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LOCUS:Blessed Gems  作者: crew
プロローグ
2/11

2.プロローグ

冬雪と書かれているのはプレイヤーとしての宮崎冬雪です。

フユキと書かれているのは現在の宮崎冬雪です。

 (ここは……どこだ……?)



 冬雪が目を覚ますと、そこは美しい花と鳥達に囲まれた湖の畔だった。

 湖の大きさはおおよそ100平方メートルほどであり、さほど大きくはない。咲いている花々は総じて今までの人生で見たことも無いような形をしており、鳥たちもそれと同じだ。

 どこか奇妙にも感じる風景だったが、冬雪はそれを美しいと感じた。



 (ん? まてよ…… さっきまで何をしていたんだ……?)



 冬雪は考える様に首を傾げると、視界の横から紫混じりの銀髪が垂れてきたのを視認した。

 そしてその髪の毛を指で摘みながらまじまじと観察する。



 (これは……僕の髪か……?)



 継続して髪をいじりながら他の箇所にも目を向ける。

 そうして自身の変化に気づいた。


 手足はいつもよりも2周り程小さくなっている。視野が低くなっていることから、身長も低くなっていると結論づける。

 服装も現代風のブラウスに膝丈プリーツスカートと膝下まで伸びるフード付きロングコート。全体的に黒っぽい服装だが所々に装飾やアクセントカラーが入っているため、おかしくは感じない。


 だが、それは冬雪にとっては奇怪な事だった。身体の大きさはもちろんの事、冬雪は先程まで黒いパーカーに灰色スウェットという姿だったのだ。日常的に着ていて、かつ着慣れている服装。そこから着替えた記憶など無い。


 第一に、冬雪には異性愛も同性愛もあったが、女装をする感覚は持ち合わせていなかった。

 よって、現在の様に左右の側頭部に黒リボンを付けていることなんて絶対にありえないはずだった。



 (まさか!)



 色々と視認して考えた末に、1つの結論にたどり着いた冬雪。

 すぐ近くにある泉に少しづつ歩いていく。

 そしてたどり着くと同時にゆっくりとその水面に顔を対面させて、まじまじと観察した。


 そこに映っていたのは、紫混じりの銀髪で黒く濁った赤い目を持った少女であった。

 外見で言えば中の上と言える。顔立ちは整って入るものの、厳しい雰囲気を思わせる吊り目と常に不機嫌そうに下がっている口角が印象を悪くしているのだ。


 その後、しばらく水面の前で手を使って口を上げてみたり頬を伸ばしてみたりして、確信する。



 (これはBlessed Gemsで作成したキャラクター『フユキ』だ……)





 その姿はまさしく、冬雪がゲーム内で作成し『フユキ』という本名と同じ名前を名づけたキャラクターだった。

 瞬間、フユキの脳内に莫大な量の情報が流れ込んできた。

 それは記憶だった。

 宮崎冬雪としての記憶ではなく、ゲームのキャラクターであるフユキとしての記憶。


 フユキは頭を抱えてしゃがみ込む。

 脳内に流れた記憶は大きく分けて3つだった。


 1つは行動の記憶。

 今までこの体がどのような経緯を辿って来たのかの記憶だ。

 この記憶は冬雪にとってはとても貴重で面白い記憶だった。なぜなら、ゲームキャラとして画面上で操作してきた行動が、全て主観視点で記憶として流れ込んできたからだ。

 言うなれば、ゲームキャラの記録を頭に埋め込まれたようだった。


 2つ目は言動の記憶。

 今までこの体がどのような会話をしてきたのか。

 これを通して、ゲームキャラとしてのフユキは傲慢な性格で偉そうな喋り方をするのだと知った。

 元々、冬雪はキャラ作成時に設定できる性格の項目に傲慢な性格であると記してはいたのだが、ゲーム内では自キャラが話すことは無いため知らなかったのだ。


 3つ目は力の使い方についての記憶。

 BlessdGemsはアクションRPGゲームだ。生活要素や娯楽要素があるとは言え、メイン要素はやはり戦闘である。

 主に反魔法、拳銃、長銃、格闘、双刃剣の使い方や、種族特性の使い方等。

 これまで使ってきた様々な力や技術の使い方が、記憶として入り込んだのだ。





 フユキはすべてを理解し、ゆっくりと頭を上げた。そして大きく深呼吸をしてどうしたものかと再度頭を抱える。

 現在フユキが居る泉の周りは、全方向を木々に覆われている。森の中のオアシスといった風貌だ。こんなに綺麗な場所がゲーム内であったならば、冬雪としての記憶に残っていそうなものだと考えたが、いくら思い返してもそのような記憶はなかった。


 悩んでいるフユキに、突如渋くて低い声が届いた。



 (主様、無事でしょうか?)


 「っ!?」



 この場合、声をかけられたというより頭の中に声が響いたという方が良いだろう。なぜなら、フユキは実際に声を聞いたわけではなく、そういった意を脳内に直接感じ取っただけなのだから。

 フユキが驚いて肩を上に跳ね上がらせながらその声を感じ取った方向を見てみると、真っ白で大きな蛇がいた。大きさは全長1メートルも無い程であり、太さは直径5センチ程。大きいとは言い難いサイズではあるものの、蛇などそうそう見ることのない文明人の宮崎冬雪にとってはかなりの大きさだ。



 (主様…… ですよね?)


 「はえ!?」


 (どうされたのですか! いつもの主様とは思えぬ表情や反応……)


 「あ、ああ。なんでも無いさ。少し考え事をしていたものでね」



 心配そうに近寄る蛇に警戒しながら、驚きで崩れていた表情を真顔へと戻しつつ反論するフユキ。その額には冷や汗と思われる液体が流れている。


 そう、この回答はキャラとしての記憶から引き出した言葉によるものだ。プレイヤーとしての冬雪にはここまで余裕ぶる精神力は無いし、ここまで強気に出られる気量も無い。

 しかし、ここで自分が実は『フユキ』では無く『宮崎冬雪』であるという事を知られた場合、どうなるか分からない。よって、あたかもフユキであるような立ち振舞をしたのだ。



 (思い出したぞ。確かこの蛇はゲーム内では仲間として連れ歩いていたNPCだ)



 BlessedGemsでは人間以外の生物でも味方に加えることができていた。そして、冬雪は自分の味方を非人間で固めていたのだ。

 自身の種族も『鬼姫』という人外種族であったためロールプレイの一貫としてそんな事をしていた。

 フユキはこれまでの記憶を思い返してみて、その蛇が信用出来そうであったため会話を続ける。



 「お前はどうやってここに?」


 (気づいたらこの場所に眠っておりました。それまでの記憶はございません)


 「同じか……」



 NPCであった蛇も同じであるということを知り、謎は解けないままとなる。

 フユキがまた思考モードに入り、沈黙が続いた後、蛇は一つ提案をする。



 (主様、拠点があるのであれば目指してみるのはどうでしょう?)


 「サンクチュアリか!」


 (ええ、あの場所であれば物資も豊富ですし、何より安全です)


 「いい案を出してくれた! では早速……」



 蛇を褒めたフユキは、インベントリにあるはずのアイテムを取り出せるかを確認した。なにもない所から生肉を取り出してみせると「褒美だ」と言い放ち蛇に投げる。蛇は嬉しそうに肉を丸呑みした。

 その後インベントリからとあるアイテムを取り出した。



 (聖域指針のコンパスですか)


 「うむ。この大地に我らが拠点サンクチュアリがあるのであれば、これに反応するはずだが」



 取り出したコンパスは、至って普通のコンパスである。華美な装飾も高そうな素材も使われていない。


 『聖域指針のコンパス』

 それは常に聖域を指し示すコンパス。

 聖域というのは「鉱山拠点サンクチュアリ」のことであり、その場所こそがフユキがゲームで拠点として使っていた施設だ。


 コンパスの針はぐるぐると勢いよく回転し、ゆっくりとその速度を落としていく。

 そして、ゆっくりと北の方角を指し示した。それと同時に、見慣れないこの大地にサンクチュアリという拠点が存在しているのだと知る。



 「一応あるみたいだな」


 (現状私達の頼りはこれだけです)


 「言われずともわかっているさ。慎重に行くぞ」



 現在のフユキの場所からでは、どの方角に行くにしても森を抜けることになる。となると、視界が悪く動物も多いだろう。そういったことを警戒しての言葉だった。

 フユキが歩き出そうとした瞬間、なにかの気配を感じ取り1歩目にして足を止めた。



 「蛇」


 (わかっております。では私は隠れさせて頂きますね)


 「そっ、そこに入るのか!?」


 (いつものことではありませんか)


 「あ、あぁ、そうだったな」



 危なくボロが出る所だったフユキは、慌てて冷静を取り戻す。

 蛇はフユキの首元の襟口から服の中へと入ってき、これまた襟口から顔を出す。

 フユキの触覚は種族特性で殆ど停止させているため何も感じることは無いが、もし普通の感覚があるのであれば気持ち悪いことこの上ないだろう。


 あたふたとしている内に、森の中から声が聞こえた。

 今度は頭の中に届く声では無く、本物の声だ。



 「貴様は人間か!」



 フユキは少し迷った。この体は人間ではないが、この場は人間と言ったほうが良いのでは無いかと思ったからだ。そして「そうだ!」と大きな声で答える。



 「馬鹿なっ!」


 「人間の反応ではなかったはずではないのか!」


 「いや、間違いなく人間の反応ではなかった!」



 フユキの答えが意外だったのか、森の中から4つ程の声がザワザワと返された。

 フユキはなにかおかしいと感じ、種族特性である『領域支配の観測眼』を持って森の中を調べる。


 『領域支配の観測眼』

 これは領域内のすべてを見通すことのできる鬼姫の種族特性である。これを持つフユキは、目で捉える情報に加えて、自分を中心とする直径100メートルの範囲が常に見えている。目で捉えているわけではないため、暗闇でも物陰でも問題ない。

 また、意識を広げることで長距離まで観測できるが、それをした場合には目が真紅に光ってしまう上に反動がかかる。


 ゲーム設定では敵の場所を知るだけの力だったのだが、性能が変化しているようだった。

 そしてこの力によって、5人の人と、相手の耳が人間よりも少し長いのが見えた。



 「エルフ……か?」


 「な、なぜだ! 我々を認識できているのか!?」



 フユキが小さく呟いた言葉に同様する様子の人々。それはフユキにとって肯定とされたのと変わらなかった。

 続けてフユキは声を大きくして言う。



 「私に敵対するつもりはありませんよ。今すぐ引いてくれるなら何も見なかった事にしましょう」


 「そういうわけには行かぬ。我々をエルフだと知られたからには……」



 これまでで一番低い声が響いたと思うと、フユキの左右から矢が放たれた。

 フユキはそれを一歩下がる事によって回避する。

 この最小限の動きの回避は『領域支配の観測眼』によって相手の位置や弓矢の動きが丸わかりであるからこそのものであった。


 それを見たエルフ達は今度は号令をかけた。



 「エルフの呪術矢を避けるか! なれば一斉に撃て!」



 今度はフユキの左右から1本づつと前方から2本の矢、計4本の矢が飛んでくる。

 左右の2本を先程とは逆に1歩前に進んで回避すると、前方から来る2本の矢をタイミングを見計らって素手でキャッチする。


 いくら弓矢といえど、普通の人間が鏃を避けて受け取れる程の速度では無い。だが、フユキの観測眼と種族としての脳処理能力の力を持ってすればそれもあっさりとできる。



 「矢を止めるとはな…… だが馬鹿め。それはエルフの呪術矢だ。そのまま呪われ死ぬが良い!」



 エルフが威勢よく言い放つ。

 まさか触れるだけで何かが起こるとは思わなかったフユキが、肝を冷やしながら矢を捨てて手のひらを見る……が、なんともなかった。

 不思議に思ったフユキがエルフに対して問う。



 「なんともないのだが……?」


 「馬鹿な! 矢に塗られた呪術が効かない……!?」



 その言葉を聞いてエルフ達がどよめき出す。

 フユキはそれをチャンスだと踏んだ。

 自分の来ているコートの内側に手を差し込むと、そこから拳銃を1丁取り出した。

 それは実在する銃であるCz75をモデルにして作られた『クローズ』という武器だ。

 本来であればショルダーホルスターに収納してある2丁の『クローズ』使うのだが、エルフたち相手には1丁で十分だと判断したのだ。


 森の中に4発の銃声が鳴り響いた。それと同時に4人の倒れた音も聞こえた。



 「なんだ! 何が起きたのだ! 誰か返事をしろ!」



 残った1人のエルフが仲間に声をかけるが、誰も返事はしない。

 4人を撃ち抜くまでにかかった時間はおおよそ3秒程。方角がバラバラであった事を考えると早すぎるくらいだが、それが熟練度の力であった。加えて『領域支配の観測眼』で位置を完璧に把握しているため、顔を動かす必要が無いというのも大きい。



 「最後の方には聞きたいことがあるからねぇ、出てきてくれるとありがたいよ」



 フユキが最後の1人に対して声をかけると、一瞬の草の擦れる音と共に最後のエルフはその場から逃げ去った。

 フユキの実力であれば、その状況から追って捕らえることもできたが、それは実行しなかった。



 (追わなくても?)


 「情報が少ないんじゃあ深追いするのも危ないだろう? それに流石はエルフというべきか…… 森の中だって言うのにとてつもない速度で遠ざかっているな」



 蛇の問に対して、遠くを見るような顔をして答えるフユキ。

 エルフの呪術矢というものの正体もわかっていない以上、深追いするのは危険だという判断をしていたのだ。

 だが、既に3キロ程逃げたエルフの姿を、フユキの赤く光る眼はしっかりと捉えていた。

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