第8話
今回はかなり長いです。
「それで、まずはどうしますの?」
明燐の言葉に果竪はきっぱりと言った。
「一番大切なのは証拠集めね。鉱石一つあればそれだけでも充分に戦えるからね〜」
それは自分の裁判で経験済みである。
「鉱石・・・となると、やはり領主の下に直接・・ですか?」
「必要ならばそれもあるわ」
但し、それには細心の注意を払わなければならないだろう。
何せ、敵の本拠地に乗り込むのだから。
「・・何だか気が乗らなさそうね?明燐」
「いえ、その・・」
「何が心配なの?」
そう問いかけると、明燐が心配そうに告げた。
「証拠の件ですが・・・その、もし領主がその危険性に気付いていて、既に証拠を消されていたらって・・」
証拠隠滅の恐れを指摘する明燐に果竪はカラカラと笑った。
「その可能性はないわね」
きっぱりとした断言に、明燐が目を見開く。
「どうしてです?罪の証拠を持つのは危険ですわ」
「確かに危険だけど、そもそも秘密裏に掘り出させ、村人達を殺してでも独り占めにしたいほどの価値を持つ鉱石よ。国の目を誤魔化すのもかなり大変な上、大量虐殺という危険性を犯してでも欲しかったもの。それをそう簡単に消す事なんて無理よ。まあ・・別の何かに変えてしまうぐらいはするでしょうけど。でも、それ位なら色々とやりようはあるわ」
果竪の言葉に明燐は頷いた。
「ですわね。けど・・・なんでしょうね」
「ん?」
「果竪の言うことは正しいですわ。証拠がなければ訴えた所で勝てる見込みはない」
でも――
「けれど、蓮璋達は何度も王に訴える為に使者を送っていますわ。それはどういう事ですか?」
「それなんだよね」
あの蓮璋が送っても意味のない事をするだろうか?
いや――する筈がない
「証拠が・・・あるのかもね」
「証拠・・つまり、鉱石がですか?」
「鉱石にしろ、鉱石ではなくてもそれと同等の価値を持つ何かを」
だからこそ、危険を承知で使者を送った。
その全てが帰る事はなかったが。
でも、送ったという事は何か勝機があったという事だ。
とはいえ、その証拠も王に上奏できなければ何の効果も発揮しない。
「だから、着実に王と話が出来るように王妃を襲った」
王妃を通じて話を聞いて貰う為に。
「で、その証拠はあるんですか?」
果竪の言葉に、その目線の向く先に明燐はハッと扉を振り返る。
「蓮璋・・」
呆然とする明燐に困った様に微笑み、次に果竪を見て見事だという様に微笑んだ。
「流石ですね、王妃様。やはり貴方は深窓の姫君ではありませんね」
「だから、私は田舎生まれの田舎育ちなんだってば」
夢は農夫と結婚して世界一の大根農家になること。
そして、夫と幸せな家庭を築き子供を生み育てることだ。
間違っても王妃になる事が夢だったわけではない。
「そうよっ!そもそも何事もなければ今頃は大根に囲まれて暮らす為に全力尽くしてたのに」
「大根?王宮の敷地を開墾するんですか?」
「蓮璋、果竪の言い分は無視していいから。時々おかしくなるの」
「人を変人みたく言わないでっ!」
大根に囲まれたいと言っている時点で充分変人じゃないか。
そんな目で明燐が見ると果竪は大いに憤慨した。
今そんな場合じゃないというのに。
「私はただ大根をこの上なく愛してるだけよっ」
「それがおかしいって言ってるんですっ!そもそもその愛するはライクですか?ラブですか?」
「ラブ」
「おかしすぎるでしょうっ!」
「何よ!いちいち失敬ねっ!それが王妃に対する態度?!」
「王妃らしくしてないのは果竪の方じゃないっ」
私は大根と不倫する気満々の王妃に仕えてるわけじゃないと叫ぶ明燐に蓮璋は必死に宥めようとするが無理だった。それどころかますます白熱する言い合い。
「王宮に帰ったら大根禁止ですわっ」
「何ですって?!それは私に死ねと言ってるものよっ」
「大根がない位で死ぬわけありませんわっ」
明燐の言葉に果竪が落雷に打たれたかのように頽れる。
「お、王妃様?」
蓮璋が恐る恐る声を掛けた次の瞬間
「酷いっ!私から大根取ったら何が残るって言うのよっ!」
深すぎる言葉に蓮璋の方が衝撃を受けた。
人生で一度どころか、たぶん大根農家になった上、大根に生涯を捧げた者しか言わないだろう台詞がこの国の王妃から紡ぎ出される。
しかしそれを明燐は腕を組み蔑むような眼差しで受け流した。
「大根なんて無くてもいいです」
「何てことを言うの?!いい?私から大根を奪うと言うことは、水の中の生き物が陸に揚がってしまうという事と同じなのよっ」
水の中の生き物が陸に――
「順調な進化じゃないですか、それ。水生生物から陸上生物への移行は人間界でも現在進行中ですから全然大丈夫です、はい」
水の中でしか生きていけなかった生物が陸に上がる。
それはすなわち陸でも生きていけるように体が変化したということ。
つまり、重要な進化であり、生活区域を大幅に広げたということである。
そしてそういった状況に応じた変化が行えるという事は、次世代の支配者に必要なものを兼ね揃えているということだろう。
水生生物に変わって両生類、そしてその先は陸上生物達の次代が来る――。
そういえば、ちょうど人間界でもその時期だ。
人間界といっても、未だ人間が生まれてない世界。
あの大暗黒時代の始まりと共に滅んだ世界は再び再生され驚くほどの勢いで進化を遂げている。
もうすぐほ乳類が現れて再び人間が生まれますねと淡々と言う明燐に果竪は慌てて前言撤回した。
「違うっ!そうじゃなくて、進化じゃなくて退化っ!って違う!」
自分で言って自分で突っ込む果竪。
「そ、そうよっ!魚が、魚が陸に打ち上げられるのと同じっ!魚は水がないと生きていけないじゃないっ!」
「ああ、そうですね――なら最初からそう言って下さい」
言葉って難しい――蓮璋は心の中でそっと思った。
「明燐がせかすから悪いんじゃないっ!ってか大根は絶対に手放さないからねっ」
「果竪、往生際が悪いですわよ」
再び話題は大根へと戻る。
真剣に大根について言い争う二人に蓮璋は思う。
類は友を呼ぶ――ではないが、この二人は結構似ているようだ。
と、そうこうしている内に果竪がやさぐれながら爆弾発言をかましてくれた。
「こんなにまで大根が虐げられるなんてっ!これも全てはこの国での大根の流通が狭いからっ!くっ!これを解消するにはこの国の大地だけじゃ駄目っ!海までもが大根で埋め尽くされたらいいのに」
国が潰れるわ!!
たぶんその大反乱の勃発は漁業関係者の所からだろう。
「海洋生物や魚達の居住区域を勝手に潰さないで下さいっ!」
あんた仮にも炎水家直下の国の王妃だろうがっ!
全ての水と炎、それらに関係するものを司り愛し育む炎水家直属の配下である凪国。
中でも、特に水の分野――海と共にそこに住う者達を育む――にて大切な役目の一部を担っている我が国。
にも関わらずのこの言葉。
「大根食べればいいじゃん」
鯨も海豚も鮫も鯱も海馬も海豹も魚や貝達もみんなベジタリアン!
「勝手に食物連鎖を変えないで下さいなっ」
「全ての動物達は大根を食べて生きてるのよっ」
肉食動物の存在否定しやがった!!
「いいじゃない。野菜を食べた方が健康にはいいわ」
「肉食動物は本来そういう体になってるからいいんですっ!」
「メタボになったらどうするのよっ」
普通の野生動物はそうそうメタボにはならないだろう。
過酷な自然の中で生き抜く為に常に戦っているのだから。
そう心の中で突っ込んだ蓮璋だが口に出せば殴られそうだったので敢て黙っていた。
ってか、そもそもの話題は証拠関係の話じゃなかったっけ?
「大根を馬鹿にしないでよっ!」
「大根から離れなさいっ!」
明燐に対抗する様に大根の歴史を語り出そうとする果竪に蓮璋は危機感を覚えた。
やばい、このまま話させると絶対数日は戻ってこない!!
時間があるときだったら微笑ましく聞いてもいいのだが、今はこんな状況だ。
蓮璋は心の中で謝罪しながら何とか話を戻すことに全力を尽くす。
「あ、あの、先程の話ですが」
「何それ!」
「証拠の話ですよっ!」
完全に忘れられていた事実に涙しながら蓮璋は自分を奮い立たせた。
「先程の話に戻りましょう今すぐっ!という事で証拠の件ですが先に結論を述べさせて頂ければ、ありますよ。新種の鉱石が」
少々口早になってしまったが蓮璋は頑張って言い切った。
すると、それまで果竪との言い争いをしていた明燐が食いついてきた。
「本当ですか?!」
驚く明燐に蓮璋はこくりと頷いた。
視界の隅で果竪が舌打ちした様な気がするが、自分の気のせいだと思うことにした。
そう――誰が何と言おうともっ!!
「・・・ええ、ありました。――但し、正確にはあったと言うべきですね」
その言葉に果竪が鋭く指摘する。
「持たせたのね」
流石は果竪。
「ええ。最初の使者に持たせました。そして、その使者は帰らなかった」
領主に消された
それ以外にないだろう
「あれは・・・まだこの集落に来たばかりの頃でした。その頃、魔物の傷を受けた者達の中でも子供達が何人も亡くなっていた時期で・・・そして何人も重傷で死にかけていた。親達は半狂乱になり、オレ達も看病しましたが、今と違って此処はまだ物も殆どなく、治療するには厳しい場所でした。老師の腕は良かったですが、治癒のための薬草類は揃わなかった。力を使うにも、下手に使えば領主達に気づかれる。だから・・一刻も早く王に訴え出なければとすぐに使者を飛ばしました」
最初の使者は死にかけた子供の父親だった。
彼は何が何でも王の所に辿り着き話をすると言い、蓮璋は自分が持っていた鉱石を渡した。
それが、どんな結果を招くとも知らずに。
そして証拠は無くなった。
「冷静に考えれば分った筈です。オレ達が居なくなった事は鉱山の入り口を見ればすぐに分る。にも関わらず、領主が手薬連引いて待ち構えている所に行かせ、そして・・・・・」
「蓮璋・・」
「私でも同じようになるわ。・・でも、蓮璋。証拠が無くなったにも関わらず、その後もどうして何度か使者は送られているの?」
「・・・それは・・」
蓮璋の顔色から果竪は推測した。
「つまり、使者を送ったのではなく」
「・・ええ、我慢出来なくなった集落の者が勝手に」
証拠は無くなった。
にも関わらず、それを受け入れられない集落の者達は蓮璋の目を盗み王の下へと行こうとした。
「集落の者達の気持ちも分ります。でも、これでは犬死にです」
「・・他に証拠はなかったの?」
「え?」
「蓮璋の家は領主に仕えていたんでしょう?で、父君は領主のやり方に不満を持っていた。となれば、もしもの時を考えて訴える為の証拠の一つや二つ用意していてもおかしくはない。それが出来る地位と近さに居たんだしね。新種の鉱石もその経緯で手に入れたんでしょう?」
「・・・・・ええ、私が持っていた新種の鉱石は父から渡されていました。但し、それを知ったのは家族を殺され鉱山に閉じ込められ、ようやく集落に辿り着いた後でしたが」
鉱石はそのままの形で渡されたのではなかった。
加工し、目立たぬ形で身につけさせられていた。
父の形見ともなった品。けれどもうそれは手元にはない。
「他の証拠については、まあない事もないです」
「だよね」
「確信的ですね」
「当たり前。でなきゃ王妃を浚ってまで王に話をつけようとしないでしょう?」
証拠があったしても王に上奏できなければ何の効果も発揮しない。
でもその逆として、王に上奏するには証拠がなければどうにもならない。
そしてその証拠となる鉱石は奪われた。
にも関わらず、今この時、彼らは王への口添えを頼むため、王との話しあいを確実なものとする為に王妃を浚った。
つまり、話し合いにて差し出せる証拠があるということだ。
「では・・本当にありますの?」
「――ええ。父の日記にしっかりと書かれてました」
「日記・・」
「はい、領主の悪行の数々と共に、新種の鉱石が発見されてからその後の経緯も含めて」
「でも、それだけではね」
「ええ。そんなものは妄想だ。鉱石などないと言われてしまえばどうにもならない。虐殺の場所も禁区域として指定されています。特に、禁区域の封印を解除させるのはほぼ不可能といってもいい」
「でも、そこで虐殺が行なわれていた。邪気の流出はそれを隠すためのものだと立証出来ればそれも可能となる。ようは、領主が新種の鉱石を独り占めする為に虐殺をしたという事実に持っていければいい。その為には、虐殺の原因となる鉱石を見せつければいいって事ね」
「ええ。鉱石があれば、日記の内容も真実味を帯び証拠としては更に有力なものとなる」
「で?書かれてたの?」
果竪の質問に蓮璋は頷いた。
「はい・・・書かれてました。最後の方の頁に、オレに渡した鉱石とは別に、もしもの時の為にもう一つの鉱石を別の場所に隠したとという旨が」
それは暗号になっていたが、先日ようやく解読が叶った。
隠し場所は更にややこしい暗号で解読が大変だったが、その殆どが明らかとなっている。
「まだ現物は手に入れていませんが、それを手に入れられれば・・」
「後は国王の元に馳せんじるだけですわね」
明燐の顔に笑みがこぼれる。
「その通りです。今度こそ、手に入れた証拠を確実に王の元に届けなければならない」
それを確実なものとする為に、王妃まで浚ったのだから。
「けど、その日記自体もかなり重要な証拠ですわね。領主の悪事が書かれているのでしょう?」
領主の側近が書いたものだというからには、かなり詳しく関われているはず。
「私としては、それ自体でも充分に領主を糾弾出来るものだと思いますが」
「但し、その日記が蓮璋の父君が書いたものだと証明されなければ意味がないわよ」
果竪の手厳しい指摘に明燐はグっと言葉を詰まらせる。
そんな彼女に蓮璋は優しく微笑んだ。
「確かに、日記だけでは証拠としては弱いのは事実ですね」
「蓮璋、でも・・」
「私的なものですから、当主としての刻印が押されてるわけでもないですし・・まあ、筆跡鑑定でもすればいいんでしょうけどね・・・」
「できませんの?」
「いえ・・・王宮の方に父直筆の書状が何枚か保管されていると思いますが・・・」
「それが残されている可能性は高くないわ」
明燐も気づいた。
「王宮内に領主側についたかもしれない調査官が居たとして、彼がもし日記の存在に気づけば書状は消されてしまうという事ですか」
その筆跡が本物かどうかの判定に使われる大切なもの。
しかし、それは不正を働いた調査官からすれば脅威にもなる。
「その日記について知ってるのは?」
「えっと・・老師と、あと集落の纏め役達数人がですね。そもそも王妃様を浚う際に皆を納得させる為にこの日記の存在を明らかにしましたし」
それに少しだけ果竪は眉をひそめた。
しかし何も言わずに話を続けた。
「まあ、皆を納得させるにはそれが一番いいでしょう。でも――」
「でも?」
「よく、この短時間で皆を纏めあげられたわねって事よ」
「え?」
「果竪、どういう事ですの?」
「いくら日記の存在を明らかにして準備するって言っても、普通は数日かかるじゃない」
「まあ、そうですわね」
「でも、蓮璋――貴方はそれをたった一日で行なった」
果竪の指摘に蓮璋が目を見開く。
「王妃様・・」
「だってそうでしょう?私の帰還の話を聞いてから王妃を襲おうと思い実行するまでには余りにも時間がなさすぎるわ」
「・・・・・・・」
「まあ、そもそも今回の帰還の話自体がとても急だったしね。帰還命令が出された次の日にはもう迎えが来る。そう――時間は一日しかなかった」
「ええ、そうです」
「という事は、どんなに早くても前日に情報を仕入れておかなければ次の日に私達を襲うなんて事は無理よ」
「それは・・そうですわね。前日の内に、次の日に迎えが来てどの道を通るか全てを知らなければ。でも、そんな事が・・」
「内通者・・居たんでしょう」
「え?」
驚く明燐に果竪は言った。
「屋敷の情報を、使者の命令を伝えてくれる者が居なきゃこんなに早くは無理」
「蓮璋、本当なの?」
「・・ええ・・王妃様の言うとおりです」
「蓮璋・・」
「ですが彼を責めないで下さいっ!彼は王妃様を本当に慕っていて・・いくら自分の仲間を救うためとはいえ、王妃様を危険に晒すことを反対してましたっ」
「一体誰なのですか?それは」
「屋敷の料理長」
「え?」
「確か、あの人はこの領地の出身だった筈。そもそも、それが理由で私が追放された時に同行したぐらいだし」
不慣れな土地で暮らすのはきついだろうと、その隣の領地出身であった現料理長が果竪に同行した。彼はもともとは武官としてその名を馳せるほどの有能な人物だったが、それを投げ打ってでも果竪の元へと来てくれたのだ。
「で、いつ接触したの?」
「・・・昨年です」
料理長――彼も果竪と同じく、鉱山の事故によって村人達が死んだと思っていた。
そこに、たまたま料理長の存在を知った蓮璋の命を受けた――自分の兄弟がやって来たのだ。
それもこれまた、たまたま大根と騒ぐ果竪の為に自分の住んでいた場所の近くに新種の野生の大根があった事を思い出し料理長がはるばる隣の領地にやって来た時のことだ。
死んだと思っていた兄弟の出現に驚いたものの、生きていた事に共に喜び合った。
そして話された真実に、彼は激怒した。
「ですが、その時には証拠がありませんでした」
だから、料理長も動けなかった。
彼は言った。自分が何とかして領主の元に忍び込むと。
「それを止めたのがオレです」
ようやく、領主に目を付けられていない自由に動ける存在を得ることが出来たのだ。
わざわざ下手に動いて目を付けられては叶わない。
だが、それ以上に彼までもを逃亡者にはしたくなかった。
もしもの時、彼まで巻き込みたくない――そう思った。
兄弟の説得でなんとか怒りを静めた料理長。
その際に、料理長は自分の今の状況を話した。
そこで初めて、蓮璋達は王妃が近くの屋敷に住んでいる事を知った。
王妃の追放先が隣の領地だとは知っていたが、正確な場所までは明かされていない。
それは身辺警護と安全の為でもある。
料理長と密会を重ねる度に、彼から話される王妃の人柄。
「それはそれは素晴らしい方だと言っていました。とても美しく素晴らしい」
「おかしなフィルターがかかってたのよ」
「それ本人に言ったら泣くのでやめて下さいね」
確かに、料理長曰く絶世の美女だと熱く語っていた。
そしてそれにあてはめれば、どう考えても、どう見ても平凡な容姿の果竪ではなく明燐だと思うだろう。王妃の顔までは知らなかった自分達にも非があるのは確かだが。
「まあ、そんな感じで王妃様の話を聞くうちに、もしかしたらこの方が力になってくれるかもと思いまして」
最初は料理長に王への上奏を頼もうと思っていた。
だが、それ以上に確実に上奏出来る王妃がもし頼みを聞いてくれればより確実となる。
但し、それにはどのようにして会えばいいのかが問題だった。
料理長が引き合わすにも、準備が必要となる。
「それに・・会うにしても、こんな突拍子もない話を信じてくれるかも心配でしたし・・丁度その頃ですね、オレが父の日記の暗号に気付いたのは」
まだ確信が持てなかったため、その情報は自分一人のものとした。
そうして必死に暗号を解き、ようやくそれが解けた時――
「王妃が帰還するという話を料理長から聞いたんです」
果竪が期間に応じてすぐに、料理長は必要な情報を得て蓮璋達へと流した。
蓮璋達の居る場所の近くを通るから、その時に会えばと――。
「ですが、その場に立ち止まる恐れは前に話したとおりです」
領主に見つかるかも知れない。
「しかも、その数日前ぐらいから、領主の監視は厳しくなっていた事もありまして・・」
「浚うしかなかったと」
「はい」
もっと日にちがあれば別の方法があったかもしれない。
確かに、一日ではこういう方法になってしまっても仕方がないかもしれない。
いや、一日でむしろ王妃を浚えた方が凄い。
「彼には怒られましたけどね」
最終的に浚うといった方向になった事で料理長は怒り狂ったが、それでも最終的には同意してくれた。但し、傷つけたら確実に切れられるだろう。
「とにかく、今は何処かに隠されている新種の鉱石を手に入れることが何よりも重要って事ね」
「そうですね・・・但し、その時間もあるかどうか」
「え?」
「実は、先程皆とここ最近の結界の綻びについて話し会ったんですが・・」
話を聞いた果竪の瞳が大きく見開かれていく――
赤。赤。赤。
まるで意思を持った生き物のように激しく揺れる炎。
灼熱の熱さとともに空高く踊り狂い新月の闇夜を赤く照らしていく。
その勢いに、その激しさに、あっと言う間に出火元となる資料庫を焼き尽くす。
気づいた王宮内の者達が消す暇もなかった。
そうして、発見から一刻もしないうちに資料庫は燃え尽きた。
不幸中の幸いだったのは、その資料庫の場所が王宮内でも他の建物とは離れた場所に独立してあったこと。
また、他の資料庫とも離れた場所に建てられていた為、一つの資料庫だけが燃えただけで終った事だった。
もし、他の資料庫と建物続きであれば・・
もし、他の資料庫や他の建物に飛び火していたら
この程度の被害ではすまなかった筈
そうして燃え尽きた資料庫に納められていた資料の被害を調べるべく真夜中という時刻にも関わらず、宰相を始め重臣達が呼び寄せられた。
「・・まったく・・・こんな夜中に呼び出すとは良い度胸だ」
胸元を着崩し気だるげな様子の宰相は酷く背徳的な雰囲気を漂わす。
その甘さを含んだ妖艶な笑み一つで簡単に一国を掌握できそうなほどの色香は寧ろ有害にも値する。
しかし、宰相はそんな自分の美しさに次々と倒れ伏していく女官達を気にせず一人国王の下へと向かった。前ならこういう時こそ率先して真っ先に集合場所にやってくる王は寝室から出てこなかった。
寝室の扉を守る二人の武官を下がらせると、宰相は軽く扉を叩いた。
「何ですか?」
ほどなく聞こえてきた声は、宰相が纏う物よりも気だるげな色香を含んでいた。
それこそ、声一つで年頃の女性は全て堕とせるぐらいに。
「資料庫が燃え尽きました。原因は未だ調査中ですが・・・たぶん、あれでしょうね」
宰相が手短に用件を告げる。
その間、扉が開くことはなく、告げ終ってからも開かなかった。
ただ
「そうですか。では後処理を頼みます」
「出てこないんですか?」
「この位のこと、私が直々に出る事でもないじゃないですか。それに私が行けばこれが起きてしまいますからね」
これ――それが指し示す言葉が愛妾である事は周知の事実である。
「おやおや・・愛しい愛妾を腕に抱いて就寝中ですか?これは良いところを失礼しました」
「別に良いですよ。既にその時は終りましたから」
「・・分りました。では、私達の方で良いようにしておきます」
「優秀な部下を持って嬉しいですよ。それでは」
気配から再び寝台に横になった王に宰相は息を吐いた。
そして離れた所に立つ寝室を守る兵士達を呼び寄せその場を後にした。
「全く・・・あいつも大変だな」
誰も気づく事はないだろう。
その声の端々に含まれる怒りという名の感情を。
「早くしないとまずいな」
早く事を終らせなければほどなくその時は来るだろう
「にしても・・どうしてあの資料庫が放火されるんだ?別の資料庫ではなく」
少し調査してみるかとぼやき、宰相は足早に皆の待つ部屋へと向かった。
腕の中で眠る愛妾はあどけない寝顔をしていた。
自分とは年齢が離れ、今年ようやく十四歳になった少女。
一目見れば誰もが手折り、奪わずにはいられない程の美しさと可憐さを持つその美貌は、簡単に国を傾け滅ぼせるに違いない。
華奢ながらも年齢に似合わぬ豊満な肢体を抱きながら、萩波はふと此処に居ない少女を思い出す。
『王妃様は・・・離縁を望んでおられるようです』
そう報告した使者。戸惑った様子は見ていて滑稽にさえ思えた。
『その・・どうしましょうか』
どうしましょうか?
そんなの決まっている
「そうでしょう?果竪・・」
花弁舞う花園の中で楽しそうに笑っていたのは何時の頃だろうか
『私が・・・王妃に?』
自分が王になった事で王妃にと据えられることが決まった少女は戸惑った様子を見せた
彼女は知っているだろうか
自分の残酷さを
気まぐれさを
冷酷さを
そして
欲しい物を手に入れる為にはどんな手でも使うことを
腕の中で眠る愛妾たる少女が身じろぎをする。
その仕草さえ男の欲情をそそるものだが、萩波は笑みを零すだけで夜着の合わせ目から手を滑り込ませることはしなかった。
「さあ、眠りなさい」
萩波は祈った。
眠る愛妾の夢が甘美を含んだ物であるように。
『私が・・・王妃にならなければあの子は死ななかった』
果竪の泣き声が萩波の心に深く沈み込む――
此処まで読んで下さって有り難うございますvv
本当は二話に分けようかとも思いましたが、一話で投稿しました。
毎度の事ながら、何時も読んで下さる皆様、また感想を下さる皆様、本当に有り難うございますvv
そして、これまた何時もの事ですが返信が追いつかなくてすいません・・。