種族特性によって自身から50メートル範囲内であればどこでも見通すことができるため、要は自身から50メートルの範囲内であれば双刃剣を自在に飛ばすことができるという事だ。
まるで念力のような反則技だが、使い勝手は良かった。
その力で双刃剣を素早く回転させて、フユキの進む道の草木を一掃していたのだ。
(主様、また何か来ます)
「いちいち言わんでいい。視界が塞がれているとは言え私にはすべて見えているんだ」
そういったフユキはショルダーホルスターから愛用銃である『クローズ』を右手で取り出し、自身の右方向へと銃を向ける。射線上に障害物が無くなるのを少し待った後に「パンッ」というまるでエアガンを撃ったときのような音がする。
標的であるトラのような獣の頭を撃ち抜いて動かなくなったことを確認すると、フユキは銃をまたショルダーホルスターへとしまい込む。
「やはり『サイレンス』は使ったほうがいいな」
(ここの動物達は大きな音に寄ってくるようですからね)
この動物の襲撃は1度目ではなかった。
出発してすぐの時、大きな狼のような獣がフユキに襲いかかってきたのだ。だが、フユキはそれを銃であっさりと撃退した。
するとどうだろう。普通の動物であれば大きな音がする方向へは寄ってこないであろうが、ここの森の動物は銃声のした方向へ集まってきたのだ。
止む終えず寄ってきたすべての獣を討伐した後に、最初に戻るというわけだ。
そして現在、音は獣を呼び寄せると知り、銃に『サイレンス』をかけて撃ったというわけだ。
サイレンス。
それはゲーム内で『拳銃』の熟練度を一定まで上げると取得できる技能であり、それを使用中は銃を撃っても音が出ずに敵に気づかれない為、ステルスで戦えるというものだった。
別にサイレンサーを取り付けるというわけではない為、魔法を使うような感覚で使うことができる。
効果の程はゲーム時と大差は無いが、やはりこれも少しは変わっていた。ゲームであれば完全に無音で撃つことができていたのが、現在はエアガン程度の音は鳴ってしまう。よほど静かな状況でもない限り気づかれるような事にはならないだろうが、フユキは意識しておこうと感じた。
暫く歩いていると、少しづつ森の奥に光が見えてきた。それは森の終わりであった。
「お! ようやく森を抜けられるぞ!」
(5時間ぐらいは歩きましたね……)
「そんなに歩いたかね?」
(ええ。私の体内時計はかなり正確ですよ)
フユキは足を早めて出口に向かう。足が早まるのと同時に進行方向の草木を刈り取っている双刃剣の速度も早まっていた。
そしてようやく森を抜けることができた。
「なんだ、森の次は草原か?」
(主様、あそこを。あれは街道ですよ)
「まさかすぐ隣に道があったとはねぇ。もう少し周りを見ておくべきだったよ」
ようやく森を抜けたフユキを待っていたのは、今度は見渡す限りの大草原であった。その草原に見た所人の気配はなかった。
あるのは、疎らに生えている木や大きな岩。それに加えて、大きな羽を持って大空を飛ぶ巨大な鳥や全長1メートル程の大きなトカゲ等といった、森とはまた別の生態系。
唯一の救いはしっかりと整備されている道が通っていたことだろう。
その道はフユキが歩いてきた森の中の道なき道のすぐ右側にあり、距離にして数百メートルといった所だった。
50メートル範囲内であればその道に気づいていただろうが、数百メートル単位となるとフユキであっても意識せねば見通すことはできない。
過ぎたことを気にしていても仕方がない。そう自分に言い聞かせ、街道へ向かうフユキ。
「これは…… 作ったのは人だろうかね?」
(ではないのですか? これほどの整った道は人だと思いますが……)
「お前は脳みそまで蛇サイズみたいだな」
フユキは道に残された靴跡や車輪と思われる直線の跡を見て、人の物かどうかを考える。
ゲーム内では道は基本的に人が作っていたという理由もあり、蛇は完全に人が作ったものだと結論づけていた。
そして、罵倒されてしょぼくれている様子の蛇を尻目にフユキは話を続ける。
「エルフが居る場所なんだから他にも獣人とか亜人とか、そういった類の者が道を作る事だってあるかもしれないだろう?」
(それは…… なるほど。所で亜人というのは?)
人間以外を考えた理由を蛇に対して語るフユキ。そこで亜人に付いて触れると、蛇はその言葉に疑問を持った。
――そうだった、BlessedGemsの中に亜人なんて存在していないんだった……
フユキの脳の中で「やってしまったか?」という声にならない声が巡ったが、蛇はどうやら特に深く考えてはいないらしく、チロチロと下を出し入れしながら首を傾げたままだった。
「あ、亜人というのはだね。言うなれば人に似ているが人ではない者達のことだよ」
(というと…… 先程のエルフ達もでしょうか?)
「ああそのとおりさ。エルフやドワーフなんかも亜人と言っていいだろうね!」
(流石主様、博識でございますね)
ゲームでは亜人という言葉は存在していなかった。だがエルフやドワーフは存在していたのだ。その種族がゲームに存在したおかげで何事もなくこの場をやり過ごすことができた。
フユキは未だ蛇の実力というのは見ていない。それを見てこの蛇には勝てるというのであれば本当の事を行っても良いだろう。だがそれが分からない以上、フユキにはこの蛇に話を合わせるしか安全な道は無いのだ。
「ま、まあとりあえずこの道を進んで見ようじゃないか」
(所で、後ろから付けてきている獣はどうするんです?)
「放っておけ、そのうち諦めるだろう」
危ない話は早々に切り上げて、道を進もうとするフユキ。
そこで、先程からフユキを背後から付けてきていた獣について蛇が進言する。それについてはフユキも気づいていたのだが、なかなか手を出してこないため放っておいたのだ。
加えてフユキも、何もしてこない動物を一方的に殺すことは避けたいと思っている為、無視することを決める。
そして1人と1匹は街道を歩き出した。
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