プロローグ1
その日、女騎士はアルス第一王子の後宮に甲冑を着たまま女の部下だけを連れて踏み込んだ。
女の悲鳴と赤ん坊の泣き叫ぶ声が耳につく。
「妃を逃がすな! 抵抗する者は多少手荒にして構わん! 全員捕らえろ!」
全く、馬鹿な女だ。
何故不貞がバレないと思ったのか。
神に愛された王の血筋に嘘は通じない。
王子の子供なら守護精霊が現れる。不義の子供である証拠は赤ん坊自身だ。
産まれた赤ん坊には1月経った今でも守護精霊の現れる気配が無いのだ。
「無礼者! 私は殿下を裏切ってなどおりません! 離しなさい! 殿下なら、殿下なら分かってくださいます!」
公爵家の出らしく教養を兼ね備えた若く美しい妃なのだろうが、今は怒りと恐怖で顔は歪み、まるで獣の様に手足をバタつかせて抵抗している。
「これは王命です。裏切っていないと言うなら、今ここで赤ん坊に精霊の加護がある事を証明してください」
女騎士は女官の一人が抱いている赤ん坊に近づき、その腕にそっと短剣の先を押し当てる格好をした。
「止めなさい! 殿下の赤ちゃんなのよ!」
「本当に殿下のお子様なら、今ので私の方が無事ではないはずだろう?」
今のパフォーマンスが効いたのか、思いの外女官達は怯えるだけで大人しく従った為、赤ん坊は易々と確保出来た。
抵抗する妃を部下達が引きずるように出口へと連れて行く。
女官達は縄で腕を縛り、徒歩で連れて行くが、赤ん坊と妃は後宮出口で待機している馬車に乗せて運ぶ段取りだ。
赤ん坊を抱いたまま馬車に乗ろうとした時、部下の一人が覆いかぶさって女騎士を庇った。
「隊長危ない!」
矢だ。
「賊を捉えよ!」
後宮出口で待機していた数人の男の部下が、矢を射た者がいると思われる方向に走って行く。
女騎士は矢を受けた部下の顔色が急激に悪くなっていくのに気がついた。
「毒か。ジュリ精霊魔法を頼む」
ジュリと呼ばれた部下が直ぐに掛けつけた。
「ガーディアンの名においてジュリが命ずる。癒やしの精霊よ!」
ジュリの呼びかけに、小さな精霊が召喚された。
白く輝く癒しの精霊。
おそらく初級精霊のランク5位だろう。女騎士の隊の中では腕の良い精霊使いだ。
「毒の癒しを!」
ジュリの命令に精霊が輝き、癒しの力を使った様だ。部下の顔色が見る間に良くなっていく。
「何者でしょうか?」
「捕らえれば分かるが、無理だろうな」
女騎士の言うとおり、賊はあと一歩という所で自らが呼び出した炎の精霊に焼かれて死んだ。
証拠は塵となったのだ。
妃の不義の相手か、あるいはもっと別の手の者か。
「赤ん坊の方を狙ったのは何故だ・・・」
第一王子の妃のスキャンダルはアルス王国を数ヵ月の間騒がせたが、この時の女騎士の疑問に答えられる者は現れなかった。