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大根と王妃②  作者: 大雪
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第9話

式を知らせる鐘が鳴り響く


今日は私の結婚式


愛する旦那様と愛を誓う日だ


夢に見た教会での挙式


昔何かの本で見た結婚式風景と同じように、神父様と神の前で私は旦那様の横に佇んだ

顔を隠す薄い布越しに隣を見れば旦那様の姿が見える

すべすべとした肌がご自慢

その白い輝きはもはや何物も勝つことが出来ない



ああ愛しい私の大根っ!!



新郎の衣装に身を包んだ大根と共に、ほんのり頬を染めた果竪は早くその時が来るのを待ち望んだ


そうして式は進み、とうとう愛を誓う時が来る


神父の問いかけに果竪は勢いよく頷いた


さあ、これで式は



モウニガサナイ



「え?」


隣で先程同じように自分と愛を誓った愛しい大根の姿があの人へと変わる


その逞しい腕が自分の腰を抱き寄せた

抵抗する間もなく口づけされてようやく自分の身に降りかかった事を理解する


長く細い艶を含んだ絹糸の如き白髪

煌めく二つの紅玉をはめ込んだ双眸

誰よりも美しく聡明だった夫は自分の体をしっかりと捕らえる


「あ・・」


口づけが激しさを増す

恐怖が込み上げ必死に逃げ出そうともがくが力は弱まらない


果竪――


脳裏に直接響く声が体から全ての力を奪う


極上の美酒よりも甘美な酔いをもたらすそれから逃げる術を私は知らない


流される


このままでは掴まってしまう



駄目だ


早く


早く逃げなくては





「離してっ」


蘇るのはあの夜のこと


大きな腕


逞しい体


性別を超越した美貌の麗人が確かに男だと分る力強さで自分を引き寄せた夫――


ひどく優しげで秀麗な顔が近づくのを恐怖で迎えたあの日――


果竪は力一杯叫んだ



「離してぇぇぇぇっ!」



瞬間、体が不思議な浮遊感に包まれた。


なに?


そしてそれは起きた。


ドスンっ!


「ぎゃっ!」


重たい何かが落ちた音とほぼ同時に衝撃が体を襲う。

息を詰まらせながらハッと果竪が目を開けると、見覚えのある天井が視界に飛び込んで来た。


それは――集落に来てから自分が与えられた私室の天井だった。

怪我の為に寝台から起き上がれない間、染みを一つ一つ数え、そこに百三十五個の染みがある事も分っている。


そんな事を考えながら、暫く果竪はぼんやりと天井を見つめながらその場に横たわっていた。


既に部屋は明るい。

窓から差し込む朝日はまだ青白さを少し含んでいたが、それももう少しで消えるだろう。


遠くで鶏の鳴き声が聞こえた。

その瞬間、まるで金縛りが解けるように体が勝手に動き大きな溜息をついた。


「・・・夢か・・」


自然とその言葉が出た。


さっきのは全て夢。

というか、この状況では明らかにそれ以外はないだろう。

そんな自分の今の状況を説明すると、思いきり床に寝っ転がっていた。

その隣には布団が落ちかけている寝台。

どうやら、自分は寝台から落っこちたらしい。

ゆっくりと体を起こすと、寝台は思った以上に乱れていた。

落ちかけた布団はもとより、シーツは乱れに乱れ枕もなぜか本来足がある場所に転がっていた。

昨日寝る前に綺麗に直したというのに、その面影は全く残されていなかった。


ってか、ここまで寝台が乱れるほど寝相の悪い私って・・。


いや、これは私の寝相が問題ではない。

悪いのはこうして寝台から落ちる原因となった夢見の悪さである。


「最悪の目覚めって・・こういう事を言うのね」


そう――最悪の目覚めだからこそ此処まで寝台が乱れたのだ。

にしても・・嫌な夢を見た挙げ句、寝台から落ちた衝撃に目をさます。

最悪以外の何物でもない。

しかも、体が痛いというおまけ付きと来れば自分の不運に嘆くしかない。


「全く・・なんだってあんな嫌な夢を・・・」


ああそうか


「あんな話を蓮璋から聞かされたせいか」


『今後の集落の方向性は――』


考え込む果竪だったが、その耳が扉を叩く音を聞き取る。


「果竪、起きていますか?朝食の用意が出来たそうですわよ」


明燐の声に果竪は我に返った。

が、返事を返す前にお腹の音が先に返事をする。


楽しそうに笑う明燐の笑い声からどうやら部屋の外まで聞こえたようだ。

恥ずかしさを誤魔化すように急いで返事を返すと、果竪はすぐさま着換えを始めたのだった。




真っ白なご飯はふっくらと炊け、きちんと出汁の取られた汁物は美味しそうな匂いと湯気を放つ。野菜炒めは色取り取りの野菜が使われ、集落自慢の味付けがなされている。

また、朝一で釣られた川魚は塩焼きにされ、皿の隅には大根おろしが添えられていた。


コポコポと黄金色の茶が茶器に注がれると朝食の始まりである


早速料理に手を付けた明燐はその美味しさに舌鼓を打つ。

この味付けならば誰も文句を付ける者は居ないだろう。


「大根が少ない」


前言撤回。

向かいに座る果竪が文句をつける。


しかも


「食べる前から文句ですか」


食べてから言うならまだしも食べる前。

しかも文句の方向が人とは違う。


大根が少ないって何だ。

まあ、確かに今日の朝食で大根が使われているのは焼き魚に添えられた大根おろしのみ。

汁物の具にも、野菜炒めの具にも大根は入っていない。


だがそれが果竪には不満らしい。


「あぁ!これっぽっちの大根じゃ力が出ないっ!」


人にご馳走になっていて何を言う。


「果竪、少しは我慢して下さい。それに大根は先日堪能し尽くしたでしょう?」


怪我の手当から目覚めた果竪に約束通り明燐は大根の料理を振舞った。

あの時に消費した大根の数はおよそ三百本。

集落の人達が二ヶ月に消費する大根の本数とほぼ同じ本数を果竪は一食で食べ尽くしてしまった。


和洋中華あらゆる方面の大根料理に果竪は心底満足した。


が、当然一日でそんだけ大根を使えば弊害も出て来るわけで・・・。


果竪が食べ尽くしたせいで大根の生産が追いつかず、また今時期が大根の本格的な収穫時期ではないため、料理に大根を出す事を大幅に制限されてしまった。


しかも、集落全体で。


悪いことをした


そう思う明燐だが、果竪は大根を食べられなくなって不満たらたら。

少しは反省してくれ。


「うぅ〜〜・・・大根・・」

「少しは禁大根してください」


禁大根って何なんだ。

果竪の隣で食事を取っていた蓮璋は思った。


「はぁ〜〜……今日の朝も悪夢見たし、嫌な事ばかりね」

「悪夢ですか?」


首を傾げる蓮璋が聞きつける。

果竪にとっての悪夢というならば、きっと大根に関係する事だろう――とうとう明燐に大根捨てられたのか夢の中で。


果竪は気だるげに溜息をついた。

その様を、明燐、蓮璋ともに複雑な思いで見つめる。


色香溢れるそんな顔をどうして夫の前で見せないんだっ!(by明燐)

大根の何処にそんな魅力が・・・(by蓮璋)


そして互いに目配せし、二人は溜息をついた。


「そう、悪夢見ちゃったの」

「それは大変ですね。でも、悪夢というのは他の人に話してしまえば本当にはならないと言いますからね」

「・・・だったら言っちゃおうかな」


実はねと果竪は話し出した。


「結婚式の夢を見たの。で、大根が新郎だったんだけど」

「マジ悪夢ですね」

「ちょい待ち!此処はまだ序章、しかも良い夢の部分よっ」


蓮璋の断言に果竪が全力否定する。

そんな二人に明燐は心の中で涙した。


蓮璋は間違ってない。全く間違ってない。

普通新郎が大根だったらどう考えても悪夢だろう。


「私は大根が好きなのっ!愛してるのっ」

「それは分ります。大根は美味しいですからね。でも新郎が大根では」

「素晴らしい新婚生活になるわ」


おいっ!


心の中でそう突っ込んだのは蓮璋だけではないのは言うまでもないだろう。


「大根とは子供は作れませんよ」

「ちっちっちっ!この世に不可能なことは何も無いのよ!知ってる?!現在の科学技術の発展の素晴らしさはっ!」


作る気だ。

絶対作る気だこの人。

いくら馬鹿でもここまで言い切れば誰もが察するだろう。


「果竪。子供を作るという事は科学の進歩だけではどうにもなりませんわ」

「神の力も使えばいいじゃない」

「どこの世界に大根と子作りする為だけに力を注ぐ馬鹿がいるんです」

「此処」

「――野菜の国に生まれれば幸せだったでしょうね」

「そしたらライバル蹴散らして大根と結婚して王妃になるし」


結婚するのか。そして野菜の国に生まれる事は当然なのか。

いや、それよりも大根が国王なのが前提なんですかおいっ!!


「とにかく大根との子作りは禁止です。まあ、相手の一物に大根並の大きさを所望するならば何とかなりますが・・」

「明燐っ?!」


いったい何を言ってるんだと慌てる蓮璋に果竪はポンっと優しく肩を叩いた。


「あ、言い忘れてたけど明燐は耳年増だから」


あの美貌にあの素晴らしい体つきでしょう?

昔から明燐を物にしようとする男達が後を絶たなくて


「心配した明燐の兄や年長者達が明燐にその手の知識を叩き込んだのよ」


ついでに対処法もきっちりとたたき込んだ。

出来るならば汚れない純真なままで居て欲しかっただろうが、余りに世間知らずだとそこにつけ込まれて既成事実を作られかねない。


そうしてしっかりと性教育(但し講義のみ)を施し、更には侍女仲間達のそう言った卑猥な話にも率先させて仲間入りさせた事により、明燐のその手の知識は素晴らしい物になった。


「・・・・・そうですか」

「あ、でも耳年増だけど明燐は処女でキスもまだだから」

「果竪っ!」


余計な事は言わないでと叫ぶ明燐に果竪はあははははと笑う。

因みに、蓮璋はまるで初な少女のように頬を赤らめていた。


どっちが男だか分らない状況である。


「よりにもよって人の経験の無さを暴露するなんてっ」

「良いじゃない。将来の旦那様になるかもしれない相手でしょう?」

「果竪っ!」

「私だって心配なのよ!明燐は私と同い年のくせして、男の噂が何一つないしっ!」


それだけ素晴らしい性への知識を知識のままで留めて置いていいの?!

そう叫ぶ果竪だが、それも何処か違う気がするのは蓮璋だけではないだろう。


「それに言っとくけど、私は大根並の大きさとかじゃなくて大根がいいの」


果竪がさらりと話を戻す。けど、出来ればもっと前に戻して欲しかった。


「大根・・まさか、大根そのものを受け入れるというんじゃ」

「やめてそんな卑猥な発想!私と大根はプラトニックな恋愛を育んでるのよっ!」


育んでるのか!!


「それでね、そんな最初は素晴らしい夢だったにも関わらず、式が進むに連れて大根が夫になってたの」


今度こそ、戻って欲しい場所まで話が戻った。

が、突っ込む隙を与えないその話術。見事過ぎる。

でも何時かは絶対に突っ込もうと心に決めた蓮璋だが、今何か凄すぎる事を聞かなかっただろうか?


え〜〜式が進むにつれて大根が夫――


「大根が夫?!」

「落ち着いて蓮璋。大根が夫ではなくて、大根が果竪の夫である凪国国王に変わっていたという意味よ」


あ、そうか。

それはそれで問題だが、とりあえず蓮璋は突っ込まない事にした。


「それで、国王に変わった新郎はどうされたのですか?」

「襲われ掛けた」


え?何その修羅場。


「それで暴れまくった所で寝台から落ちて目が覚めたの。でも良かったわ。覚めなきゃどうなってたことか」


いや、どうもならないだろう。

夢の中では襲った所でどう頑張っても妊娠はしない。

が、そこでいらない余計な一言が告げられる。


「知ってます?別世界では夢魔という悪魔がいるそうですわ。夢魔のうち男性型をインキュバスといい、性欲過多な彼は睡眠中の女性を襲っては妊娠させると言われているそうです。しかも実は凪国国王はそのインキュバスを先祖に持ちしかも先祖返りしていてその能力を持っているとか」


果竪が絶叫する。


室内どころか集落一杯に響き渡ったのではないかという大絶叫に蓮璋は危うく椅子から落ちかけた。


「うわっ!ととっ」


そればかりか食卓の上の汁物が音波で波打ち零れかける。


「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「果竪、落ち着いて」


落ち着かなくさせたのは明燐だ。

にも関わらず、彼女はいけしゃぁしゃぁとそういってのける。


「どうしようっ!このままじゃ夢の中で犯られるっ」


もはや蓮璋の中で貞淑でたおやかな深窓の王妃像はない。


「夫婦なんだから良いではありませんか」

「よくないわっ」

「ちょっ、落ち着いて下さい二人とも」

「ってかインキュバスって何?!本当に萩波って子孫なの?!」

「私の願望です」

「嘘かよっ!」


あっさりと嘘だとバラす明燐に果竪が切れた。


「ですがあの精力過多ならぬ色気過多。歩くだけで女性達を悩殺していくその駄々漏れの色香と麗しい美貌の凄まじさ。どう考えても唯の神ではありませんね」

「化け物?」

「確かにあの歩く凶器どももとい国王とその側近達は化け物よりも質が悪いですが――ああ大丈夫です。集落の人達の悲劇を伝えても食べられたりしませんから」


王妃と侍女長の国王以下側近達の評価を聞いて後ずさる蓮璋に明燐は安心させるように言った。

が、それで果たして蓮璋が安心したかどうかは彼のみぞ知る。


「まあ、それはさておき。国王が夢に出てくるとは珍しいですわね」

「王宮を出て以来初めてよ」


王宮を出て以来一度も夢ですら見て貰えない夫


蓮璋は心の中で国王に心底同情した。


「ああもう!こんな時にこんな悪夢を見るなんて最悪よぉ」

「そうですか?」

「当たり前じゃないっ!ああもうっ!」


ぶつぶつ――ではなく、ぎゃぁぎゃぁと文句を言う果竪はおよそ高貴な貴婦人の欠片もない。

何処にでもいる普通の少女だ。

凪国では珍しい青みがかった黒髪を持つ以外は何処にでもいる平凡な容姿しか持たない王妃。


けれど蓮璋は知っている。


その二つの勿忘草色の瞳が時折宿す美しくも激しい光を――


「あ〜〜・・・これも全ては萩波が出てくるからっ」


勝手に夢に出されて勝手に文句をつけられる国王に蓮璋は同情した。


「で、この落とし前はつけてくれるんでしょうね?」

「はい?」

「神聖なる朝食での大根不足っ!昼食には大根五十本――」


ゴンっ!と思いきり頭を叩かれた。


「何馬鹿な事言ってるんですか果竪」

「馬鹿って何よっ」

「馬鹿だから馬鹿です。そもそも、蓮璋には今そんな事をしている暇はないというのに」

「そ、そんな事?!大根がそんな事っ?!」


とはいえ、確かに明燐の言うことにも一理ある。

昨日聞かされた話では、もはや蓮璋達に残されている時間は殆どないのだから。



昨日、果竪達の部屋に来た蓮璋は今後の集落全体の方針を告げた。


その方針というのが、一刻も早く準備を整えて何処かに隠されている鉱石を探し出すというもの


結界の綻びをどうにかするにしても、原因が分らない今は下手に手出しをせずに取り敢ず修復に力を入れる事にだけ専念するいう形になったのだ。

それに、鉱石を見つけて王に上奏して領主の罪が認められれば別に結界が壊れた所で何の脅威もなくなる。


そもそも領主の目から逃れるために此処に居るのだ。

その領主自体が居なくなれば結界など無用の長物となる。


勿論、鉱石を探すには多くの危険性が孕んでいた。

結界のある集落の外に出るのだ。領主に発見される危険性は大きい。

それに、探したところですんなりと鉱石が見つかるという保証もない。


だが、最早時間をかけるにはその時間が無さ過ぎた。

というのも、会議の間にも新たな綻びが見つかったという報せが幾つも入ってきたからだ。

綻びの数は全部で十個。大きなものはないが、それでも前よりは明らかに大きい中ぐらいのものも現れ、その報せを受けた者達は恐れ戦いた。


結界が壊れればいつ領主に発見されてもおかしくはない。


今度こそ、皆殺しにされるかもしれない。


そんな村人達を宥めながら、蓮璋達は綿密な計画を練った。


危険な場所に向かうのだ。

それに、この鉱石を手に入れられるかで自分達の命運は決まる。

もしこれが失敗すれば、強大な力を持つ領主の所から鉱石を盗み出す以外方法はないだろう。


それは、今まで自分達が目を逸らし続けていたもう一つの証拠集めの方法。

しかし、それをやろうとする者はこの領地の者の中にはいない。


「馬鹿だけど力自慢って結構いるからね」

「馬鹿・・・」

「馬鹿じゃん、ええあいつは筋肉馬鹿よ」


そう言い切る果竪に明燐は首を傾げた。


「果竪・・・ここの領主を知ってましたっけ?」


聞いていませんわよと言う明燐に果竪はポリポリとばつが悪そうに頭を掻いた。


「う〜〜ん、知っているっていうか何というか・・・」

「なんか歯切れが悪いですわね」


白状しろと微笑む明燐の笑みは何時も以上に美しさを放つ。

美女が怒ると恐いというが、威圧感を放たれても恐い。


「え〜〜、いや、ほら、二十年前までは私も一応は王妃として公式行事に出ることもあったでしょう?」

「まあそうですわね」

「その時に・・・今から五十,六十年前ぐらいかなぁ・・影から見た事があるのを思い出したのよ、昨日」


見た目こそ貴公子然としていた逞しい肉体を持った美男子だが、その内面は馬鹿だ。

脳味噌まで筋肉が詰まってるんじゃないかと本気で疑ったのを今でも思っている。


「しかも、こいつが凄い選民主義者で」


果竪が居ない事を良いことに、夫に対して自分の姉妹を側室にどうかと言ってきた。

しかも、次の日には本当に姉妹を伴ってやってきた挙句、この姉妹もまた性格が悪かった。

我儘、高慢、自己中という見事な三拍子揃い。

夫に散々色目を使い何とかして側室として、いや、正妃の座を奪おうとした。

見た目だけは絶世の美女。しかも妖艶な肉体は数多の男達の欲情をそそる事は間違いないほどの代物。その豊満な胸を押しつけられればまず間違いなく普通の男なら下半身のものを熱くさせて飛びかかるだろう。


しかし、王はこれをあっけなく退けた。


「ってか、どうしてその時に果竪が側に居なかったのです」

「知らないわよ。なんか、その馬鹿が来るけどお前は部屋から出るなって言われてさ」


王が信頼する侍女達とともに部屋に押し込められたのだ。


「丁度その時は明燐は私の側から離れてたから、手引きする人もいなくて」

「・・どうして会わせなかったのかしら?」

「さあね。でも、何だか腹が立つし、丁度部屋に来た朱詩と一緒に侍女達の目を盗んで部屋から抜け出したの」


萩波が自分を会わせない相手とは一体どういった人物だろう?

そんな期待を抱いて会いに行った果竪だが、すぐにその期待は別な意味で裏切られた。


「しかも、何がムカツクって散々見下してるくせに私付きの侍女の一人に手を出したのよっ!」


田舎から出てきたばかりのその子はまだ13才になったばかり。

けれど、年齢に似合わない色香と凄艶なる美貌はその馬鹿貴族の目に止まってしまった。


そうして泣いて嫌がる彼女を権力を盾に強引に空き部屋へと引きずり込んだ。


「それだけじゃないわっ!その馬鹿は、侍女を助けようとした他の侍女仲間にしてその侍女の少女の従姉妹に当たる子の額を花瓶で殴ったのよ!」


その時の事を思い出してるのだろう。

果竪の頭から湯気がでそうになっている。

一方、話を聞いていた明燐がハッ!と口を手で覆った。


「もしかしてその殴られた侍女とは涼雪――」


「そう」


「え、でも涼雪の額には確かに傷があるし、その傷が出来たのも五、六十年前です。でもそんな事は一言も」


ただ、出先で怪我をしたと聞いていた。

そう、兄からも――。


「涼雪から内緒にしてくれと御願いがあったからね。それに、そんな事件自体忌まわしすぎるし、その襲われ掛けた娘の今後の将来にも関わるからって事で事件自体が闇に葬られたの」


自分が駆けつけた時に見たのは、扉の外から叫ぶ襲われ掛けた侍女と、助けようとして額を殴られて地面に倒れる侍女、そしてその侍女を蹴飛ばしていたあの馬鹿領主。

今にも部屋に舞戻ろうとする襲われ掛けた侍女を共に居た朱詩に任せて一人部屋へと飛び込み領主が此方に気付く前にボコボコにしたのだ。

そのすぐ後に、国王達がやって来た。

後のことは自分達がと言って、その領主は連行され、意識を失った侍女はすぐに医務室へと運ばれた。


「けど、その夜はめちゃくちゃ怒られて・・」


侍女の貞操を守ったのに、夫からはめちゃくちゃ怒られた。

それどころか、そんなに人の話を聞かないのなら仕方がないというメチャクチャな理由で次の日は部屋から出られない所か寝台からも起き上がれなかったほどだ。


起き上がれない理由を察した蓮璋が頬を赤く染める。

以外と純情らしい。


「って事で、領主の所に行く時は私も呼んでね」

「はいっ?!」

「連行させる前に色々と恨みを晴らしたいし」


うふふふふふと笑う果竪に蓮璋が末恐ろしいものを感じたのは無理のない事だっただろう。


「蓮璋」

「わ、分ってますよ」


明燐の笑みに蓮璋は今度は顔を青ざめながら頷く。

何があろうとも果竪は連れて行かない。王妃を危険な目にあわない為もそうだが、何よりも明燐に嫌われてしまう。


忘れられてそうだが、明燐に一目惚れして告白までした。

誰が何と言おうとも、明燐を手に入れたい。


とはいえ、実力行使という卑怯な手は使わないが。


(って・・・今はそんな時じゃないな)


全てが終った後、もう一度告白しよう。

そして正々堂々と手に入れたい。


蓮璋は静かに箸を置いた。


「名残惜しいですが、この後は準備がありますからこれで失礼します」


証拠を取りに行く


その計画実行は一週間後の夜。

それで全てが決まる。


準備は万全。

そう言い切る為にも、一秒も時間を無駄に出来ない。


本当ならばもう少しこの穏やかな時間を満喫したかったが、蓮璋はそれを振り切るようにその場を後にした。


残された果竪と明燐は、蓮璋を見送った後、再び朝食に目を向ける。

話していたせいですっかりと冷め切ってしまったが、残すことはしない。


「この後、どうしましょうか?」

「そうね〜〜」


蓮璋とは違い、しなくてはならない事があるわけでもない。

とはいえ、こうして食事までお世話になっているのだ。

何か出来る事を探した方が良いだろう。


「外に出て見ようかしら」


果竪の言葉に、明燐が頷いた。




進んでいないように見えて実は進んでいる?今回のお話。

取り敢ず、果竪の機嫌を取るには大根が一番です♪

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