第5話
老師に続くようにして部屋に入ると、果竪が寝台の上に寝かされていた。
その周囲では、老師と共に部屋に入った女性達が忙しく動き部屋を整えている。
「一応傷跡が残らないようにはしたんじゃが、後は術で治すしかないな」
「ええ。王宮に戻ったらすぐにでも、治療を始めます」
「にしても、向こうは本気で殺すつもりだったのじゃろうな」
「え?」
老師が側の棚から何かを取り出す。
それは、小さな硝子の皿。上に脱脂綿が引かれたそこには、弾丸が置かれていた。
「これは・・・」
「王妃様の体から摘出したものです。狙撃に使われたものですね。しかしこれが厄介だ」
「厄介?」
「ワシはこれを摘出した際、術は使いませんでした」
「え?」
「これには強力な術がかけられておったんですよ。それこそ、あらゆる術を拒否する」
「術を拒否って」
「もし摘出する事になっても術が使えなければ自分の手で取り出すしかない」
「じゃあ、貴方は」
「ええ。手術で取り出しました」
「しゅ、手術も出来るんですか?!」
「ええ。若い頃は人間界に留学していた事もありましてね。それに、月家の領地に留学もしました」
月家
それは天帝直属の配下である十二王家の一つ。
そして最も医学と医療機械の進歩した場所である。
大抵医学を学びたい者はここに行く。逆に薬を学びたいものは樹家に行く。
向こうは薬学の始祖だからだ。
「あ、ありがとうございます」
「いやなに。しかしこういった細工をすると言うことは何が何でも王妃様を殺したかったのじゃろう。昔よりは良くなったが、実際に手術出来る医師は限られている。特にこのような田舎ではのう」
力がある故に力に頼る。
現在も医師などを初めとした医療技術者達は自らの持つ治療系の術で患者に対応する。
人間達のように医療機械や直接医療に頼ることはそれこそ圧倒的に少ない。
それに警鐘を鳴らしたのが月家だ。力があるから力に頼る。
しかし、もしその力に頼れなければどうする?と。
実際、力が使えない場所で大怪我をしたものの、力が使えない為に治療出来なかった事件が多発した時期があった。その為、各地の、特に能力使用禁止区域に近い場所に居る医師達はこぞって月家に人間達の技術を取り入れにいった。
太古の神々よりはある程度器が固定されている現在の神々。
特に人間を模した器を持つには人間達の技術が一番体に適していた。
しかも、その技術に加えて力を使えばそれこそ治らない者はないと言われる。
とはいえ、そうして人間達の技術を学び始めたのはここ数年の事であり、まだまだ技術不足の医師達は多かった。
もし、老師がいなければ果樹もどうなっていたか分らない。
「しかし、誰がこのような事をしたのか・・」
「ええ・・」
「もしや王妃は元々命を狙われておったのか?」
「いえ、それはないです!!屋敷に居た時はこんな事は一度も」
「そういえば、王妃が屋敷に住むようになったのってあの事件が原因でしたよね」
それまで黙っていた蓮璋が呟く。
「もしや、その線では?確か、王妃はその時に最有力容疑者として上げられた」
「あれは無実です!!」
明燐の叫びに老師と蓮璋、また部屋で忙しく動き回っていた女性達も動きを止めた。
「果竪は何もしてない!!果竪はあいつらに嵌められたのよ!!」
「明燐」
「あいつらが・・あいつらがあんな事さえしなければ・・」
しかも奴らは果竪を最も非道い方法で罠にかけた。
深く傷つき、自分の無罪も主張出来なかった果竪を王は遠ざけた。
処刑をと叫ぶ被害者の家族、そして罠にかけた者達から守る為だ。
嫌疑の掛かった王妃を王都から追放し、名ばかりの監視をつけて遠い田舎の屋敷へと移り住まわせた。
そうして、その間に王と側近達は王妃にかかって嫌疑について内密に調査した。
結果が出るまでの三ヶ月は非道く長かった。
わざわさ屋敷に罵詈雑言の手紙を送りつけてくる者も居た。
しかし、ようやく嫌疑が晴れ、果竪を罠に嵌めた者達を処罰し終えた。
すぐさま王妃を呼び戻そうとした王。
けれど、その時には果竪の心労はピークに達しており、戻る事は出来なかった。
最初は本当に戻れなかったのだ。
でも
『もう・・・戻りたくない』
ある日、ぼんやりと外を眺めていた果竪はそう言った。
すでに帰還を断り続けて二年が過ぎた頃だ。
そしてその頃から、農作業にのめり込み始めた。
元々畑は耕していたが、まるでこれこそが自分の生涯の仕事だと言わんばかりに全力を注ぎ始めた。
たぶんもう果竪は決めてしまっていたのだろう。
あの屋敷に来た時に。
もう王都には戻らない
王の下から小鳥は飛び立ってしまった
けれど・・
果たしてあの王がそのままにしておくだろうか
その不安は今も尽きない
でも、もう果竪のあんな顔は見たくない。
果竪が本当に厭なら・・・
そう思って怒りを抑えるように息を吐いた。
これも全てあいつらのせいだ。
「あいつらが・・・あいつらが余計な事さえしなければ」
「あいつら?」
「二十年前に果竪を嵌めた奴らです。あの事件の真犯人――二十年前に処刑された馬鹿達
の事です」
彼らの身勝手極まりない犯行理由に王は一切の情状酌量を見せずに切り捨てた。
けれど、彼らが残した傷跡も今も深い。
でも、それでどうして果竪が狙撃されなければならない?
あの件で殺された姫君達の家族が復讐でも考えたのだろうか?
ならば、あいつらにしてやれば良かったのに。
確かに果竪を嵌めるためにあれは行なわれた事だ
姫君達はその犠牲になった
しかし、その姫君達が果竪に何をした?
唯一例外なのは、花陽姫だけだ。
あの姫だけは果竪に優しかった。本当に心から優しい子だった。
でも、果竪を傷つけるのは許せない。
もし、本当にあの事件で果竪を傷つけたとすれば私は絶対に許さない。
「果竪・・」
「とにかく、王妃を襲った我らが言うべき事ではないが・・しばらくは此処に隠れていた方がいい。まだその狙撃した相手は掴まっておらんのだろう?」
「そうですね・・・それに、あなた方の件もありますし」
「うぅ・・大根」
「果竪?!」
それまでピクリともせずに眠り続けていた果竪が呻き声をあげる。
もしかして意識が戻ったのだろうか?!
って、危うく聞き過ごしかけたが今大根って言わなかった?
「大根・・・大根に会うまでまだ死ねない」
「・・・・・・・・」
「あの、大根って」
「このこと言ったら潰します」
「え?!そんな重要秘密事項なんですか?!」
何かの暗号?!と叫ぶ蓮璋を軽く無視して明燐は果樹の手を握りしめた。
「果竪、元気になったら最高の大根料理を作りましょうね」
「え、作ってくれるの?!」
パチンと目をさます果竪。
しかも治療したばかりだというのにガバリと起き上がるという偉業まで成し遂げた。
「う、嘘っ」
蓮璋以下その場に居た全員が驚く。
そんな中、明燐だけはにこりと笑った。
「ええ、とびっきりの料理を作ります」
「やったぁ!!って肩が痛いぃ!!」
「まだ縫合したばかりじゃからのう。それに、治癒の術もかけたが、完全に癒えるまでには時間がかかる」
老師曰く、弾丸を取り出した後は術がかけられたが、それでも此処ではその効果が薄いという。
その原因はこの集落を守る結界だという。
貴族達に自分達の足取りを掴ませない為、また居場所を隠すために施した結界。
蓮璋が持っていた結界石と、彼の術に加え、村人達の中でも特に術に強い者達が力を合わせて作り上げた防護壁。
そしてそれ故に、蓮璋はこの集落から遠く離れられないという。
「明燐達を襲った場所は比較的集落から近い場所でしたからオレも行けましたが、王都に行くことはまず無理です。余りにも離れすぎれば力が弱まり結界が揺らぐんです」
そうなればすぐに集落は発見されてしまう。
現に、貴族は自分達を探していると蓮璋は告げた。
「本当なら今回もオレは此処に留まるべきでしたが、仲間達だけには荷が重いと思って」
王妃を浚うのだ。それ相応の準備が必要である。
そして、現場で統率出来る相手が。そもそも、仲間達はもとは普通の村人だった。
訓練された武官ではない。訓練された護衛との戦闘になれば限界が生じる。
それを圧倒的な優位で倒したのは、全て蓮璋の計画によるもの。
「でも、それならば屋敷に誰か来させれば良かったのでは?果竪は困っている人を見過ごすような事はしませんし、王宮よりもよほど警備は薄いですもの」
結界の維持に関わらない者を寄越せばいい。
しかし、蓮璋は首を振った。
「それも考えはしました。ですが、屋敷は境界の結界の先にありましたから」
「あ」
境界の結界――それは、隣り合った領地の境目に張られる結界だ。
元々は自分の領地を不法侵入者から守る為に張られた者であり、ここを通過するには許可が必要だ。でないと引っ掛かりすぐに警備兵がやってくる。
果竪達が居たのは、蓮璋達が居る領地とは別の領地。
隣あっているが、違う領主の領地である。それ故に、互いに行き来するには境界の結界が邪魔をする。
許可をとるにしても、自分達を血眼になって探している貴族が許可をくれるわけがない。
寧ろそこに居たのかと喜々として血祭りにあげるだろう。
それ故に、その結界を越えて蓮璋達の居る土地を通って王妃が王都に帰るというのは蓮璋達にとっては吉報だった。しかし、馬車を止めて直訴するには危険が付きまとう。
下手に街に入られれば接触する事が出来ない。だから、あの森の中で襲うしかなかった。
そして自分達の場所に連れて来て話をするしかなかったのだ。
それを聞けば、本当に蓮璋達が八方塞がりだという事が分った。
とはいえ、蓮璋達と対峙時に果竪が怪我をしたのも事実だ。
もしあそこで馬車が襲われなければ果竪は怪我をしなかったかもしれない――
だが、そこで明燐はその考えを振り払った。
(それどころか逆かもしれない)
もしかしたらやっていたからこの程度で済んだのかも・・。
(そうだ。ああいう場だからこそ狙撃されたんであって、もし馬車が襲われてなければ別の手段で)
果竪が殺されていたかも知れない。
それを思うと、背筋が冷え心臓が震え上がった。
なぜ果竪が狙撃されたのか、目的も相手も何も分らない。
ただ老師曰く、弾丸の種類から相手を確実に殺そうとしたのは確かだという。
と言うことは、果竪は助かり相手は今だ掴まっていないこの状況――また命を狙われる可能性は充分ある。
どちらにしろ、此処から逃げ出すという事は危険すぎる。
まだ此処に留まる方が安全だ。
それに、この人達に自分達を害する気持ちは全く見られないし。
明燐はため息を一つつく。
「明燐」
「はい?」
果竪が自分の名を呼ぶ。
どうしたのかと問えば、果竪がしきりに首を傾げていた。
「ってかここ何処?何で私達を襲った相手がそこにいるの?」
「「「あ」」」
自分は事情を聞かされたが、果竪はまだだった事をここでようやく思い至る。
よって、すぐさま明燐にした説明と同じ説明が蓮璋からなされたのだった。
取り敢ず、果竪も目覚めました。
大根への愛によって(笑)
また、続きが読みたいと感想をくださった方、ありがとうございました!